57 【ヴァイオレンス公爵】との試合
黒スケに跨ったプロセルピーネ先生と、荷馬車に乗ったドクロワルさんが遠征へと旅立っていく。モウホンマーニまではサバイバル実習に行く3年生たちに同行し、それより先はホンマニ領軍と行動を供にするらしい。
――バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ……
僕たちは西部派に伝わる出陣の儀式でお見送りだ。遠征というのは各領の騎士や領軍が集まって、毎年夏に行われている魔物狩りのことである。
アーカン王国の西側には魔物の領域と呼ばれる地域が広がっている。土地の有する魔力が高くて魔物が多く集まる場所だ。この地方では東の海沿いは土地の魔力が低く、内陸部に行くにしたがって魔力が高くなる傾向にある。
魔力の高い土地は植物の成長が早く、また魔力の低い土地には見られない珍しい植物も多い。強い魔物ほど魔力の高い土地に棲みたがるものらしく、魔物の領域の奥深くにはドラゴンたちが棲む場所があると言われている。つまり、あまり強くない魔物たちは、魔力の高い土地に棲むドラゴンと魔力の低い土地を我が物としている人族の間で板挟みにされているわけだ。
魔物たちも一枚岩というわけではなく、普段は魔物の領域で各々縄張り争いをしている。ただ、数が増えて土地が狭く感じられるようになると、限られた土地を奪い合うより人族から土地を奪おうと考えだすらしい。
放っておくと群れを成して攻めてくるので、人族の土地に近い場所に棲む魔物たちをあらかじめ間引いておくのだ。
毎年行われる遠征は各領自由参加。数年に一回、王国の騎士団や国軍まで動員される大遠征が行われる。今年は大遠征に当たる年で強力な騎士団や国軍が一緒なのだけど、その分魔物の領域の奥深くまで侵攻するという。
ドクロワルさんはホンマニ領軍の司令部が置かれる要塞化された拠点内で治療に当たるという話だ。後から遠征実習の先輩たちも合流する。遠征実習にプロセルピーネ先生が同行するのは毎年のことで、もうホンマニ領の騎士団や領軍の上層部とは顔なじみらしい。
護衛を断られるようなことはないから安心しろと言っていた。
「またドクロワルだけなの……」
ドクロワルさんたちの姿が見えなくなったところで、見送りに来ていたムジヒダネさんが呟いた。自分も遠征に加わりたくてしょうがないようだ。もちろん先生に同行を願い出て、バカも休み休み言えと即却下されている。
「遠征に行きたければ……私の屍を超えていきなさい……アーレイでもいいけど……」
「アーレイでもいいのね……」
「次席っ。なに言っちゃってんのっ?」
次席があまりにも無責任なことを言いだした。僕を倒せば遠征に行ってもいいと言われた【ヴァイオレンス公爵】の瞳に殺気が宿る。ヤバイ……本当に殺る気だ。
「コケトリスで駆け回りながら弓や魔術を放ち……あの精霊までついているアーレイに……本当に勝てるのならね……」
「やめてよっ。ムジヒダネさんを挑発しないでよっ」
そりゃコケトリスに弓を使っていいなら僕にも戦いようはあるけど、そんな試合やる気はないよっ。
「確かにムジヒダネ嬢は自分に合わせてくれない相手との戦いを知っておいた方がいいだろうね」
常識人だと思っていた【皇帝】まで勝手なことを言いだした。やっぱり脳筋の西部派なのかっ?
