669 モウアキマヘンで待つもの
「アーレイとは……アーレイ子爵の関係者ではないのかね?」
「アンドレーアとは祖父母こそ同じですが、僕は生まれも育ちもドワーフ国というちゃきちゃきのドワッ子です」
僕が外国人だと聞いて、アーレイ子爵領の出身ではないのかとマスルパゥワー侯爵が首を傾げる。弟に嫡子の座を奪われ実家から放り出された父がドワーフ国で他種族の娘と結婚し産まれたのが自分だと説明したものの、また肝心な部分を端折ってやがるとカリューア姉妹がダブルでまなじりを吊り上げた。
「嘘は吐かない一方で……重要な事柄を省略してごまかすのは……アーレイの得意とするところ……言葉から受けた印象を……信用するのは危険だわ……」
「お父さんはホルニウス侯爵の推挙を受けて準爵になった外務閥の王国貴族で、お母さんはドワーフたちのもとへ大使として赴任していたロゥリング族の王女様でしょっ。ちゃんと説明しなよっ」
物事の一側面だけを強調して誤解を与える手口に、何度してやられたことか。思い出しただけで腹わたが煮えくり返ってくるとしかめっ面を作る次席。父親が嫡子とされなかったことも、実家から放逐されたのも事実だけど、居場所を失い流れ着いた先で身寄りのない娘とくっついたみたいな伝え方をするなとクセーラさんもテーブルをペシペシ叩いて抗議してくる。
「すると、君は王国貴族の息子で他種族とはいえ王族の血を継いでいると?」
「いえ、当時のロゥリング族は人族との混血児を同族と見なしては――」
「そうだよっ。生れついての勝ち組なんだから、何を言われてもかわいそうとか考える必要ないんだよっ」
クセーラさんの話が本当なら、世間一般にプリンスと称されるロイヤルな立場なのではないかと侯爵様が目を細める。混血児だから王族の一員とは認められていなかったのだと告げようとしたものの、こいつは生まれた時から勝ち組。慈悲をくれてやる道理はひとつもないと主張するクソビッチに発言を遮られた。生きるか死ぬかの狩猟生活を乗り越えなければならないロゥリング族のどこが勝ち組なのか教えていただきたい。
「ドワーフ国の生まれなのにドワーフでない僕は、故郷と呼べる国のないかわいそうな流れ者なんだ」
「ふざけるんじゃないよっ!」
僕は王国内に出身領がなく派閥にも入れてもらえなかった外国人生徒。これが虐げられてきた証だと左手の甲に魔法陣と瞳が意匠された魔導院紋を浮かび上がらせれば、自分から流れ者になった奴がふざけんなとクセーラさんは激怒した。
「これは絶対にわざとやってますね」
「アーレイは……的確に他人の神経を逆なでしてくる……イラッとさせられたら負け……」
「なるほど。どれも嘘ではないが、素直に受け取ると事実とは真逆な印象を植え付けられてしまうわけだな」
この嘘吐きめと憤慨するクセーラさんの様子を見て、意図的に相手を怒らせ冷静さを失わせているとベコッタ司祭が呆れたような視線を僕に向けてきた。そのとおり、他人をイラつかせることにも長けているのだと次席が頷く。偽りを口にしない代わりに狙って勘違いを生じさせるなんて、下手な嘘吐きより悪質なのではないかとマスルパゥワー侯爵も顔をしかめさせる。
「彼が王国にもたらしたものは多いけど……同じくらい煮え湯を飲まされた者も存在するわ……そして、目を離すとすぐに行方をくらますのよ……」
「カリューア伯爵が直々に清算させようというわけか」
僕を王様の前へ引き出してやるのだと息巻く次席。オムツフリーナちゃんを考えついたということは、まさかエフデナイト陛下やオーマイハニー王女殿下も煮え湯を飲まされたひとりなのかと侯爵様がクマみたいな身体を震わせる。アイデアはちゃんと渡しておいたのだから裏切ったことにはならないと思う。
「僕ってそんなに恨まれてるの?」
「ロミーオがプリプリしてたよっ。劇場を作るアテはできたのにゴーレム核に使う魔力結晶が手に入らないってっ」
どうしていなくなった後でまで恨みを買っているのかと尋ねたら、温室ゴーレムに使ったドデカサイズの魔力結晶を採ってこれる人がいないからロミーオさんが怒っていたとクセーラさんが教えてくれた。新しい劇場建設に関われるチャンスが巡ってきたのに、肝心な奴が不在だと愚痴をこぼしていたらしい。
「あれはピンピンしてるワイバーンを一撃で昏倒させないと無理なんですけど……」
「君はそんなことができるのかっ?」
はっきり言って、あんな遭遇戦は二度とやりたくない。山にいるシカを狩ってくるのとはわけが違うのだ。やろうと思ってできることではないと伝えたものの、詳しく聞かせてくれとマスルパゥワー侯爵に喰いつかれてしまった。西部派だけあって脳筋ズにそっくりだ。
