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道案内の少女  作者: 小睦 博
第19章 選ばれた未来
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636 動き出す両軍

 砦に帰還してペーデル谷に【暁の女神】様陣営が警戒線を張っていることを報告すれば、ルルギッタン王子は喜んで3日間の休養に厨房の使用許可をくれた。条件は唯ひとつ、作ったご馳走を兵士たちに見せびらかしながら食べることは禁止ってだけだ。補給担当から豚のロース肉など必要な材料を調達した僕はモーマンタインさんのリクエストにお応えしてかつ丼を作り、約束を守るべく兵士たちの目につかない場所へ移動する。


「というわけで、お邪魔しますよ」

「確かにここなら兵士の目には留まらないが……」


 ルルギッタン王子の指揮官執務室へお邪魔して、僕とモーマンタインさんにオクタヴィアさんの他、マタギエラさんにイーノタッカー測図官を加えたメンバーで豚ロースの衣揚げ卵とじプレートをいただく。全身から殺気を放って睨みつけてくる部屋の主はもちろん無視だ。僕は王子様から言いつけられた条件を全力で守ろうとしているのだから文句を言われる筋合いはない。


「んもぉぉぉ――――うっ。やっぱり、これは最っ高のご馳走ですよっ」

「このタレの染みた豚肉の衣揚げもご飯も絶品と言う他ないわ」

「衣揚げをタレで煮込むなんて二度手間だと思ったけど、これは納得するしかない」


 モーマンタインさんはよっぽど気に入ったのか、モー毎日これが食べたいと言いながらモシャモシャ頬張っている。マタギエラさんと測図官も作戦中にこんなご馳走にありつけるなんてとかつ丼を平らげていた。オクタヴィアさんは何も言わないものの、他のメンバーに負けない速度でモクモクと片付けていく。かつ丼はこの世界でも大好評のようだ。


「ぐぬぬぬ……君という男はどこまで……」


 そんなにご馳走を自慢したいのかとルルギッタン王子が歯噛みしていたものの、僕はタルトと違って食べ物を見せびらかす趣味はない。この場所を選んだのは兵隊さんたちの目を避けるためだ。そう説明しても王子様は納得いかないご様子。余計な条件をつけられた腹いせにあてつけてやがるなとギリギリ歯を鳴らす。


「食べたいなら、殿下の分もご用意いたしますけど?」

「いらない。階級で食事の質に差があると知れ渡ったら兵たちの士気に悪影響が出る」


 食べたいのかと思って尋ねてみたけど、食事内容の違いは分断と階級闘争しか生み出さないと断られた。指揮官も士官も兵卒もメニューは同じ。それがダーストリア王国軍の方針だそうな。


「それより、現地を視た印象を聞かせてほしい。客観的な事実に関しては模範的と言える報告内容だったけど、これで光景を思い浮かべられるほど詳しいわけではなくてね」


 ご馳走を見せつけられただけで帰られては腹の虫が治まらないから話を聞かせろと、ルルギッタン王子は執務机の上に置かれていた紙束を手に取った。イーノタッカー測図官がまとめてくれた報告書だろう。僕は軍で使われている書式や測図用語なんて知らないので、丸っとお任せしてしまったのだ。ただ、それは王子様も同様らしく、書いてあることは理解できるもののイメージが浮かんでこないという。


「え~と、なんかこんな感じですね。谷底に植物の生えていない砂礫の河床が帯みたいにあって、そこを通過する部隊を見逃さないよう見張り小屋が配置されてまして……」


 写真なんて便利なものはないので、もちろん報告書は文字ばっかしである。あれで現地の様子がイメージできるのは建築や土木の専門家だけだろう。紙とペンを借り、谷は深いというより幅がある感じで、谷底に身を隠せるもののない禿げ上がったゾーンがある。そこを見渡せる斜面に見張り小屋が設置されているのだと大雑把な絵を描いて説明すれば、ルルギッタン王子の頭にも光景が浮かんできたご様子。なるほど、ここを渡るときだけは丸見えにならざるを得ないわけかとウムウム頷いていた。


「夜陰に乗じてこっそり潰すことは?」

「できなくもないですが、連絡員や支援要員も活動してますから連絡が途絶えたってことは隠しようがありません。気づかれるのを遅らせることが精々でしょう」


 相手の見張りを潰すことはできないかと問われたので、始末されたことはどうしたって知られてしまう。警戒網としての機能を失わせるには至らないだろうと答えたところ、自分たちもやっていることを相手方がしていないわけがなかったと王子様はため息を吐いた。連中だって懸命に知恵を絞っているのだと、両手で頬をペチペチ叩いて気合を入れ直す。


