668 失われた450年
「じゃあな、マイフレンド。王都でまた会おうぜ」
ウカツ訓練場に宿泊した翌日、ふもとにある十字路でヘルネストと別れる。カリューア伯爵が王都へ向かいましたとムジヒダネ子爵まで報告にあがるそうだ。カリューア家は代々西部派の情報参謀みたいなポジションにあって、他の領主たちも常に動向を気にかけているらしい。思い立ったように王都へ向かうなんて絶対になにかあるはずなので、報せないわけにはいかないという。
「それじゃサクラノーメ……お願いね……」
「任せて」
ムジヒダネ領へ向かう道を駆けていくヘルネストを見送ったところで、使い魔のヘルスティンガーに跨ってサクラちゃんが空へと舞いあがる。これからカリューア伯爵がうかがいますと先ぶれしておくためだ。マスルパゥワー侯爵領に向かって飛び去っていくグリフォンを追うように、僕たちも街道を東へと進む。
今は遠征の季節ということもあって、街道には補給物資を運ぶ隊商なども少なくない。伯爵様のお通りだ。どけどけ、オラァとかっ飛ばしていけば、お昼近くに領境の街へ到着した。街の真ん中を西から東へ川が流れているのだけど、この川がカリューア領とマスルパゥワー領の境界となっているそうな。頑丈そうな石造りの橋が2本かかっていて、それぞれ一方通行となっており渡った先に税関が設けられているという。
「伯爵様がお通りになるっ。通過し終えるまで、橋へは進入禁止だっ」
「ご苦労様……」
橋を警備している守衛さんはサソリゴーレムを見ただけで即座に通行規制をかけ、最優先で僕たちを通してくれる。橋を渡って税関前の広場に到着すれば、先ぶれしに行ったサクラちゃんとコケトリスを連れたマスルパゥワー領の部隊が次席を待ち構えていた。
「ようこそおいでくださいました。これより先は我らクックドゥードゥルドゥー小隊がキャスルマスルまでご案内いたします」
8羽のコケトリスをズラリと並べ、マスルパゥワー侯爵の待つお城までご案内申し上げると宣言する小隊長さん。好意的に捉えれば迎えをよこしてくれた。悪く言うなら事実上の捕縛ってところだろうか。侯爵様はよっぽど次席にお城を素通りしてもらいたくないらしい。こうなることは予想済みだったようで、選択の余地はないと言わんばかりの一方的な通告にも次席は眉ひとつ動かさず、おすまし顔のまま案内を受け入れる。
前方4騎、後方4騎に分かれたクックドゥードゥルドゥー小隊に挟まれてエッチラオッチラと街道を進む。マスルパゥワー領はあまり起伏のない土地で、見渡せば小高くなっている場所はあるもののそそり立つような頂はない。馬でもてっぺんまで登れそうな傾斜の緩い丘がいくつも連なっている印象だ。
「ここからキャスルマスルを眺めることができます」
ひとつの丘を登りきって高台に出たところで休憩を入れる。ここからお城と城下町が見渡せるのだと小隊長さんが指さした先には、南北と西側の三方を丘に囲まれた平野部に切り拓かれた農地が広がり、北側にある丘のてっぺんに建つお城とそれを取り囲む城下町が一望できた。だけど、僕の注意を引いたのは美しい景観ではない。
「なにアレ? コガネムシゴーレム?」
今も森を切り拓いている作業場で小型重機みたいなゴーレムが稼働しているのだ。6本脚で胴体は前後ふたつに分かれて関節があり、前方一対の脚は前のボディから、真ん中と後方の二対は後ろのボディから生えている。後方ボディの上には柱と屋根だけついた開放型の運転台があり、前方ボディの先には幅広の排土板が取り付けられていた。パッと見た感じ角のないクワガタムシかコガネムシといった印象を受ける。
「あ~、あれは仇討ち街道を通す時に作った土木作業用ゴーレムだねっ。王国軍が発注していっぱい作らせたんだけど、用済みになった後は払い下げられたんだっ」
外国からは王国怒りのロードと呼ばれている街道だけど、アーカン王国では仇討ち街道と命名されているらしい。サソリゴーレムほど多機能でない分、汎用の魔導甲冑に使われているクラスの魔力結晶があれば製造できる。6本脚だけど、マジスカ君がゴーレムの操作補助技術を提供してくれたおかげで真ん中の脚を意識する必要がなく、ハイハイをする感覚で動かせるのだとクセーラさんが解説してくれた。カルハズミーナ公国を攻め滅ぼした後は王国軍の土木建築部隊に配備されたのだけど、こんなにいらないと半数くらいは払い下げられたそうだ。稼働させるには魔導騎士クラスの魔力が必要とされるので、懐と人材に余裕のある領でしか運用できないものの、作業効率は格段に向上するという。
