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道案内の少女  作者: 小睦 博
第19章 選ばれた未来
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615 帝都へ向けて

 涼しい午前中はバナナンテをしごき、暑くなってきたらビーチで海水浴に興じ、お腹が空いたら新鮮な海産物に舌鼓を打つご機嫌なバカンスも終わりを迎える時が来た。イクスブリッジから交易船が到着し話の裏が取れたらしく、ポチャスキン総司令が連絡船を寄越したのである。僕たちは楽しい漁港を離れ、今度は船団を引き連れてコーンクワッツの港へと向かう。


「ご馳走ともこれでお別れか。名残惜しいな」

「もう、さんざん食べたじゃないですか……」


 海上を進むグレートデキン号の甲板で、美味しいものを食べられる毎日が終わってしまったとアウドミラル提督がため息を吐く。船に乗せる対価としてオムツ揚げにパーコーにエビやイノシシ肉を具にしたお好み焼きも食べたのに、まだ満足できないらしい。ご馳走はどれだけあっても充分ということはないのだと、ふんぞり返って意識高い系食いしん坊みたいなことをぬかしている。


「ぬふふふ……モロニダスさんにはまだまだご馳走を用意していただきますよぅ」


 自分はこれからも美食三昧よと余裕の表情を見せているのはモーマンタインさんだ。ベロベロになるまで酔っぱらわせてから連合軍の入隊志願書にサインさせ、人生ってのはそう都合よくいかないものだとわからせた方がいいかもしれない。


「あぁぁぁ……これから先も耐えがたい誘惑が続くというのですか……」


 そして、厳しいトレーニングを科されるくらいならとオムツ教へ改宗したオクタヴィアさんが、聖職者たるもの節制を心掛けなければいけないのにとため息を吐いていた。我慢できない意志の弱さを棚に上げて、僕が悪いみたいな言い方をするのはいかがかと思う。ここはひとつ、食事にイボ汁を混入してご馳走のありがたみを思い知らせてやるべきだろうか。どうしてくれようと考えている間にけしからん食いしん坊どもを乗せた船団は順風を受けて進み、半日ほどの航海を経てコーンクワッツの港へ入港した。


 船が桟橋に着けられるとさっそくお出迎えの兵隊さんたちがやってくる。率いているのはキャネル大佐だ。どうやら、疑いは晴れたらしい。ポチャスキン総司令から司令部へお招きするよう指示されているとのこと。今回は馬車でなくバナナンテに跨り、オクタヴィアさんを乗せたエリザベスと並んで進む。尻尾が後ろに長く伸びている分、全長はエリザベスの方が長いのだけど、体つきはバナナンテの方がひと回り大きいようだ。


「ポチャスキン。疑わしい船団はサマルシアでおとなしくしているよう指示してくれる気になったか?」

「疑わしい船団はいなくなった。引っ込んでいろと命じられないのが残念で仕方がない」


 司令部の建物に到着すれば、そのまま総司令の執務室へ案内された。待っていたぞと出迎えてくれたポチャスキン総司令に、疑わしい連中はバカンスを続けているよう指示してくれとアウドミラル提督が要求したものの、この場にいるのは頼りになる援軍だけだとお断りされてしまう。イクスブリッジを脱出してきた交易船から、海軍が駐屯している都市を制圧するために陸軍が差し向けられた。外壁の上から観察できる場所に陣地を構える準備を始めたので、予定していた積み荷の到着を待たずに出港したという証言が得られたそうだ。


「エウフォリア教の総大司教猊下は無理やりにでも首を突っ込みたいようだな。無論、こちらから援軍要請などしていないので、敵方に加勢する考えとみて間違いない」


 交易船が積み荷を放棄して逃げ出すなんて、尻に火を着けられたような状況だったことは想像に難くないとポチャスキン総司令がウムウムと頷く。調査にあたっていたキャネル大佐も、総大司教は教国の発展よりも別のなにかを優先している。それが【暁の女神】様から約束された褒美である可能性は極めて高いと報告してきたそうだ。大国の支配者に自国の利益を度外視した行動を起こさせるほどの褒美となれば、得られるものの大きさだけでは不十分。空手形ではないという信用も併せ持っているに違いなく、相手が神様であれば納得がいくという。


