670 モチカエイルの言い分
お仕置きを覚悟しておいた方がいいぞと迫ってくるおっさん。僕を先輩と呼ぶってことは、魔導院にいた生徒だろうか。心当たりは……
「君は失脚したゲイマル君に取って代わって重職に就いたソウナンデス君だね」
「失脚してない城代のゲイマルク・ナリマヘンです。歴史をねつ造しないでください」
ゲイマル君が跡継ぎではナリマヘン家が取り潰されるのも時間の問題。そうなると、後釜に座りそうな候補は絞られてくる。ずばり、マロナンデス領から移籍してきたソウナンデス君だなと予想してみたものの、深読みするまでもなく普通にゲイマル君だった。つまらない男がつまらない経歴を歩んできたようだ。
「どうして失脚するとか考えるかな?」
「だって、ブチ切れたアキマヘン嬢にお尻を引っ叩かれていた、あのゲイマル君だよ」
「私だって、いつまでもあの頃のままではありませんよ……」
どこから、そういう予想が出てくるのだと呆れているのはクセーラさんだ。ゲイマル君のことだから、いずれやらかすに決まっている。わかりきったことだろうと言い返したところ、誰だって成長するもんだとおっさんになったゲイマル君は言い張った。
「もしかして、遠回しにロゥリング族のことをバカにしてる?」
「してません。大奥様のところへ急ぎますよ。逆さ吊りは勘弁ですから」
成長しないのはロゥリング族だけって言いたいのかと問い詰めたものの、被害妄想も甚だしいとゲイマル君はすっとぼけやがった。巻きつく精霊に吊られたくなかったら急ぐようにと退室を促す。カリューア伯爵が退学者を連れてくるという報せを受け取ってから、まだか、まだかとモチカさんは歯をギリギリ軋らせながら到着を待ちわびていたそうな。いったい、僕が何をしたというのだろう。
モチカさんのもとへ向かうのはカリューア姉妹と僕にベコッタ司祭で、ムジヒダネさんには33代目ちゃんや護衛の皆さんの監督をしてもらう。ゲイマル君の案内でお城の中をトコトコ進んでいけば、人の気配をたくさん感じる大きな建物があった。おそらく、領の統治にたずさわる官吏たちの勤務する庁舎だろう。そこは通り過ぎてひっそりとした裏手へ向かい、目立たない場所にあるけど上階に弓兵の配置された櫓門をくぐり抜けると、人が多く騒がしい雰囲気から一変して静けさに包まれた人工の林となる。領主の家族が生活する居住区画のようだ。木々の間を通り抜けていく遊歩道のような道を進んでいけば、向かう先に大きな館が見えてきた。
「こちらで大奥様がお待ちです」
館の中へ入り、ひとつの扉の前でゲイマル君が足を止めた。取次ぎ役のメイドさんに用件を告げて扉を開けてもらう。部屋の中には昔の面影を残したモチカさんっぽいおばあさんがいて、穏やかな微笑みを浮かべながらおいで、おいでと手招きをしている。そんな手がロゥリング族に通用すると思ったら大間違いだ。
「契約者が囮となって相手の注意を引いている隙に死角から巻きつく精霊で捕える。そんな手に引っかかるのはクマネストくらいですよ」
40年以上も昔にタルトが使った手口を模倣しようとは片腹痛い。部屋に入る一歩手前でピタリと足を止め、頭上に巻きつく精霊を待機させているなと声をかければ、優しそうに微笑んでいた老婆は表情を一転させて般若の如き形相を浮かべた。モチカさんが巻きつく精霊を手元に戻したのを確認してから部屋へと足を踏み入れる。
「なにをそんなに怒っているんです? 僕が王国を出ていくことはホンマニ公爵様だって納得されてましたよ」
「タルト先生とアーレイ君がいなくなった結果、ドクロワル準爵に注目が集まり過ぎてしまいました。彼女ひとりを手に入れれば力関係を覆せると勘違いされるくらいに……」
どうしてお仕置きされるのか問い質したところ、カルハズミーナ公国が軽はずみな事件を起こしたのはドクロワルさんの功績を覆い隠す盾が失われてしまったせいだとモチカさんは言い張った。ドクロ式魔法薬製造装置に続いて新薬やドクロヘビと医療分野は大いに発展したものの、魔導器に関してはすでにあるモロニヌレーテ連発砲や直噴型魔導推進器などの改良が進むだけ。ひとりが突出した成果を上げてしまったから、そいつを連れ去ってくれば小国でも東方諸国のパワーバランスに影響を与えられるなんて誤った考えを抱く輩が現れたのだという。
「それって、僕のせいなんですか?」
「アーレイ君がもっと早くに帰還していれば、あのような悲劇は防げたはずです。それを、40年も経った今ごろになって……」
