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道案内の少女  作者: 小睦 博
第3章 モロリーヌの夏休み

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62 宿命に導かれた(と思っている)ふたり

 浪人ギルドから充分離れたところで、次席はムジヒダネさんに3つの指示を与えて僕たちと別れさせた。


 その荷車は目立つので監視される。この街で自分たちに接触することは禁止。連絡を取りたい場合は魔導院補給部隊の先輩を仲介に立てること。

 予定どおり浪人ギルドの依頼をこなし、アーレイ領軍相手にスパイごっこなど始めないこと。

 この街では宿を取らずホンマニ領軍の駐屯地に滞在すること。……の3つだ。


「士族に躊躇いなく魔導器を向ける……尋常ではないわね……子爵家との間に何があるの……」


 まだ宿泊先はバレていないだろうと宿の部屋に戻ったところで次席が尋ねてきた。砂を詰めた靴下を僕の目の前でブラブラさせながら、さあ洗いざらい吐けと迫ってくる。


「アーレイ子爵は兄である僕の父親を、それはもう暗殺したいくらい疎ましく思っているらしいんだ。アーレイ領軍なんかに捕まったらどうなることやら……」


 【皇帝】なら次席の靴下で叩かれるのはご褒美と思うかもしれないけど、僕は履いていない靴下なんかに興味はないので正直に告白する。


 アーレイ領で僕のことが知れ渡っているとは思えない。名前を聞いて僕の素性に気付くのは、子爵が娘から得た情報を教えてもらえる立場にいる人だけだろう。

 あの初老の紳士は子爵の腹心の部下と考えて間違いない。


「暗殺って、じゃあアンドレーアたちはっ?」

「アンドレーアは何も知らないでしょう……アーレイが襲われれば真っ先に疑われる……後ろ暗い秘密を隠し通せる性格でもない……」


 嫡子が犯罪者として捕らえられれば、それこそアーレイ家断絶の危機に陥る。アンドレーアの近くにいればむしろ安全だと次席は言う。今の状況で一番ありそうなのが、この街で捕らえた僕を保護という名目でアーレイ領へと護送することだそうだ。もちろん、アーレイ領内で不慮の事故に見舞われる。


 魔導院に引き返した方が良いのではないかと思ったけど、街の外にひとりで出るなど捕まえてくださいと言っているようなものだと却下された。


「魔導院の先輩たちと帰る……予定に変更はないわ……こんなこともあろうかと……用意はしておいたの……」

「こんなこともって、わかっていたの姉さん?」

「…………これは古くからある定型表現……ツッコムのは不勉強な証拠よ……」


 クセーラさんの問いに本当か嘘かもわからない答えを返しながら、次席が発芽の精霊に大きなトランクを運んでこさせる。


「用意って、何を?」

「クスリナの着替えは……多めに用意してきたの……モロリーヌが着れるように……」


 トランクが開かれると、中には発芽の精霊の服がこれでもかと詰め込まれていた。


「またモロリーヌなのっ?」

「夜尿症対策も万全よ……安心してちょうだい……」


 オムツまで……


 最初から僕をモロリーヌにして遊ぶ気だったことは明らかだ。タルトとクセーラさんが嬉々として僕に着せる服を選び始める。次席の趣味なのか、フリルをたくさん使ったゴスロリっぽいものが多い。

 発芽の精霊にはよく似合って可愛らしいと思うのだけど……


 魔導院の部隊に護られず街の外に出るなど言語道断。変装して街中に潜む方が安全だと次席は判断した。僕を探すとしたら、最初に一番目立つデカい馬と荷車を目印にするだろうから、脳筋ズには囮になってもらう。駐屯地に滞在させるのも、僕が駐屯地に引きこもっていると思わせるためだそうだ。


「魔導院の部隊に合流させたほうがいいんじゃないの?」

「あのふたりが……駐屯地でじっとしていられるとでも……暇になると何を考えるかわからないわ……」


 次席の言うとおりだった。やることがなくなれば、できもしないスパイごっこを始めるに決まっている。他領の補給物資を運んでいる荷車を襲ったりすれば補給線への攻撃と見做されるから、アーレイ領軍以外から依頼を請けて街の外にいさせる方が危険は少ない。