「悪いがアテにさせてもらうぞ、アウドミラル。船体の修繕や武装の整備をさせてやりたいのに、交代できる船が足りなくて滞っていたのだ」

「仕方ないな。その代わり補給はそっち持ちできっちりしていただくぞ」


 現在、エーオス海へつながる海峡を封鎖している船団にはメンテナンスの順番が回ってくるのを待っている船も多いらしい。ドックに空きはあるのだけど、任務を引き継げる船が足りないため後回しにせざるを得なかった。交代要員が得られたならまとめてドック入りさせたいのだと総司令が内情を明かす。充分な補給を受けられることを条件にアウドミラル提督が交代を引き受け、船団は連合海軍に組み込まれた。提督本人と副官さんの2名は司令部付きという立場でポチャスキン総司令の補佐に任じられる。ちなみにアウドミラル提督は効率的なメンテ計画と再配置プランに定評があり、一緒に机上演習をした相手から「ポケットに船を忍ばせている男」と恐れられたやりくり上手だそうな。


「船団に関しては総司令の判断に任せますが、こちらのおふたりは神殿が行動の自由を保障いたします」

「巫女殿が探しておられた相手ですか。大きなニワトリは見つかりましたかな?」

「巨大ニワトリなら車止めにつないであるぞ」

「なんとっ?」


 エウフォリア教国海軍の処遇が決まったところで、こっちのふたりは別だからとオクタヴィアさんが告げる。アウドミラル提督の船団にそれっぽい男の子がいたと教えたのはポチャスキン総司令だったようだ。目印の大ニワトリは実在したのかとの問いかけに、そいつなら玄関先につながれてると提督が答えた。そんな珍しいニワトリが訪れているならぜひ見てみたいと総司令が言うので、執務室を出てゾロゾロと玄関まで移動する。


「ぬおっ。こんな大ニワトリが本当にいたのかっ?」


 玄関前にある車止めの隅っこではバナナンテとエリザベスが並んで休憩していた。エリザベスはバナナンテの尾羽が羨ましいご様子。ホレホレと自慢げに見せびらかされ、悔しがるように尻尾で地面をペシペシ叩いている。人を乗せられるほど大きなニワトリとは予想していなかったのか、興奮気味に駆け寄ったポチャスキン総司令がなんだこの生き物はとバナナンテを指差す。


「コケトリスと言います。こいつはわがままな食いしん坊に育っちまいましたが、馬なんかと同じく魔術で契約しなくても訓練できるんですよ」


 契約しなくても人に懐くと知って、こんな騎獣を育てている国があったのかと総司令はいたく感心しているご様子。ヒッポグリフみたいに空は飛べないけど、一度に3個から5個の卵を孵してくれるので馬よりも繁殖させやすい。アーカン王国でこれから増やす予定だと伝えておく。


「大ニワトリなんて目印になるのかと半信半疑だったが、こいつなら間違えようがないな。よく太ったニワトリを連れてこられたらなんて心配は杞憂にすぎなかったか」


 ポチャスキン総司令は丸々と太っているだけのニワトリを神託にあったニワトリであるとオクタヴィアさんが言い張ったらどう対応するべきかと頭を悩ませていたらしい。女神様のお言葉に余計な心配は無用だったと安堵したように大きく息を吐き出す。


「女神様のおっしゃられたのがこのおふたりであると認めていただけますね?」

「うむ、異論はない」


 僕とモーマンタインさんの身柄は神殿へ移された。以後、軍からのいかなる制約も受け付けないとオクタヴィアさんが宣言する。こんな大ニワトリを見せられては神託に疑う余地など残っていないとポチャスキン総司令が同意し、僕たちは晴れて自由の身となった。もうこんな場所に用はないとダメ巫女様が杭に結び付けてあったエリザベスのつなぎ紐を解く。


「それでは提督、お世話になりました」

「世話になったのはこちらの方だろう。君が手遅れになる前にケガネイ司教のもとを訪れてくれたおかげで教国の将来は守られた。今なら聖女様が君を送り込んできたと言われても信じてしまうかもしれん」


 オクタヴィアさんの言うとおり、もうここでやるべき事はない。グズグズしていたらまた3歳児が機嫌を損ねてしまうので、西方まで運んでくれたお礼と共にアウドミラル提督へ別れを告げる。提督ドブネズミは急に信仰心が芽生えてきたようで、些細なきっかけが国家の行く末にこれほど大きな影響を与えるなんて、もう聖女様のお導きがあったとしか思えないなどと言い出した。立場のある軍人さんだけあって、宿命とか魂の世界(ニルヴァーナ)とか言い始める永遠の14歳よりは常識的だ。


「聖女様には申し訳ないですけど、僕は僕の考えで行動してます。頼まれたって言いなりになるつもりはありませんよ」


 とはいえ、聖女様の使いなんてことにされたら後が面倒だ。自分を特別な存在と思い込みたがっている聖職者たちから目の敵にされ、血まみれの椅子取りゲームにご招待なんて冗談ではない。下僕契約は他のあらゆる関係よりも優先されるというタルトの言い分に基づいて、たとえ神様が相手であっても唯々諾々と従うつもりはないと伝えておく。


