533 ど田舎のリゾート
「こっ、これは凍乳ではありませんかっ」
朝、目が覚めたところで昨晩セットしておいた鍋を確認したところ、ゴーレム腕は魔力切れで停止してミルクはシャーベットのような状態になっていた。ワロスイーツ伯爵家のアイスクリームには遠く及ばないものの、ソフトクリームを名乗っても差し支えない出来栄えだ。発狂したタルトが早く食べさせろと僕のお尻に3歳児百裂拳を叩き込んでくる。オムツを着けているので秘肛を突かれる心配はない。
「どうしてワロスイーツ家の秘匿技術をモロリーヌさんが存じてございますのっ?」
「多分、これに改良を重ねて完成させたものがワロスイーツ家の秘伝なんだろうね。さすがにそこまでは僕の手に負えないかな」
いつの間に技術を盗みやがったと、空の器を差し出しながら問い質してくる首席。盗んだのではなく、おそらくこんな感じだろうとマネしてみたら中途半端なものが出来上がっただけだとお玉でソフトクリームを盛りつけてあげる。我慢しきれなくなった蜜の精霊にちょうだい、ちょうだいとおねだりされて首席はすっかり上機嫌だ。
この場所は寒いので、みんなの分を器に盛って食堂へ向かう。到着してみれば、ドクロワルさんと次席がどうしてふたりしかいないのだと不思議そうにしていた。精霊たちがご馳走を手にしているのを見つけて、今度はなんだと寄ってくる。
「やっぱり下僕は隠し事をしていたのです。わたくしの目は間違っていなかったのです」
「ワロスイーツ家の秘匿技術をこうも易々と模倣するとは……」
融けてしまわないうちに楽しもうと、みんなでソフトクリームをモグモグする。僕がロリヴァとは別の腹案を隠していると見抜いたタルトはすっかり得意顔だ。膝の上に腰かけさせスプーンで口へ運んでやれば、ご主人様の目をごまかせるなんて考えるなとドッシン、ドッシンお尻を叩きつけてきた。これは充分、ワロスイーツ家のアイスクリームに張り合えるのではないかとモチカさんが難しい顔をしていたので、あっちの方が完成形でこれはその前段階のものなのだと説明しておく。
「すっきりとして甘さが控えめですから太る心配はなさそうですね」
あんまし甘くないから安心とすっかり油断しているのはドクロワルさんだ。冷たくすると甘さを感じにくくなるため、水だけ通す濾し器で水分を抜いた後、代わりに精霊の蜜を足して甘味付けしている。僕としては甘過ぎないか心配になるくらい蜜をぶち込んだものの、それでもソフトクリームにしたら控えめな甘さになってしまった。それはもう田西宿実の世界でアイスクリームは乳製品に分類されていたけど、実は砂糖菓子だったのではないかと疑問に思えてくるレベルだ。こんなものを食べて太らないわけがない。
ロゥリング族には関係ないけど……
「器がひとつ……余っているわね……誰の分かしら……」
そして、ちゃんと人数分用意したにもかかわらず手のつけられていない器がひとつだけ残されていた。食べていないのは誰だと辺りを見回す次席。ミステリーの気配を感じる。迷探偵モーロック・オームツの出番だろうか。
「融けてしまう前にわたくしがやっつけてあげるのです」
ひとつだけ食べられないままなのはかわいそうだと、誰のものかわからない器へ手を伸ばすタルト。どこまでも卑しい3歳児だ。とはいえ、余りものとして廃棄するのはもったいない。おかわりが欲しいというなら、それもよいだろう。
「この、思いもよらなかったご馳走を出してくるのが下僕のよいところなのです」
おかわりのソフトクリームを食べさせてやれば、【忍び寄るいたずら】様はすっかり上機嫌になって素晴らしいいたずらであると僕を褒めたたえた。いたずらとは相手の期待を裏切ること。それは必ずしも悪い方向に限った話ではなく、予想を上回るサプライズだって立派ないたずらだと語る。そんな深い意図はない。たまたま牧場に来たので試してみただけなものの、タルトが喜んでくれたなら結果オーライだ。
「これを赤ちゃんにも食べさせてあげたいのです」
「お腹を冷やしちゃうからダメだよ。ロリヴァにしておこう」
コロリーヌにも作ってやれとタルトが言い張ったものの、お腹がビックリしたら大変なので却下だ。ソフトクリームで冷えた身体を温めるためホットミルクを作る。冷たいものの後の温かいものは最高だぜぃとみんなしてクピクピやっていたところ、食堂の扉が開かれてあくびを噛み殺しながらクセーラさんが入ってきた。
「あはよ~。私にもあったかいのちょ~だ~い……」
なんだかひとり足りないような気はしていたけど、謎は解けた。目をショボショボさせながらクセーラさんがテーブルに着く。ホットミルクをカップに注いで渡してあげれば、口でフゥフゥしながらチビチビ飲み始める。まだ脳みそに栄養が回ってないようだ。気づかれないうちにソフトクリームの器を片付けてしまおう。