「試合場は魔導院内にある採集の森全域……使い魔も騎獣も術式に武装も制限なし……己の浅はかさを思い知ればいいわ……」
「その条件はアーレイに有利過ぎるんじゃないかい? ハンデを付けないとムジヒダネ嬢がかわいそうだよ」
次席と【皇帝】がふたりだけでドンドン話を進めていく。ムジヒダネさんは……
ダメだ。完全にふたりの挑発に乗せられて殺る気マンマンでいる。
「プロセルピーネ先生が不在の時にそんな危ない試合やらないよっ。ムジヒダネさんも乗せられないでっ。これは罠だよっ」
弓なんて使って変なところに矢が刺さったらどうするつもりだ。他の軍医の先生は魔導院に残っているとはいえ、急所にブスリといったら命は助かっても後遺症なんかが残りかねないぞ。
「罠……つまりアーレイは、確実に私に勝てる気でいるのね……」
だあぁぁぁ。【ヴァイオレンス公爵】はどこまでも脳筋だった。「罠ならば踏み破るまで」と闘志を漲らせている。また、わざと負けるか……
いや、それでは脳筋ズが遠征に出かけてしまう。そして、二度と戻ってこないだろう……
「じゃあ、こうしようよっ。コケトリスで逃げる僕を時間内に捕まえたら勝ちってことで……」
相手に致命傷を負わせかねない試合などするつもりはない。確実に僕が勝てて、怪我人を出すこともないルールに変更させてしまう。
場所は訓練場で、使っていい術式と武装は騎士課程の競技で許されている範囲まで。網やロープに鏃を木球にすれば矢も使えることにした。試合時間は四半刻。15分以内に僕をイリーガルピッチから引きずり降ろすことができればムジヒダネさんの勝ちとする。
「僕とイリーガルピッチにムジヒダネさんひとりでは不公平だから、ヘルネストも入っていいよ」
「いいのか?」
「コケトリスは仮にも魔獣だし、僕から攻撃しないとは言ってないよ。許嫁をひとりで戦わせたいならそれでもいいけどね……」
イリーガルピッチに人を襲わせる気なんてないけど、ことさら悪い笑みを浮かべて見せる。案の定、ヘルネストが参加することになった。
相変わらず迂闊な奴め……
準備に時間が必要だろうと試合はお昼を挟んだ午後からとすれば、脳筋ズはさっそく魔導器なんかをかき集めにいく。これといった準備もなく、イリーガルピッチを連れてくればいいだけの僕はゆったりとお昼ご飯だ。
次席はやることがあると姿を消してしまい、クセーラさんと【皇帝】が一緒に食堂に来た。
「伯爵、本当に勝てるの?」
クセーラさんが心配そうに尋ねてくるけど問題ない。
「勝てないからといって、僕は勝負から逃げたりはしないよ」
「実にうさん臭いキメ顔だね。僕にはわかってるよ。相手に有利になると思わせて、自分に都合のいいルールを飲ませたろう?」
さすがに頭脳派の【皇帝】は騙されてくれなかった。
「えっ、そうなのっ?」
「ヘルネストのこともそうだ。自分から言いだすことで、他の人が加わらないようちゃっかり指名したのさ」
「ムジヒダネさんを煽ったのは君と次席なんだから、邪魔しないでよねっ」
「わかってる。でも、この役目はアーレイにしかできないんだ」
僕がジト目で睨むと、【皇帝】は次席の狙いを語ってくれた。
ムジヒダネさんは確かに強いけど、それは対等な条件の下で戦う武芸者としての強さだ。人族と魔物はそもそも生き物として対等ではないのだから、彼女と同じ土俵に上がってきてくれる魔物などいない。
遠征とはわざわざ魔物の土俵に足を踏み入れる行為だから、対等どころか最初から不利な条件を強いられる。人族より弱いはずのゴブリンだって、【ヴァイオレンス公爵】を倒すことは可能なのだと思い知らせたかったらしい。
「公平な試合でどちらが強いなんて考えている内は、遠征どころか街の外にも出せないってさ」
「まるでお母さんだね……」
まあいいけどね。試合開始後、一瞬で捕まらない限り僕の勝ちは確定だ。そして、あのふたりはきっと馬に乗ってくるだろう。
彼らの騎乗技術では機敏な動作はさせられないというのに……
「タルトは見学でいいよね?」
「わかっているのですよ。下僕もなかなかに意地悪ではありませんか」
「いえいえ、【忍び寄るいたずら】様ほどではございません」
タルトは僕が何をする気なのかわかっているようだ。自分の下僕に相応しいと悪代官のように笑うので、ついついお約束の返しをしてしまった。
イリーガルピッチを連れて訓練場に行くと、なんだか妙に観客が多い。なんだろうと人が集まっているところを覗いてみたら、次席が胴元になって賭けが行われていた。
やることってこれかよっ?
アーカン王国ではこういった場でちょっとした賭け事をするのは珍しくない。成績に関係する運動会や競技会では八百長がないよう禁止されているけどね。
どれどれ配当は……どちらが勝っても倍の払い戻しで固定みたいだ……
賭けを受け付けている次席の隣では、ムジヒダネさんがインタビューに答えていた。わざと負けるんじゃないかと疑って、「誰にものを言っている?」とバグジードが睨まれている。【ヴァイオレンス公爵】がわざと負けるなんてあり得ない。そのことを知っている同級生たちは、こぞって脳筋ズの勝利に賭けていた。
次席め……これってノミ行為じゃないのか?
