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道案内の少女  作者: 小睦 博
第3章 モロリーヌの夏休み

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66 サソリの尻尾の正体は

 機関に動きはなかったらしく、魔性レディと姫ガールは翌日も看護士講座に姿を現した。魔性レディは白黒ゴシック調なのは変わらないけど、詰襟に手首まで袖のあるドレスを身にまとっている。下に鎧下を着けていることは確実だ。手にした扇子と腰に吊るした護り刀は、どちらも装身具に見せかけた魔導器だろう。


「ぺっ。またまた姫のパクリが出たのです。【矩粗微津乳くそびつち】なんて魔性ひとりで間に合ってるです」


 クセーラさんの左腕に巻かれた包帯が気に入らない姫ガールは、しきりにパクリ2号が現れたと非難している。自分がオリジナルというわけでもなかろうに……


「誰が【矩粗微津乳くそびつち】ですって?」

「はうあっ」


 姫ガールの後頭部をガッシリと鷲掴みにして、喉元に扇子を突き付けた魔性レディが我のどこが【矩粗微津乳くそびつち】なのか。どこを見て【矩粗微津乳くそびつち】と判断したのだと笑顔のままギリギリと責めたてる。


「こっ、これは商人の間で取り交わされる挨拶代わりの軽いジョークです。『おはよう』の意味ですよ」


 商人たちの習慣なのだという言い訳は魔性レディには受け入れられなかったようだ。姫ガールはこめかみの辺りを両拳でグリグリするお仕置き――いわゆるウメボシ――を喰らって断末魔のニワトリのような悲鳴を上げた。


 今日は機関が来ていないようで隠れた場所からの視線は感じない。ただ、昨晩の内に魔性レディがケリをつけたのならさり気なく武装してくるのは変だ。

 姫ガールがドクロ先生の講義に気を取られている間に聞き出しておくか……


「機関に動きはありました?」

「宿の主人の話では、食事に来た客にそれとなく我のことを聞かれたらしいわ」


 魔性レディの泊まっている宿は夜にお酒を出す食事処もやっているのだけど、こざっぱりとした身なりで懐に余裕のありそうな男が「食事の評判を聞いて」やってきたらしい。ただ、その宿の食事はコストパフォーマンスが売りの家庭料理。宿泊客以外でやってくるのはご近所の常連さんばかりで、評判を聞いた一見客がやってくることなどあり得ないのが自慢だという。


 何だか怪しいと思っていたら、案の定あまり食事には手をつけず、ひとりで宿泊している女性客のことを口の端に上らせたそうだ。


「20代くらいの若い男という話だけど……」

「わたしが確認したのは真夏に外套の男ふたりでしたね。20代半ばと30代くらい……」


 昨日見た男たちのことを伝えると、真夏に外套と聞いた魔性レディの目が鋭くなった。


「ズレてるわね……」

「ズレてますね……」


 味自慢のコックさんが腕を振るう食事処であれば評判を耳にした一見客がやってくるのも不思議ではないけど、安さが自慢の家庭料理屋にそんな客は来ない。真夏に外套がおかしくないのは鎧下を使える魔力を持った人だけだ。

 姿の隠し方は上手なのだけど、滲み出る平民とは異なるセンスが彼らの正体をこれでもかと物語っていた。


「心当たりは?」

「見当もつかない。あると言えばあり過ぎるけど、我を始末することで利益を得られる相手に心当たりはないわ」


 貴族の利益のために働いている以上、恨みを買うことは避けられない。ただ、刺客を放つほど恨まれる覚えはないし、それで利益を得る者がいるとも思えない。騎士に他領での非正規活動を命じるなど、発覚した時のリスクに見合わないという。


「さして重職にあるわけでもなし。我の代わりなどいくらでもいるのよ」

「今も任務でここに?」

「半分は休暇ね。治療士とか看護士とか足りてないから、資格を得るならば訓練任務扱いにしてやろうって……」


 魔性レディは純粋に看護士講座を受けるのが目的だったそうで、秘匿術式なんて持ってきてないし攫ったところで身代金も払われない。窃盗や誘拐といった線はあり得ないそうだ。


