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道案内の少女  作者: 小睦 博
第19章 選ばれた未来
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629 河原の邂逅

 街道を外れて丘の上へ向かう山道に入った僕たちは、予想していたよりも順調に歩を進めていた。日差しを避けられるようになったことと、モーマンタインさんに勧められ重い騎乗用ブーツの代わりに草鞋を履いたことでオクタヴィアさんもそこそこのペースを維持できるようになったからだ。まだまだ休憩は多いものの、ぶっ倒れそうになるくらいヘロヘロになることはなくなった。


 山脈のふもとに広がる森林地帯にはところどころ集落があって、林業や炭焼き、狩猟などを生業としているようだ。農作物は出荷するためでなく、集落内で消費する分を作っているという感じ。わりと自給自足に近い生活様式なものの、どうしてかどこの集落にも宿泊施設が整備されている。不思議に思って茶屋を開いているおばちゃんに尋ねたところ、僕たちが進んでいる山道は【竜殺し】の礼拝殿へつながる古い参道という答えが返ってきた。王都からの新しい参道が作られて賑わうことはなくなったものの、今でもお参りに利用する人はいるらしい。


「ポルデリオンの礼拝殿ってお参りしたことある?」

「ありません。兄弟子たちに【剣聖】を押し付けられてからは近づかないようにしてました」


 剣聖様ならお参りくらいしているかと思ったら、面倒な連中に絡まれるのが嫌で近寄りもしなかったという。まぁ、それも致し方のないことだ。そこが自作称号を名乗る14歳どもの総本山だってことくらい、僕にだって容易に想像がつく。


「【剣聖】なんて呼んだら、首をねじ切っちゃいますからねっ」

「オーケェイ。じゃあ、【剣牛】なんてどうかな?」

「んもぉぉぉう。ほとんど違わないじゃないですかっ」


 厄介な称号で自分を呼んだら命を頂戴すると脅迫してくるモーマンタインさん。代わりの称号を提案してみたものの、そんなんじゃ何も変わらない。責任取って面倒臭い連中の相手は僕がしろとドスドス足を踏み鳴らす。ロゥリング族に互いに構えてから始まる試合なんて死刑宣告も同然だ。仕方ないので、別の称号を考えておくことにしよう。増えすぎたわき腹細胞を落とそうとヒィヒィ喘ぎながら歩いているオクタヴィアさんにあわせているので、幸いなことに時間はたっぷり余っている。


「この沢に沿って少し登ってみましょう」

「う゛え゛えっ?」


 どうせルルギッタン王子の部隊が移動を終えるまでは何もできないのだ。無理してまで急ぐことはないとトコトコ参道を進んでいたところ、幅2メートルくらいの小川が流れていた。上流側を眺めてみたものの、左右の岸にモッサリと茂った植物に遮られて15メートルくらい先までしか見渡せない。こっから沢登りだと告げれば、どうして歩きやすい道から外れるのだとダメ巫女様が不満そうな声をあげた。


「200メートルくらい先に獲物の気配を感じます」


 獲物がいるからと告げた途端、ご馳走にありつけると悟ったエリザベスがギュピィーンと瞳を輝かせた。仕留めに行こうとご主人様に期待のこもった視線を向ける。残念だけど、オクタヴィアさんに選択権を渡すほど僕は甘くないのだ。


 100メートルほど小川に沿って登り、獲物の魔力が動いていないことを確認して茂みの中に身を隠す。コソコソとターゲットまで50メートルのところまで近寄れば、一頭のシカが水浴びを楽しんでいた。角があるものの、まだ群れを持たない若いオスな模様。繁殖年齢を迎える前の坊ちゃまなら上物である。気配を消せと手で合図してバナナンテを伏せさせれば、隣にいたエリザベスまでその場にしゃがみこんで息をひそめた。もちろん合図なんて教えていないのだけど、バナナンテのマネをしておけばよいと判断できる程度には状況が呑み込めているようだ。アンドレーアのオオカミより賢いかもしれない。


