55 始まる夏休み
春の競技会も終わり7月に入ると、新入生と僕たち2年生は夏学期という名の夏休みに突入する。3年生になると7月にサバイバル実習があり、専門課程になると8月に遠征実習があるので、丸々ふた月もお休みなのは今年で最後だ。
再生鉄計画もクセーラさんに気取られることなく進んでいる。タルトが競技会の大観衆の中からクセーラさんの居場所をピタリと言い当て、次席がいかにも最初から試合を見ていたかの如くチームサンダースに対する愚痴を吐きまくったおかげだろう。
最近は日射しも強さを増し暑くなってきたので、今日はヴィヴィアナ湖畔にある砂浜で湖水浴と洒落込むことにした。僕たちは湖水浴なんていつでもできるけど、ドクロワルさんは治療士に必要な経験を積むため、プロセルピーネ先生と遠征に出かける予定になっている。出発は明後日で秋学期が始まるまで魔導院には戻ってこないらしい。
今日という日を逃したら、ドクロワルさんの水着姿を拝む機会は来年になってしまう。
「さっさと竃の用意をするのです」
早く竃を仕上げろとタルトがせっついてくる。食事は砂浜でバーベキューということになったので、僕とヘルネストは竃が出来上がるまでは遊ばせてもらえない。
「こんなんでいいんじゃないか。網乗っけてみてくれ」
鋼で出来た3歳児を丸焼きにできそうなほどでっかい焼き網をヨッコラショと乗っける。再生鉄を使って試作した焼き網だ。一号ドワーフ鋼相当の軟らかい鋼になってしまったので、バネにするには向かなかった。
出来上がった竃にシルヒメさんのチェックが入る。焼き網は傾いていないし、シルヒメさんが押してもグラグラすることもない。
「――――」
「これならばギリギリ許せると言っているのです」
使い捨ての竃だというのにシルキーは厳しい。一度、やり直しを言い渡されており、出来上がった竃の隣にはダメ出しされた竃の残骸があった。
シルヒメさんの水着は用意できなかったけど、今日は僕の仕立てたノースリーブのミニというコスプレメイド服を着てくれている。指を覆う部分がないのに手袋だという肘の上まである白い長手袋をつけていて、剥き出しになった肩から二の腕が艶めかしい。脚は白いストッキングに覆われていて露出している部分はない。
田西宿実の時代から僕は絶対領域否定派である。
タルトが身に着けているのは胸元と腰回りにフリルの付いた黄色いワンピースの水着だ。オムツのままで充分じゃないかと思ったけど、3歳児パンチを喰らって新たに買わされた。
「さっそく泳ぎに行くのです。下僕には浮き輪を引っぱらせてあげるのです」
タルトの奴は浮き輪なんて持っていやがった。素材はシャンプーハットに使われていた海棲巨竜の水掻きのようだ。
「伯爵ぅ~。助けてよ~ぅ」
次席の罠に引っかかり、砂浜に埋められてしまったクセーラさんが助けを求めてきた。砂に埋められるだけかと思っていたら、発芽の精霊がこっそり植物の根っこを張り巡らせていたらしく、ガッチリと取り押さえられて腕も脚も動かせないそうだ。
「鋼を欲しがらないって……約束したら出してあげるわ……」
タルトと同じフリル付き水着を着た次席がクセーラさんを説得していた。発芽の精霊も同じデザインの水着だ。色は発芽の精霊がライトグリーン。次席は薄紫色である。
「やだよっ。青銅や真鍮と鋼の間には超えられない壁が存在するんだよっ」
鋼のゴーレムはただ鋼というだけでゴーレムを超越した存在に成り得るのだとクセーラさんが熱弁を振るう。気持ちはわからなくもない。真鍮のゴーレムなんて「ふ~ん」て感じだけど、鋼のゴーレムと言われるとそれだけで強そうに感じる。
「クセーラ……ノコギリ挽きというのを知っているかしら……」
「なにっ? その竹で作ったノコギリはなんなのっ?」
次席が竹製ノコギリをクセーラさんの首を挟むように突き立てた。クセーラさんの悲鳴は聞こえなかったことにしよう。辺りを見回せば砂浜だというのにポツポツと植物が芽を出している。
