628 タイマン上等な王国
ドラスレイ王国に到着したその日はシェンベイさんのところにご厄介になり、翌日の午前中はヨネッタさんのオムツ餅づくりを手伝う。ひとつひとつ笹の葉で包み、解けないよう草紐で結び付け、本日販売する分として100個ほど完成させた。連合陸軍の部隊が通過している間は商売にならないので、通り過ぎてから広場の焼き餅屋台で販売を開始する。最初は売れ行きが芳しくなかったものの、包丁で真っ二つにした商品サンプルを置いたところ興味を持った人が注文してくれるようになった。
「餡が入っているとわかるようにしたのがよかったみたいね。100個じゃ足りなかったわ」
結局、店じまいを待たずに完売してしまう。売り切れの札を立てながら、手ごたえはばっちりだとヨネッタさんはニコニコしている。なお、サンプルに置かれていたオムツ餅はモーマンタインさんが美味しくいただいた。牛はカピカピになっていてもお構いなしだ。とりあえずタルトにオムツ餅を食べさせるという目的は達したので、ヨネッタさんとプラムンペちゃんに別れを告げて国境の街を後にする。
「おおっと、易々とこの街を抜けて行けると思ったら大間違いだ」
はずだったのだけど、街の東側にある門を出ようとした矢先に怪しげな武装集団が通せんぼしてきた。門の前に立っている衛兵さんは制服姿にピカピカの胸当てと槍を身につけているのに、絡んできた連中は武器も防具もバラバラで統一感がないうえに安っぽい。正規の兵隊さんでないことは明らかだ。
「我こそは【大斧】のウオーノ。そこな【剣聖】、正々堂々と勝負いたせっ」
「吾輩は【岩砕き】のハンマーダ。【剣聖】殿、お相手願おうっ」
「我が名は【大刀】の――」
いったい何奴かと思ったら、通せんぼしてきた連中が順番に名乗りを上げていく。どうやら、【玻璃拳】モブダーとの一件が知れ渡ってしまった模様。次は俺様の番だとウシ剣聖様に挑戦してきた。
「それじゃ、僕は先を急ぐから。モーマンタインさん、元気でね」
「んもぉぉぉ――――うっ。こんなところで見捨てないでくださいよっ」
僕に用事があるわけではなかったのかと安心して通り過ぎようとしたところ、モブダーとの一件は僕が指示してやらせたこと。最後まで責任持てとモーマンタインさんがつかみかかってきた。僕を鞍から引きずり降ろそうと腕を引っ張ってくる。いつものお遊びと考えているのか、バナナンテの奴はご主人様を護ろうとする素振りすらみせない。
まぁ、確かにモブダーをやっつけろと指示したのは事実だ。知らんぷりするのは無責任と言われれば反論できない。仕方なく、ここは僕の知略で切り抜けることにする。やることは単純明快。ここは街の中ですぐ近くには衛兵さんだっているのだから、堂々と公権力に助けを求めても許されるだろう。
「衛兵さん。無辜の旅人がならず者に絡まれてますよ。助けなくていいんですか?」
「称号を名乗る者同士で試合をすることは認められている。違うのかね?」
こっちの様子をうかがっている衛兵さんに駆け寄って、お巡りさんタスケテと恥ずかしい称号を自称している連中を指差す。街中で乱暴狼藉を働く不埒者なんて逮捕してしまえと告げたものの、14歳同士の試合は公に認められているのだと逆に尋ね返された。こうなることを見越していたのか、いい歳こいて自分で考えた称号を名乗ってる14歳どもはニヤニヤしながら僕たちのやり取りを見守っている。
「相手は6人もいるんですよ。これは集団暴行じゃないんですか?」
「試合は1体1が絶対条件だ。勝敗が決する前に他者が介入した場合、その時点で暴行、騒乱などの罪が成立する」
僕たちを通せんぼしてきた連中は6人もいる。そんな試合があるものかと伝えれば、タイマン以外は許さんと衛兵さんはポケットから笛を取り出した。お仲間に事件発生を伝えるための警笛だろう。わかっているなと笛を示された14歳たちは、順番を決めようぜなどとしらじらしい相談を始めた。
「面倒なのでまとめてやっつけてしまいたい時はどうすればいいですか?」
「1対1が絶対条件と言ったはずだ。いかなる例外も認められない」
クソビッチのおならで一網打尽にしてしまおうかと考えたものの、例外を認めたら集団闘争へ発展することは明らかなので、一切の事情は斟酌しないと衛兵さんは威嚇するように顔をしかめた。下手に手を出せば僕の方がパクられてしまう危険性があるようだ。
「街の外でやる分にはどうなります?」
