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道案内の少女  作者: 小睦 博
第19章 選ばれた未来
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631 礼拝殿での再会

 ポルデリオンのおっさんはくっつかなくなる術式の刻まれたすり鉢とすりこぎを置いていってくれた。荷物が増えてしまったものの、超便利なので永久に借りておく。食事のたびにウシ獣人がマンとろご飯を催促してくるけど、全部とろろにしてしまうのはもったいない。新メニューが完成するまで我慢するよう心を鬼にしてオアズケを言い渡す。


 古い参道をテクテク進みちょっと小高くなっている丘を登りきったところで門前町に到着する。ここからは新しい参道と合流するせいか、これまでと違ってずいぶん開けている印象だ。ポルデリオンの礼拝殿へ続く目抜き通りには食事処や宿屋さんがずらりと並び、びっくりするくらい多くの人たちが参拝に訪れていた。


「でも、なんか兵隊さんが多い印象だね」

「ンモーッ、ポルデリオンは武の神様なんですから当たり前じゃないですか」


 金属の鋲を大量に打った革の服を地肌の上に直接着ている連中が三輪車でヒャッハーしている光景を予想していたものの、あまりにも普通で拍子抜けだ。ただ、パッと見渡すと同じデザインの野戦服が目につく。妙に物々しい雰囲気だと口にしたところ、あれはドラスレイ王国軍の野戦服だとモーマンタインさんが教えてくれた。これから戦争が始まるという時期なのだから、武運長久を祈願しに参拝する人が増えるのは当然だという。


「じゃあ、僕たちも参拝しておきましょう。お供え物にするお酒を探しますよ」

「ポルデリオンの礼拝殿では武を捧げるのが作法と聞き及んでおりますけど……」

「ンモーッ、お供えするくらいなら飲んじゃいましょうよっ」


 ご利益はともかく、すり鉢とすりこぎの賃料代わりにお酒くらいはお供えしておきたい。酒屋さんを探すよう告げたところ、竜殺しの英雄にお酒を捧げる者なんていないとオクタヴィアさんからツッコミが入った。もったいないことをするなとモーマンタインさんは自分で飲む気マンマンである。お酒に目がないけどありつける機会が少ないとタルトが言っていたことには、こういった背景があったようだ。好物をお供えしてもらえないのはさすがに不憫なので、ここは僕がお酒を捧げなければなるまい。


「武を捧げるって、モーマンタインさんが試合でもするんですか?」

「ンモーッ、面倒事はお断りですっ」

「僕やオクタヴィアさんじゃ話になりません。お酒で決まりですね」


 僕たちの中で武術を修めているのはモーマンタインさんしかいない。しかも、本人が気づいていないだけで、すでにポルデリオンのおっさんとは直接手合わせを済ませてしまっているのだ。今さら他人との試合を見せられても退屈なだけだろう。身体能力では人族の9歳児にすら劣る僕や、ようやく体力が人並みの水準に近付いてきたダメ巫女様にお供えできる武なんてあるはずもなし。捧げたいならモーマンタインさんがやるしかないと告げたところ、ウシ剣聖様はお酒をお供えすることにモーモー同意した。


 首尾よく酒屋さんを見つけたので、20リットルくらいある樽入りの蒸留酒を購入。ウシ獣人に担がせて礼拝殿へと向かう。騎獣はこちらという場所にバナナンテとエリザベスをつないで礼拝殿の門をくぐると、参拝される方はこちらで記帳をお願いしますと司祭っぽい人に案内された。椅子を踏み台にして記帳しようとすれば、どうしてか名前や所属の下に称号という欄が設けられている。


「モロニダスさん。わかっていますね?」


 樽を担いでいるモーマンタインさんは手が塞がっているので僕が代筆するしかないのだけど、剣聖なんて書いたら許さんぞと背後から殺気を突き刺してきた。僕も命が惜しいので、【美食を貪る暴牛の顎】と適当に思いついた二つ名を記帳しておく。僕の称号はもちろん【ニューゴブリン】だ。オクタヴィアさんの分も代筆しようとしたら、自分でするから結構とペンを取り上げられた。


「あれ? ルルギッタン王子が来てるんだ」


 僕たちのちょっと前あたりに連合陸軍所属といくつも並んでいたので、まとまってお参りに来たのかと確認してみたら、その中にルルギッタン王子の名前を見つけた。所属は連合陸軍、称号には第二師団長とある。姿を見かけたら挨拶しておこうと思いながら礼拝殿の奥へ進めば、ステージのように一段高くなった場所でふたりの兵隊さんが睨み合っていた。奥にある審判席のような場所には司祭の礼装を身につけた人がいて、その向こうに見えるのはポルデリオンのおっさんとは似ても似つかぬイケメンダンディーの像だ。どうやら、ここで試合をすれば武をお供えしたことになるらしい。