「君のことを【知の女神】様は審判を託された者と呼んだのだったな。だからこそか?」

「お告げの解釈を僕に訊かれましても……」


 神様にも従わない宣言を耳にして、それは審判を託されたゆえかとポチャスキン総司令が探るように目を細める。ここはすっとぼける一手だ。これまで【知の女神】様とは縁がなかったから、お告げの意図なんて予想もつかない。巫女様にでも尋ねてくれと丸投げしてしまう。


「どうして私が派遣されたのか。それを知りながら、あえて探るおつもりですか?」

「……足止めされないよう。つまり、知ってしまえば足止めしたくなる。それが女神様にとっては不都合ということですか。だから、探らない方がよいと……」


 話を振られたオクタヴィアさんは、自分がここにいる理由を忘れたかと尋ね返した。彼女の役割は僕を足止めさせないこと。神託の意味を尋ねてどうするつもりだと睨みつけられたポチャスキン総司令は、下手に知ってしまったら神様の意に沿わぬ手出しをしたくなる。これはそういう罠かと納得してくれたようだ。人の身で神様を出し抜こうとすれば、待っているのは破滅だけだと質問を引っ込めた。


「この方のことは忘れてしまうのがよいでしょう。女神様が軍からの干渉を快く思っていないことは明らかです」


 軍には軍の役目がある。神託のことは自分に関わりのないことと割り切って忘れるよう勧め、僕たちは連合海軍の司令部を後にした。埠頭から市街地へ入るには入国審査を通過しなければいけないのだけど、巫女様のおかげで質問ひとつされずスムーズに進む。教団組織における立場がどういうものかわからないものの、【知の女神】様の巫女というのは結構な権威があるようだ。


「オクタヴィアさんってダメダメなのに、振舞いはしっかりしてるね」

「なんですか、その失礼な言い種はっ?」


 ポチャスキン総司令に対する態度もそうだったけど、オクタヴィアさんは大人を相手に一人前の司祭様みたいな立ち振る舞いを見せる。特訓を嫌がってオムツへ逃げたダメ人間のわりにしっかりしていると褒めたものの、わざわざ失礼な前置きをするところに悪意を感じるとまなじりを吊り上げた。


「だって、オムツ着けてるし……」

「あなたに脅迫されたせいじゃないですかっ。だいたい、私にピッタリのオムツなんてどこに持ってたんです?」

「どっかの誰かが入れたみたいでね。いつの間にか荷物の中にあったんだ」


 オムツなことを指摘しても、僕に強要されたせいだと言い訳するダメ巫女様。どこでこんなサイズのオムツを手に入れたとドシドシ足を踏み鳴らす。ちなみに、オクタヴィアさんのオムツはお尻に本が描かれているのだけど、これが【知の女神】様の紋章によく似ているという。用意したのが誰かなんて考えるまでもない。


「それより、これからどっちへ向かうんですか? 農場は作物でいっぱいですよ」


 入国審査を済ませて市街地へ足を踏み入れたところで、今は食べごろの作物がいっぱい生っている時期だとモーマンタインさんから尋ねられる。イノシシ退治で味を占めたらしく、農作物を荒らす害獣を成敗して旬の味覚にありつこうと提案してきた。悪い考えではない。報酬の農作物をモーマンタインさんとバナナンテの、仕留めた獲物の肉を僕とエリザベスの食事にあてれば路銀を節約できるだろう。


「それはもうちょっと先の話にして、とりあえず連合陸軍の状況を確認できるところはないかな? どこが戦闘地帯になっているのかは把握しておきたいんだ」

「連合軍の司令本部は帝都セーコンに、陸軍の司令部はハーダンの街に置かれているそうです。帝都にある本部は政治的な色合いが強いと思われますが……」


 まずは連合陸軍がどの辺りに展開しているのか確認しておきたい。心当たりはないかとオクタヴィアさんに尋ねたところ、連合軍の司令本部と陸軍司令部の位置を教えてくれた。司令本部は神聖マリジル帝国の首都に置かれているのだけど、連合に参加した国々が政治的な駆け引きをする場なので、詳しい状況を把握しているプロの軍人さんはいない可能性が高いそうだ。


「でもハーダンの街に向かうなら、結局は帝都を経由した方が早いですよね」

「そうなりますね。街道が整備されてますから」


 西方の出身だけあって、モーマンタインさんは地理に通じていた。ここからハーダンの街へ向かうなら、どちらにせよ帝都を通過することになるという。


「なら、まずは帝都へ向かおうか。司令本部を訪れるかどうかは、現地に着いてから決めればいいさ」


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― 新着の感想 ―
使命が人を作る事もありましょうが、今回の場合は人柄を見て使命の方を当てがったのでね。 モロ君は答えを出せたのでしょうか。
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