529 お土産いっぱい用意して……
「ほぎゃあぁぁぁ――――っ!」
秋学期のイベントがすべて終了してから数日経った日のこと、掲示板に学年末の順位が張り出された。どれどれと集まった生徒たちの前で、ひとりの女子生徒が悲鳴を上げながら床を転げまわっている。予想通りのロミーオさんだ。優勝するつもりだったゴーレムバトルで4位という結果に終わった傷跡が、思いのほか深かったのだろう。
「モロリーヌッ? あんだ、見るんじゃないっ。見るんじゃないわよっ」
僕が来たことに気づいたロミーオさんが、どうしてか僕に掲示板を見せまいと必死に隠す。どうにか隙をついて確認しようと左右に動いてみたものの、シュートを打たせまいとするバスケットボールの選手みたいにブロックしてきやがる。これはあやしい。
「クレネーダーさんが倒されたようでございますわね……」
「ロミーオは……特待生の中でも最弱……」
「伯爵ごときに抜かれるなんて特待生の面汚しだよっ」
「ぐげはっ……」
おのれ邪魔しおってと睨み合っていたところ、掲示板を確認した首席とカリューア姉妹の会話が聞こえてきた。どうやら、今期はロミーオさんを追い抜くことができた模様。現実に打ちのめされた敗北者がその場に崩れ落ちる。
「あんた、その背で掲示板が読めるの?」
「よく見えないから持ち上げてくんない」
「あたしが抱っこしてあげるのね~」
邪魔者がいなくなったところで掲示板を確認しようとしたものの、張り出されている位置が高すぎて上手く読めない。やっぱり順位を確認しにきたアンドレーアに抱き上げてくれるようお願いしたところ、一緒にいたロリボーデさんがヒョイと持ち上げてくれた。
「クセーラさんやイモクセイさんには届かなかったか……」
上位から確認したところ首席と次席は変わらず、わずかの差で3位にドクロワルさんが返り咲いた。4位に落ちた【禁書王】と熾烈な3位争いをくり広げている格好だ。5位がクセーラさんで6位がイモクセイさん。そして、僕が7位だった。ロミーオさんが8位まで落ちて、9位にはなんとダエコさんがランクイン。10位は目立たないけど堅実に成績を戻してきたスネイルだ。ダブルダウンで優勝していれば自分がトップ10入りしていたのにと、惜しくも届かなかったムジヒダネさんがギリギリ歯を鳴らしている。
「思ったより評価が高かったのかしら……」
循環型反応塔が予想外に高評価だったのかアンドレーアの奴は12位。トップ10にランクインしよういう野心がないのか、期待以上の結果だったと呑気にぬかしてやがる。子爵家の嫡子様がそれでいいのかと尻にパンチくれてやりたい。
「スネイルの奴に負けてんじゃないわよっ」
「わきゃあぁぁぁ――――っ?」
やっぱり良いはずがなかったようで、背後から忍び寄ったイモクセイさんが両手の指をアンドレーアのわき腹に突き立てた。身をよじってやめてくれと懇願する従姉殿のわき腹を執拗に攻撃する。イモクセイさんに加勢しておっぱいを攻撃してやりたかったものの、ロリボーデさんに持ち上げられている状態では手出しできないのが残念だ。
他の学年も確認してみたところ、ゴッツモーリ先輩が今年の首席卒業生になっていた。遠征実習での更迭が効いたのかソンターク元参謀長は3位だ。騎士課程のトップはダブルダウンで優勝した雪だるま先輩。学年総合でも6位にランクインしている。ひとつ下の学年は首席マジスカ君、次席アキマヘン嬢で相変わらず。教養課程を首席で終えたゲイマル君はコノハナ先生の、次席だったソウナンデス君がデリケッツ先生の特待生に内定していた。
「はわわわ……私が学年首席だなんて……」
そして、ゴーレム三輪車レースで優勝したことによりポイントをガッツリ積み増したクニーケさんは新入生のトップに躍り出ていた。東部派の学年首席はシュセンドゥ工房長以来だと派閥の仲間から持ち上げられて、とんでもないことになってしまったと顔色を青褪めさせている。すべては宿命による導きだと諦めてほしい。