「鋼の塊みたいなものに牙が砕け散る勢いで噛みついて前後不覚になったところを枷の術式で捕らえ、頭部を吹っ飛ばして仕留めたんです。二度とできる気はしません」
だけど、おかげで侯爵様の興味は魔獣退治へと移った模様。僕たちが王都へ向かう事情に話を戻されては面倒なので、ワイバーンやジラントみたいな亜竜でもヴィヴィアナロックで首に枷をはめちまえばこっちのもんよとあの時の状況を説明する。国を捨てるなんてけしからんとまなじりを吊り上げていた侯爵様だけど、話を聞いて魔導甲冑もないのに単身でワイバーンに立ち向かうとは天晴な武人であると機嫌を直してくれた。代わりに急降下したのはカリューア姉妹のご機嫌である。
「アーレイはヴィヴィアナ様の力を借りる術式を持っている……ワイバーンやジラントに対抗できるのもそのおかげ……同じことを兵たちに奨励しないでちょうだい……」
「ワイバーンなんて騎士に任せておけばいいのっ。マネしたら部隊が全滅するよっ」
「もっ、もちろんだっ。部下たちに強要するつもりはないっ」
非常識な武勇伝を耳にして、よもやマネしようなどと考えてはおるまいなと次席とクセーラさんがマスルパゥワー侯爵に迫る。騎士でない兵にワイバーンとのタイマンを命じるなんて死刑宣告も同然。そんな人の道に外れた命令は出せないと侯爵様が誓って矛を収めてもらったものの、晩餐をいただいたら覚悟せいと僕はお説教タイムを言い渡されてしまった。
ひと晩ご厄介になった翌日、僕たちはキャスルマスルを出立しクックドゥードゥルドゥー小隊に護衛され街道を東へ向かう。マスルパゥワー領はこの街道に沿って東西に細長く伸びた歪な形をしていて、南北にぶら下がるような形で子爵領や男爵領がくっついているらしい。出城と補給路を最優先で確保していた名残だそうな。街道から外れてぶら下がっている他の領へ向かう分岐路には街が形成され、商取引が活発なのか市場にはいろんな商品が並べられていた。
食いしん坊たちにご馳走をねだられながら3日ほど街道を進んだところで、向こう岸まで300メートルくらいありそうな川が見えてくる。ヴィヴィアナ湖を水源とするヴィヴィアナ川だそうな。モウホンマーニのあたりでは川幅20メートルくらいだけど、南へと下ってくる間にあちこちの流れが合流してぶっとくなるらしい。アーカン王国が建国されたばかりのころはこの川が人族の土地と魔物の領域の境だったそうで、今では西部派領と南部派領の境界になっているという。
「ヴィヴィアナ川って確か王都の近くを流れてたよね?」
「川を遡って王都に向かうこともできるけど……陛下に渡りをつけてもらうために……モウアキマヘンを経由しようと考えてるの……」
このまま川を遡って行けば王都の西側へたどり着くものの、おっぱい国王とこっそり面会できるよう手筈を整えてもらうために次席はアキマヘン公爵領へ向かうつもりのようだ。嫁いでいったというモチカさんを頼るつもりだろうか。あの人であればそういった極秘ルートのひとつくらい用意していてもおかしくない。
川を渡った向こうはマロナンデス侯爵領ということでクックドゥードゥルドゥー小隊とはここでお別れとなる。親切な小隊長さんは桟橋のある街で馬ごと馬車を乗せられる大型の渡し船をチャーターしてくれた。お世話になりましたとお礼を伝えて船に乗り込めば、先ぶれ役のサクラちゃんがヘルスティンガーに跨って空へ舞い上がっていく。
「ようこそおいでくださいました。モウマロナンデオジャールまでご案内いたします」
渡し船が東岸側にある街へ着けば、桟橋のたもとでサクラちゃんと一緒に20歳くらいのおかしな格好をした女性が待ち構えていた。クゲナンデス先輩みたいな引き眉で平安装束みたいな衣装を身に着けている。おっぱいが残念なあたり面影があるなと思ったら、先輩のお兄さんの孫にあたるそうな。乗騎はコケトリスの雄鶏で6名の騎馬隊を引き連れていた。
トコトコと領主のお城があるモウマロナンデオジャールへ向かいながら聞き出したところ、今のマロナンデス侯爵は僕の知っている麻呂宰相の孫であるそうな。やっぱり麻呂っているらしい。ただ、マロナンデス家は南部派貴族からおかしなことを好むナンバー2と思われるのも役目のうち。伝統を重んじる南部派は新しい技術や流行に懐疑的で、ともすれば~してはいけない。~する者はけしからん。みたいな、誰が決めたかもわからないルールを口にする輩がすぐに湧いてくる。だけど、それでは時代に取り残されてしまうので、保守的な首領に対する新しいもの好きなナンバー2を演出しているそうだ。