「やはり闇の血が目的では……」

「機関がどこかの領主を取り込んだようね……それほどまでに我が闇の血を欲しがるとは……」


 さっぱり見当がつかないので闇の血のせいにしたら、魔性レディはノリノリで「闇の一族に手を出したことを後悔させてやろう」などと芝居がかった口調で呪いを吐き始めた。






 結局、講義の終了まで機関が姿を現すことはなく、念のためにと魔性レディを宿まで送ったけど僕たちを監視するような視線は感じなかった。なにを狙っているのやらと考えを巡らせながらコテージへ戻ってみると、なにやら3歳児の挙動がおかしい。いつもなら拾ってきたものを見せびらかすか抱っこしろと寄ってくるのに、今日はおとなしくニコニコと作り笑いを浮かべている。


 あやしい……コイツは何かを隠している。後ろにあるバスケットは何だ?


 中身を確認しようと近づいたところ、被せられた布の隙間から先端に毒針のある昆虫の尻尾がニュルリと出てきた。僕の身体を戦慄が駆け抜ける。サソリの尻尾だっ!


「サソリッ! 本当にサソリを拾ってきたのっ!」


 ポシェットから『タルトドリル』の魔導器を取り出して構える。魔術を使う分には鞘から抜く必要はない。


「落ち着くのです下僕。これはサソリではないのです」

「タルトどいてっ! サソリ殺せないっ!」


 タルトがバスケットを護るように立ち塞がった。サソリでないはずがない。あの大きさと太さは巨大サソリに違いないのだ。この場でバラバラにしてやる。


「すでにわたくしの従僕にしたのです。下僕を刺したりしないのですよ」

「ダメだよっ! 許さないよっ! サソリは殺すんだよっ!」


 刺す、刺さないの問題ではない。サソリはサソリというだけで死に値する。奴らにあるのは殺される権利だけだ。


「動きを止めるのですっ」


 くっ。契約によってタルトに体の自由を奪われた。ええいっ、動け僕のからだっ。殺られる前に殺るんだっ!


「よく見るのです。サソリにこんな首はついていないのです」


 バスケットから今度は蛇みたいな長い首が現れた。蛇よりもゴッツイ顔つきで、トカゲ……いや、以前見たラトルジラントに似ている。


「騙されないよっ。蛇とサソリを拾ってきたんだねっ」

「下僕は疑り深いのです。驚くのではないのですよ」


 まったく仕方がないとタルトがバスケットを覆っていた布を剥ぐと、そこには名状しがたき生き物の姿があった。胴体の大きさはサクラヒメと同じくらいで、蛇みたいに長く伸びた首、猫みたいな前肢に猛禽類の翼と後肢、尾羽の隙間からサソリの尻尾が生えている。

 なんだこりゃ……プロセルピーネ先生が新しいキメラ魔獣を創り出すのに成功したのか?


「魔物図鑑にあったマンティコアでもない……似てはいるけど特徴が一致しないわ……」


 魔物図鑑にはマンティコアという魔獣が載っているらしいのだけど、次席の記憶によればライオンにコウモリの翼とサソリの尻尾が生えた魔獣なのだそうだ。ただ、僕たちの住んでいる大陸には生息していないため、図鑑の記述がどこまで正しいかはわからないという。


「生息していない魔獣をタルトちゃんが拾ってくるのはおかしくありませんか?」

「パナシャの言うとおり……だからマンティコアではない……私の知らない魔獣……」

「かわいいねっ。前肢に肉球があってプニプニしてるよっ」


 次席とドクロワルさんがなんて魔獣だと訝しんでいる中、クセーラさんは空気を読まずに肉球の感触を楽しんでいた。タルトが従僕にしているせいか、他の魔獣と違って人族を恐れないようだ。


「この子なんなの?」


 体の自由が戻ったので『タルトドリル』の魔導器をしまいながら尋ねる。とりあえずサソリでないなら許してやろう。


「ドラゴンの赤ちゃんなのです」

「うえぇっ!」


 目の前の魔獣が恐怖の代名詞とされるドラゴンだと言われてクセーラさんがひっくり返る。次席とドクロワルさんもドン引きの姿勢だ。


「なに拾ってきてんのっ! 親ドラゴンはどうしたのさっ!」

「母親のドラゴンは人族にやっつけられてしまったのです。代わりに育ててあげるのですよ」


 人族にやっつけられたって……

 もしかして、最前線で暴れていたというドラゴンか?