「首席の金髪みたいな……微妙に派手なウィッグはあるかしら……」

「もちろんあるのです」


 タルトが黄金色の光沢を持った金髪のかつらを次席に渡す。シルヒメさんやドクロワルさんのように集団から浮いて見えるほどではないけど、その人を見た時に一番に目を引く微妙なチョイ派手がベストだそうだ。


 そのままでは僕のお尻が隠れるくらい長い金髪をツーサイドアップにして、後ろ髪は肩にかかるくらいでカット。おさげだけが長く垂れるという謎な髪型にされた。

 これならツインテールで良かろうに……


 クセーラさんがドリルの形成を激しく主張したものの、ドリルは狙われやすいので却下だ。


 次席は三つ編みを左右の肩から前に垂らして、クセーラさんは左右のおさげに細いゴーレム腕で袖のある服を着ることになった。ふたりはチラリと見られただけだろうから、クセーラさんの左腕にさえ気付かれていなければ、少し印象を変えるくらいでちょうどいいらしい。

 メガネを勧めてみたものの、小物は逆に怪しまれると言われてしまった。


「これでいいわ……街に出てみましょう……」


 僕はフリルのいっぱい付いた袖のないブラウスに膝が隠れる丈の真紅のスカート。肘の辺りまでの袖が付いた赤いボレロを着せられた。黒いフリルやレースを使った装飾がなんだかとっても痛々しい。

 スカートの下はパニエに太ももまである白い靴下。下着はもちろんオムツだ。


「あっづ~い~」

「モロリーヌ……女の子が……そんなだらしない姿勢ではいけないわ……」


 僕にこんなくっそ暑い格好をさせておきながら、本人は涼しそうな半袖白ワンピを着ている次席から容赦のない演技指導が入った。今は買い物を済ませてランチの最中。お店の中はいっぱいだったので外にあるテラス席にしたのだけど、真夏の太陽がこれでもかとガンガン照り付けてくる。


 前世であれば、夏の高校野球選手権大会が開催されている時期だろう。ユニフォームを着てあのマウンドに立てるのであれば、こんな太陽のふたつやみっつまとめて背負ってやるのだけど、あいにくと僕の身を包んでいるのは女装だ。

 気合いどころか魂まで抜けていきそうだよ……


 次席は安い既製品を売っている服屋さんで作業服を購入した。行軍中に着ていた作業服は見る人が見れば魔導院のものだとわかってしまうし、かといって白ワンピで浪人ギルドに行くなど狼の群れに子羊を放り込むに等しい。

 魔導院のものとは違う型がいいと、胸当てのついた吊りズボンに長袖シャツという田舎のファーマースタイルを選んだ。


「なんで僕の分がないの?」

「モロリーヌは……そのままでいいわ……」


 こんなコスプレで浪人どもの中に突入させようと言うのか……


「大丈夫……お守りを用意したわ……誰も近づいてこないように……」


 次席はテーブルの上に片目用の眼帯と右手用の肘の上まである黒い長手袋を並べた。左目を眼帯で隠し、右手にだけ長手袋を着けるよう勧めてくる。それって……


「いい……声をかけてくる浪人がいたら……右腕を押さえて『いけないっ。封じられた【赫き闇より産まれし堕ちた獣】がっ』……とか言うのよ……」

「左目には【終焉を映す滅びの魔眼】が宿っていて、組織《アーレイ領軍》に追われているんですね。わかります……」

「理解が早いのね……組織という符牒もいいわ……採用よ……」


 子羊ではなく毒のあるイソギンチャクなら狼も寄ってこないというわけか……


 次席はおすまし顔のままお茶を口にしているけど、妙に楽しんでいるような魔力が感じられる。本当は自分がやりたかったんじゃないのか?


