656 食いしん坊司祭ベコッタ
オッツァンのおっさんが亡くなった翌日、セントエウフォリオンに滞在している聖職者たちにより還魂の祭祀が行われる。総大司教様の遺体を祭壇に捧げ、その魂を聖女様のもとへ送り出す儀式だそうな。おっさんの魂は仔豚死神にパックンチョされとっくにイグドラシルへ還ってしまったのだけど、伝統行事に水を差すこともあるまいとそれは現場にいた者だけの秘密とされた。国事となる葬送の儀は地方からやって来る参列者に配慮し、20日くらい経った後に拝殿前の広場で盛大に執り行われるという。
次の総大司教を選出する選挙は葬送の儀が執り行われた後に始まるらしい。根比べと言って、投票権を有する司教様たちは議会堂へ閉じ込められ、新しい総大司教が選出されるまでお昼前に晩餐の前と毎日2回の投票をくり返す。選出されるのに必要な票数は有効投票数の4分の3以上とされているものの、選出期間が長期化しないよう不成立のたびに減らされ最終的には過半数以上という条件になるそうだ。根比べと呼ぶには甘すぎる。もっとドクロ塾的な選出方法を採用するべきではなかろうか。
おっさんの魂がイグドラシルへ還ったことは確認済みなので葬送の儀までつき合う理由はひとつもない。さっさとノースポートへ向かおうと荷物をまとめていたところ、ヴィクトリウス司教が手下の司祭っぽいおっさんを連れてきた。
「アーカン王国に赴任している大使にも猊下が崩御されたことを報せなければならないのでね。案内役を兼ねて彼を――」
「チェンジでっ!」
冴えないおっさんを僕に同行させるとヴィクトリウス司教がふざけたことをぬかし始めたので、発言を遮って交代を要求する。こんなおっさんとふたり旅だなんて冗談ではない。
「僕はホモじゃないんですよ。おっぱいの大きいお姉さんにしてください」
邪教徒扱いされるくらいならひとりの方がマシだと有無を言わせぬ口調で拒絶する。初めて会った時に僕をホモだと言ったのはヴィクトリウス司教だ。誤解されたままでは沽券にかかわると言い張ってあらゆる反論を封殺する。
「しかし、聖職者とはいえ年頃の娘を異性と同行させるわけには……」
「いくら女性とはいえ、成人した人族を僕が力尽くでどうにかできると思ってるんですか? 自慢じゃありませんが、10歳の女児にだって普通に泣かされるんですよ」
けしからん事件が起きることを危惧している司教様に、戦いは体重だよ、兄貴……とロゥリング族の細腕を示す。人族の10歳女児ですら身長で10センチは僕を上回り、ウエイトに至ってはもう3割増しくらい違うのだ。格差マッチにもほどがある。恵まれない弱小種族が愛のおっぱいを求めたって聖女様は怒らないだろう。
「少女のような外見をした男性司祭がいるのだけど、どうだろう?」
「そいつは邪教徒です。連れてきたら底なし沼へ沈めて浄化します」
話のわからないヴィクトリウス司教は、よりにもよって男の娘を勧めてきやがった。邪教徒は地中に埋め、母なる大地の力で無害化してもらうとキッパリ告げておく。総大司教様が亡くなったというのは重大事案なのでアーカン王国に駐在している大使司教へ使者を走らせるのも当然のことだけど、僕に同行させるつもりなら馬車以外の移動手段を使えるおっぱいでなければ足手まといだ。
「いちおう条件に合う司祭に心当たりはあるのだが……」
「なにか問題でも?」
ちょうどよいおっぱいがいることはいるのだと顔をしかめる司教様。なにか、本人に問題でもあるのだろうか。
「信仰心に厚く、信徒たちからの人望もあるのだけど、この国では入手し難いご馳走をたらふく食べたいから外務派の司祭になったと公言してはばからない問題児でね」
人も物も粗略に扱うことはないため信徒たちから慕われているものの、外国へ赴任してご当地グルメを堪能したいから司祭になったと笑顔でぶっちゃける不埒者であるそうな。神学校でトップクラスの成績を収めて司祭の位階を与えられたものの、本人曰くご馳走のためにがんばったとのこと。それでも教義や祭祀には通じていて仕事はきっちりこなすものだから、叱りつけるわけにもいかないのだとヴィクトリウス司教がため息を吐き出す。
「食いしん坊の扱いには慣れてます。僕の方は問題ありません」