思ったとおり、脳筋ズは馬を連れてきていた。限られたスペースで2対1の追いかけっこ。パッと見、脳筋ズが有利に思えるだろう。意気込み充分なムジヒダネさんを受け付けの隣に立たせているのも、脳筋ズに多く賭けさせようという次席の罠だ。
配当は固定なので、人気の薄い僕が勝った場合には配当金を支払っても次席の手元にはお金が残る。人気に差が付くほどその額は膨れ上がるだろう。
それを全部、自分のポケットに入れてしまう気か……
飼育サークルから馬とコケトリスを引っ張ってきたので、話を聞きつけたサークルの先輩たちも連れ立ってやってきた。サンダース先輩は難しい顔をして予想している。
「モチカ、アーレイ君に全部」
「了解しました」
うおぅ。首席は即決でオールインしてきた……
首席も次席も、僕が負けることを考えないのか?
「レデース、エーンド、ジェントルメーン」
司会進行は【皇帝】のようだ。ルールの説明と選手の紹介が行われ、僕たちが開始位置につくと観客席から歓声が湧きたつ。
訓練場全体を使うので脳筋ズとは25メートルは離れている。なにやら網を射出する魔導器や投げ縄まで用意したみたいだけど、残念ながら使う間もなく勝負は決するだろう。
もう、僕の勝ちだ。
試合開始の花火が鳴らされ、僕を左右から挟みこもうと脳筋ズたちが馬の腹を蹴ってトロトロと動き出した。飼育サークルの先輩のように止まった状態から跳ねるように駈歩に入れられず、常歩、速歩とシフトアップさせなければ馬を駆けさせられない。
それでは遅いっ。遅すぎるっ!
脳筋ズの馬たちがようやく駈歩に移ったころ、僕を乗せたイリーガルピッチは地上10メートルの上空にいた。コケトリスは飛べないけど跳躍力には優れていて、羽ばたき大ジャンプで6メートルくらいの高さまで一気に上がれる。平屋建ての獣舎を飛び越えることなど朝飯前だ。
そして、ジャンプの頂点で足元に『ヴィヴィアナロック』の水の壁を作り出して足場にした。タルトが湖の上を歩いたときに思いついたコケトリスでの空中散歩。イリーガルピッチにはもう教え込んである。
ポカンと口を開けて僕たちを見上げる脳筋ズを尻目に、そのままポンポンと跳ねさせて地上から20メートルを超えたあたりで静止させた。この高さでは網や投げ縄は届かない。魔術や弓で狙っても、下からでは全部水の壁に弾かれる。『ヴィヴィアナロック』は相手に傷を負わせることのない拘束の術式だから、もちろん術式の制限に引っかかることもない。
後は時間が過ぎていくのを待つだけだ。
「卑怯者っ。降りて来なさいっ!」
ムジヒダネさんが怒っているけど、魔物との戦いにルールなどなく、卑怯だなどと言うのは負け犬の遠吠えでしかない。相手は自分と同じ場所に立ってはくれないのだ。
それを思い知らせろというのだから、文字どおり違う場所に立ったまま勝たせてもらおう。
エサが落っこちてくるのを待つサメのように、グルグルと僕の真下を周る脳筋ズ。何とも言えない間の抜けた時間が過ぎて、試合終了を知らせる花火が鳴らされた。
「よくやったのです。さすがはわたくしの下僕なのですよ」
タルトはこれまでになくご満悦だ。相手を引っかけて、目の前にいるのに手も足も出させずに歯噛みさせるとは、それでこそ自分の下僕だと小躍りして喜んでいる。
性格悪いなコイツ……
「清々しいまでの……無様な負けっぷりだわ……なにか言うことがあって……」
ムジヒダネさんは、何だこのザマはと次席からお説教中である。
「あ、あんなやり方、卑怯だわ……」
「試合の条件にはあなたも同意した……なにも卑怯ではないわ……」
「でも、手の内を隠して勝てるとわかっているルールに変えるなんて……」
ムジヒダネさんは手の内を隠してと言うけど、『ヴィヴィアナロック』のことは脳筋ズも知らないわけではない。僕は隠し玉なんて使っちゃいないぞ。
「最初の条件であれば……勝てていたとでも……寝言は寝てから言うものだわ……」
「森の中でロゥリング族を相手に戦う算段がついているというのなら、ぜひともご教示願いたいね。僕には思いつかない」
