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道案内の少女  作者: 小睦 博
第19章 選ばれた未来
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649 変わりゆく世界の夜明け

「でも、出てこれないのなら無理に消滅させる必要はないんじゃ……」


 古き神々がこの世界の生き物にとっても脅威であることくらい僕にだって理解できる。だけど、出てこれないとわかっているなら自らを犠牲にしてまで滅ぼす必要はないはずだ。永遠に閉じ込めておけばいい。


「どうしてわたくしがこのような力を持つことになったのか、下僕は耳にしているはずではありませんか」

「たまたま、蓋を開けてみたらってハズレジジイが言ってたけど……あっ」

「そういうことなのです。いつまた同じ力を持った者が生まれてくるとも限らないのです」


 タルトの能力が偶然の産物である以上、同じ能力を持った魂喰らいが生まれても不思議ではない。もちろん古き神々はこのことに気づいていて、閉じ込められている世界の中で幾度も新たな仲間を生み出しては、失敗作に用はないと食べてしまっているそうだ。


「それじゃ、いつか世界が滅びてしまうかもしれないって話は……」

「【果てなき奈落】から出てくる方法を、古き神々に見つけられてしまうかもしれないということなのです」


 ハズレジジイが口にしていた世界が滅亡するかもしれないという話を、僕は漠然とした可能性のひとつとしか考えていなかった。すでに世界を滅ぼし得る危険が存在していたなんて予想外もいいところだ。話が違うとシャルロッテを力任せに引っこ抜いてやりたい。


「やっつけてしまうことはできないの?」

「やっつける方法が思いつかないから、だまし討ちにして閉じ込めたのです。戦いになったら勝ち目はないのです」


 魂喰らいを滅ぼす方法はふたつ。すべての力を失わせて消滅させるか、同じ魂喰らいが食べてしまうしかないそうだ。だけど、戦争のために生み出された古き神々は圧倒的な戦闘能力を誇り、その後に誕生した創世の神々がいくらがんばったところで戦いにすらならない。一度は引っかけてやったものの、同じ手は二度と通用しないという。


「それに、古き神々をおかしくさせてしまったのはわたくしなのです。あの者たちもいったんは他の世界を襲うのはやめようと考えていたのです」


 タルトはどうも古き神々に責任を感じている模様。自分さえいなければ他の世界を襲うことを諦めていたはずだったのだとションボリ肩を落とす。そのために生み出されたのが創世の神々だったのだと、3歳児は新たな魂喰らいが誕生した事情を語り始めた。自分たちの故郷を滅ぼし他の世界を襲い始めた古き神々だったけど、すぐにそれが長くは続けられないことに気づいたらしい。


 手に入れたテクノロジーで境界を渡るには最初に侵略を仕掛けてきた世界で採掘される鉱物が必要なのだけど、それがすでに枯渇していたそうだ。他の世界を襲撃するのにも回数制限があると察した古き神々は知恵を絞り、魂を養殖することを思いついた。パクリと丸ごと呑み込むのではなく、信仰という形でわずかに剥がれ落ちた欠片を集めればよい。生き物を充分に繁栄させれば回復量が消費量を上回るから、魂の総量は減らないどころか増えていく。そのアイデアはヘリオ・ムツ・β型養殖場開発計画と名付けられ、その実行のため世界を管理するのに適した能力を持つ魂喰らいが新たに生み出された。彼らが創世の神々であるという。


「ところが、計画の最終段階に入ってわたくしが生まれてしまったのです」


 タルトが予定外の能力を持って生まれたことを知り、これからはいくらでも他の世界へ渡れると古き神々は狂喜乱舞したらしい。軌道に乗り始めていた開発計画を放り出し、どこか魂に満ち溢れた世界はないかと次なる獲物を物色し始めた。その正気を失ったような様子に危機感を覚えたタルトと創世の神々は一計を案じ、新たな世界へ旅立とうと古き神々をひとつの船に集め、まとめて【果てなき奈落】へ閉じ込めてしまったそうな。


 自分が境界を操る力など持って生まれなければ、古き神々も信仰を得ることで満足していたはずだと3歳児がため息を吐き出す。そして、それでも彼らは他の世界から魂を略奪することを諦めなかった。だから道連れにしてしまおうとタルトは信仰を得ることがないよう創世の神々から外れたのだけど、後になってある女神様が別の解決法を思いついてしまったらしい。