10年、20年ならいざ知らず40年も音沙汰なしだなんて、いったい何をグズグズしていたと手にした巻きつく精霊をピシピシ鳴らすモチカさん。さっさと帰国して革新的な魔導器のひとつも発表していたら、ドクロワルさんひとりを連れ去ったところでアーカン王国の優位は揺るがない。迂闊な手出しは自らの立場を危うくするだけと、けしからんことを企んだ連中も諦めるしかなかったはずだと口惜しそうにギリギリ歯を軋らせる。
「そげんこつ言われましても……」
「親しくしていた同級生が亡くなっているというのにっ。流れ者になって人の心まで捨てましたかっ」
僕ならドクロヘビに匹敵するナニカを思いついたはずだという勝手な期待を前提にした結果論で批判されるなんて釈然としない。だいたい、予防接種により病気で亡くなる子供を減らし人口の増加を下支えするドクロヘビに対抗するなんて、もう空気から麺を作る方法でも考えつかない限り不可能だ。ムチャ振りが過ぎると言い返してみたものの、いつからそんな冷たい奴になったとモチカさんは激高した。そうは言っても、真実を知ってしまった今となってはもうギャグとしか思えない。
「パナシャのことに関して……アーレイが新たな事実をもたらした……ここへ連れてきたのはそのため……ただし……誰に聞かせてもよい話ではないわ……」
ドクロワルさんの話が出たところで、ちょうどよいタイミングだと判断したのだろう。伝えたいことがあるのだと次席が怒れるモチカさんをたしなめ、まだ大っぴらにはしたくないのだと人払いを要求する。
「私も退出した方がよろしいですか?」
「あなたには聞いてもらうけど……隠れて盗み聞きしようとする者は……確実に見つけられて口を封じられると……館の者たちにはっきり伝えておいてちょうだい……」
自分もいない方がよいかとゲイマル君が尋ねてきたものの、モチカさんと一緒に話を聞いてもらうから密偵はひとり残らず遠ざけるよう次席が告げた。僕に察知されたマヌケには得た情報を誰にも伝えられなくなる処置を施す。それが掟だと言われたゲイマル君が、人払いが解かれるまでこの部屋のある一角には誰ひとり立ち入らせるな。どこに潜んでいても問答無用で見つけ出す奴がいるから秘密の護衛も例外なしだと指示を出す。
「こちらの司祭殿は構わないので?」
「彼女はもう知っている……隠す意味はないわ……」
ベコッタ司祭に視線を向けたゲイマル君が、別室でくつろいでいてもらうこともできると気を回してくれる。彼女は事情を知っているし、下手に深入りすればクソビッチの正義になることも理解しているから安心してよいと次席は答え、尋ねるような視線を僕に向けてきた。ロゥリングレーダーだけでなく、ロゥリングアクティブサーチも駆使して不埒者がいないことを確認しておく。さすが公爵家だけあって、城代様の指示はしっかり実行されたようだ。
「話をする前に、まずこれを見てもらいたいのですが……」
誰も聞き耳を立てていないことが確認できたので、持ってきた荷物の中からジラント革の貫頭衣エプロンを取り出してモチカさんとゲイマル君に示す。
「なんですか、このだらしのない胴回りは?」
「ずいぶんとブカブカですね。革だから伸びてしまったんでしょうか」
ふたりとも僕のものだと思った模様。デブってる間に伸びてしまったのかと、けっして本人に聞かせてはならない禁断の言葉を口にする。仲間が増えたとでも考えているのかカリューア姉妹がニヤニヤと薄笑いを浮かべ、また他人から失言を引き出してやがるとベコッタ司祭が呆れ顔になっていた。依代が黄金色の輝きを放ち始め、何事かと驚いているモチカさんたちの前で光が収束してぶっとい貫頭衣エプロンにぴったりフィットするドワーフの姿を形作っていく。
「どうして、わたしのものだってちゃんと説明しないんですかっ」
ところが、地上へ姿を現した【病魔を払う癒しの手】様はモチカさんに抗議するのでなく、力強い腕で非力な僕をベアハッグに捕えた。だらしないなんて言われるのはロゥリング族と比較されるせい。全部、僕の説明不足が原因だとドワーフパワーでギュウギュウ締め上げてくる。
「ドクロワルさんっ? これはいったいっ」
「遺体が確認されたと耳にしていましたが、無事だったんですかっ?」
亡くなったとされていたドワーフがいきなり目の前に現れて、モチカさんとゲイマル君が揃って驚きの声をあげる。そんなことより助けてほしい。
「いいえ、まったく無事ではありません。間違いなく死んじゃってます」
「亡くなったけど神様になったんでしょっ。説明不足なのは男爵も一緒だよっ」
これっぽっちも無事では済まなかったとゲイマル君の質問に答えるドクロワルさん。亡くなったことだけでなく、その後のことも説明しろとクセーラさんがテーブルをペシペシ叩いて抗議する。相手が神様であっても構わずツッコミを入れられるのは、魂の赴くままに行動する彼女だけだ。きっと、脳みそではなく神経節で判断しているのだろう。
