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道案内の少女  作者: 小睦 博
第19章 選ばれた未来
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633 国境の砦

 ポルデリオンの礼拝殿がある街を後にした僕たちは、ルルギッタン王子とチキンナー将軍に同行して部隊との合流地点である砦を目指す。指揮官が部隊から離れていてよいのか問い質したところ、移動の指揮は参謀たちに任せておけば問題ないけど、戦勝祈願のお参りは代理で済ませられない重要な職務だという答えが返ってきた。指揮官が参拝を怠っていると不安を感じる兵士も少なくないそうだ。まぁ、命がけで戦うのだから神頼みだろうとやれることは全部やっておいてくれという心境なのだろう。


 人通りの多い新しい参道はこの国の王都に向かう道で、遠回りになるから帰りは使わない。王子様と将軍が連れている護衛小隊に囲まれ山中を抜ける寂しい裏道をかっ飛ばしながら、僕はタルトが残した言葉の意味を考えていた。これまでグズグズするなと急かしていた3歳児が、森の中を縦横無尽に駆け回れるロゥリング族に急ぎ過ぎるなと伝えてきたことには理由があると思うのだ。これは、ロゥリングレーダーとコケトリスの機動性を過信して強行すればしくじるという警告ではあるまいか。


 ――つまり、【暁の女神】様はしっかり対ロゥリング族シフトを敷いている……


 誰にも肩入れしないという建前なのだから、【暁の女神】様側の備えをリークするわけにはいかないだろう。なので、急ぎ過ぎるなとだけ口にした。そこから僕が察する分には情報漏洩にあたらないというわけだ。3歳児のくせに小賢しいことを考えやがる。


 もっとも、僕ならそれだけで意図を汲み取れると信頼されていたわけだから悪い気はしない。タルトの心遣いを無駄にしないためにも、連合陸軍とドラスレイ王国軍を上手いこと利用して相手方の布陣を動かさなければならないだろう。このままでは防衛ラインを突破されると危機感を募らせれば、対ロゥリング族シフトを維持する余裕はなくなるはずだ。どうにか【暁の女神】様の部隊をおびき出す方法はないものかと思案していたところ、前を駆けていたルルギッタン王子たちが馬の足を止めた。


「今日はこの辺りで野営にしよう。ちょうど水場もある」


 僕たちが進んでいる道は周辺にある集落をつなぐあまり利用者のない農道。参道と違って宿場町なんてないので日によっては野営になる。チキンナー将軍の連れている護衛はこの辺りの地理に詳しいようで、近くに沢が流れているのだと教えてくれた。農道から外れ藪をかきわけて100メートルほど進み、沢沿いにできた河原のような場所を本日の野営地とする。


 簡易獣舎を設営して寝床を確保したら、さっそくエリザベスの奴が鼻先をこすりつけて催促してきた。魔力を頼りに獲物を探し、単独で行動していたあまり若くないメスのシカを仕留める。脚を痛めてしまったため群れに置いていかれた個体ようだ。こういった獣はもう長く生きられないし繁殖も絶望的なので、ありがたくお命頂戴させていただいた。


「このテーブルは君の秘匿術式なのかな? なんというか……とても便利そうだ」


 その場で血と腹わたを抜き取り、野営地に戻ったらヴィヴィアナロックで作り出した水の壁を作業台にして獲物の皮を剥いでいく。サクサクと食肉解体を進めていたところ、テーブルを作り出す術式のように見えるけど、もしかして好きな場所に堅固な壁を設置できて支えもいらないのかとルルギッタン王子が興味深そうに尋ねてきた。拳骨で水の壁をコツコツ叩いて強度を確認している。


「すごく重宝してますが、この術式はヴィヴィアナ様という……ちょっと癖の強い精霊の力を借りてますので使い手が限られます」


 枷や壁の他、テーブルや足場にも利用でき、とにかく使い勝手の良い術式なのだけど、強烈な自我を備えた精霊なので誰彼かまわず力を貸してくれるわけではない。かつて契約していた人族の末裔と、極一部の例外しか使えないのだと説明しておく。


「なるほど、精霊の側が相手を選んでいるのか。それにしても、君はずいぶんと手慣れているようだね」


 いつでも頑丈で平らな台を用意できるのはこの上なく便利なものの、使えないのでは仕方がないと肩をすくめるルルギッタン王子。ちょっと姿が見えなくなったと思ったらこんな獲物を仕留めてきて、あっという間に食肉にしてしまうなんてサバイバル訓練の教官みたいだと話を切り換えてきた。ダーストリア王国の王族は軍事訓練を受ける決まりになっていて、王子様自身も軍のサバイバル訓練を修了しているそうだ。