「下僕、タコツボールをもういっこ食べさせるのです」


 ため息を吐きながら次席の用意したお守りを受け取ったところで食いしん坊がおねだりをしてきた。あ~んの構えで待ち構えているので、僕のお昼にと注文したタコツボールを3歳児の口に運んであげる。これはタコの代わりにタコツボスミレという植物の触手を使ったタコ焼きだ。

 この街は海から遠くてタコが手に入らないので、似たような触手を持つ食獣植物を代用品にしているらしい。


「このピリリとした山椒の香りが実に良いのです」


 3歳児のくせして食通ぶったタルトがタコツボールを美味しそうにモギュモギュしている。やっぱり海から離れているせいなのか、青のりの代わりに山椒で香りづけされているのだけど、これはこれで悪くない。


 僕のタコツボールを平らげてしまったタルトが、今度は抱っこしろと膝の上に乗っかってきた。オムツ仲間が出来て嬉しいのか、モロリーヌの格好をしている間はご機嫌だ。膝の上に抱えてあげると満足したようにムフームフーと鼻を鳴らす。


「ゴレームたんは……いいんだ。ふたりとは決してわかり合えないって、私は悟ったんだよ……」


 ゴーレム腕を隠すために長袖白ワンピのクセーラさんが寂しそうに呟いた。人はわかり合えないとか諦めたように言いだしちゃうなんて、14歳の病気の初期症状を現している。


「次席、放っておくと危ないよ。人は神の意志によって統一されるべきとか、自分はそのために選ばれた運命の囚われ人とか言い始めるよ」

「少し前に『初めて』が訪れたの……そのせいで少し不安定になっているのよ……そのうち落ち着くわ……」


 そういうことか。カリューア姉妹は夏の終わりの生まれだったし、誕生日と合わせてお祝いをあげるのもいいだろう。


「姉さぁぁぁん。どうして乙女の秘密を口にしちゃうのっ!」

「隠すことでもないでしょう……卒業までに迎えていなかったら……逆に恥ずかしい思いをするわよ……」


 顔を真っ赤にしてテーブルに拳を叩きつける妹に次席は動じることもなく、女の子ならいずれは訪れるのだから隠したところで墓穴を掘るだけだと素っ気ない。


「わたくしは気付いていたのですよ。ちゃあんとお祝いを用意してあげたのです」


 3歳児が無邪気に笑いながら、どこからか取り出した包みをふたりに渡す。


「タルちゃんっ。これって?」

「あら……これはいいわね……ありがたく頂くわ……」


 それはオムツだった。しかも、オムツカバーのお尻の部分に、次席のには「はなまる」が、クセーラさんのには「とぐろを巻いた頭のない蛇と羽のある昆虫」が描かれた専用オムツだ。

 コイツ、本格的にオムツ仲間を増やし始めるつもりか?


「あの、贈り物は嬉しいんだけど……オムツは……」

「いらないなら姉さんに寄越しなさい……予備は有って困らないわ……」


 白昼堂々渡されたオムツにたじろいでいるクセーラさんから、次席がヒョイとオムツを取り上げた。


「姉さん。本当に使うの?」

「行軍中の先輩たちを見ていなかったの……脱落者に女子が多いのは……体力だけの問題じゃない……」


 行軍から脱落した生徒は、本隊から1日ほど遅れて来る脱落者回収部隊が回収する手筈になっていた。馬車に乗せてもらえる代わりに実習の評価は大減点される。モウホンマーニを発って2日目くらいから、行軍について行けないと判断して野営地に残る先輩たちが出始めていたのだ。


 軍事行動中はモレたりズレたりを心配していられない。中途半端な股あて布より、吸収力が大きくしっかりと留まるオムツを装着する方が理に適っていると次席は主張する。


「はなまるビッチはよくわかっているのです。オムツほど優れた下着はないのです」


 ここぞとばかりに3歳児はオムツ推しの姿勢だ。オムツは腰全体を包み込むのでお腹を冷やさずに済み、中に仕込む紙や綿を増やせば吸収量もアップするナイスガイ。股あて布などというオムツモドキとは格が違う。

