665 変わらない脳筋たち
「マイフレンド、狩猟に出かけないか?」
「どっから湧いてきたんだよ」
クセーラさんの孫にあたる赤ちゃんと仲良くなって幼い女の子たちにお世話の仕方を指南してやった翌日、コケトリスの雄鶏を連れているガタイのよいジジイから馴れ馴れしく声をかけられた。顔にも声にもかつての面影が見て取れる。こいつは迂闊なる男ヘルネストで間違いない。いったい、いつの間にやってきたのだろう。
「昨日、カリューア領の騎士が報せてくれたのよ。国を捨てて出ていった退学者がノコノコ顔を出したって……」
隣にいるグリフォンを連れたオバチャンが、わざわざ騎士を伝令に飛ばしてくれたのだと教えてくれる。魔導院では【ヴァイオレンス公爵】と呼ばれ恐れられていたサクラちゃんだろう。どうやら、ピーチ小隊に託した伝令のひとつは脳筋ズあてだった模様。大急ぎでウォールカリュアーへ向かい出発し、今朝早くに到着したばかりだそうな。
――ドクロワルさんのことに触れていないのは、まだ伝えるなってことか……
伝えられた内容から察するに、依代のことはまだ教えるつもりがないのだろう。まぁ、このふたりはどこでうっかり口を滑らせるかわかったものではないから、王様へ話を通す前に触れ回られるのは困るという事情は推察できる。どうして今になって帰国したのか根掘り葉掘り聞き出されては面倒なので、ここはひとつヘルネストの提案に乗って注意を逸らしておくことにしよう。
「近くの狩場を知ってるんならいいけどね」
「伯爵家専用の猟場がある。クサンドロスの奴を誘ってみよう」
日帰りできる狩場を知っているかと尋ねたところ、ウォールカリュアーの裏側にそびえる山にカリューア伯爵家の者だけが使える猟場があるそうだ。過去に催された狩猟会なんかで招かれたことがあるという。次席の息子を引き込んで、ちゃっかり使わせてもらおうとヘルネストの奴は考えているらしい。
「アーレイがいるならタレを用意するわ。ファル姉にタレコミしてもらうのに入用だったから、道具は揃えてあるの」
「大急ぎで出てきたわりには、ばっちし準備を整えてきてない?」
「いつも使ってる背嚢に入れてあった。それだけよ」
さっそくタレコミの準備をしようとサクラちゃんが口にする。タレを送り込むのに必要な注射針やチューブは用意してあるらしい。準備万端ではないかと問い詰めたところ、余計な詮索はするなと殺気を放ってきた。【ヴァイオレンス公爵】は相変わらずのようだ。
まぁ、僕としてもその方が都合がよい。脳筋ズが生えてきやがったと次席のところへ報告に上がり、併せて狩猟に出かけたい旨を伝えれば、クサンドロス氏だけでなく息子のクシリウス君まで同行するという。魔導院に入学して3年目にはサバイバル実習があるので、極限状態で食料を得る方法を覚えさせておきたいそうだ。西部派だけあって貴族でもサバイバル技術は必須と考えているらしい。
「アーレイのいる東部派女子班は……太るのを気にする余裕があるくらい……なに不自由ない避暑地生活を送っていたものよ……勝つためには……バナナを差し出すしかなかったわ……」
「ああっ、なんか昔を思い出して腹が立ってきたよっ」
食べ物を手に入れる手段があれば楽しいキャンプ生活が約束され、なければ地獄の断食修業が待っている。それがサバイバル実習だとクシリウス君に言い聞かせる次席。こいつはバナナをひとり占めした挙句、食べ終わった後の皮を他人の顔に投げつけてきやがったのだとクセーラさんが僕を指差した。
「母上のころは、ずいぶんと楽しそうだったのですね」
「楽しくない……東部派にずっとリードされっぱなしで……バナナを売り渡すことでどうにか逆転した……クセーラやウカツたちは……戦争犯罪人として捕縛されたわ……」
自分の時は天候の悪いなか食べ物や薪を探しまわり、ひもじい思いに耐えながら残りの食料と資金を計算する毎日だったと口にするクサンドロス氏。そんな楽しい時期があったなんてという息子の呑気な台詞に、そんなはずあるかと次席がまなじりを吊り上げた。最後はバナナを巡る戦争に発展し、サバイバル実習にバナナ禁止のルールが追加されたのだと当時のことを言い聞かせる。
「食べ物を握っている者が王様……それはサバイバル実習に限らない世の理よ……誰かの軍門に下りたくなければ……食べ物を入手する手段を身につけておきなさい……」
配下を腹ペコのままでいさせる奴にリーダーの資格はない。他者の風下に立ちたくなければ食料を調達できるようになれと次席がクシリウス君に語る。クサンドロス氏の跡取りとしてしっかり教育されてきたのだろう。将来の伯爵様は真剣な面持ちで頷いた。