「ねぇ~、夜に伯爵が作ってたのはどうなっ……はっ、その器はなにっ?」
残念ながら手遅れだった模様。ホットミルクではない空っぽの器があることに気づいたクセーラさんが、自分ひとりを仲間外れにして何を食べたと問い質してきた。
「ワロスイーツ家の冷菓をマネしてみたんだけど、再現にはほど遠い失敗作だったよ」
ギャウーと睨みつけてくるクセーラさんには、カチカチに固まってなくてすぐに融けてしまいそうだったので、急いでやっつけてしまったのだと説明しておく。嘘は言っていない。味に言及していないだけで、すべて事実だ。ジロジロと真相を解明しようとするオムツ探偵のような目つきでテーブルの上を見回す正義の乙女。その視線が、僕の前で3段重ねにされている器で止められる。
「この重ねられてる器はなにっ? 食べちゃったんだねっ。伯爵が私の分まで食べちゃったんだねっ」
「おかわりしたのはタルトなんだ」
「タルちゃんがおかわりしたってことは、失敗作なんかじゃなかったってことじゃないっ」
騙そうとしやがったなとクセーラさんが拳をテーブルに叩きつける。酷い誤解だ。出来損ないでもそこそこ美味しかったというだけで、ワロスイーツ家の完成度には遠く及ばない。
「あれと比べるなら失敗作というのも頷けますわね。あくまで比較した場合の評価ですので、どちらを選ぶかと問われたらワロスイーツ家という話でございますけれど……」
「朝寝坊したクセーラが悪い……出遅れるクソビッチは貰いが少ないと……ことわざにもあるとおりよ……」
「ないよっ。そんなことわざっ!」
出来損ないの失敗作という評価も嘘ではないと、苦笑いしながら首席が形ばかりの擁護をしてくれる。おかわりは美味しかった証拠だとクセーラさんが怒りの声を上げたものの、ちゃんと起きてこなかった本人の責任だと次席に突っぱねられた。ビジネスシーンにおいて判断の遅れは致命的な損失を生む……という意味だと怪しげなことわざを披露されて、思いつきをでっち上げるなとドスドス足を踏み鳴らす。
「もうっ、もう残ってないのっ?」
ちょっぴりでも残っていないのかとクセーラさんに迫られたので、鍋とゴーレム腕が置いてある所へ戻ってみたものの、お日様が出て気温が上がってきたせいか融けて液状になってしまっていた。こんな時間に起きてきてもどの道食べられなかったのだから諦めるようお姉さんに言われ、その場にガックリと膝をつく。
「魔術でしっかり冷やし固めたわけじゃなくて、早朝の冷え込みを利用しただけだからね。融けるのが速いのは仕方ないよ」
「ぞんなあ゛ぁぁぁ……」
魔術式の冷凍庫でもあればよかったのだけど、ここでは常に新鮮な食材が手に入るし、オーナー様が手をつけなかった残りは牧場の従業員に振舞われるのが普通。そもそも食品を保存する機会がないので、このコテージには設置されていないそうだ。ゴーレム腕を貸したのにとクセーラさんが涙を流してオゥオゥ嘆くものの、融けてしまう前に起きてこなかった人はどうしようもない。
「はぐしゃぐぅぅぅ……」
「まぁ、精霊たちも喜んでたし機会があればまた作るから……」
のけ者にされたお寝坊さんがなんとかしてくれと視線で訴えてきたので、次の機会を待つよう言い渡す。その時は食べ損ねないよう、僕がこの手で叩き起こしてあげよう。
タンスカドンで……
お世話になった牧場を後にした僕たちは、東に見える山の尾根を目指して進む。尾根を越えた向こう側は、もうショタリアン家が管理する土地だそうな。耕作地や放牧地に囲まれていた道が、進んでいくうちに森の中を抜ける山道へと変わる。山肌に沿って尾根を回り込んだところで、ペドロリアン家のカントリーハウス周辺を一望できる場所に出た。
「こりゃまた、ご機嫌なところに館を構えたもんだね」
谷底に水が溜まっているのかあまり大きくはないものの湖があって、その北側にある高台のような場所に大きなお屋敷が見えた。モウヴィヴィアーナで例えるならヴィヴィアナ様の精霊殿が建てられている最高のポジションだ。高台の麓から湖の湖畔に沿って城下町のような集落が形成されていて、セレブがバカンスで訪れる避暑地といった趣がある。
「そうでございましょう。田舎っぷりではモウヴィヴィアーナにだって引けはとりませんわよ」
同じ田舎でも観光地化されているモウヴィヴィアーナと違って、こちらは本当のど田舎なのだとヒポリエッタの背で首席がふんぞり返る。確かにモウヴィヴィアーナが有名なリゾート都市なら、ここは石油王が自分のためだけに用意した秘密リゾートといったところだろう。国際救助隊の基地があっても僕は驚かない。
なだらかに下る道を湖畔の近くまで進めば、道の脇に畑や果樹園が目立ち始めた。これまで通り過ぎてきた大規模農場と違って、湖周辺の比較的傾斜の緩い土地で細々と栽培しているようだ。この辺りは農地として使える土地が少ないため林業が主力産業となっており、収穫物はほぼ集落内で消費されるのだと首席が教えてくれた。
