531 裏道を抜けて
「それで、リアリィ先生たちの到着を待つおつもりでございますの?」
客間に案内されたところで、どうしてか僕の部屋にゾロゾロと首席たちが集まってきて、なし崩し的に作戦会議が始まった。どうするのだと僕にプランを尋ねてくる。
「下僕。わたくしは早く三輪車で一緒に遊びたいのですよ」
三輪車の乗り方を教えてあげるのだからグズグズするなと、ベッドの端に腰かけている僕の背中をユッサユッサ揺すぶってくるタルト。ベコーンたんや蜜の精霊もコロリーヌと早く遊びたいようで、急かすように僕のわき腹をドスドス攻撃してくる。王都へ向かう卒業生たちを待つなんて言ったら癇癪を爆発させるに違いない。
「いや、裏道をあたってみようかなと思う」
客間の部屋割りは首席とモチカさんでひと部屋、カリューア姉妹でひと部屋、僕とドクロワルさんはそれぞれ個室だ。ドクロワルさんと同室だったなら3歳児を丸め込む言い訳のひとつくらいひねり出すものの、一緒でないなら足を止める理由はない。都市間を結ぶ街道ではなく、農場や小さな集落をつなぐ農道をたどってモウペドロリアーネを迂回できるルートを探すつもりだと僕の考えを伝えておく。今回は車輪のついた乗り物がないから、道の悪さを考慮する必要がない。オケラゴーレムが悪路だってへっちゃらなことはサバイバル実習の時に証明されている。
「悪くないプランだわ……馬車を使っている連中は……私たちに追いつけない……」
僕の考えを耳にして、整備の行き届いていない道を進むことにも利点はあると次席が賛同してくれる。農作業にオケラゴーレムを利用しまくっている彼女は悪路走破性に自信があるのだろう。仮に追いかけてくる奴がいたとしても、スピードを上げてぶっちぎってしまえばそれまでよと自慢げにフンフン鼻を鳴らす。作ったのは自分だぞという妹の声は耳に届かないようだ。
「問題は細かい道まで載っている地図が見つかるかどうかなんだけど……」
「ペドロリアン家のカントリーハウスへ通じる道なら存じています。在学中は帰省する際によく利用しておりました」
懸念されるのは道に迷ってしまうこと。軽トラの機能をこれでもかとぶち込んだオケラゴーレムだけど、さすがにカーナビまでは再現できなかった。農作物や家畜を運搬するための農道は地理に明るい地元の人が使うことを前提としているので、標識なんて親切なものには期待できない。道がわからなきゃどうしようもないと告げたところ、実家があるカントリーハウスへの近道を知っているとモチカさんが申し出てくれた。お兄さんのコナカケイル氏から教えてもらったそうで、馬なら3日でたどり着けるという。
「珍しくモチカが役に立つようなことを――はっ!」
「一度も役に立ったことのないお嬢様に言われる筋合いはありませんっ」
リアリィ先生の手先になってばかりの侍女が初めて役に立ったと目を丸くする首席。サバイバル実習ではリタイヤ、昨年の遠征実習では命令違反を犯して檻車に入れられ、今年はまんまと僕に逃げられやがった役立たずが何を言っているとモチカさんがチョップを振り下ろす。もっとも、これは読まれていたようで首席のクロスさせた両腕にガッチリとガードされてしまった。おのれちょこざいなとふたりが手刀での鍔迫り合いを始める。
「明日の早朝にお城を出て裏道へ向かおう。夜会に興じているような人たちはまだ寝てるだろうからね」
王都における社交の場とは、すなわち夜会である。そんな場所に長居したがるのだから、おのずと夜更かしが習慣化しているに違いない。日が昇ってすぐお城を発てば、気づかれないうちにすり抜けてしまえるだろう。
「明日は早いからみんな早寝するように。寝坊した人は――」
集団行動を乱す輩には楽しい罰ゲームが用意してあるぞと一同を見渡す。
「――イボ汁を吸わせて叩き起こします」
「やめてよっ。目が覚めた時には部屋中がイボ汁煙で満たされてるかもなんて考えたら、逆に不安で眠れなくなっちゃうじゃないっ」
いつまでもグースカ寝てるお寝坊さんには枕元でクソビッチのおならを焚いてやると通告したところ、乙女はデリケートなのだから安眠を妨害するなとクセーラさんがベッドにバシバシ拳を叩きつけて猛抗議してきた。早起きに自信がないようだ。
「次席と一緒なんだから起こしてもらえば……」
「姉さんが起こしてくれるわけないでしょっ。こっそりクスリナと部屋から出ていく気マンマンだよっ」
ふたり部屋なんだから起こしてもらえと言ったものの、他人なんて信用できるかとクセーラさんは納得してくれない。あの顔を見てみろと双子のお姉さんを指差す。その先では次席が無言のまま、ニヤニヤと時代劇に登場する悪代官のような薄笑いを浮かべていた。彼女ならマジでやりかねないと感じさせるに充分な笑顔だ。自称デリケートなクソビッチが、意地悪しないで普通に起こしてくれとすがりついてくる。
