528 冬の予定は
「外は質問攻めにしようと待ち構えている人たちでいっぱいです。おふたりとも、先生についてきてください」
研究発表を終えて関係者以外立ち入り禁止の舞台裏から出ようとしたところで、タルトを抱っこしたリアリィ先生がやってきた。これからというところで打ち切りにされたため、場所を変えて続きを語らせようと企む輩が出口付近で待ち伏せしているそうな。動きを察知したホンマニ公爵様が、僕と首席をホンマニ家の館にかくまっておくよう指示されたという。
「モロリーヌさんが肝心なところでオアズケなんてくらわすからでございます」
「予定外のところまで明かすハメになったのも、空気の読めないおっさんに余計な時間を割かれたのも、全部まとめて首席のせい。だから僕は悪くない」
いよいよ核心が明らかに……というところで打ち切る奴があるかとブーブー頬を膨らませる首席。僕を責めるのはお門違いってもんだ。すべての責任はつまらないことを企んだ女王ドブネズミにあるとはっきり告げてやる。
「言い争っている暇はありません。急ぎますよ」
面倒な連中が増えてくる前にトンズラするぞと先生に急かされ、僕たちは裏にある通用口から外に出る。こちらも張られていたものの、準爵位を持つおっぱいを畏れたのか立ち塞がる勇者はいなかった。距離を取ってコソコソ後をつけてくるのがせいぜいで、目的地がホンマニ家の館とわかったところで、この地の領主に喧嘩を売るのは得策ではないと諦めてくれたらしい。がっかりしたような魔力を漂わせながら離れていく。
「下僕、もうこんな場所に用はないのです。早く赤ちゃんのところへ遊びに行くのですよ」
「まだ成績発表が残ってるし、お土産も用意しなきゃいけないからね。そう急かすんじゃないよ」
応接室に通されてお茶と茶菓子が出されたところで、早くドワーフ国へ旅立とうとタルトが膝の上に這い上がってきた。コロリーヌと遊びたくて仕方がないらしい。ちゃんと準備を整えていかないと喜んでもらえないぞと言い聞かせクッキーを食べさせてやる。
「モロリーヌさんは今年の冬も帰省でございますの?」
「そうだね。今年孵った雄鶏も連れてかなきゃなんないし……」
蜜の精霊が食べやすいようクッキーを割ってあげながら、今年も王都には行かないのかと首席が尋ねてくる。イリーガルピッチが孵した雄鶏を譲るとロリオカンに約束してしまったので帰らないわけにはいかないのだ。そろそろ【天より降る白銀の星】も後継者が欲しくなってくるお歳だから、孫が跡を継いでくれるとわかれば安心してくれるだろう。
「卒業生よりもモロリーヌさんに注目が集まってしまうのは困りものですけれど、目の届かないところで何をしでかすやら……。先生は心配でなりません」
「実家で僕がなにをするっていうんです……」
今年の卒業生の目玉はゴッツモーリ先輩と雪だるま先輩にソンターク元参謀長。一昨年のシュセンドゥ工房長や昨年のクゲナンデス先輩に比べて話題性に欠けるため、祝詞の作曲者なんていない方が好都合ではあるものの、目を離した隙になにを企んでいるか不安で仕方がないとリアリィ先生がため息を吐く。実家で妹とゴロゴロ遊んでいるだけと言っても信用してくれない。ロゥリング族とワイバーン狩りに行くつもりではあるまいなとギロギロ睨みつけてくる。僕たちは狩猟民族であって戦闘民族ではないのだけど、すっかり勘違いされているようだ。
「私とモチカで見張っておきますから安心してくださいませ」
「まだミスリルを諦めてなかったの?」
「私が王都に顔を出せばモロリーヌさんの代わりをさせられるからでございます」
首席は今年もドワーフ国までついてくるつもりらしい。いい加減ミスリルは諦めるよう告げたところ、他人を金の亡者扱いするなと首を絞められた。王都に行けば僕の代わりに打ち切られた発表の続きを聞かせるよう請われることはわかりきっている。自分では発動させることもできない秘匿術式の解説なんてできるはずもなく、期待外れだったと後ろ指をさされるくらいならコロリーヌの相手をしている方が百倍マシだという。
「あんな、いくつかの語句が判明しただけの段階で発表なんてするから……」
「モロリーヌさんが発表を先延ばしにしてくだされば、私の名前が歴史に刻まれるところだったのです。これほどの機会を見逃せるはずがございませんでしょう」
中途半端な単語解説なんてするからだと反省を促したものの、僕を出し抜いて第一発見者になれるチャンスは見逃せないと首席は開き直りやがった。この女王ドブネズミ様は学年トップの座にありながら、順位そっちのけでイチかバチかの勝負を仕掛けてくるから本当に油断がならない。実際のところ、上流階級による祝詞の独占を企む連中が騒いだりしなければ来年の研究発表に回していたかもしれないのだ。ロクでもない輩のおかげで致命傷を免れるとは、世の中なにが役に立つかわからないものである。
「下僕をヒヤヒヤさせるとは、ゾルビッチもなかなかやるではありませんか」
クッキーをモシャモシャしながらあっぱれであったとタルトが首席を褒める。嘘で騙したりせず、どう対処したところで大勢はすでに決しているという状況に追い込むやり口が3歳児の好みに合ったのだろう。今回ばかりは危ないところだった。
「このままモロリーヌさんに負けっぱなしでは腹の虫が治まりませんもの。一度でいいから、その鼻っ柱をへし折って差し上げないと気が済まないのでございます」