「ゴーレムの完成に貢献したってマジぴょんは準爵位をもらったんだよっ。排土板やクレーン付きのゴーレムは伯爵のアイデアだってのにさっ」
排土板が装備されているのは地均し用のJ型。他にもクレーンの付いたC型など何種類かあるのだけど、どれもサソリゴーレムの機能を分割した廉価版だそうな。パクリ元のオリジナルを製作した自分たちにはなんにもなくて、操縦サポート技術を提供したマジスカ君には爵位なんて不公平だとクセーラさんが頬を膨らませる。もっとも次席の考えは異なるようで、蟲にしか動かせないゴーレムを誰でも扱えるようにしたことには大きな意味があるとおすまし顔で口にした。
「補助機能なんて甘えだと……このクソビッチは……農事用ゴーレムに搭載することを拒んだのよ……」
「これだからデキる人は……」
「なにっ? 伯爵まで私が間違ってるっていうのっ?」
製作者が断固として反対しているせいで、サソリゴーレムは今でもクセーラさんによるフルコントロールと行動プリセット機能だけだそうな。マジスカ印の操作補助機能なんて甘えだというのが理由らしい。どうやら、クセーラさんもプッピーやドクロワルさんと同じ思想に染まっていた模様。お前もかと冷めた視線を向けたら、どうして誰もわかってくれないのだとドシドシ足を踏み鳴らす。
「うわぁ……。あんな切り株を引っこ抜くのに、たった3人であっという間に……」
一方、荒ぶるクソビッチの隣ではクレーン付きのC型と補助作業者ふたりだけでメキメキと切り株を引っこ抜いていく様子を眺めていたベコッタ司祭が、あんな調子で農地を拡げられたら美味しいものがどれだけ収穫できてしまうのかと瞳を輝かせていた。教国なら6人が交代で根元を掘り起こすだけで半日がかりの仕事になるそうな。
「まるで、異国にきてしまったみたいですよぉ」
「実際、異国なんだけど……」
「言いたいことはわかってるでしょうに、いちいち揚げ足を取らないでくださいっ」
ここは異国なのかとおっぱいを震わせるベコッタ司祭。そのとおり異国なのだと伝えたところ、そうなんだけどそうじゃない。わかってるのに揚げ足をとるなとプンスカ憤りを表す。異国情緒にあふれていると言いたいのなら、どうしてそう言わないのだろう。僕にはさっぱり理解できない。
「伯爵はいつもいつも、隠し事をしたうえで自分だけはわかってますって顔をするんだよっ」
「よ~くわかります。自分なんて大したことないとポーズだけは謙遜してみせる自尊心に溢れたクズですねっ」
ウマが合うのかガッチリとタッグを組んで僕を糾弾してくるクセーラさんとベコッタ司祭。情報を握っているのは自分だけだと、こいつはいつも他人を見下してかかるのだとクセーラさんが僕を指差した。本当は思ってもいないくせに普通だの人並みだのと低い自己評価を口にする輩は、相手はそれ以下と暗に示唆したい嫌味な野郎だとベコッタ司祭も冷ややかな視線を送ってくる。
「僕は実際にフィジカル最底辺な恵まれない弱小種族だからポーズじゃないんだ」
「騙されないよっ。フィジカルなんてコケトリスがいれば関係ないんだからっ」
体格と身体能力では人族の10歳児にすら劣ると説明したものの、そんな欠点はコケトリスが補ってくれるとふたりは納得してくれない。森の頂点捕食者でありながらしつこく弱者アピールをしてくる嫌な奴だと一方的に決めつけ、これまでの行いを深く反省してお詫びに美味しいものをご馳走せよと要求してきた。
丘に囲まれた農地を抜け、マスルパゥワー侯爵の居城キャスルマスルへ到着するころにはすっかり日が傾いていた。あらかじめ先ぶれしておいたおかげか客間を用意してございますと案内される。晩餐に招かれて広間へ向かえば、クマみたいなガタイをした40代後半と思われるおっさんがいた。マスルパゥワー侯爵は次席とクサンドロス氏の中間あたりに位置する世代で3年ほど前に襲爵したばかりだという。
「ウォールカリュアーに比べたら古いだけが取り柄のあばら屋だが、ようこそ我が城へ」
歴史くらいしか誇れるところのない古城へようこそとマスルパゥワー侯爵が僕たちを歓迎してくれる。築城当時、この辺りはまだ魔物の領域で、遠征軍の拠点とするために設けられた出城だったそうだ。改築することを想定していなかったのか工事をするためのスペースが用意されておらず、やるなら一度取り壊して丸ごと建て直すしかない。仕方なく修繕をくり返すことで現状を維持しており、次席のお城のようにカタパルト付きの発着場を増築することができないのだと侯爵様はとっても残念そうにため息を吐き出した。