「また、お会いしましたね。王子様も試合をするんですか?」

「もう済ませたよ。護衛隊長がこんなにも心無い冷血漢だとは思わなかった」

「神前で手心を加えては冒涜と受け取られかねません。ご容赦ください」


 試合を眺めている観衆の中にルルギッタン王子がいらっしゃったのでご挨拶に向かう。王子様も武をお供えするのかと尋ねたところ、滅多打ちにされた後だとふて腐れたように唇を尖らせた。相手をしたのは護衛に就いている騎士たちの隊長さんだそうな。示し合わせて行うのは武でなく舞。戦っているフリをしているだけと見抜かれたら、それこそ神様のご機嫌を損ねてしまいかねないと言い訳している。


「君も試合をするつもりなのかい?」

「僕はお酒をお供えするつもりです」


 自分が相手をしてあげてもよいぞと王子様が尋ねてきたので、普通にお供え物をするつもりだと返しておく。酒好きにもかかわらず、誰からもお供えしてもらえないのはかわいそうだ。ネクタールには及ばないものの、そこそこの銘酒だから喜んでくれるだろう。


「殿下、彼がお話にあった?」

「そうだ将軍。我々が目的を達成できなかった際に尻拭いをしてくれるモロニダス君だよ」


 ルルギッタン王子と話していると、ひとりのおっさんがそそっと寄ってきた。服装から判断するにドラスレイ王国の軍人さんのようだ。僕が【知の女神】様のかけた保険であることは説明済みであるらしい。


「こちらはドラスレイ王国のチキンナー将軍。連合軍に協力してくれる部隊の指揮官で、共に出陣前の戦勝祈願に訪れたんだ」


 ドラスレイ王国も連合軍に参加しているものの、最初に動員した部隊は山脈の南端側を攻めている第一師団に配属されている。ルルギッタン王子率いる第二師団が北端側から回り込むことになり、領土内から侵攻するならと追加動員された部隊の指揮官だと王子様が紹介してくれた。約束した兵力はすでに提供しているので、チキンナー将軍の部隊は連合軍の一部でなく独立した援軍という扱いになるという。


「君も連合軍の勝利を祈願しにまいったのかね?」

「いいえ、僕の目的はこの戦争に勝利することではありません。たまたま立ち寄ったのでお参りしていこうと考えただけです」


 神様になにをお願いするつもりなのかと将軍に尋ねられたので、戦争の勝敗には興味がないと告げておく。結果的に尻拭いをしたような格好になることはあっても、それが目的というわけではないのだ。今日はすり鉢とすりこぎを貸してくれたお礼にお酒をお供えするだけ。特にお願いしたことがあるわけではない。


「将軍、彼はけっして味方ではないと伝えておいただろう。共に相手を利用することで物事を効率よく処理しようというのが我々の関係なのさ」


 連合軍が勝とうが負けようが知ったことではないと告げられ目をパチクリさせているチキンナー将軍に、各々の目的が異なるから友好的に接しても馴れ合いはしない。互いに己の使命を最優先すると確認し合った仲だとルルギッタン王子が説明してくれる。


「しかし、味方でなく連合軍に貢献するつもりもないなら、それはもう……」

「世の中のすべてを敵と味方で色分けしようとするのは軍人の悪い癖だと思うね。君の唱える大義なんかに興味はないという者は大勢いるし、誰もが他に優先したい物事を抱えているのは当たり前のことなんだ。理想を語る前に、現実を直視しようじゃないか」


 俺らに協力しない奴は敵という田舎ヤンキー理論を将軍が口にしかけたものの、他人の言い分なんかにつき合っていられませんという人間の方が世の中には多いのだと王子様に待ったをかけられた。社会というものは少数の敵味方と大多数を占める赤の他人で構成されているもの。味方以外をすべて敵とみなすのは、最大勢力である他人を敵と規定する愚かな考えだと指摘され、すぐには反論が思い浮かばないのか口をつぐむ。


「大勢いる他人の中に味方を増やしていくことが効率よく仕事をこなす秘訣だよ」


 チッチッチ……と人差し指をふりながら、どっちでもない相手をわざわざ敵に回すのはやめようと口にするルルギッタン王子。僕が自由に動けるよう【知の女神】様が巫女を派遣した。敵ではないという証明には充分ではないかとチキンナー将軍を説得する。田舎ヤンキー理論が通用する相手ではないと察したのか、女神様の判断に異を唱えるなんて畏れ多いと将軍はおとなしく引き下がった。


「このあと将軍と食事に向かう予定なんだ。君も一緒にどうかな?」

「では、急いでお供えを済ませてきましょう」


 王子様たちはこれからランチのようで、食事処を押さえてあるからと誘われた。断ったらご馳走の予感を感じて鼻息を荒くしているウシ獣人にお供え物を捨てられてしまいそうなので、ゴチになりますと答えて試合の行われているステージの奥にあるイケメンダンディー像のもとへ向かう。祭壇につきものの供物台が見当たらないけど、神像の前に置いておけばお供えしたことになるだろう。