湖畔の集落に到着すると、なんだか見慣れない騎獣と鉄のバケモノを連れた怪しい連中が来たぞと住民の人たちが集まってくる。もっとも、ヒッポグリフで先頭を進むのが首席であると判明した途端、姫様が戻ってらっしゃったとお祭り騒ぎになっていた。ゾルディエッタちゃんは集落の人気者だったようで、おかえりなさいと皆が手を振ってくれる。
「できれば、明日1日はここに留まりたいのですけれど……」
「いいんじゃないかな。タルトも嫌だとは言わないと思うよ」
少しゆっくりしていかないかと提案してくる首席。彼女の思惑は容易に想像がつく。蜜の精霊が宿っていたという樹が近くにあるはずなので、様子を確認しておきたいのだろう。蜜がもらえなくなるとおやつのバリエーションが一気に絞られるから、食いしん坊の3歳児を丸め込むのも難しくないはずだ。
「この階段を上がっていくと礼拝堂へ出ます。玄関への道はこちらでございますわ」
首席と並んで集落の中を進んでいくと、カントリーハウスのある高台へ登る階段に突き当たった。これは集落の人たちが礼拝堂に向かうための階段で、馬車や騎獣はあっちだと脇にある坂道を首席が指さす。つづら折りの道をエッチラ、オッチラ登っていくとでっかい門があって、その前がちょっとした広場になっている。なんだか駐車場みたいだなと視線をグルリと巡らせた途端、視界に湖を一望する景色が飛び込んできた。
「今、人を呼びにやらせました。しばしの間、風景をお楽しみくださいまし」
門番の人はゾルディエッタ姫様がいらっしゃるなんて聞いておらず、独断で門を開けてしまうわけにもいかない。ここの管理人、すなわちショタリアン家の当主へ取次ぎをお願いしたので、しばらく風景でも眺めていようと広場の隅っこへ首席がヒポリエッタを進めていく。どうやら、この広場は展望台の役割を果たしていたようだ。両側から張り出す尾根に挟まれた湖を望むパノラマは悪くない。夕暮れ時にここでプロポーズするだけでトレンディドラマが出来上がりそうな気がする。
絶景かな、絶景かなと時間を忘れて風景を楽しんでいたところ、連絡がついたようで門が開かれ始めた。なんだか見覚えのある顔が手招きしている。本人は何もしていないのにちゃっかりおっぱいを手に入れた男、オムツレッドことコナカケイル氏も実家に戻ってきていたようだ。
「連絡もなくこちらに見えられるなんて、どういう風の吹き回しかな?」
「ホンマニ公爵様から面倒事を避けたければモウペドロリアーネには向かわないよう勧められましたの。モウホンマーニから、急遽ここへ立ち寄ることにいたしましたのよ」
ヨシヨシとヒポリエッタの首筋を撫でてやりながらコナカケイル氏が事情を問い質す。公爵様の忠告を受けて予定を変えたから連絡している暇がなかったと首席から説明を受けて、ペドロリアン侯爵が孫娘の帰りを首を長くして待っているはずだからちゃんと弁明しておくようにと笑っていた。ヒポリエッタの手綱を曳いて僕たちを敷地内へ招き入れ、獣舎まで案内してくれる。
騎獣たちを楽にしてやってからカントリーハウスの玄関ホールへと向かえば、使用人たちがズラリと並んでゾルディエッタ姫様をお待ちしていた。中央にいる紳士は初対面のはずなのだけど、どこか見覚えのある面構えをしている。偉人の肖像画かなにかでと考えたところで、歴史教本に載っていた稀代の名宰相によく似ていると思いあたった。おそらく、この紳士がここの管理人。ジャーチルの血を引くショタリアン家の当主なのだろう。
「もてなしの準備もさせてくださらないとは、ペドロリアンはいささか性急に過ぎるのではございませんか」
「急な事情でモウペドロリアーネには向かえなくなってしまいましたの」
「ほう、謀反でも起きましたかな。我らショタリアン以外にそのような不逞の輩がいたとは驚きを禁じ得ません」
いたずらを楽しんでいる3歳児みたいな笑みを浮かべながら、相変わらずせっかちだと主君の孫娘を迎える紳士。不測の事態が起きたため仕方なかったのだと告げられ、堂々と謀反を企んでいますと口にする。もっとも、首席は咎める素振りすらない。隙があったら寝首をかいちゃうぞというショタリアンに対して、できるもんならやってみろと態度で見せつけるペドロリアンというのが両家の関係のようだ。
「あれ……このメロディって……」
玄関ホールで互いに挨拶を交わしていると、聞き覚えのある旋律が礼拝堂の方から響いてきた。たどたどしい演奏ではあるものの、さんざん苦労して作り上げた曲を僕が聞き間違えるはずがない。
「コネーコが集落の子供たちに演奏を教えているところでして……」
「子供たちが集まっているのですか。行ってみるのです」