 落差は2メートルとないので滝と呼ぶほどではないものの、ターゲットが水浴びをしている場所の手前では段差を水がジャバジャバ流れ落ちている。滝つぼができるのと同じ原理で川底がえぐられ淵になっているのだろう。存分に最後の水浴びを堪能していただき、満足して川から上がってきたところをサクッと射抜かせていただいた。罪なき者にも容赦ないのが……いや、弱いことや警戒心が薄いこと、運がないことすら罪なのが野生の掟。僕にできるのは、憐れな魂が迷わずイグドラシルへ還れるよう祈ることだけだ。


「あ゛ぁぁ~、んぎもっぢい゛ぃですぅ~」


 仕留めた獲物は繁殖を始める前の上物だった。すぐに血と腹わたを抜き、先ほどまでターゲットが水浴びしていた淵に沈めて肉を冷やす。僕とモーマンタインさんがせっせと働いている間、ダメ巫女様は川っぺりに転がっていた大きな石に腰を下ろし、素足を流れにさらしながら冷たくて気持ちいいなどとほざいていた。働かざる者、食うべからずと飯抜きを言い渡してやりたかったものの、わき腹細胞が増殖を止めてしまっては意味がない。ようやく真人間への道を歩き始めたのだから、寛大な心で見逃すことにする。


「よい獲物が手に入りましたから、明日もここに留まって休養しましょう」


 まだ若い獲物だから、けっして大物とは言えない。とはいえ、とても今晩だけで食べきれる量ではないので明日は川辺キャンプで遊ぶことに決めた。川が増水しても大丈夫なよう木立の中に防水布で獣舎を作り、水温と同程度まで獲物が冷えたらヴィヴィアナロックの水の壁を水平に設置した作業台の上で皮を剥ぎ食肉に解体していく。ヒレを含むロースの部分は焼いて今晩のメインディッシュだ。肩肉はじっくり火を通してローストにしたい。モモ肉とネックはエリザベスに食べさせればいいだろう。


「エリザベスには私が食べさせてあげます。モロニダスさんから食べ物をもらってはいけませんよ」


 今日の分としてエリザベスに獲物の左後ろ脚を与えようとしたら、体力が回復したのかオクタヴィアさんがすっ飛んできた。僕の手からモモ肉がたっぷりついた後ろ脚を奪うと、他人の使い魔を餌付けするなと包丁で切り取って食べさせ始める。僕が獲物を狙っている時に邪魔をしないよう息をひそめていたのは、ご馳走を仕留めているのが誰か理解している証拠だ。今さら自分の手から食べさせたところで手遅れではなかろうか。


 僕が獲物の解体をしている間にモーマンタインさんが石を組んだかまどと焚き木を用意してくれたので、さっそく調理にかかる。お米を炊きながら肉も焼けるようにと考えたのだろう。ふたつ並んだダブルかまどはナイスチョイスだ。厚切りにしたシカロースに塩を振り、お米を焚いている隣でジュワジュワ焼いていく。運動するようになったせいか、オクタヴィアさんも500グラムくらいあるステーキをペロリと平らげた。


「汗を流したいのですけれど……」

「いいですね。みんなで水浴びしましょう」


 食事を済ませたところで水浴びがしたいのだとオクタヴィアさんが言い出した。夏場で日が長いことに加えて、ここは山脈からみて北西側の裾野にあたる。障害物となる地形がないため、真っ赤に染まったお日様が沈みきるまでもうしばらくかかるだろう。真っ暗になる前に水浴びをエンジョイする時間は充分ある。


「どうして、みんなでなんですかっ?」


 お前にはデリカシーというものがないのかとまなじりを吊り上げるオクタヴィアさん。どうして仲間外れを作りたがるのか僕にはさっぱり理解できない。


「え~と、弛んだわき腹を見られては困るということでしょうか?」

「違いますっ。もっと他にあるでしょうっ?」


 三段腹とバレるのが恥ずかしいのかと尋ねてみたものの、そんなはずあるかとダメ巫女様は全力で否定する。見えてはイケナイところはパーフェクツなブロッカーがいるから安心していただきたい。おっぱい成分はモーマンタインさんに抱っこしてもらえば事足りる。


