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道案内の少女  作者: 小睦 博
第20章 

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659 発言に伴う責任

 モテナイルという、いかにも異性にモテなさそうな名前の若造に案内されて向かった先は街外れにある小さな掘っ立て小屋だった。扉はなく、建物の開口部には竹を束ねた簾のようなものが立てかけられている。簾をどかして中をのぞいてみれば、なんかロープでグルグル巻きにされ猿轡をはめられた状態で暴れる顔色の悪いあんちゃんを、20代くらいのお姉さんと16歳くらいの少女が必死に取り押さえていた。


「魔物に傷を負わされて、治療してもらおうと運んできたのですが間に合わず……」


 運んでくる途中で息を引き取り、そのままゾンビになってしまった。魔物として退治するのは忍びないので、街の住人に気取られる前にこっそりお祓いしてもらおうとエウフォリア教の司祭様を探していたのだとモテナイ君が説明してくれる。


「苦しいのは終わりです。聖女様の導きに魂を委ねてください」


 ズカズカと無造作に掘っ立て小屋へ踏み込んだベコッタ司祭が、腰を締めている帯の先端に結び付けられたランタン型の祭器を手にする。魔力が収束し魔法陣が発動する感覚が伝わってきて、暴れていたあんちゃんの中に残っていた魔力が消えうせた。呼ばれてきたシネシネにゴックンされてしまったのだろう。さっきまであんなに激しく悶えていた身体も糸の切れた操り人形のようにグッタリして、もうピクリとも動かない。


「お兄ちゃん……どうしてこんなことに……」


 少女の方はどうやら亡くなったあんちゃんの妹だった模様。モテナイ君の話によれば、枝に果実を生らせている樹を発見し収穫しようと登っていったら、擬態していたハタラキモノと鉢合わせてしまったそうだ。ハタラキモノは積極的に人を襲う魔物ではないものの、自分が隠れているところへ登ってこられたらさすがに防衛行動を起こす。鋭い爪で首筋をグサリとやられてしまったらしい。遺体を確認してみれば、頸動脈が走っているところへ深い爪痕が残されていた。その場に治療士がいれば助かったかもしれないけど、看護士では手に負えない深手である。


「この方の魂は聖女様のもとへ旅立ちました。もう迷うことはありません」


 お兄さんのことはもう心配いらないとベコッタ司祭が泣いている少女をなぐさめる。もうここにあいつは残っていない。自分たちにしてあげられるのは野良犬に傷つけられないよう埋葬してあげることくらいだとモテナイ君が言い聞かせ、街の近くにある共同墓地へ遺体を運び込む。指定された場所へ埋葬したら、近くに生えていた樹の枝を一本折ってきて墓標代わりに地面へ挿す。すでにお祓いは済んでいるので祈りの言葉は不要だ。名残惜しそうに立ちすくむモテナイ君たちを残して僕たちはこの場を後にする。だけど、共同墓地から立ち去ろうとしたところでベコッタ司祭と同じ礼装に身を包んだ3人組に出くわしてしまった。


「ベコッタか……どうしてこんな場所にいる? まさか、担当司祭に断りもなくお祓いを引き受けたんじゃないだろうな?」


 どうやら、この地区を割り当てられた担当司祭たちのようだ。一番歳がいってそうなおっさんはちょっと装飾が豪華だけど司教様とは違うから、イケナイ司祭長みたいな指導者的立場なのだと思う。残りのふたりはベコッタ司祭と年が近そうだなと考えていたら、一番若い男は顔見知りだった模様。外務派の司祭が国内派のシマで何してやがると問い質してきた。お祓い料(アガリ)を横取りするのはルール違反だそうな。