「ンモーロニダスさんは雨が降っていても温かいご飯を提供してくれる野営の達人。略して野人です」

「左の後ろ脚を外しますから、おしゃべりしてないでひっくり返してください」


 僕はどんな状況でも美味しいご馳走を提供してくれる野営のプロフェッショナルなのだとモーマンタインさんがしょうもないギャグをとばす。この程度、狩猟民族ならできて当たり前だ。ご馳走を心待ちにしている食いしん坊が背後でドスドス足を踏み鳴らしているのだからグズグズするなと、作業しやすいよう獲物の後ろ脚を持ち上げさせる。モモ肉たっぷりの後ろ脚を外して与えれば、エリザベスは待ってましたと言わんばかりの勢いでかぶりついた。


「サーッ。かまどの準備、完了しました。サーッ」

「火をおこしておいてください。肉はもう串に刺すだけです」

「ギョイッサーッ」


 ルルギッタン王子の連れている護衛小隊が金串を所持していたので、今晩はシカ肉バーベキューだ。串を並べていっぺんに焼けるよう横に長いかまどを準備してもらった。獲物はもうロース、ショルダー、バラと部位ごとのブロック肉にしてあるので、後はひと口サイズに切り分けて串に刺し塩を振るだけ。ちゃっちゃと火をおこしておくよう告げれば、護衛小隊の皆さんが了解したと一斉に声をあげる。


「彼らはいちおう、私の配下なのだが……」

「指揮権のありかを確認したいならオアズケを命じるのがよろしいかと思います」


 なんで僕が仕切ってんだとルルギッタン王子が不満そうに唇を尖らせていたものの、嫌なら持ってきた食料でやりくりしろと言ってやる。ダーストリア王国軍の野営食がどんなものかは知らないけど、護衛小隊の反応から察するにシカ肉バーベキューには到底及ばないものなのだろう。理由もなく部下から食事の楽しみを取り上げるようなマネができるかと口惜しそうにギリギリ歯を鳴らす。


「殿下、サバイバル環境では食料を調達できる者がリーダーですぞ」

「わかっているよ、将軍。わかってはいるんだ……」


 チキンナー将軍はとっくに諦めていたようで、僕がシカを獲ってきたことで誰がリーダーであるのかはっきりしてしまった。食べ物を握っている奴が王様なのは普遍の法則だから、抵抗してもよい結果にはならないとルルギッタン王子をたしなめる。結局、王子様はオアズケを言い渡すことができず、護衛小隊の騎士たちはご馳走バンザイと叫びながらモーマンタインさんに引けを取らない勢いでシカ肉を平らげていった。






 ポルデリオンの礼拝殿を後にして数日、何ひとつ不自由のない快適な旅路を経て僕たちは国境付近にある砦に到着した。夏場にちょっと野営が続いたくらいでサバイバルなどとぬかす甘えた連中は、冬の最中に狩猟生活を送ってみるといい。自分のしていたことはレジャーキャンプでしかなかったと思い知ることができるだろう。生き残れたなら……


 砦は山脈の北端近くにあって、すぐ目の前には両側を山に挟まれた峡谷の入り口がある。この峡谷は山と山の間をすり抜けて【暁の女神】様の勢力圏へつながっているそうだ。細い一本の谷が広がったところに小山のような高台があって、その上に砦が築かれていた。


「まさか、あそこから攻め込むつもりですか?」

「向こう側にもこちらと同じような備えはあるだろう。やるにしても、相手の防衛部隊が別の場所へ集中した機を狙って奇襲するといった策は必要だな」


 よもや、部隊を細長く伸ばして峡谷をゾロゾロ通過しようと考えているのではあるまいなと確認したところ、【暁の女神】様陣営が出口を封鎖しているのは確実だから、どうにかして隙を突かない限り成功しない。力押しが通用する地形ではないってことくらい承知しているとチキンナー将軍は答えた。もうちょっと自分たちを信用してくれと苦笑いを浮かべる。


「それじゃ、なんでここを拠点にしたんです?」

「この辺りは清水が湧き出ている場所が多くてね。この規模の部隊でも充分行き渡る量の水が確保できる」


 目の前の峡谷から攻め込むつもりがないなら、どうしてここに部隊を集結させたのだろう。いかなる意図があってのことかと疑問に思ったけど、結局は飲用水の問題だそうな。ルルギッタン王子率いる連合陸軍の第二師団がチキンナー将軍の指揮するドラスレイ王国軍部隊より大所帯なこともあって、そこらの軍事施設では想定していた収容人員を越えてしまう。そんな時にまず問題となるのが水の確保だけど、ここは湧き水が豊富だから使用制限とか配給制といった兵の士気に悪影響を及ぼす対策を取らなくて済むのだと将軍は説明してくれた。なるほど、そういった事情なら納得するしかない。


 全部隊を砦に収容するのは不可能なので、ほとんどの部隊は峡谷から流れ出てくる川沿いにキャンプを張っている模様。あまり不便はないようで、河原でトレーニングに勤しむ兵隊さんの姿が目に付く。やはり、水の心配はいらないというのが大きいのだろう。お馬さんたちが並んで水を飲んでいる様子はのどかと表現するほかなく、今が戦争中であることを忘れてしまいそうになる。