狩猟に出かけるのは僕とベコッタ司祭、脳筋ズ、クサンドロス氏とクシリウス君にカリューア領の狩猟監と部下たちだ。猟犬を連れてこようとしていたので、犬はいらないから獲物を運ぶための担ぎ棒かソリを持ってくるよう言い渡しておく。クシリウス君も父親に倣ったのかコケトリスに跨っていた。なんと、ヘルネストが訓練した雌鶏だという。
「いったんは騎士になったんだが……カリューア領とムジヒダネ領が共同で領境に軍用コケトリスの訓練場を建設することになってな。赴任するように命じられちまったんだ」
猟場に向かってトコトコ道を進みながら、僕がいなくなった後のことを聞き出す。卒業してから3年ほどの見習い期間を経て、ようやく騎士に取り立てられたと喜んだのも束の間、最初の遠征時期が到来する前にコケトリス訓練場へ配置転換させられてしまったとため息を吐くヘルネスト。結局、魔導甲冑を装着して実戦に出ることは一度もなかったそうだ。
「おかげで訓練の行き届いたコケトリスが手に入るようになりました。魔導甲冑で出撃したいだなんてウカツダネ殿は自身の価値をわかっていないと、母から何度も聞かされましたよ。高額な軍馬を購入する必要がなくなって大助かりです」
訓練済みのコケトリスが買えるようになったおかげで、目玉が飛び出るような価格の軍馬は西部派領から消え去ったとクサンドロス氏がクスクス笑う。王国全土を見渡しても馬は使役用か競技用しか残っておらず、今現在、軍馬と呼ばれているのは儀仗馬のことだそうな。ウカツ訓練場にかかる費用を含めても荷馬4頭分くらいで軍用コケトリスは手に入るから、軍馬を一頭購入するお金があればコケトリス中隊が作れてしまうくらいお得らしい。
「次席は魔導院にいたころからコケトリス生産を考えていたんだ。雄鶏まで扱えるようになったその時に、君の人生は決まってしまったんだよ。ヘルネスト」
「モロニダス……お前、気づいてたのか?」
「僕だけじゃなく、【皇帝】あたりは察していたと思うけどね」
騎士の代わりなら見つかるけど、雄鶏を訓練できるトレーナーはまだ数えるほどしかいなかったはずだ。そんな希少な人材を次席が見逃すはずもなく、ムジヒダネ領との共同事業で訓練場を立ち上げるとなった際に人事まで決めてあったに違いない。というより、ヘルネストをスカウトするために共同事業の形にしたと言った方が正解だろう。気づいていたのなら、どうして教えてくれなかったのだと恨み言をこぼす迂闊なる男。そんなの、お仕置きが怖いからに決まっている。
「デキる奴ってのは不自由なものなんだ。自由でいられるのは底辺な連中の特権とでも考えておくんだね」
他人の人生をなんだと思ってやがるとブチブチ不満を漏らすヘルネストに、優秀な奴ほど立場や身分に縛られるもんさと告げてバナナンダーに拍車を入れる。さっさと獲物を仕留めてお城へ戻り、柔らかく煮たお肉を赤ちゃんに食べさせてあげたいのだ。グズグズしている暇はない。僕は場所を知らないのだから案内しろと迂闊なる男を急かし、森の中を通る細いけどしっかり踏み固められた道を登っていけば、別荘と呼んでも差し支えない立派な山小屋に到着した。
「獲物が水場として利用する沢は近くにありますか?」
伯爵家専用の猟場小屋に到着したところで、水場の位置などを狩猟監のおっさんから聞き出す。年間を通して水が流れている沢はふたつ。雨が降った後にだけ流れができる涸れ沢がさらに何カ所かあるという。しばらく雨は降っていないという話だったので、常に流れのある沢を目指すことにする。
「獲物にも旬の時期があります。この時期のクマやイノシシは痩せてるのでシカを狙いましょう。ただ、農場や果樹園を荒らしている奴は話が別です」
出発前、次の春には魔導院へ入学するクシリウス君に要点を解説しておく。夏場のクマやイノシシは痩せていて美味しくないけど、人族様の収穫を横取りしている不届きな獣はその限りでない。山中の餌場から追い出されてきた若い個体が多いので狙い目だと、流離いのクマハンターで得た知識を伝授してあげる。大物には期待できないけど、危険性は低いし警戒心も薄く仕留めやすいのだ。
それでは出発だと猟場へと分け入り、ロゥリングレーダーに注意を払いながら獲物の集まっていそうな水場へ向かう。なんか群れのような魔力を感じると進んでいけば、美味しそうなシカの群れを発見した。
「あそこにシカの群れが潜んでいます。わかりますか?」
「まったくわかりません」
