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道案内の少女  作者: 小睦 博
第19章 選ばれた未来
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618 戦略研究会

 グリピィナ夫人に連れられて厨房を確認したところ、ひと通りの設備は揃っているようだった。おっきな石窯に魔術式の冷蔵庫まである。ただし、食材の方はそうでもない。内陸部にある都だけに新鮮な海産物の入手は難しいようだ。一方、周囲を山に囲まれているから牧場や果樹園は豊富な模様。旬の果物や乳製品は手に入れやすいという。


「あれ? こいつは……」


 そんな中、僕の目を引いたのはどこか見覚えのある鍋だ。下段にある大きな鍋の中央からパイプが立ち上がって、上段にあるお皿につながっているという二段式の仕掛け鍋。どうしてこんなところにあるのか不明だけど、こいつはモロニクセー泉で間違いない。


「それは東方から流れてきた品で、流れ落ちる水が清涼感を演出してくれるテーブル湧き水ですの。食器と一緒に洗うので厨房に置かれているだけですわ」


 こうやって使うのだと、花瓶敷きの上にモロニクセー泉を置いて下段の鍋に水をジョボジョボ注いでいくグリピィナ夫人。刻まれている魔法陣が発動されると真ん中のパイプに吸い上げられた水が上段のお皿に湧きだし、いっぱいになるとお皿の縁からピシャピシャ零れ落ち始めた。確かに水が流れ落ちる様は清涼感を感じさせてくれるし、わずかとはいえ気化熱によって温度を下げる効果もあるだろう。なるほど、これもひとつの使い方かと感心する。


「これは串鍋用の仕掛け鍋として考案されたものなのですけれど、まぁ暑い地方ではこういった使い方もアリですね」

「お待ちなさいっ。あなた、これの由来を存じてらっしゃいますのねっ」


 道具の使い道はひとつじゃない。たとえ開発者であっても使い方を限定させる権利はないのだと納得したものの、どうしてかまなじりを吊り上げたグリピィナ夫人に肩をグワシとつかまれた。知っていることは洗いざらい吐けと身体をガクガク揺すぶられる。なんでも、東方の調理器具というふれ込みだったので話のタネとして購入したはよいものの用途がはっきりせず、仕方なくテーブル湧き水として利用していたのだという。


「んふふふ……なんだか、ご馳走の気配を感じますよぅ」


 元々は串鍋に使われる仕掛け鍋という説明を耳にして、胃袋がアップを始めたとモーマンタインさんが寄ってくる。相変わらず食べ物に関してだけは異常に勘が鋭い。


「え~と、ショコラータに生クリーム。あとは果物にドーナッツとかあれば実演できると思うのですが……」

「どれもすぐに用意できますけど、それは本当に串鍋でございますの?」

「んもぉぉぉ――――うっ。これはまた新しいご馳走の予感がしますっ」


 言葉で説明するより、実際にやってみせた方が早いだろう。必要な材料をあげたところ、いったいどんな串鍋なのだとグリピィナ夫人は首を傾げてしまった。一方、考えることを放棄したウシ獣人は食べたことのないご馳走キタコレと大喜びしている。


 ショコラータと生クリームの配合は前に試したのを憶えているので問題ない。果物はメロンにアンズとバナナがあった。あとはカリカリになるまで二度焼きしたパンとおつまみ用のクラッカーにナッツが見つかる。これだけあれば充分だ。具材をほどよいサイズに切り分け、ナッツはトッピング用に細かく砕く。バナナは半分の長さに切った後、縦に割って4等分にしてみた。輪切りより盛り付けた時の見栄えがよくなると思う。


「この鍋は卓上魔導コンロに乗せて使います。ほど良い流動性を維持するよう、温度は高過ぎず低過ぎず。常に注意を払っていてください」

「この滑らかさが食欲をそそりますわね……」


 温められたショコラータが上段のお皿に湧きだしトロトロと溢れ始めれば、水と違って跳ねないところに濃厚な美味しさを予感させられるとグリピィナ夫人は身体をプルプルと震わせた。これは匙ですくって飲むのかとモーマンタインさんがスプーンを探す。


「こうやって具材に絡めて、お皿の上でしばらく冷ませばショコラータが固まります。ナッツや粉砂糖はお好みで振りかけてください」

「こっ、これは確かに串鍋でございますわねっ」

「んもぉぉぉ――――うっ。甘~いデザート鍋ですかっ。いいですねっ。いいですよっ!」


 バナナとパンにショコラータを絡ませ、固まってしまう前にパラパラと砕いたナッツをトッピングして見せる。ショコラータと果物でどうやったら串鍋になるのかと疑問に思っていたけど、これはまごうことなき串鍋であるとグリピィナ夫人が目を見開いた。鍋でデザートなんて斬新過ぎるとウシ獣人は大興奮だ。なんてものを作るのだとオクタヴィアさんがこめかみを引きつらせ、そして一緒にいる5歳くらいの女の子は期待に瞳を輝かせていた。