森の中をコケトリスで縦横無尽に駆けまわり、魔力による探知で相手の居場所を突き止めて、アウトレンジから一方的に攻撃を仕掛けてくる。そんな相手に勝つ方法があるのなら教えてくれと【皇帝】に追及されて、ムジヒダネさんは返答に窮した。
「相手を分析し戦況を予測すれば……結果は目に見えていた……あなたの一番の過ちは……アーレイを相手に選んだこと……」
倒すのは僕ではなく自分でも良かった。最初からその選択肢は提示されていた。僕を相手にするのでもいいという提案自体が引っかけだ。
自分を相手に、クスリナのテリトリーに踏み込まないように立ち回るのであればまだ安心できた。安易に僕を選ぶようでは、遠征など死にに行くのも同然だと次席は容赦がない。
「発芽の精霊を相手にしては……」
「ムジヒダネ嬢が次席の精霊を苦手にしてるのは知っているけどね。アーレイは機動力、索敵範囲、攻撃射程でクスリナを上回る難敵だよ」
だからこそ次席は僕を引っかけに使った。苦手な発芽の精霊の方がまだ戦いようがあると、冷静に分析できるかどうか。強さではなく判断力を試したのだと【皇帝】が明かす。
「対等な条件で結果の見えない戦いなんて……競技の中でしかあり得ない……魔物は卑怯で汚いものよ……」
自分が負ける要素はとことん排除し、勝てると確信したときしか姿を現さない。僕がしたように、絶対に勝てる条件の下で戦いを仕掛けてくるのが当たり前。
正体も能力も割れている同級生を相手に「卑怯だ」などと口にする者が魔物を相手にしようだなんて、おへそで油が煮えるわと次席が笑う。
「アーレイに感謝することね……あなたが怪我を負わなくて済むように……ルールを変えてくれたのだから……」
次席は大怪我のひとつも負わせて、身に染みてわからせるつもりだったと語った。自分のように大切な人の左腕を代償とするよりマシだろうと……
ムジヒダネさんは賭けで儲けて首席たちとフィーバーしているクセーラさんに目を向けて、それ以上なにも言わなくなった。
「ヘルネストも迂闊だよ。アーレイが飛行可能な騎獣や使い魔を持っていない君を指名したのだと気付かないなんて」
僕の作戦を台無しにしてしまうのは、サンダース先輩、蜜の精霊、巻きつく精霊、バグジードのヒハキワイバーンあたりだ。僕がイリーガルピッチを使うのだから、ムジヒダネさんにも相応のパートナーはいて然るべきだった。
許嫁という関係につけ込んで、ムジヒダネさんが先輩や首席を選択するチャンスを潰したのだと【皇帝】がヘルネストに解説する。
「モロニダス……俺をハメたのか……」
「なに? まさか勝負で手を抜いて欲しかったわけ? ムジヒダネの一族である君が?」
僕がいかにも驚愕したように尋ねれば、ヘルネストは言葉を失い口をパクパクさせた。相手に手心を加えてくれと頼むくらいなら舌を噛むという、実に脳筋らしい考えを持っているから、こう言っておけば文句も出ない。
「くっ。まさかあんな手が……僕が参加していれば……」
脳筋ズに賭けたらしいサンダース先輩が項垂れていた。
「先輩は知らなかったっけ……」
「負けるつもりでしたら、アーレイ君がコケトリスを使うはずありませんのに……」
コケトリスでの空中散歩を知っていたシュセンドゥ先輩と、僕がイリーガルピッチを連れ出したのは勝算があるからだと見抜いたクゲナンデス先輩が笑っている。ふたりとも賭けで儲けたようだ。
「首席はずいぶんと豪快に賭けてたね」
「抜け目のないクサンサさんが胴元で損を出すなんて考えられませんもの」
あの次席があえて損を被るとは思えない。ムジヒダネさんを使って一方に人気が偏るように誘導しているのを見て、首席は即座に逆張りと決めたそうだ。
飼育サークルの綺麗どころ3人衆は儲かったのでお茶にしましょうと僕とタルトをお招きしてくれる。
「クゲナンデス……おぉぉ……」
有り金をすべて失い仲間外れにされてしまったサンダース先輩の怨念が、いつまでも僕の背中に突き刺さっていた。