ここはすでに発芽の精霊のテリトリーだ。逆らったら僕まで埋められてしまう。
「我が甥よ――」
肩紐のない真っ赤なワンピース水着で浜辺に寝転んでいたプロセルピーネ先生が声をかけてきた。アラフォーとは思えない派手な水着だ。
「――おつまみの枝豆はまだかえ?」
「今、シルヒメさんが火を起こしているところです」
白いビキニのリアリィ先生にギンギラギンのシルバーのハイレグワンピース水着を着たモチカさんと一緒に、午前中だというのにもうお酒を飲み始めている。
「アーレイ君。場所が決まっているんですから、竃くらいあらかじめ準備しておくものですよ」
「ほんっとうに……最近の男は気が利かないんですから……」
酔っぱらいどもが段取りが悪いとブーブー文句をつけてくる。自分たちはお酒飲んでゴロゴロしてるだけのくせに……
「そんなナンパ待ちみたいな格好しても、ここには生徒しかいませんよっ」
つい口走ってしまい後悔した。空気が凍り付き殺気が膨れ上がる。突き刺さるような視線を向けられて後ずさりしようとしたけど足が動かない。
「キャッチ」
いつの間にか右足に巻きつく精霊が絡みついていた。モチカさんに引っ張られて引き摺り倒される。
「メル……年長者に対する暴言の罪は?」
「モチカ……浜で人を裁くときは吊るし斬りと決まっているでしょう」
罪人を吊るした状態でお腹がゴボゴボになるまでお酒を飲ませ、意識が混濁したところで断罪する刑罰だとリアリィ先生が解説してくれる。絶対に嘘だ。
「違うよっ。吊るし切りはアンコウの捌き方で、人を裁く方法じゃないよっ!」
「勉強が足りませんね。大昔は船でやってくる侵略者のことを暗寇と呼んでいたのです」
海沿いの領に伝わるキモイ顔の魚をおろす方法なんかは、捕らえた暗寇を見せしめとして吊るし斬りにしたことが元になっているのだと、チッチッチと人差し指を振りながらリアリィ先生が物知り顔で語る。
「ターワ・ゴゥトの書にそのような記載があります。アーレイ君も特待生になれば閲覧が許されますよ」
高等研究棟の図書室に納められている千年も昔に書かれた古い文献だそうだ。
ターワ・ゴゥトって……たわ言だろう。きっと、でっち上げの偽書に違いない。そんなものを後生大事にしてるなんて、魔導院は大丈夫なのか?
「吊るし解剖なら任せなさいよ。肝を全部取り出した後、ちゃんと元通りにしてあげるから」
「だめぇぇぇぇ!」
プロセルピーネ先生がヤバイ笑みを浮かべている。絶対に元通りにはならない。こっそり他の生き物の内臓を混ぜるに決まっている。
「下僕はわたくしと遊ぶのです。ビッチどもにはウカツ男をあげるのです」
「おいっ。チミッ子っ?」
タルトが人差し指でツンと突っつくと、僕の足を拘束していた巻きつく精霊が離れる。
「ペッ……こんな出来損ないのワーナビーみたいな脳筋、持参金付きでもお断りですよ」
「勉強をしない生徒にかまっていられるほど、先生は暇じゃありません」
ヘルネストを差し出されたモチカさんとリアリィ先生はそっぽを向いてお酒を飲み始めた。
「ひでぇ……それが年長者の態度かよ……」
酔っぱらいに捕まって、お腹の中にザリガニの内臓を仕込まれては堪らないのでさっさと逃げ出す。波打ち際の少し先では、首席とドクロワルさんにムジヒダネさんが革袋に空気を入れて栓をした浮き袋に掴まって湖面を漂っていた。
「竃は出来上がりましたの?」
「ばっちり。シルヒメさんのオーケーももらったよ」
僕たちに気付いた首席が声をかけてきた。モチカさんと同じデザインのハイレグワンピース水着なのだけど、こちらはキンキラキンのゴールドだ。こんな水着を着ている人なんて、前世でも雑誌のグラビアでしか見たことない。運動会でのチアリーダーといい、首席は目立つのが好きなのだろうか。もうナンパを要求されているとしか思えない。
