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道案内の少女  作者: 小睦 博
第20章 

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667 ウカツ訓練場

「アーレイ君。お願いがあるのですけど……」


 王都への出立を翌日に控えた夜、借りている客間に戻ったら【病魔を祓う癒しの手】様が依代に宿って姿を現されていた。なにやら、僕にやって欲しいことがあるという。


「実験た……いえ、ムケズール君をこっそりこの部屋へ呼ぶことはできませんか?」

「ダメッ。人体実験禁止っ」


 どうやら、実験体A00001こと【皇帝】をこっそり診察したいそうだ。いくらドクロワルさんのお願いであっても、非道な人体実験の片棒を担ぐのはお断りである。


「神様なんだから、天上からでもこっそりのぞけるでしょ」

「移植したイボ汁分泌器官の状態を確認するにはお腹を開いてみるしか……」

「いったい、なにをする気だったのっ?」


 精霊を通してのぞくよう言ってみたものの、臓器の状態を調べるためには切開して観察するしかないのだとドクロ神様は言い張った。朝までにはちゃんと元どおりにしておくからと、倫理観の欠片もないおねだりをしてくる。神様と生き物とでは物事の認識や価値観に大きな違いがあるのは事実だけど、これは師匠であるプロセルピーネ先生の悪癖を受け継いでいるだけ。たとえ神様であっても、世界征服を企む悪の秘密結社のようなマネを許してはいけない。


「哀しみを背負ったイボナマコ怪人はひとりで充分です」

「あんなに肌が若々しいのは、間違いなくイボ汁の効果ですよっ。もしかしたら長寿の効果もあるかもしれないのにっ」


 お肌だけでなく、他の臓器も若々しさを保っているかもしれない。そうなれば、これまで以上に長生きできる可能性が生まれる。移植から40年以上も経った実験体はA00001号しか存在せず、人族の未来がエロオヤジにかかっているのだとドクロワルさんが熱弁を振るう。


「終わりを欲しがったのは生き物の側なのに、それをまた失くしてどうすんのさ」


 死んだ生き物の魂はイグドラシルへ還って真っ新にされ、再び新たな生命へと宿る。終わりを欲しがった生き物のために、神様がそういう世界にしてくれたのだ。事情を知らない生き物が長生きを喜ぶのは当然だけど、もうそっち側の存在になったのだから世界の法則を乱す研究は禁止だと【病魔を祓う癒しの手】様にキッパリ言い渡す。


「しくしくしく……。先生、アーレイ君が意地悪です……」


 クサンドロス氏の相談役を言いつけられた【皇帝】はウォールカリュアーへ居残ることが決定している。もう二度とこんな好機は訪れないかもしれないのにと、ドクロ神様は肩をガックリ落として依代から離れていった。


「いいんですか、神様にあんなこと言っちゃって?」


 部屋の隅で僕たちのやり取りの一部始終を眺めていたベコッタ司祭が、神様に生意気な口を叩いて罰を受けたりしないのかと不安そうに尋ねてきた。巻き添えは御免だという感情が顔にも魔力にもありありと表れている。だけど、老いも病も争いもなかった誰もいなくならない黄金時代は実際にあったというのだ。それはつまり、神様がその気になったら実現可能であることを意味している。神々がトライ&エラーをくり返してきた結果、今の世界があるのだとタルトは言っていたから、昔に戻す研究なんて誰のためにもならないだろう。


「長生きの研究は生き物にさせればいいんです。神様に手を出されたら、地上に【死したる者たちの王】が溢れかえる結果になりかねませんよ」

「うひっ?」


 もちろん、長生きすることを望む生き物が研究するのは構わない。一朝一夕に不老長寿が完成するはずもなく、長い時間をかけて徐々に寿命を延ばしていくことになるだろう。その過程で、本当に終わりがなくなってもよいのか疑問に感じる者も出てくるはずだ。この世界の未来は決まっていないのだから、よくよく考えて結論を出せばいい。ただし、神々は一度失敗しているのだからすっこんでいてもらおう。終わりを一方的に取り上げられた結果、アンデッド親分が量産されてもよいのかと問い質せば、ベコッタ司祭は顔色を青褪めさせてプルプルと首を横に振った。わかっていただけたようでなによりである。


「明日からはまた一日中鞍の上です。さっさと休みますよ」


 お城でゴロゴロ過ごせるのも今日で最後。ひ弱なロゥリング族はしっかりと身体を休めて疲労を取り除いておかなければ行き倒れてしまいかねない。そのためには、おっぱいに包まれてぐっすりおやすみすることが必要不可欠だ。食事を作る体力がなくなったら携帯食だと告げたところ、食いしん坊司祭様はヨチヨチとおっぱいで寝かしつけてくれた。