今さら食いしん坊のひとりやふたりで動じる僕ではない。おっぱいがあるならそれでよいと伝える。そこら辺に転がっている食いしん坊と一緒に考えるのは大間違いだと司教様が警告してくるけど、胃袋が本体みたいな連中なんて珍しくもないのだ。さっそく件の食いしん坊司祭様を連れてきてもらう。
「アーカン王国へ向かうんですか。あの国は美味しいもので溢れてるという話ですからね。も~、ど~んと任せてください」
ヴィクトリウス司教に連れられてやってきたのは、小柄だけどポチャっとしているブラウンの髪をセミロングにしたお姉さんだった。向かう先はアーカン王国と説明されて、美食の国キタコレと大喜びしている。食べ歩きなら任せてくれと逸らした胸元は、もう今にもこぼれ出てしまいそうなほどパッツンパッツンだ。バブバブしたい……
「彼に同行してもらいたい。亡国跡地から王国怒りのロードを経由して向かうそうだ」
「こんな子供を魔物の領域へ向かわせようっていうんですかっ?」
もっとも、魔物の領域に作られた街道を突っ走るとは聞かされていなかったご様子。初等教育も終わってない子供を危険な場所へ連れていくのかと僕を指差してヴィクトリウス司教を問い詰める。ただ、神学校をトップクラスで卒業しているだけあって、しっかりケガネイ司教の自伝も読み込んでいたようだ。僕がモロニダス・アーレイと聞かされて、40年前の出来事に関わっていた人物かとビックリしていた。
「なお、本人であることは亡くなられる直前に猊下が確認された。疑いの余地はない」
「あぁ……その時期はちょうどワニガデールの礼拝殿にいらしたんでしたね。すると、この方は司教様よりお歳を召されてるってことですか?」
「僕は50と7歳になりますから、7歳児だと考えてくれていいですよ」
いったい、いくつになるのだとジトッとした視線を向けてくるお姉さん司祭。身体的には人族の7歳児と変わらないのでおっぱいで包み込むように優しく扱うよう告げたところ、なんか警戒心に満ちた魔力がぶっすりと突き刺さってきた。セクハラジジイとでも思われているのだろうか。僕は永遠の7歳児だから安心していただきたい。
「アーカン王国にいるボンザレス大使あての親書はすでにしたためてある。必ず直接手渡すように。わかっているな、ベコッタ司祭」
「心得てます。私が仕事でヘマをやらかしたことが、これまで一度でもありましたか?」
このおっぱいがパンパンなお姉さんはベコッタ司祭というらしい。自分に任せておけば大安心と封の押された親書を自信マンマンに受け取る。こんなチャンスが巡ってくるよう役目はしっかりはたしてきたという発言を受けて、ヴィクトリウス司教がめっちゃ顔をしかめていた。有能な働き者だけど目的がイカレているタイプのようだ。グズグズしていても好いことはないので、準備が整い次第この館を出ると告げて荷物をまとめてもらう。
厩舎へ移動してバナナンダーに鞍を乗せ荷物を縛り付けていると、ベコッタ司祭が全体が薄茶色で尾羽の先端だけが黒い雌鶏を引っ張ってきた。愛鶏のオムレツプリンだそうな。彼女はコケトリスの扱いをイケナイ司祭長から習った教え子で雄鶏も扱えるのだけど、卵を産んでくれるという理由から雌鶏を乗騎にしているという。ご主人様に大切な卵を食べられてしまうオムレツプリンの言い分も聞いてみたい。
「おかげさまで猊下は安らかな最期を迎えることができました。感謝いたしております」
「聖女様が眷属のシネシネを送り込んでくださったおかげでしょう。僕にできたのは、それがかつての同僚だと伝えることだけです」
館を後にする際、イケーナイ司祭長とヴィクトリウス司教が門のところまで見送りにきてくれた。総大司教様が心安らかに逝けたのは僕のおかげだと司祭長様からお礼を伝えられる。それは僕でなく、仔豚死神が看取ってくれたからだと思う。感謝は聖女様に伝えるべきだと告げたものの、神様へは朝のお祈りで済ませたと言われてしまった。
「君はどうやら神々と縁が深いようだ。これまでに、いったいどれだけの神々にお目通りしてきたのかな?」
「ええと……【絶頂神】様、【神々の女王】様、【竈の女神】様に【知の女神】様と【暁の女神】様。聖女様にマイン様、ドルオタにゴブ神様と【竜殺し】、【竜の巫女】に……」
「すまない。訊いた私が間違っていた」