「僕に目にはブタさんしか映りませんから気にする必要はありませんよ」


 肝心な部分は見えないとわかっているのだ。最初から期待しなければ裏切られたとガッカリすることもない。僕にはブタさんしか見えないからと告げた瞬間、オクタヴィアさんとモーマンタインさんがおっぱいを逆立てた。怒りに染め上げられた魔力を全身から噴き上げながら迫ってくる。


「ブッ……ブタッ? よくも……よくも言ってくださいましたねっ……」

「うもぉぉぉ――――うっ。牛はともかく、豚呼ばわりは私だって怒りますよっ」


 しまった。このふたりはそもそもブタさんのことを知らないのだ。自分のことを豚に例えられたと勘違いして激怒している。言い訳は聞いてくれそうにない。


「じゃ、僕は果実が生っていないか探してくるから……」

「逃がしませんよっ」

「うぎょえぇぇぇ……」


 デザートを探してくると伝えてもふたりは許してくれず、僕は目隠しをされ両手足まで縛られた状態で冷たい河原に転がされた。






 水浴びからハブられた翌日は一日中川遊びだ。朝ごはんはあばら骨がついたままのバラ肉を直火で炙り、よく焼けたら中落ちの部分を骨から削ぎ落としてモグモグする。エリザベスには余っているネックの部分を与えておいた。バナナンテは岸辺に自生している稲っぽい植物の実を勝手にパクついている。植物がわんさと茂っているこの時期、悪食のコケトリスには世界中が食べ物に見えていることだろう。


 朝ご飯を片付けたら今日は動きたくないとゴロゴロしているダメ巫女様を置いて、モーマンタインさんと果実を求めて探検にでかける。食べられそうなのはキイチゴくらいしか見当たらず、収穫なしかとガッカリしていた矢先に僕たちはお宝の山を見つけた。


「モーマンタインさん。アレを見てください」

「うもぉぉぉう。マンドレイクじゃないですかっ」


 少し開けた場所にお日様が地面まで届く陽だまりができていて、そこにヒトの顔をしたような植物が花を咲かせていた。マンドレイクの群生地だ。防水布で袋を作ろうにも数が足りないので、目印にウシ獣人を置いていったんキャンプ地まで引き返す。お手伝いに面倒臭がるオクタヴィアさんとエリザベスを連れ、袋になりそうなものをかき集めて再び群生地へ戻る。


「口に土を詰めて引っこ抜けば楽ですよ」

「それは時代遅れなやり方です」

「ンモーッ。そんなことしたら、せっかくのご馳走が台無しじゃないですかっ」


 周りの土ごと掘り出して袋詰めしている僕たちを見て、マンドレイクは口を塞いで引っこ抜けばよいのだとオクタヴィアさんが助言してくれる。いちおう知識はあるようだけど、最新情報には通じていないようだ。僕とモーマンタインさんからいつの時代のやり方だとダブルでツッコまれ頬を膨らます。


「マンドレイクなんて食べて大丈夫なんですか?」


 ダメ巫女様はマンドレイクを食材にすることが信じられないご様子。それは魔法薬の材料で、美味しいなんて話は聞いたことがないぞと眉をひそめている。干しマンドレイクしか知らないのでは、それも致し方あるまい。


「きちんと締めたマンドレイクは根菜というか、お芋に近い食感ですね」

「ンモーッ、これは魔法薬なんかにするのがもったいないご馳走ですよ」


 地面から引っこ抜くと蓄えている栄養を全部叫び声を上げることに費やされてしまう。だから干しマンドレイクは美味しくないのだと説明しながら、合計8本のマンドレイクを収穫した。さっそく河原に戻って1本ずつ丁寧に締めていく。ロゥリング感覚で締めるポイントを把握できるので、この作業だけはドクロワルさんにだって負けない自信がある。


