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道案内の少女  作者: 小睦 博
第3章 モロリーヌの夏休み

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64 3歳児の拾ってきたもの

 看護士講座が始まって一週間が過ぎ、今のところ何事もなく過ごせている。機関や結社の動向はわからないけど、少なくとも組織に目立った動きはない。


 一時、街にアーレイ領軍の兵士が増えたのだけど、リアリィ先生が後ろで手を回してくれたらしくすぐにいなくなった。連絡員として僕たちに接触してきたクゲナンデス先輩によると、アーレイ領軍の兵士が何者かを探し回っている様子だと街の警吏にそれとなく情報を流したそうだ。


 遠征軍はあくまでも遠征のために領内の通行を許されているだけであり、人を捜索したり捕らえたりすることは領主の統治権を侵害する行為にあたる。他領の軍に好き勝手なマネを許す領主なんていない。

 おそらくは、目的外行動を起こすつもりなら通行許可を取り消すと通告がなされたのだろう。許可なく領内に滞在する軍は侵略軍と見做されて殲滅の対象だ。


 調達部隊に配置されたクゲナンデス先輩の仕事は、ハゲマッソーの街で必要な物資を調達して駐屯地に集積すること。駐屯地と街を毎日往復しているので、仕事の合間にちょくちょく情報を流してくれる。


 脳筋ズたちは粛々と依頼をこなしているらしい。一度、アーレイ家の依頼人が僕の居場所を尋ねてきて、誤解があるようなので話がしたいから取り次いでくれと言ってきたそうだ。

 そんな手に引っかかるアホがいるものか……


 僕が隠れ蓑にしている14歳の病気を拗らせたふたりも講義中は真面目に勉強している。講座の最後にペーパーテストがあって、及第点に達しなければ資格はもらえない。もちろん受講料の小金貨2枚もパーである。

 次席の仕入れてきた情報によると、毎回半分近くの受講生が涙を呑むという。


 田舎ファーマーに扮したカリューア姉妹は素朴系清純キャラで受講生たちの心を掴んだけど、魔性レディには上流階級のご令嬢。おそらく魔導院の生徒だろうと見抜かれてしまった。

 年齢のわりに言動が論理的。語彙が豊かで、他愛のない会話でも相手に配慮して言葉をきちんと選んでいる。教育が行き届き過ぎているとのことだ。

 そして、それは僕も同じらしい。


 姫ガールが席を外している時を選んでこっそり教えてくれたので、互いに上流階級の出身であることは口外しないと密約を結んでおいた。


 すべてが順調かといえばそうでもない。何もないところに余計な問題を引き起こす奴は必ず存在するのだ。

 そう、タルトである。


「ヘビなのですっ」


 毒蛇ではないそうだけど、3歳児は真っ白な蛇を拾ってきた。


「ミミズクなのですっ」


 どこで見つけたのか、タルトはミミズクの雛を拾ってきた。


「オオカミなのですっ」


 3歳児は成長すれば体長が2メートルを超える人喰い狼の赤ちゃんを2匹も拾ってきた。


「グリフォンなのですっ」


 まだ卵から孵ったばかりのヒヨコだけど、タルトは鳥に猫のような下半身がついた魔獣の雛まで拾ってきやがった。


「どうするのコレ?」


 僕たちが講座を受講している間、ピクニックに出かけているタルトが何かと生き物を拾ってくる。白蛇以外は遠征軍のせいで親を失ってしまった子供たちだそうだ。今はまだ小さいので、布を敷いたバスケットにいれて宿の部屋でシルヒメさんがお世話していた。