「あらかじめ定められたことしか起こらない世界へわたくしを閉じ込めれば、内側にある【果てなき奈落】でも予定外のことは発生しないと考えたのです」

「それって……じゃあ、【暁の女神】様は……」


 だんだんと今回起きた戦争の裏事情が僕にも見えてきた。タルトの下僕でありながらどうして……と僕を睨みつけていた【暁の女神】様の顔を思い出し、冷たい汗が背筋を流れ落ちる。


「わたくしがいなくならなくて済むよう、他の神々に反旗を翻したのです」


 【暁の女神】様だけがタルトを生き延びさせようとしていた。自分のためにたったひとりで神々に反抗した味方を裏切ることはできないから、わたくしたちの負けだとタルトは口にしたわけだ。手を貸すことはしなくても、最後まで一蓮托生の運命共同体であったことを伝えるために……


「だから、逃がしてしまったの?」

「【暁の女神】には【思い出のがらくた箱】として使っていた世界をあげたのです。暁の聖杯に詰まった魂があれば、新しい世界を創るには充分なのです」


 タルトが【暁の女神】様を逃亡させた先は【思い出のがらくた箱】であるらしい。もともとは古き神々が出てきてしまった時に備えて、神々や生き物たちの避難先として用意しておいた世界だそうな。そこへ【明日へと続く道】をつなげて倉庫代わりに利用していた。暁の聖杯は入れっぱなしなため、新たな世界を創造するのに困ることはないという。


「その世界にいけば、タルトも消えなくって済むんじゃ?」

「くり返す世界を形作るには足りないのです。ですから、神々を追い出して地上を乗っ取ることにしたのですよ」


 新たに創られる世界は定められた出来事をくり返す世界になるのではと期待したものの、それを実現させるには魂が足りないとタルトは首を横に振った。地上世界にある大陸ひとつ分くらいの小さな世界を創造し育てていくことになるそうだ。この3歳児はきっと、負けて世界から追い出された側に暁の聖杯を与えるつもりだったのだろう。そうすれば、また新たな世界を創造してやっていける。そして、ひとりだけ消え去るつもりに違いない。


「なんで黙ってたのさ……【暁の女神】様に口止めまでして……」


 僕には何も伝えてはいけないと【暁の女神】様へ接触禁止を言い渡したのは、未来の定まっていない世界を選べば自分はいなくなると教えさせないためだろう。物事には優先順位ってものがある。世界のためにタルトを犠牲にするつもりなんてこれっぽっちもない。僕の思い描いていた未来には、いつだって隣にタルトがいた。手間のかかる3歳児と騒々しい連中に頭を悩まされる毎日が、これからもずっと続くものと思っていたのだ。


「教えていたら、下僕はわたくしを選んでしまうではありませんか。それはわたくしの知りたかった答えではないのです」


 だけど、僕の考えはタルトに見抜かれていた模様。自分が知りたかったのは生き物がどっちの世界を望むかだと3歳児が不機嫌そうに唇を尖らせる。定められた歴史をくり返す世界でなら生き物たちと楽しく暮らしていけるけど、当の生き物たちは本当にそんな世界を喜んでくれるだろうか。【暁の女神】様から計画を打ち明けられた時よりずっと、そんな疑問が胸に引っかかっていた。なので、こいつの出した答えなら疑うことなく受け入れられる。そう思える相手をずっと探していたのだという。


「でも、僕が選択を間違えたせいでタルトは……」

「欲しかったのは下僕の出す答えなのです。あってるも、間違ってるもないのです」


 絶望的なまでの脅威がすでに存在しているとも知らず、世界に滅亡の危機が訪れても皆で知恵を絞って対処すればいいなんて楽観的な判断を下したのは言い逃れできない失策だ。天上と地上をつなぐゲートは修復され、【暁の女神】様もこの世界を去ってしまった。今さらやり直したいと思っても、もう状況はどうにもならないところまで進んでいる。僕が判断を間違えたのだと口にしたところ、どっちが好ましいかという問いかけに正解も不正解もないとタルトは抗議するように脚をバタバタ暴れさせた。


「下僕はわたくしが欲しいと思ったものを持ってくる、本当によくできた下僕なのです。わたくしは満足しているのですよ」


 いつだって望んだものを用意してくれる。おもちゃもご馳走も作ってくれたし、ずっと悩みの種だった疑問にもちゃんと答えてくれた。最高の下僕が出した結論ならそれでよいと、僕の膝の上で身体を回してこっちへ向き直った3歳児が抱っこしろとしがみついてくる。