「先ほどのアーレイ君に合わないエプロンはドクロワル準爵の依代だったわけですか」
「だらしないサイズと――うぎょえぇぇぇ……」
「ロゥリング族と比べるんじゃありませんっ」
だらしがないウエストと極めて批判的な評価を口にしていたモチカさんが、ロゥリング族にはサイズが合わないとちゃっかり言い直す。過去の発言をなかったことにできると思ったら大間違いだ。しれっとなかったことにすんなとツッコミを入れようとしたものの、羊を締め殺す大蛇のような力でドクロワルさんに再び締め上げられ発言を封じられた。
「パナシャはアーレイに……依代をヴィヴィアナ様の精霊殿へ……納めるよう依頼したそうよ……神殿が建てられるまでは……間借りですって……」
「なるほど、おいそれと他人に聞かせられる話ではありませんね。このことを陛下へ内密に報せておこうと、わざわざカリューア伯爵がご自身でいらしたわけですか」
亡くなったドクロワルさんは天上に迎えられ若き神となった。当面の間、依代は精霊殿に安置することでヴィヴィアナ様の了解も得られていると次席が説明してくれる。話を耳にしたゲイマル君は、だからモウアキマヘンへ立ち寄ったわけかと目を細めていた。伯爵様であれば国王陛下に時間を取ってもらうことも難しくないものの、正式な手続きを踏んでの申し入れは幾人もの官吏を経由することになる。どこから話が漏れるとも限らないので依代のことは伝えられないけど、優先度が低いと判断されれば後回しにされてしまうから、アキマヘン家が持っている裏ルートを利用することにした。僕の件は口実で、こっちが本題だなと納得したようにウムウム頷いている。
「では、私が王都へ参ることにいたしましょう」
「それが確実ですね。礼拝殿の聖職者どもに知られたら、依代が陛下の管理下へ移される前に確保しようとするに決まってます」
他人には任せられないので、自分の口から直接おっぱい国王に説明するとモチカさんが王都行きを決める。今現在王位にあるアキマヘン公爵の奥方だから、滞在先はもちろん王城の居住区画だ。官吏たちの立ち入れない場所で確実に伝えてくれるだろう。依代を我が物にしようと企む不届き者どもを出し抜くにはそれが一番だとゲイマル君も賛成してくれた。
「問題となるのは、こちらの司祭様ですね。教国の大使殿を通じて依代のことが礼拝殿へ漏れるやもしれません」
厄介なのはこいつだとゲイマル君がベコッタ司祭を視線で示す。礼拝殿の連中はエウフォリア教国の聖職者と仲が好く頻繁に情報交換をしているから、大使司教から話が伝わってしまうおそれがあるそうだ。総大司教様の崩御という重大な報せを持ってきた使者とあっては足止めするわけにもいかないという。
「ベコッタ司祭のことなら心配いりません。下手に関わり合いになったら将来が危ういと、知らんぷりしていてくれるでしょう」
足止めしていたことがバレたら面倒だ。なら、庭に埋めて最初からいなかったことにしようとモチカさんあたりが言い出さないうちに、その心配はいらないと告げておく。
「将来が危ぶまれるとは? アーレイ君、説明してください」
アーカン王国にドクロ神殿が建立されれば教国の立場も大きく変わらざるを得ない。極めて重要な情報であるはずなのに、それを入手することが身の破滅につながるとはこれ如何にとモチカさんが詳しい説明を求めてきた。
「神様をひとり占めできなくなったと聖議会に報告した者が吊るし上げられることは火を見るより明らかだそうです。なので、深入りするのを避けたがっているんですよ」
「貴重な情報の入手に成功した者を吊るし上げて、いったい何があるのです?」
ありもしない責任を追及されたくないから他人に貧乏くじを押し付けるつもりなのだと説明したものの、モチカさんは納得いかないご様子。優秀な外交官を吊るし上げることで何が得られるのかと猜疑心に満ちた視線を向けてくる。
「問題は何ひとつ解決していなくても、役目をはたしたという満足感が得られます」
「それで役目をはたしたことになるのですか?」
「そこはまぁ、気持ちの問題なんでしょう」
部下を叱責することで、自分は仕事のできる上司だと自尊心を満たすことはできる。そう告げたところ、それのどこが役目をはたせているのかとモチカさんはまなじりを吊り上げた。客観的な事実と本人の認識との間に大断層が生じているくらい人族あるあるだと思う。
「釈然としませんが、アーレイ君が言うなら嘘ではないのでしょう。他人を陥れる際も、一度として騙したことはありませんでしたから」
「他人を陥れたこともないと思いますが……」
「嘘だよっ。伯爵の嘘吐きっ」