 今の時期、魔導院ではサバイバル実習が行われているころだ。専門課程の生徒たちは遠征実習の準備に追われているだろうなと考えながら、締めたマンドレイクを洗って付着していた泥を落とす。きれいに白くなっていることを確認したら簡易獣舎の隅っこに吊るし、つまみ食いすんなよとバナナンテの奴にきっちり言い含めておく。


「んもぉぉぉう。今日は食べられないんですかぁ?」

「すり鉢もすりこぎもありませんし、調理方法も限られちゃいますからね。試したいことがあるので環境が整うまでオアズケです」

「新しいご馳走ですかっ。もっちろん待ちますよっ」


 今すぐマンドレイクが食べたいとウシ獣人が駄々をこねたものの、調理器具がないのではどうしようもない。新メニューを考案中だから我慢するよう申し付ければ、食いしん坊はあっさり引き下がった。食べたことのないご馳走は大歓迎だとおっぱいをプルプル震わせる。


 マンドレイクを締めていたら、いつに間にかお昼を過ぎていた。調理に時間がかかるので、少々早いけど晩御飯の準備に取りかかる。今晩はシカ肩肉の石焼きローストだ。深型フライパンの底にあらかじめ洗って干しておいた小石を敷き詰め、表面に軽く脂を滲ませたらその上に肉をブロックのまま置く。後は蓋をしてじっくり焼くだけだ。石が熱を持つまで時間がかかるけど、底だけ高温になることがないのでムラなく焼き上げられると思う。


 石焼きローストを仕込んだフライパンをかまどの上に置いて火をおこし、焼き上がりまで燃えているよう太めの焚き木をぶっこんでおく。後は待つだけだ。昼寝でもしていようかとウシおっぱいを呼び寄せたところ、森の中から接近してくるひとつの魔力をロゥリングレーダーが捉えた。たまたまという感じはしない。まるで、ここに僕たちがいるとわかっているかのように真っ直ぐ向かってくる。


 ――なんだ? こんな魔力さっきまであったか?


 ヌエのような魔獣かもと警戒してよいレベルの魔力を感じる。こんな相手を見落としてマンドレイクを掘っていたなんて信じられない。僕はそこまで迂闊ではないはずだ。


「なにかくるっ? 総員警戒っ!」


 不審な魔力はすでに100メートルの距離まで接近してきていた。モーマンタインさんたちに警戒を促し、魔導器の入った腰袋を手元に引き寄せる。間違いなくこっちを捕捉しているはずなのに、突き刺さってくるような魔力は感じない。僕に意識を向けることなく、それでも目的地がここであることに疑いを抱いてはいないようだ。迷いを感じさせない足取りで真っ直ぐこちらへ突き進んでくる。


 正体不明な魔力の主はもう岸辺に茂っている藪のすぐ向こうだ。ガサガサと揺れる茂みをかきわけて姿を現したのは――


(それがし)は流離いの武芸者。ここに恵み深い者あると耳にし馳走されに推参仕ったっ」


 ――妙に古めかしい言葉遣いでおかしなことを口にする槍を手にしたひとりのおっさんだった。長身なうえにマッチョだから威圧感がハンパない。バシまっしぐらを仕込んだ毒針でプスリとやってしまいたくなる。


 ヴィヴィアナピットで埋めてしまおうかとも考えたけど、残念ながらその案は放棄せざるを得ないようだ。槍とは反対側の手に持っているブツは無視できない。どうして武芸者がそんなものを持ち歩いているのかさっぱりなものの、おっさんはすり鉢とすりこぎを手にしていた。


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― 新着の感想 ―
久しぶりにウカツをしましたね。 しかし三歳児が遠く離れてもブタサンガードは有効とか青春の情動に容赦がない。
この世界の神様は食欲に弱過ぎませんかね
あータルトは新作食べさせろで、ポルデリオンは縁がある者に会うのとパシり兼酒に合うつまみを食べたいからかな?
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