一方、ムジヒダネさんは競泳水着のような紺色のスポーティなタイプなのだけど……
「なにも胸にまで浮き袋を仕込まなくたって……」
「どうやら、アーレイは死にたいようね……」
「だから、やりすぎだと申し上げましたのに……」
ムジヒダネさんにオーバードクロワル級のおっぱいとかあり得ない。素ではタルト級のはずなのに、超ド級のリアリィ先生並に膨れ上がるまで詰め物を盛ってやがる。
「何を詰めたらそんなに……って、なにこれ硬いよっ」
「アーレイ……なにを触っているの……」
「なにって? 詰め物だけど?」
僕は女の子の胸なんて触っていない。これはただの詰め物だ。
「詰め物を触っても罪にはならないよね?」
確認のため、周りの人たちにも尋ねてみる。
「無罪ですわね」
「無罪だな」
「無罪ですね」
「無罪なのです」
ここにいる全員、これは詰め物だという認識だ。ムジヒダネさんは信じられないといった表情をしている。
「なんだ、訓練用の胸当てを布で巻いて仕込んでんのか。こんな時まで武装しなくっても……」
「詰め物じゃなくて、防具だったんですね」
「常在戦場の教えですか。武を誇るムジヒダネらしいですわね」
「ムジヒ女は用心が過ぎるのです」
ムジヒダネさんの胸をコンコンと叩いていたヘルネストが木製の防具を着けているのだと看破した。詰め物ではなく武装していたとは、さすが【ヴァイオレンス公爵】だと皆が納得する。
「ヘル君……違うの……いえ、違わないけど……」
おっぱいを大きく見せたかったのだとは言えないムジヒダネさんの呟きは、許嫁の耳には届かなかった。
「あ、あれっ。アーレイ君っ!」
皆が浮き袋に掴まってパシャパシャと泳いでいる中、タルトの浮き輪に結んである紐を引っ張って遊んであげていたら、突如としてドクロワルさんが素っ頓狂な声をあげた。ピンク色のホルターネックのワンピース水着がとてもよく似合っていてかわいい。
「アーレイ君は泳げるんですかっ?」
へっ……なんでそんなに驚くの?
「急にどうなさったのです?」
「だって、アーレイ君ですよっ。この深さじゃ沈んじゃいますよっ」
「……確かにここはアーレイの身長より深いわ」
ここの水深はドクロワルさんの首の辺りまである。首席とムジヒダネさんなら肩が出るくらいだし、ヘルネストなら胸の辺りに水面がくる溺れる心配のないごく浅い場所だ。僕の身長では沈んでしまうけどね。
「モロニダス……お前、足着いてないのか? 浮いてんのか?」
「ヘルネスト……人は浮くものだよ……」
なんだコイツ? もしかしてカナヅチなのか?
「死体は沈むわ……試してみる?」
ムジヒダネさんが腕をゴキゴキ鳴らしながら近づいてきた。謹んでご遠慮させていただきます。
「山ばっかりのドワーフ国で育ったアーレイ君が、どこで泳ぎなんて覚えましたの?」
首席に尋ねられて気が付いた。ドワーフ国には泳ぐ場所なんてなかった。川はあるけど、大きな石がゴロゴロしている渓流ばっかりだ。知識として海があるのは知っているけど、僕はまだこの世界の海を目にしたことがない。
やっちまった。僕が泳ぎ方を知っているのはあまりにも不自然だ。前世知識ですと正直に言うわけにもいかない。
「えっと……ドワーフの洞窟の奥深くには大きな水溜りがあってね……」
「あら、もしかして地底湖がありますの?」
「素敵ですね。どんな場所なんですか?」
「あ~、不思議な色をした水が虹色に輝いて……」
嘘を言っているわけじゃない。確かに洞窟の底に水溜りは存在する。いろんな重金属や薬品が混ざり合って何とも言えない色になり、表面に浮いた油膜が虹色に光を反射する工業廃液の水溜りが……
幻想的な光景を想像してため息を吐いている首席やドクロワルさんには悪いけど、僕が地底湖で泳いでいたのだと勘違いしてもらおう。
首席から教えてもらったところ、泳法なんて海か河口に近い大河のある領の漁師しか覚えないのだそうだ。海のない北部派や西部派の領では、浮き袋に掴まって川を渡る訓練がせいぜいらしい。