「アキマヘン公爵様に保守的な方々を安心させていただく一方で、新しいものや奇抜なものを受け入れさせる。それがマロナンデス家の役割でございま……おじゃりまするの」
「いえ、無理におじゃらなくても結構ですので……」
ただの傾奇者というわけではなく、きちんとした計算と役割分担があってのことらしい。首領であるアキマヘン公爵が率先して新しいことを始めたら、それは南部派貴族たちに同調せよと強要しているも同然なので、公爵様や他の貴族たちが慎重な姿勢を示す中、変わり者のナンバー2が人柱になってみせる。そうやって仲間割れを防ぎながら有用なものは取り入れていくのだと、まだおじゃる語会話に慣れていないクゲナンさんが語ってくれた。
領都モウマロナンデオジャールはヴィヴィアナ川からそれほど離れていないところに位置していて、あえてピエロを演じていたわけかと感心しているうちに到着する。領主である麻呂様はもちろん宰相として王都にいらっしゃるので不在。代理として領を取り仕切っているクゲナンデス家のお公家様が僕たちを歓待してくれた。クゲナンさんのパパであるという。
「宰相閣下には……まっすぐ王都へは向かわず……モウアキマヘンを経由すると伝えておいてちょうだい……それで察してくださるでしょう……」
「承りましておじゃります」
晩餐の後、お酒をクピクピいただきながら王都へはモウアキマヘンを経由して向かうから麻呂宰相に伝えてくれるよう次席が依頼する。モウマロナンデオジャールから王都へはヴィヴィアナ川に沿って北上する街道が整備されているのだけど、直通ルートを使わずにモウアキマヘンへ立ち寄ると聞いただけで、おおよその事情は察していただけるようだ。領主代理であるクゲナンデス家の当主も余計な質問はしない。おじゃる語もネイティブな感じで使いこなしており、デキる男の雰囲気を漂わせている。
「ベコッタ司祭はまっすぐ王都の司教様のもとへ向かっても構わないんだよ」
「ご馳走をひとり占めしようったって、そうはいきませんよっ」
翌日、王都にいるマロナンデス侯爵へ向けた早馬が発つのを見届けてから、僕たちもモウアキマヘンに向けて出立する。オッツァン総大司教崩御の報せを伝えるのが役目のベコッタ司祭は早馬と一緒に王都へ向かってくれて構わなかったのだけど、立ち寄る先々で晩餐に招かれているせいか、自分をご馳走ツアーから外すなとおっぱいを逆立てた。意地悪で言っていると勘違いされてしまったようだ。おっぱいはあって困らないので、このまま同行していただく。
モウアキマヘンまでは引き続きクゲナンさんが案内してくれるそうだ。アキマヘン公爵領とマロナンデス侯爵領の間では関税も撤廃されていて税関はない。街道の途中にある細い川が領境なのだけど、橋のたもとに看板が立てられているだけ。領民たちも意識せずに行き来しているという。トコトコ進んでいけば、本当に「ここからアキマヘン公爵領」という注意していなければ見落としてしまうような看板があるだけだった。
モウマロナンデオジャールを発ってから4日ほどかけてモウアキマヘンへ到着する。南部派領は長いこと戦火に見舞われていないせいか、頑丈な外壁に囲まれているのはお城だけな模様。農場や牧場の間を通り抜ける街道を進んでいたらだんだんと建物が増えてきて、気がついた時には街中にいた。街と外の境には柵があるという話だったものの、街道の部分にはもちろんないので気づかないまま通過してしまったらしい。ここから先は立ち入り制限があるという高級市街地への入り口まで門らしいものがないのは、それで済むくらい治安が安定している証拠だろう。
「カリューア伯爵様をご案内してきました」
「お勤めご苦労様です。城代様へ報せてきますので、こちらでおくつろぎください」
お城に到着してカリューア伯爵の到着でございとクゲナンさんが伝えると、門をくぐったところにある応接室と呼んでもよさそうな待合室へ通された。お茶と茶菓子を給仕してくれたメイドさんからも魔導院の生徒と同じくらいの魔力を感じる。きっと、良家の子女なのだろう。お酒もありますと勧められたけどさすがに遠慮しておく。ガッカリしているのはベコッタ司祭だけだ。しばらく待っていたら、めっちゃ仕立てのよい衣服に身を包んだ僕たちと同年代くらいのおっさんがやってきた。
「ずいぶんと遅いお帰りでしたね、先輩。大奥様が精霊をピシピシ鳴らしてお待ちですよ」