「こっちへ来て食べてみるといいよ」

「いいのっ?」


 この子はグリピィナ夫人の娘で名前はネルというらしい。おいで、おいでと手招きしてあげれば、ネルちゃんは笑顔を浮かべて寄ってきた。隣の椅子に腰かけさせ、ナッツをトッピングしたショコバナナを食べさせてあげる。どうやら気に入ってくれたようで、おいしい、おいしいと足をパタパタ揺らす。ちっちゃい子は感情を身体で表現しなければ気が済まないのか、喜び方がどっかの3歳児にそっくりだ。


『げぼ……げぼぐ……』

『君の分は取り置いてあげるからおとなしくしてなさい』


 いっぱいお食べとネルちゃんにご馳走を食べさせていたら、頭の中にタルトの声が響いてきた。ずっと呼びかけてこなかったものの、大好物のショコバナナを前に我慢できなくなったのだろう。ちゃんと取り分けておくからオムツガールは出てくんなと釘を刺しておく。


「ンモーッ。ご飯や揚げ物だけでなくデザートまで得意だなんて隙が無いですねぇ」

「こんな料理を考えつくなんて東方諸国は革新的ですわね。伝統を重んじてばかりでは進歩できなくなると痛感させられましたわ」


 思いおもいの具材をショココーティングしてモグモグしながら、その時その場にあるもので何かしらご馳走を用意してくれると喜ぶモーマンタインさん。グリピィナ夫人は危機感を覚えたようで、伝統を言い訳に停滞していては東方諸国に遅れを取ると真剣な表情でショコ串鍋を平らげていく。お気に召したようでなによりだ。僕はその間にタルトの分を取り分ける。金属のボウルを逆さにして被せておけば勝手に抜き取っていくだろう。


「ごんなも゛の食べないわげにはいがないじゃないでずがぁぁぁ……」


 そして、もちろん誘惑に負けてしまったオクタヴィアさんはダバダバ涙を流しながらショコ串鍋をパクついていた。話題になりそうなスイーツは食べておかなければ社交の場で会話についていけなくなると、誰も尋ねていないのに自分への言い訳をくり返す。しょせん、ダメ人間はダメ人間。節制なんてできるわけないのだ。


「明日、論客の方々がいらっしゃる予定なのですけど……」

「こちらを訪れたのは、今回の戦争について詳しい方を紹介していただけるのではと考えたからでございまして」


 用意しておいた具材を食べ尽くしたところで、サロンにいらっしゃった方々に振舞いたいのだとグリピィナ夫人がおずおずと声をかけてくる。とっても都合がよい。この機を逃さず、その中に戦争について詳しい人はいないかと本題を切り出す。


「もちろん、おあつらえ向きの方がいらっしゃいますわ。社交の場で戦争のことが話題に上がらない日なんてございませんもの」


 期待していたとおり、戦争について語りたがる軍事専門家も招いているそうだ。帝都で今一番ホットな話題と言えば戦争なので、誰であれ最新情報には興味津々。連合軍司令本部のメンバーではないものの、あるメンバーの相談役を務めている情報通を呼んであるという。ショコ串鍋を提供する見返りとして紹介してくれることを約束してもらえた。


「ふっふっふ……私の目はごまかせませんよ。まだここに隠してあるヤツが……」


 話が決まり、イヒヒヒ……と笑いながらグリピィナ夫人と手を握り交わしていたところ、意地汚いウシ獣人が先ほど取り分けておいた分へ手を伸ばしてきた。そんなもの、とっくにタルトが回収していったに決まっている。パカリと被せておいた金属ボウルが取り払われたお皿は思ったとおり空っぽ――


「はれれっ? なんですかコレは?」


 ――ではなく、そこにはショコバナナの代わりに透明なアクリル板のような物体が置かれていた。どうやら、おやつを我慢できなくなった3歳児がリクエストしてきたようだ。


「それは培養素です。常温で液体のものに添加するとプリンみたいに固めることができるのですけど、どうやらそれでお菓子を作れってことみたいですね」


 なんだこれはと培養素を手に取ってシゲシゲと眺めるモーマンタインさん。それはお菓子の材料になる成分で、オムツの精霊がおやつを要求してきたのだと教えてあげる。どんな液体もプリンになると耳にして、食いしん坊どもが揃って瞳を輝かせた。






 グリピィナ夫人の屋敷でサロンが催され、提供したショコラータ串鍋とロリヴァは大絶賛された。ムッチャユーナ卿という軍事専門家のおっちゃんも気に入ってくれたようで、西方で活動するのに戦争の状況を把握しておきたいのだと説明したところ、とある伯爵様が主催する戦略研究会というサロンへの同行を許可してくれる。そこでは大陸西方の地形を再現した精巧な模型があって、前線から伝えられてくる情報をわかりやすく説明してくれるそうだ。


 ムッチャユーナのおっちゃんに伴われて戦略研究会を訪れてみれば、広間に50人くらい集まってワイワイガヤガヤと議論を重ねている。もう、ちょっとしたパーティーだ。広間の真ん中には一辺が2メートルくらいある正方形の模型が置かれていて、話のとおり山とか海が再現されていた。ところどころに立てられている旗が部隊の布陣を示しているらしい。