 ここの司祭っぽいおっさんにお酒をお供えしたいのだと申し出れば、それも仕方なしとあっさり許可される。さすがに7歳相当の子供に殴り合いをさせるつもりはないらしい。イケメンダンディー像の前へ進み出て、司祭のおっさんに渡された敷物を床に広げモーマンタインさんに酒樽を下ろすよう指示する。ドッコイショとウシ獣人が酒樽を置いたその瞬間、本人とは似ても似つかぬポルデリオン像からウキウキしたような魔力が伝わってきた。






 ルルギッタン王子に連れられて向かった食事処は蕎麦屋だった。田西宿実の世界にあった蕎麦、いわゆるひとつのジャッパニーズソバヌーヅルである。この世界ではショバと呼ばれているらしい。おそらく、先輩転生者が伝えたソバが訛ったのだろう。


 僕たちの前に出されたのは茹でた後に冷水で〆たショバをザルに盛り、小さな器に入れられた汁につけて食べるもりショバである。日本蕎麦と同じく細い麺なのだけど、田西宿実の記憶にある蕎麦に比べると短く千切れている印象だ。15センチあったら長い方というショバを箸でつまみ、チョイチョイと汁につけてから口へ含めば、いかにも蕎麦という香りが鼻に抜けてきた。こいつはきっと香りを重視した十割蕎麦に違いない。


「香りは素晴らしいのですが、口当たりがポソッとしてますね。意地でもつなぎを使わない主義でしょうか?」

「ほぅ、詳しいな。そのとおり、ここは粉と水だけで打ったショバを売りにしているのだ」

「ダーストリア王国でもショバは親しまれているけど、つなぎを使わずに打てるのはひと握りの職人だけでね。貴族たちからも重宝されているよ」


 香りは満点だけど、噛み応えを求めるタルトであればやっつけがいがないと評価するだろう。十割にこだわり過ぎではないかと感想を口にしたところ、それがここの売りなのだとチキンナー将軍が教えてくれた。ルルギッタン王子の母国は神聖マリジル帝国の北方に位置しているのだけど、気候がお米の栽培に適しておらず作付けはショバや麦が中心だそうな。そのためショバは貴族、平民を問わず広く普及していて、つなぎを使わない打ち方は職人の家系に代々受け継がれている秘伝の技だという。


「私の育った集落でもショバは打ってましたから難しいのはわかるんですけど、ポソポソだと食べた気にならないです」


 歯ごたえがないのでは心が満たされないと、どっかの3歳児みたいなことを嘆いているのはモーマンタインさんである。だけど、僕はそこに可能性を感じた。


「じゃあ、モーマンタインさんもショバが打てるんですか?」

「集落では小麦を3割くらい混ぜて打ってました」


 確認してみたところ、ショバ粉7割なら打てるという。ならば試してみたい……いや、ぜひ試さなければならないことがある。田西宿実の世界にあった、とろろつなぎ蕎麦だ。手元にはちょうどマンドレイクがあるし、ご機嫌なすり鉢とすりこぎだって揃っている。食事処はチキンナー将軍が貸し切りにしているので、設備の整った厨房を使わせてもらえるのではなかろうか。なんかいけそうだと考えた途端、今すぐ取りかかれと心の中の3歳児が囁きかけて……


『……本当に囁いていないだろうね?』

『していないのです』


 心の中の3歳児と、契約の機能で語りかけてくるタルトの声は判別のしようがない。よもや本当にと疑問を頭に思い浮かべた瞬間、間髪入れずに答えが返ってきた。どうやら、リアルタイムにウォッチしてやがるらしい。こっそり囁いてはいなかったみたいだけど、新しいご馳走を思いついたならグズグズするなと催促してきたので結果は同じである。


「思いついたんだけど、ネバネバのマンドレイクはつなぎに使えると思うんだ」

「んもぉぉぉ――――う。また新しいご馳走ですかっ?」


 アイデアがあることを知られてしまった以上、マンとろつなぎの手打ちショバを食べさせなければタルトは満足しないだろう。もはや退く道はないと覚悟を決めて、まずはショバ打ち職人を確保する。マンドレイクとろろをつなぎに使うのだと告げれば、新しいご馳走キタコレとモーマンタインさんは瞳を輝かせた。


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― 新着の感想 ―
蒸留酒を20リットルとは太っ腹ですね。 銘酒なので山崎クラスと仮定するとこちらの世界でも37万円。主人公の世界だと恐らく燃料代も嵩むので更に数倍…。この金遣いは確かに端から見ると苦学生詐欺。実際は自給…
普段口では抵抗してても、ここではしっかり「ニューゴブリン」と書くのがいいですね。
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