「今年はヒヨコが21羽も孵ったんだ。コロリだって、きっとまたタルトと遊べるのを楽しみにしているよ」


 ヨシヨシと身体をゆすってやりながら、みんなが待っているのだと伝える。満足なんてしなくていいから、まだまだ生き物の赤ちゃんと一緒に遊んでいたいと言ってほしい。


「わたくしは赤ちゃんたちに下僕の選んだ世界で元気に育ってほしいのです。古き神々がいては安心できないではありませんか」


 だけど、赤ちゃんたちが安心して成長できるよう古き神々は一体残らず道連れにしていくと3歳児は悟ったような口調で呟いた。もう、他に方法がないことはわかっている。だけど、タルトはずっと一緒に暮らしてきた僕の大切な家族なのだ。仕方ないと諦められるほど軽い存在ではなく、これが僕のした選択の結果なのかと思うと涙が溢れてきた。


「もう……もう僕にできることは残ってないの?」

「下僕にはまだまだやってもらいたいことがあるのですよ」


 せめて、なにか僕にしてやれることは残っていないのかと尋ねる。いっぱいあるのだとタルトは言ったものの、それはいわゆる後事を託すというやつだった。クマネストとの契約はヌトリエッタに譲っておいたとか、あと5年もすればティコアも成熟したコケトリスくらいの大きさにまで成長するので、船に乗せられないほど大きくなる前にブンザイモンさんの故郷へ連れていくようにといった話だ。僕が聞きたいのはそういったことじゃない。もっと、自分のためにして欲しいことはないのかと3歳児の身体をユサユサ揺する。


「では、わたくしを祀っている種族を見つけたら、他の神々を祀るよう伝えてほしいのです。受け取る者のいない信仰が溜まり過ぎると虚ろなる神になってしまうのです」


 ゴブリンやオオカミ獣人の他にも正体を知らないままタルトを祀っている種族がいるらしい。存在しない神様に捧げられた信仰はいずれ虚ろなる神になってしまう。それはもったいないので、実在する神様をお祀りしてご利益をいただくよう導いてほしいと告げられた。これが最後のお願いだという。


「タルトはそれでいいの?」

「おもちゃもご馳走も、赤ちゃんと遊ぶ時間にわたくしの探していた答えもぜ~んぶ下僕がくれたではありませんか。さすがのわたくしも、そろそろお腹いっぱいなのですよ」


 自分のことは何も願わないのかと問い質したけど、もう満たされてしまったのだとタルトは微笑んだ。そして、中指に僕たちの契約の証である指輪のはめられた左手を目の前にかざす。


「よくできた下僕にはご褒美をあげるのです。これは、わたくしとの約束をちゃあんと守った証なのですよ」


 自分の指から指輪を抜き取ったタルトが、これはご褒美だと僕の左手を取って指にはめてくれる。魔術で形作られている指輪は勝手にサイズを変え、僕の中指にピッタリの大きさになった。その様子を満足そうに眺めていた3歳児が抱っこしていろとしがみついてくる。いつだって隣にあると思っていた湯たんぽの温もりが、今日だけはとても儚いもののように感じられた。かける言葉が見つからず、ただ無言のまま小さな背中を撫で続ける。どれくらいそうしていたのか、気がつけば東の空が明るくなって星が消え始めていた。


「下僕は抱っこが上手なのです。とっても落ち着くのです」


 お昼寝中の赤ちゃんみたいに幸せそうな笑顔のままタルトが小さく呟く。


「ずうっとこのまま……」


 続けてなにか言いかけた時、東にある稜線から朝日が顔を出した。湖面に反射した光を正面から浴びせられ目がくらむ。視界が真っ白に染まって閉ざされたその時、膝の上にあった3歳児の重さがなくなるのを感じた。どこにもいかないでくれと反射的に抱きしめる。


「タルト……そんな……」


 だけど、僕の腕の中に残っていたのはいつも身につけていた白いローブとお気に入りのブタさん着ぐるみパジャマだけだった。細かい刺繡の施された布靴がコロリと地面に転がる。この世界を生き物たちの望むままにと願った女神は、新たな時代の始まりを告げるかのような日の出と共に封じられた古き神々を連れて消え去った。


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こ、これは…。 タルト…。
妄想タイム 暗闇の中で目を覚ますタルト 消滅したのにおかしいとキョロキョロすると声が聞こえ、そこはモロニダスの心の中だと知る 助けてもらえたみたいだがなんか悔しいので、そこから出ようと四苦八苦の試行錯…
やっぱ辛ぇわ
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