「下僕、家に戻っておやつにするのです」
成績の確認を終えたところで、早くおやつを食べさせろとタルトに袖を引っ張られる。こっそり用意しておいたのだけど、目敏い3歳児に気づかれていたようだ。
「下僕がまたなにか作っていたのです。一緒に食べるのですよ」
蜜と発芽の精霊にベコーンたんを誘うタルト。精霊たちがギュピィーンと瞳を輝かせ、アンドレーアとロリボーデさんのオオカミが性懲りもなくオムツをガブガブとおねだりしてきやがった。クマドンナまでご馳走をくれとしがみついてきたので、仕方なく至らない契約者たちを連れてコテージへと戻る。
コテージに着けば庭でドクロワルさんがデブったペンギンくらいにまで育ったコケトリスの相手をしてくれていた。ロリオカンに譲る予定のイリーガルピッチが孵した雄鶏だ。群れから離された環境に慣れてもらうため、数日前にコテージへ移したのである。ティコアの奴が一緒に庭を探検していたものの、オオカミたちに喰わせてやろうと切り落としたイノシシのあばら肉を持っていくとすっ飛んできてモグモグ始めやがった。
「この子は好奇心旺盛で物怖じしませんね」
暴れる雄鶏を抱っこして連れてきてくれたドクロワルさんが、群れから離されたばかりなのに寂しがるどころか新しい縄張りに興味津々な様子だと教えてくれる。さっそく庭を探検して食べられる植物や虫を探していたそうだ。わんぱくで冒険心に溢れていそうなのを選んで正解だった。どんな暴れん坊だろうがロリオカンであれば扱えるだろう。
「お前にもおやつをあげますからおとなしくするのですよ」
探検の邪魔をされて不機嫌になったのか雄鶏が翼をバサバサさせていたものの、聞き分けの悪い奴はおやつ抜きだと3歳児が告げたら静まりやがった。オオカミとティコアがモシャモシャ始めたのを見てご馳走の気配を感じ取ったのか、クマネストと首席のカワウソがやってきておやつをねだってくる。どいつもこいつも、食べ物はもらうものだと考えているらしい。
「はうあっ? また、こんなものを隠していたのですかっ」
「早ぐっ、早ぐ食べさせるのですっ」
雄鶏とクマネストに蜜かけトウモロコシ、カソリエッタにヴィヴィアナ湖で獲れた魚の切り身を与えている間にシルヒメさんとブンザイモンさんがお茶の用意を整えてくれる。本日のおやつはスポンジ生地とロリヴァを段々重ねにし、最後にイチゴと生クリームをデコレーションしたロリヴァケーキだ。これは絶対に太る奴だとドクロワルさんがわき腹をおののかせ、ハリー、ハリーとタルトがしがみついてきた。椅子に腰かけて、膝の上に食いしん坊3歳児を引っ張り上げてやる。
「お菓子の神髄ってアイデアよね。これだって作るのはそんなに難しくないし……」
「下僕は本当によくできた下僕なのです」
ケーキに乗せられていたイチゴをクマドンナに与え、スポンジとロリヴァの部分を口にしたイモクセイさんが、スポンジ生地を焼くのさえ失敗しなければ誰だって作れるのに、こうしてモグモグするまで思いつかないのはどうしてなのかと頬を膨らませていた。ふんわりしたスポンジ生地と弾力のあるロリヴァを段々重ねにするという発想はなかったらしい。タルトの奴はすっかり上機嫌になって、あんぐりと口を開いてもっと寄越せと催促してくる。精霊たちにはおおむね好評なようだ。
「これはっ、これは人を堕落させる悪魔の食べ物ですよっ」
シクシクと泣きながら手乗り死神の差し出してくるケーキをパクついているのはドクロワルさんだ。お面のせいでよくわからないけど、涙で視界がふさがれている模様。空になったお皿をシルヒメさんにおかわりと取り換えられても、まったく気がついた様子がなく差し出されるがままに食べ続ける。