「毒蛇がいなくなってから部屋が寂しいのです」

「成長したら人を襲う魔獣を部屋で飼えって言うのかい?」


 3歳児は可愛がっていた毒蛇たちに代わるペットにするつもりらしい。


 グリフォンもオオカミも人喰い魔獣だ。完全に人に懐くことはなく、使い魔として契約で行動を制限しない限り当たり前に人を襲う。

 僕はすでにタルトと契約しているので魔獣と契約することはできない。使い魔の複数制御は生徒には難しいので、契約する使い魔はひとり一体までと校則で決められていた。


「そんな理屈は聞きたくないのです。そこを何とかするのが良い下僕なのです」


 説得を試みたものの3歳児に理屈など通用しなかった。挙句の果てに問題の解決は僕に丸投げときたもんだ。


「この子たちに主を見つければいい……使い魔にしたがる生徒は絶対にいる……」


 魔導院に連れ帰って、欲しがる生徒に譲ればいいと次席が主張する。成長した魔獣を使い魔にすることは生徒の実力では難しいけど、自力では生きられない今ならば契約は容易い。


「サクラノーメが飛行できる使い魔を欲しがっていた……騎乗できるまで育つには時間がかかるけど……グリフォンという選択は悪くない……」


 ムジヒダネさんは僕に騙されて手も足も出せずに負けたことがよっぽど腹に据えかねたらしく、ワイバーンのように騎乗できて空も飛べる使い魔を欲しがっているらしい。


 グリフォンはワイバーンほど大きくならないけど、その分スペースを必要とせず小回りが利いて地上を駆けるのも得意。なにより、このグリフォンはオスだから牝馬にヒッポグリフを産ませることができる。

 ヒッポグリフはラバと同じ一代限りの雑種なため、オスのグリフォンはもの凄く珍重されるのだ。


「それでは部屋が寂しいままなのです」

「部屋に置くなら蛇かミミズクのどちらかにする……蛇が食べられてしまうから一緒にはできない……」


 そういえば、ミミズクは猛禽類だから蛇を食べてしまうんだった。また蛇が食べられてしまうぞと指摘された3歳児はむぅむぅ唸っている。


「魔獣も赤ちゃんだとかわいいねっ。抱っこして寝てもいい?」

「ダメに決まっているのです」


 クセーラさんがオオカミを抱っこして寝たがったけど、タルトにあっけなく却下された。まだ人族のいる環境に慣れておらず、精霊たちの与えるエサしか食べてくれないのだ。人族が一緒ではオオカミが安心して眠れない。寝床にしているバスケットに布を被せて、人が視界に入らないようにしてあげる。


「クソビッチにはモグラゴーレムがお似合いなのです」

「ぎょほっ!」


 タルトに操られたゴレームたんが、マスターであったはずのクセーラさんのお尻にパンチを叩き込んだ。






 看護士講座も終わりが近くなってきたところで力強い助っ人が現れた。無免ドクターPことドクロワルさんである。


「どこかの騎士団がドラゴンの縄張りを突いちゃったらしいんです。ホンマニ領の騎士団がわたしのいた拠点まで後退してきたので、領軍の司令本部と先輩たちは街の外にある駐屯地に下げられました」


 欲の皮を突っ張らせたどっかの騎士団が、進出し過ぎてドラゴンに捕捉された挙句、よりにもよって領軍たちが展開している最前線まで引っ張り込んでしまったそうだ。隠れてやり過ごしてからこっそり帰ってくれば良かったものを、ドラゴンを連れたまま真っ直ぐ逃げてきたらしい。


「突然のドラゴン襲来に最前線は大混乱。壊滅的な被害を被った領軍もあるそうです」


 ドラゴンを拠点にトレインとかノーマナーどころの話ではないな。そのバカな騎士たちを擁する領は、後に莫大な損害賠償を求められるだろう。


「ホンマニ領軍は被害が出ないうちに撤退だそうです。遠征の目的はほぼ達成されていて、後は自分たちの代わりにドラゴンが魔物を食べてくれるだろうって」


 遠征の目的は魔物を間引くことだから、魔物同士で潰し合ってくれるなら無理して危険を冒す必要はない。魔物から採れる素材が惜しくはあるものの、親切なドラゴンが手伝ってくれたと解釈するのもひとつの考え方だろう。


 東部派の応援要請を断って派閥トップのホンマニ公爵様が軍を退かせたから、北部派の領軍は一斉に右へ倣えだそうだ。この対応からすると、欲の皮を突っ張らせた騎士たちは東部派っぽいな。

