表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道案内の少女  作者: 小睦 博
第19章 選ばれた未来
629/654

626 【竜殺し】ゆかりの国

 相互利用協定が結ばれてから5日。バカンスを満喫している僕たちのもとへパーシル大尉がパシらされてきた。新編制部隊の移動は滞りなく進んでおり、ルルギッタン王子たち指揮官組も駐屯地を発ったとの報せだ。そろそろ僕たちもドラスレイ王国へ向かう頃合いかとピョコピョコ司教様に暇を告げる。


「ほんの数日だというのにルビリウスさんは見違えるように変わりました。以前はこの学校で優秀な成績を収めることが目的であるかのようでしたのに、今はずっと先を見据えているように感じられます」


 僕たちを見送りに来てくれた司教様が、お城のてっぺんばかり気にしていた生徒が今はあの山々の頂を目指しているかのようだとそびえ立つ山脈を仰ぎ見る。自分にはここを首席で卒業する以上の目標を示してやれなかったのに、外国から訪れた自称苦学生があっさりとその先まで導いてみせた。なんだか教育者として敗北した気分だとため息を吐き出す。


「アイツにだけは負けたくないって気持ちは強い動機付けになりますからね。でも、それは先生の役目じゃないんです。司教様が気を落とすことありませんよ」


 競争相手がいなかったのは司教様のせいではない。それは環境の問題であって、教育者の指導力とは関係ないのだと伝えてハーダンの礼拝殿を後にする。ここ数日、毎日のように湖畔の砂浜で好き放題砂浴びを楽しめたせいかバナナンテもエリザベスも絶好調だ。足取りも軽く街道をかっ飛ばして進む。


 街道には移動中の部隊が列を作っているので道を間違える心配はない。徒歩の兵隊さんや荷馬車を追い抜いていけば、鎧竜がコンテナみたいな竜車を曳いていた。サイドが大きく開く構造から察するに、中身はおそらく魔導甲冑だろう。部隊の列を追い越して進んでいくと野営地のような場所が見えてきたけど、身軽な僕たちは重い荷物のせいで鈍重な部隊より速く移動できる。軍隊の足に合わせる理由はないので先を急がせてもらう。


 ひとつ目の野営地を通り越して進んでいくと、妙に警備が厳重な部隊に遭遇した。街道の幅いっぱいに広がって、追い越そうとする僕たちをブロックしてきやがる。クセーラさんに作ってもらった灯りの魔導器を取り出し、邪魔だ。どけゴルァ……とハイビームとロービームをパシパシ切り換えて煽ったところ、腹に据えかねたのかふたり組の兵隊さんがこっちへ向かってきた。


「この部隊の指揮官がさる高貴なお方と知っての狼藉か?」

「ルルギッタン王子ですか? なら、取次ぎをお願いします」


 この不届き者どもめ。ここの指揮官を誰と心得ておるのかとふたり組が凄んできたので、王子様がいるなら取り次いでくれと依頼する。さる高貴なお方の正体を僕が知っていたことに驚いたようで、関係者なら最初からそう言えと捨て台詞を残して持ち場へ戻っていく。ちゃんと取次ぎはしてくれたようで、しばらく待っていたら騎馬に跨った兵隊さんがこっちへ駆けてきた。指揮官から僕たちを通すようにとの指示があったそうだ。


「これはニワトリかい? 珍しい魔獣を使い魔にしているね」


 ノッシノッシと進む部隊の横を駆け抜けていけば、なんか明るい栗毛でパッとしない馬に跨った王子様がいらっしゃった。バナナンテに跨っている僕の姿を認めて、ニワトリに乗っている奴なんて初めて見たと興味深そうに声をかけてくる。