「残ってる培養素を持っていって、コロリにも食べさせてあげようと思うんだ。タルト、預っていてくんない?」
「わたくしにど~んと任せるのです」
わざわざ手間をかけておやつを用意したのは、運ぶ途中で水気を吸ってしまわないよう【思い出のがらくた箱】にしまっておいてもらうためだ。ドワーフ国でも作ってあげるからと約束すれば、任せておけと3歳児は自信マンマンに拳で胸を叩いて了承してくれた。これでよし。家を空けている隙に怪しげな臓器を培養されることもないだろう。
「伯爵は今年もドワーフ国に帰るんだねっ。姉さん、私たちはどうするのっ?」
「クスリナと……ベコーンたんに訊きなさい……」
「モチロンイッショニイク……」
僕と首席はドワーフ国へ雲隠れする予定と聞いて、自分たちはどうするとクセーラさんがお姉さんに相談する。尋ねられた次席は、どうせ選択権はないのだからと精霊たちに丸投げした。ロリヴァケーキをモグモグしていた発芽の精霊が、赤ちゃんのところへ遊びに行くぞと決定を下す。ほっぺに付着した生クリームがかわいらしい。
「先生からコロリちゃんを診てくるよう言われていますのでわたしも同行しますね」
プロセルピーネ先生からコロリの健康状態を確認してくるよう仰せつかっているそうで、ドクロワルさんも一緒に来てくれるという。当のピーネちゃんはドワーフ国に戻ろうものならとっ捕まってロゥツルペターンへ強制送還されてしまうため、魔導院に残ってイモクセイさんとアンドレーアをしごき抜くつもりだそうな。話を耳にしたふたりは、落第したわけでもないのに地獄の補習だなんてと顔色を青褪めさせていた。
「じゃあ、出かける前にまた獲物を狩ってきておくよ」
「どうしていつまでもグズグズしようとするのですか?」
オオカミがいっぱい食べるだろうから肉の蓄えを増やしておくと告げたところ、余計な用事を増やすなとタルトが暴れ出す。1秒でも早くコロリのところへ行きたいらしい。
「狩猟に出かけている時間を利用してクセーラさんに三輪車の設計図を用意してもらおう。そろそろ漕げるようになるだろうし、コロリも喜んでくれると思うんだ」
「いっ、一緒に三輪車で遊べるのでしゅかっ」
コロリとプラティーナ姫様にお揃いの足漕ぎ三輪車をプレゼントするつもりなのだと教えてやれば、3人でキコキコしているところを想像したようで3歳児は目をまんまるに見開いて手をブルブル震わせ始めた。ご納得いただけたようでなによりだ。どうして現物じゃなくて設計図なのだとクセーラさんが首を傾げていたので、壊れた時に修理してもらえるよう職人ドワーフに構造を理解しておいてもらいたいのだと説明しておく。
「下僕は気が利く下僕なのです。きっと大喜びしてくれるのです」
すぐには上手に扱えないだろうから、シートの後ろに大人が補助するための把手をつけてくれるようクセーラさんにリクエストを伝える。サプライズプレゼント計画を耳にしたタルトはすっかり上機嫌になって、それでこそ我が下僕と背中をギュウギュウ押し付けてきた。脇から腕を回して身体を支え、ヨシヨシと身体を揺すって落ち着かせてやる。
卒業生一行がお披露目パーティーのために王都へ出発するのはもう少し先だから、今年はひと足お先に出発させていただこう。徒歩の先輩方に合わせる必要がなくなれば行軍速度も上がるので、昨年よりも早い時期にドワーフ国までたどり着けるはずだ。コロリーヌが喜ぶ姿を早く拝みたいのは僕だって同じこと。準備が整ったらすぐに出かけようとほっぺをコショコショしてやれば、3歳児は僕の腕をガッチリと抱え込んでバナナの国へと旅立っていった。