 うん。オラなんだか嫌な予感がしてきたぞ……


「どこの騎士なのかは……」

「いえ。わたしもそこまでは……」


 どうやらドクロワルさんも知らないらしい。どうかアーレイ子爵領の騎士ではありませんように……


「ドクロ先生。姫は14歳の病気と意識高い系の違いがよくわからないです」

「病根は同じですので違わないという感覚は間違ってないんです。現れた症状の違いで、集団から逸脱する方向へ向かえば前者。逆に中心に向かうのが後者ですね」


 ペーパーテストに自信のない姫ガールがドクロワルさんに質問している。ダーラニーでニルヴァーナにアストラルリンクしてもテストの正解はわからないそうだ。


「対処法が異なりますから、あえて別の病気として説明しているんです。軍医であれば、異なる症状を示す同根の病として発症の仕組みを理解しておく必要がありますけれど……」

「たかが看護士にそこまでの知識を求められても困るわね」


 魔性レディが嘆息したように呟く。看護士講座レベルの問題など、ドクロワルさんにとっては一般常識の範疇でしかない。


 拠点で支給されたというホンマニ領軍女性士官用の制服。階級章や部隊章こそないものの、衛生士官であることを示す白地に赤い杯の描かれたワッペンが縫い付けられたそれに身を包み、本職の治療士さながらにスラスラと答えてくれるため、ふたりはドクロワルさんのことをドクロ先生と呼ぶことにした。


「助かるです。姫は意味の繋がらない内容を暗記しておくのが苦手です」


 それでよく寿限無なんて憶えていられるもんだと感心するよ……


「ドクロ先生は駐屯地に滞在? お風呂とか入れるの?」


 いちおう浪人を装っているので先生呼びしておく。


「いえ、『はげすぎ亭』という宿でコテージを借りてます」

「上流階級向けオールスイートの高級宿じゃない。ずいぶんと豪勢ね」


 なんと、使用人を含めて10人以上泊まれる庭付き一戸建てタイプのコテージで、領軍からお世話係の小隊まで派遣されているらしい。スイートルームなどしょせん庶民の使うものだと思い知らされる。上流階級である魔性レディは、そんな待遇は士族でも家宰や領軍司令官クラスの重臣だけだと驚いていた。


「領軍がわたしの先生に用意して下さったそうなんです」


 なるほど、プロセルピーネ先生のためということなら納得できる。


 リアリィ先生のように爵位を持った貴族を除き、魔導院の教員はホンマニ公爵様に仕える士族だ。鉄仮面の新任教員ですられっきとした上流階級の一員なのに、プロセルピーネ先生だけが平民のままなのには理由があった。


 なにせ密入国してきたロゥリング族の王女様。廃位された元王女ではなく、今でも王女様のままだから、下手な身分を与えてはロゥリング族との間に摩擦を引き起こしかねない。

 身分が高すぎるゆえに先生は家名を名乗らず、これといった身分のない状態。すなわち平民のまま公爵様の賓客になっているのだ。


「そういうわけで、モロリーヌちゃんが来てくれると助かります」


 プロセルピーネ先生が拠点に残ってしまったので、ドクロワルさんはひとりでお世話小隊にかしずかれているのだけど、貧乏男爵の孫娘には成人した人たちにお世話されるというのが落ち着かないらしい。僕たちが看護士講座を受講しているという情報はすでに先生の耳にも入っていて、コテージを使っていいからお尻を引っ叩いて勉強させよと指示されているという。

 そういうことであればと、カリューア姉妹ともども宿を移ることにした。


 タルトの拾ってきた魔獣を含めると結構な荷物があるのだけど、引っ越し作業は領軍に手伝ってもらえるとのこと。ドクロワルさんは領軍の手を借りに、カリューア姉妹は荷物をまとめに宿へと戻っていく。


 僕は邪魔だから来るなと言われてしまった。荷づくりもなにも、どうせシルヒメさんにおまかせなのだから次席から伝えれば済む。精霊やコケトリスと一緒のところを見られる方が問題なので、ここで時間を潰していろということらしい。