「殿下の馬も素晴らしいですね。とても指揮官には見えませんよ」

「私がこいつを愛馬にしている理由をひと目で見抜くなんて、君は暗殺者かな?」


 ルルギッタン王子の愛馬はどこにでもいそうな特別感の薄いお馬さんだ。護衛たちの跨る真っ白だったり真っ黒でいかにも強そうな軍馬に比べると、目立った特徴がなくて言葉で説明しづらい。似たようなお馬さんはどこの牧場にも一頭はいるってくらい平凡な見た目をしている。これはターゲットの顔を知らない暗殺者に、外見から狙いを絞らせないための偽装だろう。装飾の施された鎧を身につけて白馬に跨っている騎士の方がよっぽど王子様らしいと褒めたところ、思考が殺し屋のそれだと言われてしまった。


「安心してくれていいですよ。指揮系統に混乱が生じるのを承知のうえで、それでも怠けている指揮官を排除しなければ部隊が任務を遂行しないと判断しない限り、僕に殿下を狙う理由はありません」

「すごいことを口にするね。でも、信頼の証と受け取っておくよ」


 僕たちは相互利用協定を結んだ仲だ。一時的な指揮系統の機能不全に目をつぶってでも始末した方がマシと感じた時はためらわないと判断基準を明かしておく。なんて無礼なと護衛の騎士たちから殺気が突き刺さってきたものの、ルルギッタン王子は片手をあげて憤る彼らを抑えた。それはもう怠惰を通り越して利敵行為とみなされてもおかしくない状況。本人の前で堂々と口にするのは、そのようなことは起こり得ないという信頼の表れであると余裕の笑みを浮かべる。


「しかし、殿下のお命を狙う可能性を示唆するなど不敬にもほどが……」

「その点はむしろ感謝したいくらいだね。緊張感を失わずに済む」


 高貴な方の命を狙うなんて口にするだけで重罪だと騎士のひとりが納得いかないようなポーズをとる。その魔力から伝わってくるのは不安や心配でなく、ウキウキとした高揚感だ。ど~せ、得点を稼ぐチャンスとでも考えているのだろう。もっとも、緊張感を保てなくなった者は際限なく自堕落になっていく。このラインを踏み越えたら覚悟せよとあらかじめ基準を示してくれるなんて、むしろ親切ではないかとルルギッタン王子はまったく耳を貸そうとしない。


「互いに利用し合うと約束したからには、こういう利用の仕方があっても構わないだろう?」

「もちろんですよ。わずかでも殿下のお役に立てたのなら光栄です」


 イヒヒヒ……それでこそドブネズミファミリーの兄弟だと笑い合う僕と王子様。近くにいるだけで髪の毛に臭いが移りそうだとオクタヴィアさんが心底嫌そうに顔をしかめ、護衛の騎士たちもご主人様がおかしくなってしまったとドン引きしていた。ドブネズミこそ人の本性なのだと、ありのままの事実を受け入れるべきだと思う。


「では、僕たちはお先に失礼します。今晩の宿を探さなければなりませんので」

「あてがないなら軍の野営地を利用してくれて構わないよ」


 先を急ぐのでと暇を告げたところ、ルルギッタン王子から野営地の利用を勧められる。気持ちはありがたいのだけど、軍隊の食事では満足できない食いしん坊が揃っているからお言葉に甘えるわけにはいかない。今も背後にいるモーマンタイさんから断れ~、断れ~と念を叩きつけられているのだ。


「害獣に悩まされてる農場か果樹園に泊めてもらいますよ。ドングリが生るにはまだ早いので、栽培している穀物や果実を狙ってくるクマやイノシシは少なくありません。仕留めると宿も食事も喜んで提供してくれますし、なんといっても厨房設備が整ってますからね」


 急ごしらえの野営地と農場では設備が違い過ぎるからと断っておく。たくさんの使用人を抱える農場は食事をいっぺんに作る必要もあってしっかりした厨房を備えている。野営地では調理法も限られてしまうけど、農場ならそういった心配はない。自分たちだけご馳走をいただくつもりなのかと王子様が咎めるように唇を尖らせたものの、僕は仲間でも味方でもないと言っておいたはず。ゆえに、ご馳走をひとり占めしても裏切り行為にはあたらないのだ。さらばだ、また会おうと言い残してバナナンテに拍車を入れれば、僕が獲物を仕留めればお肉にありつけると学習済みのエリザベスと食いしん坊のウシ獣人が置いてきぼりにされてなるものかとダッシュで追いかけてきた。