明日は早起きして狩猟だと早々に寝付いたものの、その日は珍しく深夜に目が覚めた。気がつけば、いつもガッチリしがみついてポカポカ温かい湯たんぽ3歳児の姿がない。オムツを穿いた精霊がお手洗いということもないはずだ。寝ている間にいなくなるなと離れることを許さないくせに、いったいどこへ行ったのかとロゥリングレーダーに注意を向けたところ、庭から強力な魔力を感じた。すぐ近くにタルトらしい捉えどころのない魔力も感じる。3歳児のくせに深夜の密会だろうか。
不倫の現場を押さえてやろうと、霊峰シルヒメを起こしてしまわないようこっそりベッドから這い出す。勝手口から庭へ出ようと扉を開けたところ、外の方が明るいのか光が差し込んできた。バレていたかと首だけ出してのぞいてみれば、タルトの隣にぼんやりとした光を放つ人影が佇んでいる。
もしかして、神様か……
「…………あの者でよろしいのでは……を委ねられる者など……見つかるとは……」
「待つのです。わたくしはまだ決めたわけではないのです」
なにやら言い争っている模様。上手く聞き取れないものの、もうよいではないかと口にする神様を、まだ決めてないとタルトが制止しているようだ。
「…………次の候補者が……どれだけの時が……これ以上はもう……」
「わたくしはこれから赤ちゃんと楽しくすごす予定なのです。その間に考えておくのです」
なにやらタイムリミットが迫っているようなことを神様はおっしゃっているようだ。ドワーフ国でコロリと遊んでいる間に決めておくと3歳児は譲らない。話の内容から察するに、決定権を握っているのはタルトの方なのだろうか。
ネクタールの分配で揉めているわけでもなさそうだし……
「あんまりしつこくするから、下僕に勘付かれてしまったではありませんか。さっさと天上へ戻るのです」
どうやら、僕が聞き耳を立てていることに気づかれてしまった模様。やっぱり神様だったようで、タルトがさっさと帰れと口にした瞬間、人影の放つぼんやりとした光が歪んで見えた。【明日へと続く道】とかいうロゥリング族の神様を追い払った能力だろう。
「…………もう、この際ですから……」
「わたくしはまだ決めていないと言ったのです。それから、お前は下僕に何ひとつ伝えてはいけないのですよ。そうなれば、すべてが台無しなのです」
なにやら食い下がろうとする神様に、タルトが僕への接触禁止を言い渡す。もしかして、またどっかの種族の神様が僕をくれと交渉に訪れたのだろうか。ロゥリング族の能力を欲しがる種族がゴブリンだけとは限らないはずだ。
「…………今は引き下がりましょう……ですが……」
神様がチラリとこちらを振り返る。ほんの一瞬だけ目が合ったものの、次の瞬間には神様の姿はなくなっていた。夜の闇が再び庭を覆い尽くす。
「今の話はまだ下僕には関係ないのです。忘れてしまうのです」
暗闇の中からタルトがトコトコ近づいてきて、僕には無関係な話だから忘れてしまえと告げてきた。もっとも、「まだ」と前置きしているので将来的にはわからない。それはこれから考えるということなのだろう。
「また僕をどっかの種族に売り渡そうとしてるんじゃないだろうね?」
「忘れるようにと言ったのです。さっ、抱っこして連れて行くのですよ」
問い質してやろうとしたものの、忘れるよう言われたことを知ってどうするとタルトはすっとぼけやがった。ベッドまで抱っこしていけと両手を差し出してくる。ヨッコイショと抱き上げて寝室に戻れば、シルヒメさんとブンザイモンさんまで目を覚ましていた。3歳児を真ん中に寝かせてヨチヨチと布団をかけてくれる。
「ちゃんと抱っこしているのです。わたくしから離れてはいけないのですよ」
ベッドに入った途端、どこにもいくなとしがみついてくるタルト。なんだか今日はいつもよりも寂しがり屋な雰囲気だ。勝手に抜け出していたことは咎めず、さっさと寝てしまえと顎の下をコショコショしてやる。しばらくムゥムゥくすぐったがっていたものの、ようやく僕はどこにも行かないと安心してくれたのかおとなしくバナナの国へ旅立ってくれた。