いったい何柱の神様に出会ってきたのかとヴィクトリウス司教に尋ねられたので記憶を頼りに数えていたところ、聞かなければよかったと司教様が額を押さえていた。本物の神様の使いに比べれば、聖職者なんてしょせん教団という人族の組織から位階を与えられた者にすぎないのかと涙を流す。
「神様の使いだなんて大袈裟ですよ。パシリというか……便利屋としてこき使われてるって感じです」
神様から使命をいただいているのは事実だけど、オッツァンのおっさんが息を引き取るのに立ち会うこととなったのはまったくの偶然だ。道中でたまたま教国へ立ち寄ったにすぎず、神様の意図したことではないと告げてバナナンダーに跨る。ベコッタ司祭の準備も整ったようで、いつでもいいぞとオムレツプリンを寄せてきた。
「それでは、おふたりともお元気で。ベコッタ司祭はちゃんと王国まで連れていきますから安心してください」
「もうっ。私が案内役ですから、ちゃんとついてきてくださいっ」
セントエウフォリオンを離れてから7日が経過し、僕とベコッタ司祭はノースポートの街へ到着する。最短経路をたどれば5日ほどで着くはずだったのだけど、途中にあるサソリガデールという街を迂回しなければならなかったため、2日ほど余計に時間がかかってしまった。ノースポートは海と見間違えるようなでっかい湖に面した港町だ。東西と北側から流れてきた川が集まる湖で、南へ出ていく川を下るとワニガデールの隣を流れていたワニでいっぱいの大河になるらしい。
もともとこの湖には吃水の深い大型貨物船がつけられる桟橋も、そんな船を作れる造船所もなかったのだけど、水上流通路を確保せよというオッツァン総大司教の指令により整備されたそうだ。僕が乗船していたグレートデキン号には及ばないものの、その気になれば西方までの遠洋航海にも耐えられそうな大型船が何隻も浮いている。
「んふふふ……湖で獲れた魚も美味しいんですけど、私は断然エビをオススメしますよ」
ご当地グルメを堪能するため外務派の司祭になったという食いしん坊のベコッタ司祭が、この街に来たなら淡水エビを味わっていけとグルメ情報を解説してくれる。体長数センチの小型エビと掌サイズの大型エビがいるのだけど、今の時期は大型エビが美味しい季節なのだと食材の旬にも詳しい。ノースポートは交易港として栄えている街なので、もちろん聖女様をお祀りする礼拝殿があるのだけど、たいしたものは出してもらえないからとベコッタ司祭は普通の宿を確保した。バナナンダーたちを厩舎へ入れたら、さっそく食事処を探しに街へくり出す。
「礼拝殿での食事は貧しいんですか?」
「投票権のある司教様はセントエウフォリオンへ向かって留守のはずです。残っているのは司祭だけですからご馳走なんて出してもらえませんよ」
そこそこ高級そうな食事処を見つけて中に入れば、司祭様がいらっしゃったと待たされることなくテーブルへ案内してもらえた。食事が出てくるのを待つ間に礼拝殿での食事について尋ねてみれば、責任者である司教様が次の総大司教を選出する根比べのために不在だからご馳走は用意されないという読みだそうな。さすが食いしん坊だけあって、食べることに関しては呆れるほど勘が鋭い。
「お待たせしました~♪」
そのまま食いしん坊司祭とお喋りを続けていたところ、給仕のお姉さんが料理を持ってきてくれる。エビと野菜のスープでお米を炊いたような料理におっきなエビの海軍揚げだ。ベコッタ司祭はちゃっかりお酒まで注文していやがった。きっと、破戒僧とはこういう人のことを言うのだろう。食べ歩きバンザイと瞳をキラキラ輝かせてやがる。
「味に深みがあってよいですね。魚を発酵させたダシを使ってるのかな」
エビ入りリゾットのような料理を食べてみれば、煮干しからとったダシをさらに濃厚にしたような旨味が感じられた。多分、魚醤ってヤツだと思う。刻んだタマネギやニラと一緒に炊き込まれているせいか臭みが残っておらず、一方でエビ特有の風味が加わっていてとっても美味しい。
「むむっ。それがわかるとは、さてはなかなかの美食家ですねっ」
こいつはイケるぜと感想を口にすれば、意外なところに仲間がいたとベコッタ司祭が大喜びする。僕は食いしん坊ではないものの、食事が美味しいに越したことはない。毎日、欠かさずに摂らなければならないものだからこそ食事は楽しみであるべきだと告げれば、それでこそ我らが仲間と食いしん坊司祭はおっきな海軍揚げを喰いちぎった。