南部派には海に面した領もあるのだけど、ドクロワル男爵領は内陸部にあって泳げる人などいないという。ここぞとばかりにドクロワルさんに泳ぎ方を教えてあげると提案した。
「本当に浮き袋なしで水に浮くんですか?」
仰向けになってプカプカ浮いて人は浮くものだと説明しても、ドクロワルさんはなかなか信じてくれなかった。人が水に浮くのなら溺れる人などいないはずで、僕が浮くのはロゥリング族が小さくて軽いからではないかと疑っている。
泳ぎ方を覚えるのにもあまり前向きではないようだし、もうひと押し必要だな……
「脂身は水より軽いから、ドクロワルさんが浮かないはずはないんだよ」
「アーレイ君……なにが言いたいんですか……」
殺気を纏ったドクロワルさんが僕を捕まえようとするけど、水に潜って足の着かない場所にまで逃げてしまった僕を追ってくることができない。逃げるなんて卑怯だと、バチャバチャ怒りを水面に叩きつけている。
「泳ぎは全身運動だからダイエットにも効果的なんだけど……」
「意地悪を言ってないで早く教えてくださいっ」
クックック……計算どおりだ。これで沈みそうになれば、ドクロワルさんは焦って僕に抱き着いてくるに違いない。
「ちゃ、ちゃんと支えていてくださいっ」
ドクロワルさんを仰向けの状態で水に浮かせる。僕が支えている肩のところに寄りかかろうとするので、少し腕の力を抜いて沈ませると慌てて手足をバタバタさせて暴れ出した。
「暴れると沈むよ。どこかを支えにするんじゃなくて、力を抜いて大の字に寝っ転がれば自然に浮くから」
「こっ、こうですか……」
ヂュフフフ……水着姿のドクロワルさんが僕の目の前で無防備に浮かんでいる。
柔らかそうに見えて弛みのない絶妙のポチャ具合……
プッカリと水面から頭を覗かせる零れ落ちそうなおっぱい……
日差しを浴びて真っ白に煌めく色の薄い肌……
見栄を張って小さいサイズにした水着がピッチリと体に張り付いて……
もうヤバイ。いろいろ最高だ。ハナヂデソウ……
「アーレイ君、なにを考えてるんですか?」
「ドクロワルさんのお腹が柔らかくて気持ちよさそうだなって……」
――って、何を正直に答えてるんだ僕はっ!
「ど、どこを見ているんですかっ」
ドクロワルさんがお腹を押さえて慌てて身を起こそうとした。急に身体をひねられたので、首の後ろで結ばれていた水着の紐が僕の指に絡んで引っ張られる。
両手でお腹を隠して立ち上がったドクロワルさんの胸から、水着がハラリと落ちた……
「――――!」
ドクロワルさんが声にならない悲鳴を上げる。だけど、この決定的瞬間に僕の目に映ったのは――
「やっぱり、ブタさんかぁ……」
――安定のブタさんだった。そして、ドクロワルさんの体から渦を巻くような激しい殺気が立ち昇る。
「ブタさん……。そうですか……わたしはブタさんですか……」
水着を直したドクロワルさんが、感情の籠らない声で呟きながら僕の方を振り返った。真っ暗なはずのドクロお面の眼窩の奥に赤い光が灯っている。
「じ、事故だよ……そんなに怒らなくっても……」
「女の子にブタさんなんて、あまりにも失礼ですわよ」
「ドクロワルをメス豚呼ばわりとは、ゴブリング族の勇者は言うことが違うわ……」
しまったぁぁぁ――――!
ブタさんの存在を知っているのは紅薔薇寮生だけだった。ドクロワルさんは自分をブタさんと呼ばれたと勘違いしているのかっ。
……これはヤバイ。超特大の地雷を踏み抜いてしまったぞ。
「ちょ……ちょっとバーベキューの用意が出来たか見てこようかなっ」
適当な理由をでっち上げてこの場を去ろうとしたけど、首席とムジヒダネさんに取り押さえられる。
「アーレイ君。逃げようたってそうはいきませんわよ」
「魔神の怒りを鎮めるには、生贄が必要だわ……」
恐怖に震える僕の肩に、真っ白な死神の手がかけられた。