「ドラゴンの討伐に……王国魔導騎士団が向かったと……2日前の情報だそうよ……」


 今日、次席がクゲナンデス先輩から仕入れてきた情報の中に、王国魔導騎士団がドラゴン討伐に乗り出したというものがあったそうだ。どうやら成功したみたいだけど、向かったという情報が届いたのが今日なのに、なんで3歳児が結果を知ってるんだ?


「遠くの魔力を感じるだけでなく、魔力で遠くを探る技術もあるのですよ。そのうち下僕にも教えてあげるのです」


 ロゥリングレーダーはパッシブ型だと思っていたけど、アクティブサーチも可能であるらしい。個体の識別ができるようになったら教えてやろうとタルトが得意そうにふんぞり返る。


「でも、ドラゴンのねぐらなんてコケトリスで日帰りできる距離じゃありませんよね」


 ドクロワルさんが可愛らしく首を傾げながら実にもっともな疑問を投げかけた。行軍より速く駆けさせたって片道だけでも数日はかかるはずだ。


「抜け道を……知っているのですよ」


 タルトが右手の人差し指を口元に当てていたずらっぽく微笑む。初めて会った日と同じだ。教えてくれる気はないということか……

 怒った親ドラゴンに追っかけられる心配がなくなったのはいいけど、こいつどこまで大きくなるんだ?


「ドラゴンって部屋で飼えるものなの? 毎日の朝食に牛一頭なんて言われても困るよ」

「ドラゴンが育つには時間がかかるのです」


 寿命の長いドラゴンは成長するのもゆっくりで、ワイバーン程の大きさになるのに10年くらいかかるらしい。僕が魔導院にいる間は鎧竜の入れる獣舎で間に合うという。


「ドラゴンということは……他人に知られない方がいい……バカが騒ぎ始める……」


 オスのグリフォンどころの騒ぎではない。王国の権威を盾に譲れと要求してくる貴族が絶対に現れる。貴族院で引き渡し命令が可決されるかもしれないと次席に脅され、ドラゴンであることを隠すため変種のマンティコアで通すことにした。それっぽく感じさせるため、名前も「ティコア」と命名する。タルトは「ゴブリーヌ」と呼びたがったけど却下だ。


 僕はクジャクを飼いたかったのだけど、3歳児が従僕にしてしまったのなら諦めるしかないか……


「アーレイ領軍は帰路に着いたそうよ……」


 クゲナンデス先輩からもたらされた情報には組織の動向も含まれていた。ドラゴンを連れてきたのは東部派スネイル伯爵のところの騎士で、ドラゴンに壊滅的な被害を受けたというのがアーレイ子爵領軍らしい。

 ドラゴンが相手では犠牲者も大勢出たことだろう。亡くなった方々には不謹慎ではあるものの、組織がこの街から引き上げていったのならドラゴン様様だ。ご冥福をお祈りしておく。


「スネイルの実家だって、なんか納得しちゃうねっ」


 クセーラさんがあいつの実家ならやりそうだとプンプンしている。スネイル伯爵の甥がAクラスにいて、学期末の成績は8位だったらしい。僕は話したこともないけど、クセーラさんの反応から察するに好ましいと言える人柄ではなさそうだな。


「ホンマニ領軍は遠征を切り上げたそうよ……ドラゴンが討伐されたのなら帰還を始めるでしょう……」


 ホンマニ領軍が駐屯しているのはドラゴンが街を襲うようなら迎撃するためで、ドラゴンがいなくなったのなら遠征を再開せず帰還することが決まった。魔導院の部隊も一緒に引き上げるから、帰り道は軍隊の護衛付きだ。