 ウォールカリュアーを発つ日がやってきた。王都へ向かうのは次席とクセーラさんに第33代目オムツフリーナちゃんだ。カリューア姉妹と精霊たちはもちろんサソリゴーレムで、33代目ちゃんと小間使いのメイドさん2名がクルミの樹と乙女を意匠したカリューア伯爵家の紋が装飾されている4頭立ての箱馬車である。サスペンションの付いた馬車くらいなければ格好がつかないと思い購入したものの、サソリゴーレムが便利過ぎるせいで使う機会がなかったと次席が苦々し気に顔をしかめていた。


「効率化なんかはしてきたけどさ、機能は伯爵が考えたのそのままだよ。結局、武装を取り付けるくらいしか思い浮かばなかった」


 40年の間に忌々しいサソリも進化を遂げたらしい。もっとも、魔力の効率を良くしたりボディや関節の強度を上げたりといった改良は施せたけど、機能面は何ひとつ変わっていないそうだ。構想段階での完成度が高すぎて、これを超えるアイデアは思いつかなかったとクセーラさんがため息を吐く。それはまぁ、仕方のないことだろう。田西宿実の世界にあった軽トラは試行錯誤をくり返した結果、ひとつのカテゴリーを形成するに至ったベストセラー。超えるのは容易なことではない。


「護衛部隊、準備は整ってますっ」


 いつでも出発できますとコケトリスを引いた兵隊さんが報告してくる。領主が護衛なしというわけにはいかず、コケトリスに跨った騎兵が4騎に33代目ちゃんたちの箱馬車を動かす御者ふたりの6名が護衛部隊だそうな。いつもは大型の荷馬車なんかも引き連れていくのだけど、今回はスピードを重視して人数少なめにしたという。


「クサンドロス……わかっているわね……」

「母上が戻られるころには、この城は私のものになってます。覚悟しておいてください」

「それでいいわ……」


 見送りにきたクサンドロス氏に、わざわざ城を空けてやるんだからその間に奪ってみせろと暗に示唆する次席。はいはいと代替わりを通告された次の伯爵様が肩をすくめる。どうやら覚悟は決まったようだ。


「ハニー、寂しいよぅ……」

「恥ずかしいところを見せるんじゃないよっ」


 一方、【皇帝】はひとりにしないでくれとクセーラさんにすがりついていた。子供たちに孫だっているんだから相手してもらえとバシバシ引っ叩かれている。


「もうっ、さっさと出発するよっ」


 この不届き者を取り押さえておけと息子ふたりに命じ、クセーラさんがサソリゴーレムの運転台へ乗り込む。反対側からベコーンたんを抱っこした発芽の精霊と続いて次席が搭乗すると、こんな場所にいつまでもいられるかと告げるかのように鉄でできたサソリが動き出した。本物のサソリと見紛うほどスムーズな脚の運びは魔導院の生徒だったころに比べ、さらに磨きがかかった模様。身の毛がよだつレベルでキモい。


 2騎のコケトリス騎兵が先頭を進み、その後に4頭立ての箱馬車が続く。馬車の御者台からではなく、前列2頭、後列2頭に馬を並べ、前後列の左側にいる馬に御者さんが跨って馬上から操る格好だ。馬車の後ろにサソリゴーレムが陣取り、左右両側をコケトリス騎兵が固める。最後尾はよそ者である僕たちだ。サソリゴーレムが領主様専用機であることは領民たちにも知れ渡っているようで、道の左右に並んだ人たちが行ってらっしゃいと手を振ってくれていた。


「ヘル君、私は先に行って準備を整えておくわ」

「頼んだぜ、サクラ」


 街の北側にある門から出たところで、ムジヒダネさんを乗せたヘルスティンガーが空へ飛び立っていった。本日の宿泊場所はウカツ訓練場。東に見える山の裾野を回り込むよう北へ向かうと、正面に別の丘が見えてくる。そこにカリューア家とムジヒダネ家が共同で建設したコケトリスの訓練施設があるらしい。貴人のための宿泊施設もあるので、伯爵様がいらっしゃると伝えておいてくれるそうだ。


 途中、何度かの休憩を挟みながら北へ向かえば、お昼を過ぎたあたりで行く手にちょっとした小高い丘が見えてくる。トコトコ進んでいくとふもとに街道が交差する十字路があった。直進して丘を登ればウカツ訓練場、丘を西へ回り込む道を行けばムジヒダネ領、東へ向かう街道を進めば西部派の首領であるマスルパゥワー侯爵領に通じているとのこと。まっすぐウカツ訓練場へと向かい、空が夕焼けに染まり始めたあたりで到着する。家族経営の小規模牧場みたいなところを予想していたら、立派な建物と大きな鶏舎が並んでいてビックリするほど施設が充実していた。


「なにこの規模? もうひとつの集落じゃん」

「コケトリスが100羽。従業員と家族に研修生まで含めれば人はその倍以上いるからな」


 ウカツ訓練場はコケトリスの訓練だけでなく、騎乗技術や飼育方法の習得を目的とした人の訓練も引き受けているそうだ。つまりは、魔導院にあったコケトリス部門の規模拡大版である。生産牧場ではないのだけど、繁殖技術の実習をしている関係で毎年10羽程度のヒヨコは孵しているという話。門をくぐった正面にある建物へ近づくと、サクラちゃんを先頭に従業員がズラリと並んで次席をお出迎えしていた。なんでも、ヘルネストは訓練場の運営を任されている場長にすぎず、次席こそがオーナー様だという。