「仕方ないね。じゃあ、代わりにタンスカドンで……」
「や゛めでぇぇぇ――――っ」
イボ汁は嫌だと言うから別の罰ゲームを用意してみたけど、やっぱりクセーラさんは納得いかない模様。どうしてより酷くなる方へいくのだと僕の肩をつかんでガクガク揺すぶってくる。寝ている隙に足の小指を痛くされるなんて、それこそ心配で寝付けなくなってしまう。寝不足のボケた頭でゴーレムを運転して人をはねたらどうするつもりだと、なぜか僕を問い質してきた。
「その時はもちろん、ゴーレムを操っていたクセーラさんを下手人でございますと領主様へ突き出すのが正しい行いだよね」
「全然、正しくないよっ。伯爵からは正義の欠片すら感じられないよっ」
極々当たり前の対応を口にしたところ、ふざけるなとクセーラさんは激高した。安全対策は未然防止を第一とすべし。そのような悲劇が起こらないよう操者の安眠を確保するのが正しい行いで、ことが起こる前から責任回避を考えている奴は心の汚れきったドブネズミだそうな。
「ひとりだけ逃げようったってそうはいかないからねっ。私もタルちゃんとおやすみするよっ」
「今日はドスコーイを抱っこしておやすみするのです」
タルトを巻き添えにはしないだろうと考えたのか、僕の部屋で一緒におやすみするぞと宣言するクセーラさん。今晩は一緒だと3歳児がうり坊を抱き上げる。まぁ、それで安心しておやすみできるなら、それもよかろう。とりあえずプランは定まった。
本日は公爵様の晩餐に招かれている。そろそろ時間だと食堂へ移動し、ディナーの席で明日の朝イチでお城を発つ予定であることを説明。馬車では追いつけないことまで計算済みなら問題なかろうとご了解をいただく。朝食ができあがる時間には出ていく予定なので、代わりとして晩御飯の残りをキープさせてもらった。道中の分としてシルビアさんが焼き菓子をどっちゃり渡してくれたので3歳児はニッコニコだ。
「ウヘヘヘ……タルちゃんはあったかいなぁ……」
「ちゃんとピッタリくっつくのですよ」
ディナーの後にお風呂をいただいたら、夜更かしせず明日に備えて就寝だ。モグラの着ぐるみパジャマに身を包んだクセーラさんが部屋にやってきて、ベコーンたんとタルトを抱えてベッドインする。冷めることのない湯たんぽ3歳児の温もりを感じて、あったかくて最高だと乙女に許されないレベルで表情を弛めていた。さっさとおやすみしようと、タルトとベコーンたんが真ん中になるよう布団に入る。
「寝ている間にいなくなったら許さないからねっ。ちゃんと私のことも起こすんだよっ」
見捨てたら許さんぞと、タルトとベコーンたんを挟んだ反対側に陣取った僕の腕をつかんでくるクセーラさん。どこまで他人を疑えば気がすむのだろう。正義を貫くのも大変だ。
「はいはい、さっさと寝るよ。ちゃんと起こしてあげるから――」
ヨチヨチと3歳児をあやしながらクセーラさんを安心させてやる。両脇が固められて満足したのか、タルトとベコーンさんは早々に寝息を立て始めた。僕もまぶたを閉じる。
「――タンスカドンで……」
「寝入り際に不安を煽るんじゃないよっ!」
目が覚めたのは東の空が白み始めるころだった。クセーラさんはまだおやすみ中のようだけど、タルトとベコーンたんはモゾモゾ動いている。どうやら、ガッチリ抱きしめられていて抜け出せないようだ。
「うひひひ……タルちゃ~ん、もう放さないよ~ぅ……」
「さっさと目を覚ますのです」
「もげらっ?」
しびれを切らしたタルトが鼻をつまんで寝坊助を叩き起こす。突然、息ができなくなったクセーラさんは妙な声をあげながら目を覚ました。どうして優しく起こせないのかとブーブー頬を膨らませていたものの、不満があるなら次からはタンスカドンにするとタルトに申し渡され、めっそうもございやせんと3歳児のご機嫌を取り始める。
キープしておいた晩御飯の残りでお腹を膨らませ、お寝坊さんはいないかと他の部屋へ確認に向かう。残念ながら、全員きっちり目を覚ましていた模様。イボ汁をお届けにまいりましたと扉をノックすれば、それぞれ出かける支度を整えて部屋から出てきた。
「それじゃイエロー、総司令。気をつけてな」
関所が開くよりずいぶん早い時刻に門を開けてくれたオムツブラックに見送られてお城を後にする。モウホンマーニはヴィヴィアナ川によって東西に分けられており、モウヴィヴィアーナに続く街道のある西岸側にはお城と領軍の駐屯地があって、橋を渡った東岸側は街区だ。橋はひとつしかなく、川を渡るなら関所の目前に来るしかないという構造になっていた。ちょうど朝ご飯の支度にかかる時間のようで、橋を渡りきって街に入ればあちこちの建物がかまどから煙や湯気を立ち昇らせている。