「神学校で首席争いにまったく絡めないまま3位で卒業して私より司祭になるのが3年も遅かったチワンワ君じゃありませんか。もう見習い期間は終わったんですか?」

「煽ってんのか、てめぇっ!」


 この若い司祭はチワンワという名で、神学校時代にベコッタ司祭と机を並べていた同級生らしい。首席と次席が熾烈なトップ争いを続けるのを横目に、残りはドングリの背比べという状況を制して第3位の座を獲得した特筆するほどの取り得もない男だそうな。まだひとりで仕事を任せられるに至っていないのかと先を行く同級生に問い返され、すっとぼけた顔で事実を陳列するなとドシドシ足を踏み鳴らす。


「地区割り当てを侵すのは明確な規則違反だぞっ。ただで済むと思うなっ」


 お祓い料をいただくことに関しては厳格なルールが存在するようだ。そういえば、仔豚司祭がホンマニ領軍の拠点を訪れたのもアガリの少ない地区を同僚と交代したせいだったことを思い出す。聖議会に報告すれば処罰の対象だとチワンワ司祭が鬼の首をとったかのように喚き散らしているものの、一方で司祭長と思われるおっさんは無言を貫いていた。どこか、ベコッタ司祭を見定めようと対応を待っているような気配を感じる。


「アンデッドとなって苦しんでいる魂を前にしては、どこにいるかわからない担当司祭を探している余裕なんてありません。聖女様の教えに従い導きを与えるだけです」


 外務派のスキャンダルをつかんでやったぜと勝ち誇るチワンワ司祭に対して、ベコッタ司祭は悪びれる様子など欠片も見せず聖女様の教えを遂行したまでよとはち切れんばかりのおっぱいを逸らした。緊急避難的な措置が認められるケースという主張だろうか。


「ふざけるなっ。何のために教団規則が定められていると思ってるんだっ」


 どのような状況であれ、規則は規則だとチワンワ司祭は言い張る。ルールを守ることは大事だけど、それは教条主義が過ぎるのではなかろうか。目の前にいるゾンビを放っておくよう勧める聖女様ではないと思う。


「具体的な行動指針を示すことで教義を補足するものだと、教団規則の前文にはっきり明記されています。どちらが優先されるかは明白で、教義の遂行が規則によって制限されるのは本末転倒というもの。決まりごとを覚えるばかりで背景を考えないから、聖女様の残された教義と教団が定めた規則の関係を見落とすんですよ」


 クセーラさんのような感覚派かと思っていたら、意外にもベコッタ司祭はロジカルおっぱいだった。神学校でトップを争っていたというのは伊達でなく、教団規則は聖女様の教えを補足する注釈書きであって制限するものではない。そのことは規則の前文で明らかにされているのに見落とすなんて、相も変わらず不勉強だとあざ笑うように鼻を鳴らす。


「外務派に生きのよい若手がいると耳にしていたが、なるほど君がそうだったか」

「プーダル司祭長っ。あんな屁理屈を認めるのですかっ?」


 ベコッタ司祭の返答に満足したようで、クックック……と司祭長っぽいおっさんが笑うように喉を鳴らす。思ったとおり指導役の司祭長だったようだ。あんなの屁理屈だと言い張るチワンワ司祭を片手を上げて制止する。


「では聞くがチワンワ司祭。自分は目の前で苦しんでいる魂よりも規則を優先する人間だと、聖議会で証言する覚悟が君にあるかね?」

「それは……」


 国内派の聖職者なんてジョーダン司教くらいしか知らなかったけど、あれは極端に悪い例だった模様。まともな指導役もいるようで、ベコッタ司祭の規則違反を糾弾することは、自分であればそうはしなかったと証言するに等しい。司教様たちの前でアンデッドを放置すると宣言する覚悟はあるかと尋ねられたチワンワ司祭は何も言い返せずに俯いた。