 流離いのクマハンターを続けトウモロコシ、モモ、ナシ、イチジクにスイカといった夏の味覚を満喫した僕たちは、国境にある街へとたどり着いた。街の東側には山脈から流れ出た水を集めた川が流れていて、橋を渡った向こう岸はドラスレイ王国になるそうな。今は連合陸軍の部隊が移動中なこともあって、午前中は軍隊優先で一般の人は橋を渡らせてもらえない。その日に移動する部隊が渡り切り、一般向け入国審査が再開されるのを待って国境を超える。


 ダメ巫女様の身分証明指輪はここでも有効で、【知の女神】様から言いつけられたお役目ですと伝えた後は目的を問い質されることもない。あっさりと通過を許され、僕たちはドラスレイ王国へ入国をはたす。出入国管理をしている石造りの砦みたいな場所から出ると、なんか中央にで~んと置かれたおっさんの像が激しく自己主張してくる広場があった。


「【竜殺し】ポルデリオンの像です。ここは観光名所でもありますから……」

「なるほどね。台座に彫られているドラゴンはハフニールってわけだ」


 神聖マリジル帝国から訪れた人たちを、ようこそポルデリオンゆかりの国へと迎えるのがこの広場の目的だとモーマンタインさんが教えてくれる。よくよく見れば、像が置かれている台座には爬虫類の鱗っぽい模様とワニみたいにトゲトゲした頭部が彫られていた。ハフニールをやっつけたことを示しているのだろう。


「さすが【竜殺し】の技を受け継ぐ剣聖様だけあって――むぐぐっ?」

「ここで滅多なことを口走らないでくださいっ」


 ポルデリオンの技を受け継いでいると自称する道場がドラスレイ王国にはいっぱいあるという話だった。モーマンタインさんが剣を学んだのもそういった道場のひとつなはずで、もしかしたらこの国の出身なのかもしれない。さっすが剣聖様と褒めようとしたところ、他人に聞かれたらどうすると口を塞がれた。


「あれを見てください」


 見てみろとモーマンタインさんが指さした先には【玻璃拳】モブダーとでっかく描かれたのぼり旗の前で、オラァかかってこいやぁと道行く人を挑発しているあんちゃんの姿があった。拳闘術だろうか。両腕に籠手のような防具を装着している。この国にはツイチャルモン総司令みたいな面倒臭い連中がウヨウヨしているので、【剣聖】を名乗っていることがバレた日には次から次へと試合を申し込まれるに決まっているのだそうな。


「足止めされるのはモーマンタインさんだけにしてもらいたいですね」

「逃がしませんよっ。モロニダスさんと私は一蓮托生ですっ」


 そうなった時は置いてきぼりにしようと口にすれば、絶対に逃がさない。毎日、ご馳走を食べさせてくれる約束だとウシ剣聖様は言い張った。もう傭兵の食生活には戻れないと全力でイヤイヤする。


「んだ、このガキィ。ジロジロ眺めてんじゃねえぞっ!」

「うわぁぁぁん」


 絡まれては面倒だと広場から立ち去ろうとしたものの、拳闘術のあんちゃんがいた方向から女の子の泣き声が響いてきた。クソボケが5歳くらいの女の子を威嚇して泣かしやがったのだ。それだけならまだしも、足がすくんで動けなくなっている女の子を恫喝し続けている。放っておくわけにはいかない。