モウペドロリアーネに向かう街道は街の南側から出ているのだけど、僕たちの向かう裏道は街の東側からだそうな。近くの集落から食料などの生活必需品を運び込むために使われているルートらしく、モチカさんが案内してくれる道の両側にはお店や市場と思われる建物が並んでいる。白菜を積んだ荷馬車が荷下ろし場へ向かっていくのが見えたので、そこはおそらく青物市場なのだろう。なんだか無性に鍋が食べたくなってきた。
「酷い道でございますわね」
「収穫期が過ぎたばっかりだからね。これから直すんじゃないかな」
モチカさんの案内で街を離れ、ちょっと進んだあたりから轍の跡が目立ち始めた。重い荷馬車が何度も通過したのだろう。ここ数日は好天が続いているけど、雨が降ったら馬車なんてまともに進めなくなること間違いなしだ。こんな有様で大丈夫なのかと首席が眉をひそめていたものの、収穫期の間は修繕している暇がなかっただけだと思う。その証拠に、しばらく進んだ先で道のど真ん中に土がこんもりと山積みにされていた。どうやら、土方のおっちゃんたちがせっせと轍を埋め戻している模様。その様子を見たクセーラさんがオケラゴーレムの排土板を地面スレスレの位置に下げる。このまま突っ込むつもりだ。
「ご苦労様で~す。ゴーレムが通りますから道を空けてくださ~い」
バナナンテを先行させ、いったん作業を止めて道の脇へ退避するよう警告する。
「ゴーレムってアレか。通るったって……うおっ。マジかっ?」
ガシャガシャと八本脚を鳴らして向かってくるオケラゴーレムを目にして、なんかヤバそうなのがきやがったと道を空けてくれるおっちゃんたち。積まれている埋め戻し用の土に真正面からぶつかったオケラゴーレムが力任せに土を押し崩しながら進んでいくのを見て目を丸くする。ゴーレムが通り過ぎた後に残ったのは均された道だ。いったい何が起きたのだと、おっちゃんたちは揃って信じられないものを見たといった表情を浮かべていた。まぁ、ブルドーザーなんて知らないだろうから驚くのも無理はない。
「クセーラさんのゴーレムは、いささか便利過ぎるのではございませんこと?」
いっきに埋め戻しが進んだぜヒャッハーと、おっちゃんたちが大喜びで締固め作業に取りかかる。その姿を目にして、あのゴーレムにできないことはあるのかと首席が頬を膨らませていた。空を飛ぶのはさすがに無理だと思う。
「それに、なんでございますの? モチカのあの格好はっ」
道案内のため、今は次席に代わってモチカさんが助手席に座っていた。この寒い時期にあんな薄着を見せびらかしやがってとカーエアコンの効いた運転台を指差す首席。コートも上着も脱いで、モチカさんは楽そうなブラウス姿でいる。運転手であるクセーラさんに至っては乙女の象徴たる白ワンピだ。農作業用ゴーレムの運転台をあそこまで快適にする必要が本当にあったのかと首席がギリギリ歯を鳴らす。
「まぁ、あのゴーレムはカリューア家のおふたりが交代でないと動かせませんから……」
イリーガルピッチを寄せてきたドクロワルさんが、その代わりに魔力消費が半端ではないのだからと荒ぶる首席をなだめてくれる。もっとも、インテリ集団北部派の首領でありながらバリバリ体育会系な首席は納得いかないご様子。苦行を怠れば人は容易く堕落するものだと、もう修行僧のようなことを口走っていた。
その後も何度か道の修繕をしている現場に行き当たり、クセーラさんがイッエーイとゴーレムで道を均していく。お昼を過ぎたころにお店のあるちょっとした街に到着したので、ランチをすませ食料を購入しておいた。そこから先は農場すらない林道のような道を進む。モチカさん曰く、森を抜けた先にあるでっかい農場の裏側に通じている地図にもない道だそうな。地元の人しか使わない道とあってかなり荒れていたけど、僕たちにとっては障害でもなんでもない。テッテコ、テッテコと進んでいったところ、お日様が傾いてきたころに森が切り開かれた場所に出た。きれいに区画された耕作地が並んでいて、僕たちのきた林道はそのど真ん中を突っ切る農作業用の通路につながっていたようだ。遠くに建物が集中している農場の中心地が見える。
「大規模な農場は買い付けに訪れた隊商を泊めるため、簡易的な宿泊施設を設けているのが普通です。ここには何度もお世話になりましたから、頼めば泊めてもらえるでしょう」
でっかい農場は荷車を何台も連ねた隊商を収容できるよう、獣舎や宿舎を併設しているものだそうな。取引品目が多く、荷物の積み込みだけで1日仕事になるため宿泊場所は必須らしい。ここはモチカさんが在学中になじみだった農場で顔が利くのだという。
「裏口から来るなんて、あんたらどこの……もしかして、モチカの嬢ちゃんかい?」
「久しくしておりました。また、宿泊場所を貸していただけませんか?」
建物の近くまでいくと怪しげな連中が入り込んできたと農場の人たちに取り囲まれる。その中からひとりのおっちゃんが進み出て何者だと声をかけてきたものの、ゴーレムの運転台から出てきたモチカさんの姿を認めると嬉しそうに破顔した。