80メートルほど離れた場所にシカの群れがたむろしている。あそこにいるのがわかるかと尋ねれば、クシリウス君はさっぱりだと首を横に振った。素直でよろしい。
「狙うのは小鹿を連れていないメスの中で一番デカイ奴です。繁殖年齢を過ぎたメスの役目は群れを逃がすための囮になること。最後の仕事をまっとうさせてあげましょう」
「マイフレンド。この距離からそれを見分けられるのはお前だけだ」
弓に矢をつがえながら、子育て中の母シカを狙ってはいけない。群れの中にいる死に役を見極めるよう告げたところ、そんなのわかるかとヘルネストの奴が抗議してきやがった。不勉強なところは相変わらずだ。気にせず矢を放ち大柄なメスを仕留めれば、予想どおり群れは倒れた仲間を置き去りにして逃げていく。助けたり、守ろうとがんばられては面倒なので、大自然の掟を利用して効率よく済ませるのだ。
倒れた獲物に近づけば、間違いなく急所に矢を受けて息絶えているにもかかわらず魔力を感じた。ベコッタ司祭にお願いして魂をイグドラシルへと還してもらう。狩猟はここからが本番だ。手際よくタレコミを済ませ腹わたを抜けば、坊ちゃまがこんな技能を身につけたら自分たちはお払い箱だと狩猟監のおっちゃんたちが青褪めていた。
「伯爵様は狩猟監の職を廃止するお考えなのですか?」
「彼は特別なんだ。あんなの誰もマネできないから安心して欲しい」
獲物を沢に沈めて冷やしている間、自分たちは伯爵様の期待に応えられなかったのかと抗議する狩猟監のおっちゃんと懸命になだめているクサンドロス氏は見なかったことにして火をおこし、これは【月の女神】様に捧げる儀式だとクシリウス君の手で獲物の心臓を焚火に投じさせる。供物を気に入ってくだされば必中のご利益がいただけるだろう。
「ドワーフ国で冬の最中に山籠もりして狩猟生活を送れば誰だって……」
「マイフレンド。それは生き延びることができたらの話じゃないか」
薄切りにした肝臓を焚火で炙りながら、僕の狩猟は特別でもなんでもない。1か月かそこらで身につくと口にしたところ、死線をくぐり抜けるような修行方法を他人に勧めるなとヘルネストに止められた。いつまでも獲物を仕留められない奴は冷たい雪の中で孤独死を迎えると耳にして、魔導院とは監獄のような怖ろしい教育機関なのかとクシリウス君がプルプル震えている。それはドクロ塾なので安心していただきたい。
「首席や次席がアーレイをタラシだと言っていた気持ちがよくわかるわ」
炙った肝臓をサクラちゃんのグリフォンに食べさせていたら、タラシなところは相変わらずだと【ヴァイオレンス公爵】にギロギロ睨みつけられる。こいつはヘルスティンガーといって、メスのグリフォンを使い魔にしている人にお願いし、魔性レディのフルールと交配してもらって生まれた雛だそうな。他人の使い魔をタラシ込むなと、炙った肝臓は取り上げられてしまった。
「仕方ない。お城に帰ったら、たっぷりお肉がついた後ろ脚をあげるから――」
「タラシ込むなって言ってるでしょう」
「うぎょえぇぇぇ……」
しょせん、肝臓はおやつでしかない。メインディッシュは後ろ脚を丸ごと1本だと告げれば、ヘルスティンガーは瞳を輝かせて甘えるように頭をこすりつけてきた。僕の頭をグワシと鷲掴みにしたムジヒダネさんが、握りつぶしてやると頭蓋骨にギリギリ指先をくい込ませてくる。普通に食べ物を与えているだけなのにタラシ込んでいることになるなんて、ご主人様が充分に食べさせていない証拠ではなかろうか。
「マイフレンド。獲物の後ろ脚を丸ごと使い魔に与える奴なんてお前くらいだ」
モモ肉は人族が口にする高級部位。獲物を解体すれば骨にくっついて残った部分や端肉が発生する。それだけでも充分な量があるのに、どうしてみんなが楽しみにしている部分をグリフォンに食べさせてしまうのだとヘルネストの奴が呆れ顔になっていた。獲物は仕留めた者がひとり占めしてよいものではなく、狩りに参加した全員に行き渡るよう配分するのがマナーだそうな。
「人が食べる高級部位ってのはロースことだろ。切り落とされたスジばっかりじゃなく、モモ肉くらい食べさせてやんなよ」
「ロースにありつけない奴も存在するんだ。お前はいつも一番いいところを食べてるからわからないかもしれないが……」
高級部位とは、すなわちロースである。モモ肉くらいケチんなと言ってやったものの、どうしてか誰ひとりとして賛同してくれない。ロースしか口にしないなんて、さすがにそれは贅沢が過ぎるとクサンドロス氏まで渋い顔をする始末だ。あいつは人の心を捨てた外道だと言い聞かされ、とうとうクシリウス君にまでドン引きされるようになってしまった。