「規則は変わらない。だが、街道の警備は我々の管轄ではないし、私は持ち場を離れられないとだけ伝えておこう」
それは街中でのルールなのかと確認してみたところ、この国の決まり事だから国内である以上はどこでも同じという答えが返ってきた。もっとも、この衛兵さんの所属はこの街の警備隊だから街の外までは権限が及ばないし、この場から離れるわけにもいかないという。なるほど、ならばやり様はある。
「面倒なのでまとめて相手して差し上げますが、衛兵さんにご迷惑をかけるわけにはいかないので場所を移しましょう。ついてきてください」
「ほぉ、大きく出たな。後悔しても知らんぞ」
6連続のタイマンなんてやっていられない。一度の手間で終わらせてやるからついてこいと門の外を指差せば、そのビッグマウスを後悔させてやると14歳どもは僕の提案に同意した。お時間を取らせましたと親切な衛兵さんに挨拶して門をくぐる。街から離れるぞとバナナンテに拍車を入れれば、すでに勝負が始まっていることに気づいていないアホゥどもはエッホエッホと走ってついてきた。
「おいっ、どこまで離れるんだっ。もう充分だろうっ」
ジョギング程度のペースで軽く走らせているだけにもかかわらず、【大斧】のウオーノが早くも文句を垂れ始めた。まだ街から1キロと離れていないのにせっかちな奴だ。後ろを振り向けば遠目に街の外壁が視認できるではないかと訴えを退ける。
「もう、街も見えなくなったぞっ。いい加減にしろっ」
「吾輩たちを疲れさせようという魂胆かっ。卑怯なっ」
まだまだ行くぞと街道をツッタカツッタカ進んでいけば、ようやく1キロを超えたかなというあたりで再び【大斧】が不満を漏らし、【岩砕き】のハンマーダも非難の声をあげた。威力はあるもののクッソ重たそうな武器を抱えているためか、他の連中もすでに息が上がり始めている。一方、モーマンタインさんは余裕の表情で息ひとつ切らしていない。これはもう勝負あったと判断して種明かしをしてもいいだろう。
「まとめて相手してやるって言ったじゃないですか。ですから、種目は持久走です。とっくに勝負は始まってたんですよ」
「なっ、なんだとっ?」
試合の形式に関しては特に話もなかったので、こちらで決めさせていただいた。最後まで足を止めずについてこれた奴が勝者だと告げてバナナンテにペースアップの合図を出す。モーマンタインさんとエリザベスに跨っているオクタヴィアさんは文句ひとつ言わずについてきたものの、自作称号を名乗っている14歳連中はペースを上げられず次第に引き離されていく。逃げるな、卑怯者などと声の限りに叫んでいるけど、こちらが逃げているわけではない。向こうが勝手に遅れているだけだ。
「先に通り過ぎていった部隊に追いついて保護を願い出るつもりかと予想していましたが、まさかこんな簡単に片付くなんて……」
「さっすがモロニダスさん。悪知恵に関しては【知の女神】様すらしのぎそうですね」
いったん遅れ始めた14歳どもは悪態をつくのに残りの体力をすべて費やした模様。とうとう足を止めてしまい、あっという間に姿が小さくなって僕たちの視界から消えた。場所を移すという名目で持久走の形に持ち込み、相手が先にバテてきたら一方的に宣言して置き去りにする。衛兵との短いやり取りの間に、ここまで汚い手を考えつけるものなのかとオクタヴィアさんはすっかり呆れ顔だ。神様より悪知恵がまわると調子のよいことをモーマンタインさんが口にしたものの、女神様が悪巧みをしたことがあるかのような表現は慎みなさいとダメ巫女様に叱りつけられた。
剣聖様に絡んできた面倒臭い連中をぶっちぎった勢いでトットコ、トットコ街道を進めば、午前中に国境を抜けて行った連合陸軍の部隊が見えてくる。この暑い中を重い装備に身を固めたまま歩かなければいけない兵隊さんたちは大変だ。少しペースを落として追い抜きながら並走していると、ある地点でノソノソと街道から外れていく。そろそろ空が夕焼け色に染まり始める時刻。本日の野営地に到着したのだろう。
「この辺りは牧場が多くて耕作地が少ないですね」
「懐には余裕があります。今日は街に泊まりましょうか」
僕たちも今晩の宿を探したものの、この辺りは牧畜が盛んなようで害獣に荒らされてそうな畑や果樹園が見つからなかった。クマハンターの出番はないと判断して近くにある宿場町で宿を取る。思ったとおり家畜の肉や乳製品が特産のようで、この街の名物はドカ盛りパンザーラだそうな。田西宿実の世界でダイエットの敵、四天王のひとつに数えられていたアイツ。そう、ピッツァである。