「毎年のように遊びにきているじゃない……クセーラが悪ふざけで作った……魔導甲冑を見せびらかしに……欲しがる騎士が多くて迷惑しているのよ……」
「悪ふざけじゃないよっ。ひと目で指揮官の位置がわかるようにした工夫だよっ」
ところが、マスルパゥワー侯爵も訓練と称してカタパルトで遊びにくるひとりだった模様。専用機はクセーラさんのお手製なうえ、騎士たちから同じものを要求されて断るのが面倒なのだと次席が唇を尖らせる。なお、クセーラさん的には悪ふざけでなく目立つようにしただけだそうな。それを聞いて、ピンと閃くものがあった。まさか、アレを魔導甲冑へ搭載したのだろうか。
「もしかして、乙女マキシマムを魔導甲冑に装備させたの?」
「さっすが伯爵は話が早いねっ。編隊を組む騎士たちからは好評なんだよっ」
「著しく強度が落ちるから……実戦では使えないなんて……悪ふざけで充分よ……」
侯爵様がまだ嫡子であったころにクセーラさんと意気投合して、自分用の魔導甲冑を乙女マキシマム装甲へ換装したそうだ。魔導甲冑の質量に対して発生する推進力は微々たるものなので、実際は光をよく反射する霧を噴出させる装置でしかなく、装甲としての機能はないも同然。実戦では役に立たない式典用なものの、光の尾を引いて飛行する様が騎士たちに人気で、特に夜間はめっちゃ目立ってカッコいいらしい。カリューア領でも導入してくれという騎士団からの要望書をビリビリに引き裂いてゴミ箱に捨てるのは、もう毎年恒例の行事だと次席は額に青筋を浮かび上がらせた。
「侯爵様が魔導甲冑で出撃しなきゃいけないような事態になったら、それはもう手遅れって状況でしょうからね。式典用なら派手な方がよいというのもわかります」
「ほぅ、子供にしてはものわかりがよいな」
「彼は私やクセーラの同級生……子供の姿をしていても……あなたより年上よ……」
「なんとっ?」
そもそも西部派の首領が魔導甲冑で出撃しても、その時にはもう覆しようがないところまで状況は悪化しているはずだ。そんな事態に陥らないよう事前に手を尽くすのが領主の責任。専用機なんて式典やパレードでしか使わないのだから、せいぜい派手でカッチョよく見えるよう飾っておけばよいと告げたところ、子供が派手なものを好むのはわかるとしても、実用性に目をつぶってよい理由まで理解しているのかと侯爵様が怪訝そうな視線を僕へ向けてきた。魔導院で同級生だった奴だぞと次席に教えられ、こいつはビックリと目を丸くしている。
「モロニヌレーテ連発砲にゲボーク砲。新型の魔導推進器にオムツフリーナちゃんまで、すべて彼の考えたものだと? どうして、そのような人物がこれまで知られずに?」
「僕は構想だけで、実際に制作したのはシュセンドゥ先輩やクセーラさんですから……」
僕が在学中に考えついたものを並べられ、どれもこれもそれまでの常識を塗り替えたものばかりではないか。それほどの人材が、なぜ表に出てこなかったのかと訝しむ侯爵様。それは、実際の製作者が違うからだ。何ひとつ僕ひとりで完成させたものはない。
「アーレイが魔導院にいた数年間で……王国の技術は50年分くらい進歩したわ……40年という歳月があれば……500年分は発展したはず……にもかかわらず、彼は国を捨て去った……つまり……私たちから450年を失わせた裏切り者……」
「次席。その計算はさすがに無理があると思うよ……」
500年分の技術進歩があるはずだったのに、僕がいなくなったせいで50年分しか発展できなかった。失った450年を賠償させるために裏切り者を連行するのだと、急遽王都へ向かうことにした理由を説明する次席。依代のことを大っぴらにしたくないのはわかるものの、実時間で40年しか経っていないのに450年分を返済させようだなんて高利貸しにもほどがある。そんなたわ言を真に受ける迂闊がいるとは思えない。
「王国を捨てて外国へ去ってしまったというのか。仲間を裏切るとは感心せんな」
だけど、西部派貴族は裏切りや寝返りを嫌う武人気質の脳筋連中だ。マスルパゥワー侯爵も例外ではなかったようで、国を捨てるなんてけしからんと表情をしかめさせた。
「……いちおう補足しておきますけど、そもそも僕はドワーフ国出身の外国人です」