「聖議会で誰かを糾弾するなら、自らも俎上に上げられる覚悟を持ちたまえ。司教の方々はけっして甘くない。一方的に相手を断罪できるなどと勘違いしないことだ」


 きちんと論点を整理し、理路整然と相手を問い詰める。司教の位階にいるのはそういった争いを勝ち抜いてきた猛者たちだから、きっちり理論武装したうえで挑まなければ恥をかかされるだけだぞとプーダル司祭長が鼻息だけは荒い部下をたしなめる。断りなくお祓いをしたなんて話をしても、聖職者がお祓いをして何が悪いと鼻で笑われるのがオチ。そこからどこに問題があったのか説得できて、ようやくまともに取り合ってもらえるのが聖議会という場所だそうな。


「ベコッタ司祭、君にも尋ねたいことがある。お祓い料は徴収したのかね?」

「いいえ、私の判断で迷える魂を聖女様のもとへ導きました。依頼を引き受けたわけではありません」

「なら、やむを得んか……よろしい。地区担当司祭として君の行動を追認しよう」


 続いて、プーダル司祭長はアガリは受け取ったのかとベコッタ司祭を問い質した。たまたまゾンビを見つけたから導きを与えただけ。請け負った仕事ではないので無報酬という返答を受けて、司祭の位階にある者が実際にアンデッドを目の当たりにしているなら当人の判断を尊重するしかないと勝手にお祓いしたことを認めてくれる。


「ちっ……これで勝ったと思うなよ……」

「神学校を卒業した時点で決着はついてるのに、今さらなに言ってるんですか?」


 言い負かされて悔しいのかチワンワ司祭がしょうもない捨て台詞を吐いたものの、とっくに結論は出ているとベコッタ司祭に真っ向から打ち返されてしまう。本人の自意識とは裏腹に、彼女からはライバル認定されていなかったようだ。


「ベコッタ司祭って、結構言うよね……」

「そんなことありませんよっ。どっちが上かなんて、誰の目にも明らかじゃないですかっ」


 なに食わぬ顔で言葉の大槍をグサグサ突き立てていくタイプかと告げたところ、自分は事実を口にしているだけだとベコッタ司祭は言い張った。未だ指導者のもとにいる未熟者と、ひとりで使者の役目を任せられている自分がどうして比較対象にされるのだとチワンワ司祭を指差す。あんな奴と比べられるのは心外であると言われた負け犬が、拳をブルブル震わせて懸命に涙をこらえていることには気づいてもいないご様子。だんだんとチワンワ司祭が憐れに思えてきた。


「用が済んだのなら行きたまえ。君も使命を帯びているのだろう」

「はっ、そうでした。ご馳走が待っているので失礼します、司祭長様」


 これ以上は部下が精神崩壊してしまうと判断したのだろう。苦虫を嚙みつぶしたような表情で、本来の任務に戻りなさいとプーダル司祭長が勧めてきた。自分にはご馳走をいただく使命があったのだと暇を告げるベコッタ司祭。いろいろと間違ってる気がする。


「でゅふふふ……今晩はどうします。食事処を探しますか、それともモロニダスさんが腕を振るってくれますか?」

「とりあえず市場をのぞいてみましょう……」


 街へ戻ったら食材を探しに市場へと向かう。品揃えは悪くないようなので脂身ごってりな豚ロースをブロックで購入。その他、必要な食材を調達し、部屋は安っぽいものの備え付けの調理器具が充実していてかまどが使える木賃宿に宿泊する。豚ロースからトリミングした大量の脂身を大鍋にぶち込んで油を抽出していたら、まさか今晩は揚げ物なのかとベコッタ司祭が腰をクネクネさせるあやしげなダンスを始めた。相変わらず食べることに関しては鋭い。


「司祭様、これは……いったい……」

「ここにあるのは聖女様に捧げる晩餐ですっ。わける分なんてありませんよっ」


 羽釜でお米を焚いている隣でパン粉の衣をつけた厚切り豚ロースをジュワジュワ揚げていたところ、この安宿を経営している家主のおっちゃんが匂いに釣られてやってきた。いったい何を作っているのだとベコッタ司祭に尋ねたものの、聖女様への捧げ物に近づくなとバシバシ引っ叩かれて追い払われる。食いしん坊様はひとり占めする気マンマンだ。