「せっかくですから豪勢にいきましょう。チー、ミー、ニンニクマシマシのアマメでっ」
晩御飯を求めて入ったレストランは店内に大きな石窯があって、焼き立てのパンザーラを提供してくれる。注文するには独特な呪文を使いこなす必要があったものの、近くにいるお客さんが注文しているのを盗み聞きしたモーマンタインさんはあっさりとコツをつかんでみせた。大丈夫なのかと顔色を青褪めさせているオクタヴィアさんの不安をよそに、がっつりとトッピングを激増させたパンザーラをオーダーしてしまう。
「んもぉぉぉ――――う。美味しそうですねぇ」
「うごごご……これは……」
そして、運ばれてきたダイエットの敵、四天王の二番手を前にして、また太らされてしまうのかとダメ巫女様がわき腹をプルプル震わせていた。
ドラスレイ王国に入って街道を進むこと数日、僕たちは拠点となる砦へ向かって行軍する連合陸軍の兵隊さんたちに――
「も゛ぅ一歩も歩げまぜん……これ以上は……じんぢゃいまずぅ……」
――追い抜かれていた。増殖を続けるわき腹細胞に危機感を抱いたダメ巫女様が、ようやく真人間への一歩を踏み出すべくエリザベスの背から降りたのである。一念発起して弛んだ身体にムチを入れたものの、怠惰を極めてきたダメ人間に兵隊さんと同じペースの行軍なんてできるはずもない。もう何度目か数えるのも面倒になるくらい休憩を挟まなければならず、これまで追い抜いてきた部隊に抜き返される始末だ。
「み゛ずを……水をくだざい……」
全身汗だくになったオクタヴィアさんが水をくれと求めてきたので、魔術で出した純水に失った電解質を補給するためちょっぴりの塩で味付けし渡してあげる。ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干すと、すぐにおかわりを要求してきた。この暑さでは仕方がない。
「僕たちは街道を外れて山道を進もうと思います」
「ぅ゛え゛え゛っ?」
平地を避けて進むと告げたところ、もう世界の終焉でも訪れたのかと思うくらい絶望感いっぱいな声をオクタヴィアさんがあげた。どうしてそんな意地悪をするのだと涙目で抗議してくる。もちろん、ドクロ塾だからという理由だけではない。クッソ重い軍事物資や兵器などを運搬しなければならない連合陸軍につき合って街道を進めば、かなりの大回りを余儀なくされてしまうからだ。
街道は山脈から伸びている丘を迂回するように北へ向かい、それから東へと向きを変える。しかも切り拓かれた平地を通過していくため、周囲にギラギラの直射日光をやわらげてくれる森などが存在しない。一方、山道はほぼ真っ直ぐ目的地付近に向かっているし、道端にはご機嫌な木陰ができているはず。標高が高くなれば気温も下がるので、こんな真夏に甲子園球場のグラウンドを一日中行進し続けるような苦行をしなくて済む。
「山道と言っても山登りをするわけじゃありません。多少傾斜があるというくらいですし、なんといっても木陰がありますから日射しを避けられます」
「本当でずが? わだじを騙そうとしでいまぜんが?」
顔中から汗をダラダラ垂らしてがっくりと項垂れているオクタヴィアさんは、もう自分で判断するだけの体力も残っていないようだ。嘘ついてないかと、死んだナメクジみたいに濁りきった目で僕を見上げてきた。
「最終的に到着する場所は同じですから、オクタヴィアさんだけ連合陸軍に同行しても構いません。エリザベスは僕とくるよね?」
「他人の使い魔を連れ去らな゛いでぐださいっ」
どちらも目的地は同じなので好きなルートを選べばよい。お前はどうするとエリザベスに尋ねたところ、使い魔の連れ去りは重罪だとダメ巫女様が非難の声をあげた。僕は確認しただけだ。無理やり連れていくつもりなんて毛頭ない。
「街道は開拓の終わった平地を通り抜けていくから、そっちはもう獲物が残っていなさそうなんだよね」
ここから先の街道沿いには野生の獣が生息しているような山林が近くにないから、流離いのクマハンターの出番もなさそうだ。山の中なら獲物もいっぱいいるだろうと告げれば、エリザベスは僕の頬に鼻先を擦り付け愛想を振りまいてきた。オクタヴィアさんの表情が絶望に染まる。
「最初から私に選ばせるつもりなんてながっだんですね……」
どうやら観念したようで、ひとでなしに大切な使い魔を手懐けられてしまったとダメ巫女様は汗なのか涙なのかわからないナゾ汁をダバダバ流し始めた。