「まずは状況を確認しないとね。退屈な会議だけど、君も出席してもらえるかな?」

「もちろん参加しますよ。現状の認識にくい違いがあっては都合が悪いですからね」


 砦に入ったところで作戦会議に顔を出してくれとルルギッタン王子からお願いされる。指揮官が決定するのは大雑把な方針であり、実際の行動計画を立案するのは参謀たちなので、互いに情報のすり合わせをしておきたいそうだ。面倒だけど、認識の違いをそのままにしておくと後々厄介なことになりそうなので了承しておいた。バナナンテを厩舎の房へ入れ、ご苦労さんとご褒美の白米をサービスしたら会議室へ向かう。ゲストのために用意された席は3つあったけど、僕はモーマンタインさんの膝に腰かけさせていただく。視点が低いとテーブル上に広げられた地図や資料が読めないからであり、けっしておっぱいを枕に居眠りしようと企んでいるわけではない。


「……ここしばらく、山中で敵の斥候と思われる者の動きが報告されております」


 参謀のひとりというおっさんが状況を説明してくれる。戦争全体としては帝都の戦略研究会で耳にした状況から目立った動きはないようだ。山脈の南端を回り込もうとした連合陸軍の第一師団は相変わらず攻めあぐねていて、海軍もエーオス海へつながる海峡を挟んでの睨み合いを続けているらしい。続いて話題はこの砦周辺の状況に移り、最近になって斥候らしき連中の動きが活発になってきているという報告があった。どうやら情報収集に徹しているようで、捕えようとしてもすぐに逃げてしまう。そのため小競り合いすら発生していないものの、怪しい人影や野営の痕跡が見つかったという報告が増えているそうだ。


「この砦に部隊が集結中というのは隠しようがないですからな。こちらの動きにあわせた、標準的な対応かと思われます」

「将軍のおっしゃるとおりなのでしょう。こちらの動きを隠し通すことは不可能なので、破壊工作だけは許さないよう警戒を続けてもらいたい」


 これだけの大所帯が野営を始めれば、相手方が探りにくるのは当然のこと。斥候が増えていること自体は驚くに値しないとチキンナー将軍が口にする。この砦を視認できる範囲すべてを制圧することもできなくはないものの、兵を疲れさせてまで隠さなければいけないことではないとルルギッタン王子が結論を出した。視られるのは構わないけど、忍び込まれることだけは絶対に阻止するようにと参謀たちに指示を出す。


「モロニダスさんなら捕まえられるんじゃありませんか?」

「できるけど、僕にとっては不都合なんだ」


 僕を抱っこしているモーマンタインさんが、トウモロコシ畑に潜むイノシシを見つけ出せるならスパイの居場所もわかるのではないかとユサユサしてくる。とっ捕まえるのは簡単だけど都合が悪いのだと答えたところ、参謀のおっさんたちが揃ってまなじりを吊り上げた。


「僕はこの部隊を陽動に利用したいわけですからね。【暁の女神】様陣営が動きをまったく把握できなくなっては困るんです」

「こちらの動きを隠すのか、それとも見せつけるのか、まだ行動指針が定まったわけではないんだ。軽率な行動はしないという彼の考えには私も同意するよ」


 陽動部隊の動きが相手に伝わらなくなっては囮の役目を果たせない。それでは困るのだと耳にして参謀のおっさんたちがますます表情を険しくさせたものの、指揮官が方針を決定する前に軽々しく行動を起こさないという意味において僕の判断は正しいとルルギッタン王子が擁護してくれた。あえて戦力差を見せつけるという作戦行動だって考え得るのだから、作戦参謀なら敵を利用することも視野に入れておくようおっさんたちへ釘を刺す。


「ありがとう、状況はおおよそ把握できた。部隊の移動が完了したら速やかに方針を固めるから、それまでは現状を維持しつつ周辺の警戒にあたってもらいたい」


 参謀たちの説明を聞き終えると、行動指針が示されるまでは現状維持だとルルギッタン王子が言い渡して会議の終了を告げる。方針は連合陸軍のルルギッタン王子とマクダナル少将、ドラスレイ王国軍のチキンナー将軍の密室会議により決定されるそうだ。


「他人事みたいな顔しているけど、もちろん君にも知恵を貸してもらうつもりでいる。我々を利用するつもりなら、嫌とは言えないだろう」

「……それはもう、喜んで協力させていただきますよ」


 数日は静養に充てられるかと思ったものの、ルルギッタン王子は許してくれず僕たちまで方針決定密室会議に加わることになった。


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― 新着の感想 ―
鷹揚な王子様も統帥権が脅かされることには敏感ですね。 まぁ護衛の皆さんが食事に釣られてるのはノリがいいだけなんでしょうけど。
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