「橋が健在かどうかは確認しなかったのかい?」

「とっくに落とされているか、いつでも落とせるよう細工が施されているに決まってます。相手の失策を前提に作戦を立案するのはオススメしません」


 橋が残っているか確認してこなかったことを片手落ちだと評する参謀もいるのだとルルギッタン王子が教えてくれる。気になるなら偵察隊を編成して確認に向かわせれば済む話ではなかろうか。作戦参謀にはその程度の権限もないのかと尋ねたところ、偵察隊が見つかって警戒が厳しくなったら本末転倒だと偵察行動に反対しているらしい。情報がないから動けないけど、察知されることを恐れて調べることもできないなんて、そいつはないものねだりの無限ループに陥っていると思う。


「相手の失策に期待するのも、延々とないものねだりをくり返すのも、どっちも底辺野郎のすることです。問題点を指摘するばかりで何ひとつ解決策を示さないなんて、相談役ならまだしも参謀がそれでいいんですか?」


 戦争で最も厄介なのは無能な味方だと昔の偉い人も言っていた……ような気がする。確かに問題点をあげつらうだけなら誰にでもできると考え込むルルギッタン王子に、仕事をしない参謀は最前線の弾除けとして活用するよう勧めたところ、人の心を捨てた外道がいるとヒソヒソ囁く声が背後から聞こえてきた。


「アーカン王国には、他人は壁……という格言が伝えられています。他人の命なんて豆より軽いのが戦場って場所なんですよ」

「ンモーッ、どうしてすぐ非道に走ろうとするんですかっ?」


 甘さを捨てきれない連中に戦場の心得を説いたものの、非道を働く言い訳にしているだけだとモーマンタインさんが非難の声をあげた。僕が趣味で人の道を踏み外すことを楽しんでいるという。


「戦場では非情に徹しきれない奴から死んでいくんです。心を捨てなければ、明日の朝日は拝めませんよ」

「ンモーッ、14歳の病気を拗らせた新兵みたいなこと言ってないでくださいっ」


 僕のような弱小種族はウシ剣聖様と違って向かってきた相手を返り討ちになんてできない。敵は始末できるときに始末しておく。情けをかければ仇で返されるものと覚悟しておくよう告げたものの、言ってることが裏社会とやらに憧れて傭兵家業へ足を突っ込んだ新人そのものだと呆れられてしまった。背後に立たれることを嫌って常に壁を背にしている新人とか、傭兵ギルドには裏の依頼があると信じて疑わない新人といった問題児が決まって口にする台詞が「情は捨てろ」だそうな。


「あ~、そういうのウチの組合にもいたわ。自分が命を狙われるほどの重要人物だと勘違いしているアホ。たいした財産もないってのにね」

「いますねぇ。配置換えがあるたびに、新しく配属された方が実は監察部から送り込まれてきた査察官じゃないかって疑う人。自由に使える予算も、横流しできるような備品も測図室にはないんですけどねぇ」


 そして、モーマンタインさんの背後ではマタギエラさんとイーノタッカー測図官がギャハハハ……と笑い合っていた。甘ちゃんどもに説いた戦場の心得を14歳あるあるにされてしまった僕に、ルルギッタン王子が妙に生温かい視線を投げかけてくる。


「大丈夫だよ。時間が経てば自然に治るそうだから……」


 10年以上も14歳の病気を患ったままな人物だっているのに、時間がなによりの特効薬だと素人の見立てで民間療法を勧めてくるルルギッタン王子。僕はもう15歳だ。そんな病気はとっくの昔に完治しているとはっきり伝えたものの、14歳はみんなそう言うんだと聞く耳を持たない。14歳じゃあ仕方ないと皆から見守るような視線を向けられた僕にできるのは、手にしていたペンを力いっぱいテーブルに叩きつけることだけだった。


 ――畜生めっ!






 地形調査から戻ったマタギエラさんとイーノタッカー測図官が3日間の休養を終えたころ、ルルギッタン王子たちが方針を定めたらしい。連合陸軍とドラスレイ王国軍が行動を開始した。砦の周辺に野営していた部隊が天幕を畳んでどこかへ移動していく。もちろん一日で全部隊が移動できるはずないので、日々減っていくという状況だ。そして、指揮官であるルルギッタン王子とチキンナー将軍が砦を発つ日がきた。


「君は残るのかい?」

「そちらが相手の注意を引き付けたところで、こっそり忍び込む計画ですからね。ここに残って警戒網の動きを探るつもりです」


 一緒にこないかと王子様から誘われたものの、僕には僕の為すべきことがある。ドブネズミの侵入に備えて配置されている戦力が防衛にまわされたのを確認できたら、そのまま忍び込む予定なので第二師団に同行するのはここまでだ。後は互いの目的を果たすのみ。武運を祈っていると伝える。