「こうしてみると位置関係がわかりやすいですね。ここがエーオス海ですか」


 なるほど、こうなっていたのかと地形を確認すれば、聞いていたとおりエーオス海につながる海峡は難攻不落と思われた。海峡を抜けた先に赤い旗が立てられているから、きっとそこが軍港兼空軍基地のある場所なのだろう。こんな場所を力押ししたところで突破は叶わないとひと目でわかる。


 続いて目的地である【暁の女神】様の神殿を探す。ピカピカの真鍮で作られた旗が立てられているその場所は、近いのだけど遠い厄介な位置にあった。北東から南西にかけて長~い山脈が走っていて、高く険しい峰々が神殿を護る盾のようにそびえたっているのだ。【知の女神】様陣営を示す白い旗の位置から読み取るに、連合陸軍の主力部隊は山脈の南端を回り込もうとし、準備万端で待ち構えていた敵に足止めされている状況らしい。


「今は新たに編制した部隊をどこに向かわせるべきかって話題が議論の中心となっている。ハーダンの北側にある、あの白い旗がそうだ」


 連合陸軍の主力部隊がロクに進めていないことに苛立った司令本部が、追加戦力を編制したのだとムッチャユーナのおっちゃんが一本の白い旗を指差す。主力部隊の増援にまわすか、搦め手として別の場所へ向かわせるかで議論が紛糾しているという。


「正直な感想を述べさせていただければ、いくら兵力を増強したところで主力部隊は進めないでしょう。あそこはお城の大手門です」

「やはり、君もそう思うかね」


 いっちゃん守りの固いところをバカ正直に攻めたって仕方がない。それでどうにかなるのは敵勢力をひと呑みにできるほどの圧倒的戦力差がある場合だけだ。もちろん、そんな状況でハズレジジイに反旗を翻す【暁の女神】様ではないだろう。しっかりと勝算を見極めたうえで動いたに決まっている。鋼の門を素手で殴り続けたところで手が痛くなるだけだぞと告げたところ、ムッチャユーナのおっちゃんも同感だったようでやっぱりそうかと頷いていた。


「それがわかっているのに、どうして議論になるんです?」

「そこが政治ってヤツだよ。新たに編制された部隊はダーストリア王国軍を中核とした部隊でね。勝ってもいないうちから戦後の論功行賞を気にしているのさ」

「早くも連合軍の泣き所が露呈しましたか……」


 わかっているなら議論は紛糾しないはず。どうしてもめているのかと尋ねれば、キョロキョロと周囲を確認したおっちゃんが小さな声で事情を打ち明けてくれた。つまり、他国に手柄を渡したくない連中が抵抗を続けているってことらしい。話を耳にしたオクタヴィアさんが、これだから連合軍はと呆れている。


「ンモーッ。そんなことより食事をいただきましょうよぅ」


 一方、剣聖様の興味は広間の隅っこで提供されている飲食物にしかないようだ。状況が確認できたのならご馳走をやっつけに行こうと、モーマンタインさんが食べ物の並べられているテーブルを指差す。確かに僕は戦争に加わるつもりはないので、戦闘が行われている場所だけ確認できれば充分ではある。とはいえ、目の前に敵が迫っているので忍び込んだドブネズミの捜索にまで手が回らないという状況が生まれる程度には【知の女神】様陣営にがんばっていただきたい。


「主力部隊にはこのまま南で陽動作戦を続けていただき、新たに編制した部隊を山脈の北端から侵攻させるのが最善と思われます」

「迂遠なことを……。夏の間に山岳地帯を越えて敵の本拠地を急襲させればよい」

「主力部隊をいったん後退させて、新編制された部隊と入れ替えてはどうでしょうか」


 もうちょっとどうにかならないものかと周囲の会話を聞き取れば、山脈を大きく北へ迂回しよう派とまっすぐ山越え派。そして、旨味のない戦線を交代させる派の3つが意見を戦わせているのだとわかってきた。前者ふたつはともかく、最後のはよくもまぁハズレくじを他国に押し付けるなんて話を臆面もなく口にできるものだと感心する。建前を取り繕う程度の知恵すらまわらないのだろうか。


「このウシ獣人が【剣聖】だとっ? いい加減なことをっ」

「女神様が神託の中で【剣聖】と申されました。それは巫女である私が保証します」


 戦後、美味しいところをぶんどりたくて足を引っ張り合う。それが政治ってヤツかと呆れていたら、唐突に食べ物の置かれているテーブルの方から怒鳴り声が響いてきた。


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― 新着の感想 ―
外交絡みの実績がモリモリ増えていくなあ……魔導院生を外交官にするのは勿体ないといわれているのにね 鉄のホモの息子は国外でもお構いなしに(名と恩を)売っちまうんだ
あぁいけませんいけません ご馳走を思い出させると三歳児の下僕自慢で女神様の八つ当たりゲージがどんどん溜まりますよ?
ああ、そう言えば女神様の所はメニューが決まっているから毎晩選んで仕込んで次の朝楽しむ一口ロリヴァもないんやな…って。 三歳児としては大変遺憾でしょう。
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