「御子はお貴族様だったですか?」


 姫ガールが僕はお貴族様なのかと尋ねてきた。身分制度に通じてない人たちは、貴族、士族、その子弟や使用人をひっくるめて「お貴族様」という言葉を使う。

 普通の人たちには見分けなんてつかないから、それっぽい人はとりあえずお貴族様と呼んでおくのが安全なのだ。下手に間違うと無礼であると言い掛かりをつけられるし、上流階級の子弟には平民であることを指摘されると怒りだす輩まで存在する。

 魔導院でも上流階級気取りの生徒はバグジードに限らない。


「あら、御子はお貴族様なのかしら?」


 魔性レディまで同じことを尋ねてきたけど、込められた意味はまったく異なる。わかっている人は「平民なのに気取ってやがる」という侮蔑の意味で使うこともあるのだ。これは「平民のくせに上流階級を気取るのか?」という質問だった。


「未成人の貴族や士族なんているわけありません。お貴族様なんかじゃありませんよ」


 暗に魔性レディに「バカにするな」と伝えておく。


「……宿命に選ばれし御子はなかなか侮りがたいようね」


 どうやら伝わったようだ。教養のある上流階級であれば、僕が「お貴族様『なんか』……」と付け足した意味に気が付かないはずはない。

 自分を試すとはいい度胸だと魔性レディが不機嫌そうに睨みつけてくるけど、先に試すようなマネをしたのはそっちだ。僕のロゥリング感覚は自分の問いになんて答えるか楽しんでいるような魔力を見逃さなかった。


「悪趣味なお楽しみには神判が降されるものです」


 僕の「楽しんでいただろう」という追及に魔性レディが苦虫を噛み潰したような顔になった。






 引っ越しが終わったらしく、ドクロワルさんが呼びに来たので新しい宿へ向かう。


「カワウソなのですっ」


 3歳児がま~た拾ってきやがった。今度はカワウソの赤ちゃんだそうだ。こいつはペットとして懐くらしいけど、人族だって水に引きずり込んでエサにすると恐れられている魔獣でもある。

 だけどまあ認めよう。むっちゃ可愛らしい……


「この子たちを魔導院で売るのですか?」


 僕たちの様子を見に来たというリアリィ先生が、タルトの拾ってきた魔獣たちを前に頭を抱えていた。蛇とミミズクは問題ない。オオカミとカワウソも好ましくはないけど仕方がない。

 でも、オスのグリフォンはダメだという。


 価値が高すぎて、生徒の実家から買い付け資金が流入することは目に見えているし、貴族家のバイヤーが入り込んでくるのも問題がある。盗難事件なども心配なので、先生としては魔導院に多額のお金が集まることは避けたいそうだ。


「お金になど困っていないのです。大事に育ててくれる者に預けるのですよ」


 タルトがお金には困っていないと言い放った。なんとも羨ましい話である。僕は無茶苦茶困ってる。3歳児が拾ってくるペットのエサ代をどうやって捻出しようかすっごく困ってるよ。

 蛇はカエルを獲ってくればいいけど、他は成長したら鬼のように食べる肉食獣なのだ。


「それであればいいのですけど、グリフォンは魔導院に戻るまで人目に触れさせないように。わかりましたね」


 今、この街には遠征の戦果を求める騎士や領軍がウヨウヨしていて、子供がオスの赤ちゃんグリフォンを手に入れたと知れば目の色を変えて群がってくる。貴族の権威を盾に強迫したり、犯罪に手を染める輩が必ず出てくるとだろう脅された。

 アーレイ領軍のしたことを忘れたのかと言われては返す言葉もない。


「モロリーヌさんとは話し合わなければいけないことがた~くさんあります」


 リアリィ先生はアーレイ領軍が僕を探していることも先刻ご承知だ。魔導院の部隊に合流すれば良いものを変装などして看護士講座をのうのうと受け、ようやく領軍の目が届くコテージに移ったと足を運んでみれば貴族が涎を垂らしそうなグリフォンなど抱え込んでいる。

 今晩はここに泊まって、言いたいことを全部吐き出させてもらいますと宣告されてしまった。


 変装を決めたのは次席で、グリフォンを拾ってきたのはタルトなのに、貧乏くじを引くのはどうして僕なんだろう……


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