 オムツの素晴らしさを理解できないビッチには剣を飲ませろと暴論を展開した。


「いいビッチは死んだビッチだけなのです。お前たちも真の下着に目覚めるのですよ」


 菩薩様のような微笑みを浮かべながら両手を広げたタルトが、妙なエコーがかかって慈愛に満ちているように聞こえる声でふたりにオムツ教への改宗を勧めている。確かに前世でも戦闘機のパイロットはオムツ着用と聞いた気がするし、魔導騎士が使う本格的な鎧下にはオムツ機能もあるというから、軍務に従事する女性がオムツを穿くのも間違っていないのかもしれない。


 新たな信仰に目覚めたらしい次席が、帰り道で始まっちゃったときのためにとオムツを独占した。帰りも7日間の行軍なのだと思いだしたクセーラさんが返してくれと要求するけど、次席は両腕でガッチリと抱え込んで絶対に返さないと態度で示す。


「精霊のオムツは……クソビッチには過ぎたものだわ……ビッチはビッチらしく……栓でもしておきなさい……」

「姉さんっ。タルちゃんは私にくれたんだよっ」


 カリューア姉妹は人目を憚ることもなくオムツ争奪戦を始めた。清楚な白ワンピの女の子が「オムツは私のものだ」と奪い合う姿に道行く人たちがギョッとして足を止める。

 見られてる。むっちゃ見られてるよ……


「人はパンツのみにて生きるのではないのです」


 オムツを取り合うふたりを背にして、教祖タルトが道行く人に怪しげな教えを説き始めた。






 看護士講座の初日、コスプレした僕と田舎ファーマーに扮装したカリューア姉妹の3人で浪人ギルドを訪れる。まだ、早い時間なので浪人はおらず、アーレイ家の依頼人の姿もない。


 タルトと発芽の精霊はせっかくのお出かけなのに狭い厩に閉じ込めるのはかわいそうだと、イリーガルピッチを連れて街の外でピクニックだ。魔物に襲われるかもしれないとの警告も、森にヒキガエルが増えるだけだと無視された。


 まぁ、タルトはロゥリングレーダーを使えるし、発芽の精霊も数を頼みとする弱っちい魔物などダース単位で縛り上げてしまえるから、遠征軍の狩り残しなど脅威ではないだろう。シルヒメさんはもちろんお留守番。邪魔者がいなくなったところで洗濯や掃除を満喫しているに違いない。


「この時間なら浪人はいない……監視がいればすぐにわかる……好都合だわ……」


 こんな時間にやってくる受講生以外の浪人がいれば、それは見張り役だと階段を上がりながら次席が言う。幸いにも荷車と一緒のところを見られているから、僕たちの目的が看護士講座であるとは思うまい。

 講座の開かれる講習室に入って受付を済ませ教本を受け取る。受講生の数は30人前後といったところだろうか。


「アイツ……片腕だけ黒い手袋なんて、【赫き闇より産まれし堕ちた獣】でも封印してるつもりか……」

「あの眼帯……【終焉を映す滅びの魔眼】が宿っているとか言いだしそうだな……」

「目を合わせるなよ……永遠に逃れることのできない宿命の鎖とやらに囚われたことにされるぞ……」


 僕の姿を見た受講生たちがざわついている。次席の狙いどおり痛い人だと思ってくれたようだ。僕が視線を向けるとそっぽを向いて気付いていない振りをする。


「おい、これで3人目だぞ。この国はどうなっちまったんだ……」


 ……3人目?


「あら……そなたもでしたか?」


 背後から女性の声がかけられた。仕方ない。封印が解ける演技でもするかと振り向いた僕の動きが止まる。こいつぁ……


 白と黒のゴシック調ドレスに編み上げブーツ。大胆に開いたデザインのわりに残念な胸元が印象的なリアリィ先生より年上と思しき女性。

 紫の袖なしワンピースに黒いケープ。左手にだけ黒い革グローブをはめて肘のあたりまで包帯を巻いている成人したばかりと思しき女の子。


「宿命に導かれているのは、ふたりだけではなかったです」


 どう対応すればいいとカリューア姉妹に目を向ければ、クセーラさんは目を丸くし次席も頭を抱えていた。


 ガチな人がいるなんて聞いていませんよ……


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