「東部派がピリピリしているから……魔獣たちを人目に触れさせないようにですって……」


 王国魔導騎士団がドラゴン討伐に乗り出したということは、ドラゴンを倒して得られる素材は王国に接収されることを意味する。多くの犠牲を払ったにもかかわらず獲物を横取りされた東部派領軍が、領主への言い訳代わりの手土産を探しているらしい。

 魔獣たちを移動させる時にはリアリィ先生が部隊を引き連れてくるから、それまでは部屋から出すなと指示があった。


「庭で遊ぶのもだめなのですか?」

「庭はどこから見られてるかわからないからね」


 タルトは庭に連れ出したがったけど、ここの宿泊客は領軍のお偉方ばっかりだ。さんざん損害を出しておきながら、ドラゴンの素材を入手し損ねるというヘマをしでかした張本人たちである。リアリィ先生もそれをわかっているから、誰にも見せるなと言ってきたのだろう。

 一階の部屋もなにかの拍子に見えてしまうとも限らないので、魔獣たちは二階の部屋から出さないようシルヒメさんにお願いしておく。






「そう寂しがるのではないのです。お前の母親はイグドラシルへと還りましたから、いつか再びこの地上に生まれ来るのですよ」


 おやすみの時間になってピィピィと鳴き出したティコアを3歳児が慰めていた。僕には魔獣の言葉なんてわからないけど、ティコアが母親を探しているのだろうということはなんとなく伝わってくる。


 タルトによれば、ドラゴンは子供に近づく人族の軍を追い払おうと大暴れしていたという。それが本当なら、東部派が軍を退かせていればおとなしくねぐらに帰っていたのかもしれない。

 でも、そんなことお構いなしに王国魔導騎士団は「遠征軍を襲った凶悪なドラゴンを討伐した」と華々しく喧伝するだろう。歴史は勝者が綴るものとはいえ、3歳児が人族の歴史を出鱈目ばっかりだと言うのも当然か……


「お前を想う母親の祈りはちゃんとこの【忍び寄るいたずら】に届いたのです。お前に竜の巫女をあてがうと約束するのですよ」


 討ち取られたドラゴンは、最期まで「子供を人族に殺させないで」と命の限り祈りを捧げていたという。天上の神様に代わって、タルトがその願いを聞き届けてあげることにしたそうだ。

 人族の中にはドラゴンを神様の使いと崇めている少数民族があって、太古から伝わる術式でドラゴンと契約し、そのお世話をする娘を竜の巫女と呼ぶらしい。ドラゴンの赤ちゃんと聞けば、一族総出で大切に育ててくれると3歳児は言う。


「ドラゴンを崇める民族なんて聞いたことないよ。どこに住んでいるの?」

「人族が竜大陸と呼ぶ陸地に住んでいるのです」


 むっちゃくちゃ遠いやん。東の大洋のずうっと南にある、陸地のほとんどがドラゴンの縄張りだという大陸だ。


「そんな場所で少数民族を探すなんて大冒険になっちゃうよ」


 僕の脳裏にカメラマンと照明さんがスタンバイしている洞窟に足を踏み入れる3歳児のイメージが浮かぶ。僕はたとえ動かないサソリであっても襲われるのは御免こうむるぞ。


「下僕は心配し過ぎなのです。わたくしにはちゃ~んと心当たりがあるのですよ」


 タルトはアテがあると言いつつティコアをベッドの上に運んできた。まさか、抱っこして寝るつもりなのか?


「わたくしの下僕は抱っこが上手なのです。今日は特別に真ん中に寝かせてあげるのです」

「僕が抱っこするのっ?」


 抱っこしてやれと3歳児がティコアを押し付けてくる。僕の目の前でサソリの尻尾が振れているよ。尻尾が痒いからとプスリされてしまうんじゃなかろうか?


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