「マクダナル少将。騎士隊の指揮と砦の防衛を任せます。それから、彼の言動には細心の注意を払ってください。敵がいると彼が告げたなら、それは予想でなく確定事項です」


 この砦はお役御免というわけではなく、ルルギッタン王子率いる本隊への補給線を確保するための兵站拠点と魔導騎士の活動拠点として今後も活用されるそうだ。マクダナル少将が残って責任者を務めるらしい。たとえ敵部隊の姿が見えなくても、僕がいると言ったならそれは察知したということ。危惧を口にしているわけではないってことを承知しておくよう王子様に言い含められていた。


「肝に銘じておきます。指揮官もお気をつけて……」


 連合陸軍とドラスレイ王国軍はいったん【暁の女神】様陣営の斥候が入り込めないところまで下がって潜伏し、ずっと東の方まで移動しているように見せかけるそうだ。小規模の別動隊を向かわせて、いかにも渡河できる場所を探しているような陽動もかける。渡河を阻止するべく相手方が川下側の戦力を増やしたら、ペーデル谷を一気に駆け抜けて防御陣地を急襲、奪取し橋頭保を確保する計画らしい。


「別動隊で陽動をかけてからの奇襲くらい相手側も予想してそうですけど?」

「だが、敵部隊の居所がつかめない以上、どこを攻められても対応できるよう広く薄く兵を配置せざるを得ない。こちらは戦力を集中させられるから、多少強引でも陣地の一カ所くらいは奪取できるだろう。今は戦局に変化をもたらすことが最優先だと判断した」


 砦から離れていくルルギッタン王子を見送りながら、ありがちな作戦だし読まれている可能性もあるのではないかとマクダナル少将に声をかけたところ、それも想定の範囲内との答えが返ってきた。相手だって底なしの兵力を有しているわけではない。限りある戦力で広い範囲を護らなければならないとしたら、部隊を広く分散させ攻められたところが抵抗を続けている間に他を増援に向かわせるくらいしか方法がないだろう。なので、多少の損害には目をつぶっての力押しで増援が到着する前に防御陣地を落とすことにしたそうな。


「睨み合いを続けては相手の思う壺だ。第一師団と同じ轍を踏むわけにはいかない」


 山脈の南端を攻めている第一師団に連合海軍も含め、今はすべて【暁の女神】様陣営の思惑どおりにことが進んでいる。一カ所でよいから敵の防衛線に穴を開けて、相手の計画を狂わせないことには戦局を動かしようがない。とにかく、戦争の主導権を奪い返すことを最優先するとルルギッタン王子は判断したという。


「正解だと思います。待っていたって勝機は訪れません」

「君と殿下は考え方が似ているようだ。同じことを参謀たちにおっしゃっていたよ」


 僕と王子様は似た者同士だと唇の端を吊り上げるマクダナル少将。ひたすらにリスクを避けたがる参謀たちを、このまま何もせず負けるつもりかと一喝されたそうだ。チャンスはもぎ取るものというドブネズミっぷりに魂が奮い立つのを感じる。僕も負けてはいられない。


「移動を予定している部隊がすべて離れたら、ちょっと敵陣の様子をうかがってきましょう。戻らなかった時は、相手が防衛戦力を動かしたのでそのまま【暁の女神】様の神殿へ向かったと考えてください」


 ようやく、タルトの奴を迎えに行けそうだ。ルルギッタン王子たちの部隊が東の山中へ姿を消していくのを眺めながら、この長い旅も終わりが見えてきたと僕は心が沸き立つのを感じていた。






 連合陸軍第二師団の本隊が砦を離れたので、置いてっちゃヤダと駄々を捏ねるモーマンタインさんをオクタヴィアさんとエリザベスに取り押さえてもらい、僕はバナナンテに跨って【暁の女神】様陣営が防衛ラインを敷いているであろう山中へもぐりこんだ。砦前の峡谷を突っ切ろうとすれば姿が丸見えになってしまうので、谷を見下ろす西側の尾根を目指す。砦を監視している斥候らしき魔力がいくつか感じられるものの、気づかれないようにすり抜けていくことは難しくない。


 砦の様子が遠目にうかがえる尾根を越えると斥候の数が一気に少なくなる。後は自由だとバナナンテで尾根道をかっ飛ばしていたところ、ロゥリングレーダーがこっちへ向かってくる集団の魔力を感知した。結構な規模の部隊が峡谷を進軍してきているようだ。


 ――こいつら、峡谷を抜けて砦を攻めるつもりなのか?


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― 新着の感想 ―
結局のところ援軍の当てのある籠城戦でもなければ攻めなければ勝てないんですね。 RPGでも要所で防御するのは大事ですがそれだけなのは遠回りな自〇ですし。
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