 市場では料理に使えるお酒に卵も手に入ったので、小さな鍋でお酒を煮切り調味料を加えて割下を作る。フライパンでタマネギを軽く炒めてから上に切り分けた豚ロースの衣揚げを乗っけて割下で煮込み、ほど良いところで溶き卵をかけて卵とじにしてやればみんなの大好物かつ丼の出来上がりだ。絶対に美味しい奴キタコレとベコッタ司祭は大はしゃぎしている。だけど、完成したご馳走をホカホカご飯の上に盛り付けていたら土間になっている床に見覚えのある魔法陣が出現し、そこからひと柱の女神様が姿を現した。


「聖女様が地上へ降りてこられるなんて、どうかされましたか?」

「ほへ? 聖女様?」


 空中機動城塞ボレイアスへつながる魔法陣から出てきたのは、他でもないエウフォリア教の聖女。【安らかなる終焉】様だった。もっとも、天上にいらっしゃる本体を目にするのは初めてなようで、当の聖女様に仕えているはずの司祭は目を真ん丸に見開いてビックリしている。


「これは私に捧げられる晩餐で相違ありませんね?」

「そのとおりでございます」

「えっ? えっ?」


 出来たてのかつ丼を指差して、これが捧げ物という理解でよろしいかと確認してくる聖女様。おっしゃるとおりとベコッタ司祭の分を差し出す。今晩の夕食を神様へ捧げてしまった張本人は展開についてこれないのか、頭の上にハテナマークを浮かべたまま固まっている。つい先ほど自分で口にしたことを、もう忘れてしまったのだろうか。


「できれば、あの子の分もいただけると助かるのですけど……」

「どうぞお持ちください」


 実は2人前欲しいのだと聖女様におねだりされる。相手が誰かは思い当たる節があるので、それでは仕方がないと僕の分を引き渡す。両手にかつ丼を携えた聖女様は、捧げ物は確かにいただいたと告げてやって来た魔法陣の中に姿を消した。


「あの~、モロニダスさん。説明していただけますか?」

「夕食を聖女様に捧げたのはベコッタ司祭じゃないですか」


 いったい何が起きたのだと尋ねてくるベコッタ司祭には、神様が捧げられた供物を回収しに来ただけ。別に珍しいことではないと答えておく。


「聖女様に捧げたって……あんなひと言で?」

「聖職者があんだけはっきりと口にしたんですから、もう神様のものです。なかったことにはできません」


 ようやく、かつ丼を聖女様に捧げる晩餐だと宣言したのが己自身であることに気づいた模様。祭壇も祭器も用意していないのに捧げたことになってしまうのかと、まんまとご馳走を持っていかれた食いしん坊司祭が尋ねてくる。もちろんだ。なにせ、これも仕事だとそういう歌詞の曲を披露しただけで自らを捧げたことになるのが神様の常識である。


「それじゃ、今晩のご馳走は?」

「お米はまだありますから、油かすご飯くらいなら……」

「ぞんなあ゛ぁぁぁ……」


 もう油を搾り取った後の脂身くらいしか残っていないと伝えれば、なんてこったいとベコッタ司祭は涙をダバダバ溢れさせた。


「僕がいたアーカン王国にはクソビッチの正義という慣用句がありまして……」

「ごんな゛の、あ゛んまりでずよぉぉぉ……」


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― 新着の感想 ―
えっ!?↓ 【安らかなる終焉】様のおっしゃる「あの子」というのは、自分もモロニダス(たぶん)もてっきり部下である元コブータ司祭の シネシネ だと思ったのですが、神界で転生?したタルトの可能性があるので…
(笑) ラストのおち 作者様のこういうセンスがじつに魅力です
脇腹細胞活性丼を摂らずにすんだねぇ(にちゃぁ
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