「こいつはバナナンテの子供か? 司祭様のはイナホリプルの系統っぽいな」


 ここの鶏舎はすでに騎獣として役務に就いている現役用、訓練中の鶏を収容している見習い用、繁殖する鶏を入れておく生産用と用途別に分かれているそうだ。バナナンダーを休ませてやろうと現役用の鶏舎に向かったら、裏手にご機嫌な砂場を発見。鞍や轡を外し、均すのはヘルネストだから思う存分掘り返していいぞと砂浴びをさせてやる。ゴリゴリ身体をこすりつけ気持ちよさそうに砂場を荒らすバナナンダーを見て、体つきが黒スケにそっくりだとヘルネストの奴が知った風な口を叩きやがった。コケトリスの目利きには自信があるようで、オムレツプリンの薄茶色と丸っこさはイナホリプルの影響に違いないと頷いている。


「アーカン王国から伝わったコケトリスなら、イリーガルピッチ、イナホリプル、ホンマニアキマヘンのどれかふたつはほとんどの鶏に入ってるだろ。3分の2で当たる予想をわかったように語るんじゃないよ」

「マイフレンド、身も蓋もないようなことを言わないでくれ」


 初期からいたコケトリスは限られているし、近親交配を避けるために異なる血統を混ぜていることは確実なのだ。外す方が難しい予想をドヤ顔で語んなと告げれば、コケトリス部門のメンバーは冷たい奴ばっかりだと迂闊なる男は顔をクシャクシャにした。同様のツッコミを入れたのは僕だけでなかったらしい。


 砂浴びに満足したバナナンダーを鶏舎の房で休ませ貴人用の宿泊施設へ案内してもらえば、カリューア姉妹とサクラちゃんにひとりの青年がバルコニーのような場所でお茶をいただいていた。20代半ばくらいの年齢で、長身なうえ体格が好く顔も整っている。もしや、噂に聞く若い燕というヤツだろうか。


「ヘルネスト。サクラちゃんが愛人を連れてるよ。いいの?」

「あれは息子のコケトリオンだ。ウカツダネ家の跡継ぎだよ」


 堂々と連れ回すものなのかとヘルネストに尋ねたところ、ふたりの長男だそうな。だけど、クサンドロス氏に比べてずいぶんと若い。


「永遠に許嫁なんて言ってたから婚期が遅れたの?」

「いや、祝言を挙げるのは【皇帝】より早かったんだが……男子に恵まれなくてな」

「公爵は9人も産んでるんだよっ。顔を合わせるたびにお腹をおっきくしててさっ」


 イチャイチャする関係を楽しみたくてズルズル先延ばしにしてたのかと問い詰めたところ、見習いから騎士に昇格することが内定したところでふたりは結婚したらしい。ところが、娘ばっかり7人も連続したのだとヘルネストの奴が頭をかく。コケトリオン君は8番目の子供で、他は残らず娘。上のお姉さんたちは皆嫁いでいってしまい、カリューア姉妹の給仕にあたっているのが末娘のユリーユさんだそうな。こいつは会うたびに赤ちゃんを抱いているか、お腹をおっきくしているかのどっちかだったとクセーラさんがサクラちゃんを指差す。


「ヘル君が悪いのよ。おかげで騎士になっても出撃する機会は一度もなかったわ」


 騎士には任命されたものの、ヘルネストは早々にコケトリス訓練場への赴任を命じられ、自分も遠征前に妊娠していることが発覚して予備役とされてしまった。その後は出産と育児で忙しく、気がついた時にはもう現役に復帰するには厳しい年齢になっていたと【ヴァイオレンス公爵】が不満そうに頬を膨らませる。結局、ふたりは魔物と戦う機会すら与えられず、かつての同級生たちから実戦経験ゼロ、寝室が主戦場などと後ろ指をさされるハメになったという。


「きっと、宿命がそうさせたんだよ。何事にも意味はあるもんさ」

「マイフレンド。ファル姉みたいな気休めはやめてくれ」


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― 新着の感想 ―
ムジヒダネ家は安泰だなあ、アーレイ君も結構そこらに種蒔きしてる様ですが、これには勝てまい ところでアーレイ君がドクロお姉さんが神様になったのを知ったのは、この前のゴブリン谷の時なんですか?
組織壊滅を狙うマスクドオムツに立ちふさがる最古のイボナマコ怪人ムケズール、とならなくて本当に良かった 一方、クセーラさんの脳は完全に虫に…
長寿じゃなくて美容目的って言えばワンチャンあったかもしれないのに。女性の夢だろう。 子供9人とか野球の時間か。自分の手で鍛え上げた最強の息子とか思い描いてたのかもしれないけど、さすがに産み過ぎでしょ…
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