「モーマンタインさん。やっておしまいなさい……」

「ンモーッ、許せませんっ」


 正義を標榜するつもりはないものの、怖くて泣いているちっちゃい子を放っておいてはお兄ちゃんの名が廃る。成敗するよう告げればモーマンタインさんもそのつもりだったようで、剣と盾代わりの肩アーマーを手に肩を怒らせて【玻璃拳】モブダーの前へ進み出た。


「【竜殺し】の名を汚す不届き者っ。それほど戦いたいなら、この【剣聖】が相手になってあげますっ」

「【剣聖】だと? 大きく出たなっ」


 お前のような奴が【竜殺し】の技を受け継いでいるなどとは片腹痛い。化けの皮を剥いでやるから覚悟いたせとモーマンタインさんが名乗りを上げる。その隙に僕はワンワン泣いていた女の子に近寄り、下がっているようにと手を引いて避難させておく。これで剣聖様も思う存分、剣を振るえるだろう。


「てめぇみてぇな正義の味方ヅラした奴を返り討ちにすんのが、最っ高に楽しいんだよっ」


 思ったとおりボクシングスタイルのようで、返り討ちにしてやんぜとモブダーが金属製の籠手を装着した左手で鋭いジャブをくり出してくる。拳の軌道が見えているのか、モーマンタインさんは落ち着いた様子で右手の剣を使って受け流す。いつもなら左手の盾が前になるよう半身に構えるのに、今日は珍しく逆だ。


「うぉらあっ」

「んもぉぉぉ――――うっ」


 そのうち、ジャブに飽きてきたのかモブダーは左ジャブを引くのに合わせてコンビネーションの右ストレートを放ってきた。待ってましたと言わんばかりにモーマンタインさんが左ストレートを併せにいく。クロスカウンターではない。突き出されたモブダーの右拳に盾代わりの肩アーマーを叩きつける。両者がぶつかり合った瞬間――


「ぐあっ? 拳がっ……」


 ――モブダーが装着していた金属製の籠手がバラバラにぶっ壊された。当たり前だ。あの籠手は塗装されていないので、色味からどんな金属が使われているのかおおよそ見当がつく。ピカピカの鋼や真鍮でなく濁ったような色をしているのは、混ざりものの多い粗悪品の証。素性のはっきりしたドワーフ鋼から充分な強度が得られるよう計算された形に鍛ち出され、装甲材としてきっちり表面硬化処理まで施された魔導甲冑のアーマーを真っ向から叩きつけられて耐えられるわけがない。拳の骨まで壊されてしまったのか、さっきまでのイキリもどこへやら【玻璃拳】モブダーが悲鳴を上げた。


「弱い者いじめしかできない腐れ外道っ。正義の鉄拳で修正してあげますっ」

「やめっ、許してっ……。あ゛あぁぁぁ……」


 すでにモブダーは戦意を喪失している状態なのだけど、それで暴走した牛が止まるはずもない。ウシパワーで振るわれた左ストレートを左手の籠手で受け止めたものの、まだ無事だった反対側の籠手まで打ち壊されてしまった。一緒に左腕の骨までやられてしまったのか、両腕をブラリと下げて苦悶の表情を浮かべる。


「それくらいで許しておあげなさい」

「んもぉぉぉう。命拾いしましたねっ」


 これ以上やると女の子にトラウマを植え付けてしまいかねない。適当なところでやめさせて、あんな雑魚のことは忘れて美味しいものでも食べに行こうと広場に出ている屋台へ向かう。焼きトウモロコシを購入してみんなでモグモグしていると、ひとりのおっさんがキョロキョロしながら歩いているのが見えた。誰かを捜しているようだ。


「ぱ~ぱ~」


 どうやら、女の子の父親だったらしい。手を振っている娘に気づいてこちらへと向かってきて、直前で驚いたように動きを止めた。


「モーマンタインッ。戻ってきていたのかっ?」

「んもおぉぉぉう。兄弟子っ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
騎獣に徒歩で追いすがるとか人なんですかモーマンタインさん。 それとも剣聖と称されるにはこれくらいできないとならないのか…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