僕は学年トップ3に入ったことさえないのだけど、絶対に吠え面かかせてやると首席は意気込みを露わにする。この魔導院で彼女に拭いようのない敗北感を味わわせてくれたのは僕ひとりだそうな。
「僕、なにかしたっけ?」
「何度、苦汁をなめさせられたと思ってらっしゃいますの」
「首席にイボ汁を飲ませたことなんてあった?」
「誰もイボ汁の話なんてしておりませんっ」
学年トップの座からすべり落ちたことなんてないのに、さんざん苦い思いをさせられたとエキサイトする首席。僕がイボ汁をくらわせたのはムジヒダネ領の3人組くらいで、首席に盛ったことはなかったはずだ。記憶違いではないかと告げたところ、イボ汁の話じゃないと首席はテーブルをバシバシ叩いて怒りの咆哮をあげた。
「なにを騒いでいるのですか。はしたないですよ、お嬢様」
すっとぼけんなと荒ぶる首席をなだめていると、ホンマニ公爵様に連れられておっぱい王太子とモチカさんが応接室へ入ってきた。侍女でありお目付け役でもあるモチカさんが、淑女らしからぬ振舞いであると首席の頭にチョップを振り下ろす。
「申し訳なかった。同志の邪魔をするつもりはないのだが……」
タケーノ先生はおっぱい王太子のお供ではなく、私的に魔導院を訪れただけらしいのだけど、国が運営する学府の教員ということもあって責任を感じているようだ。わざわざ王太子殿下が詫びをいれてきた。
「王太子殿下が詫びることではないと思います。学習院の教員が首席の誘いにあっさり乗せられるのは問題のように感じますけど……」
「ほぅ、そこまで読めていたか。生徒が己の知識と見識に対してではなく、教師という権威に敬意を払っているだけなことに疑問も抱かぬボンクラとは違うな」
つまらないことで同志を責めるつもりはないものの、教員が生徒の思惑を見抜けないのはいかがなものか。そう口にしたところ、あいつは権威で生徒を黙らせて自分は厳しい教師だと優越感に浸っている勘違い野郎。誰からも能力に期待されていないことを恥じようともしない愚か者だとホンマニ公爵様が切って捨てた。相当イライラきていたようだ。
「王都で教員になりたがる連中なんて、生徒よりも社交の場で訳知り顔することの方が大事と考えている輩ばかりだぞ。さっさと僻地へ移転させてしまえ。それで使い物にならん教員はまとめて出て行ってくれるだろうさ。ひとりも残らんかも知れんがな……」
学府は王都の社交から隔離せよ。そうすれば、きらびやかな社交の場でデカい面したいだけの指導力皆無は寄り付かなくなると持論を展開する公爵様。おそらくは、もう耳にタコができるくらい聞かされているのだろう。おっぱい王太子は苦笑いを浮かべている。
「外は君に最後まで発表する機会を設けるべきだと恩着せがましく主張する連中で溢れかえっているが、どうするかね? なお、そいつらは自らの疑問に完全な答えが与えられて然るべきと考えている研究中という言葉の意味も解さぬ輩であることを付け加えておく」
「それもう絶対にやらせる気ないですよね?」
発表を打ち切られたことに不満を持つ連中は、僕のためと称して時間を気にすることなく発表できる場を改めて設けるよう公爵様に要請してるそうだ。ホスト役の椅子にどっかりと腰を下ろした公爵様が、魔導院の研究発表ではないのだからもちろん評価には加えない。あくまで僕の個人的なイベントなので、なにが起こっても安全は保障しないとあからさまにやる気を失わせるようなことを口にされる。つまり、やめておけと言いたいのだろう。
「そんなことはないぞ。私としては反対だが、なにぶん君の考えは予想がつかないからな。望むなら郊外にある空き地を自由に使ってくれて構わない」
「やりませんよ。非公式な場で発表なんてしても、聞きかじった内容を自分の研究成果だと王都で言いふらすような連中しかこないでしょう」
自分に飛び火しないよう街の外でやれとおっしゃられる公爵様。もちろん、そんな面倒事を背負いこむつもりはない。非公式な場ということはつまり、誰がどんな発表をしたのか記録に残らないということだ。出どころ不明の嘘とも真ともつかない話に集まってくるのなんて、パクリ目的の迂闊野郎ばっかりに決まっている。
「すばらしい状況判断力だ。ペドロリアンの思惑を見破っただけのことはある」
「あれっくらいのいたずらにまんまと引っかかるような下僕ではないのです」
王手飛車取りは防げなかったものの、その後の立ち回りで損失は最小限に抑えてみせた。互いに学年上位だとしても、まだまだ経験不足な生徒同士の駆け引きにすぎないではないか。どこぞの名ばかり最高学府の教員は魔導院の生徒にすら劣っているぞとホンマニ公爵様がおっぱい王太子に向かってしかめっ面を作る。デキる下僕は自分のものだとタルトまで僕に対する所有権を主張し始めた。
「公爵様。モロリーヌさんは今年もドワーフ国へ帰省する予定で、ペドロリアンさんも同行されるそうです」
「それは助かる。君たちに王都へ来られては、主役であるはずの卒業生が蚊帳の外にされてしまいかねないからな」
話は決まったと判断したようで、リアリィ先生が僕たちの予定を説明する。公爵様も先生と同じ考えのようだ。今日のような騒ぎをお披露目パーティーで起こされては、卒業生が誰からも見向きされないまま終わってしまうと安堵したようにため息を漏らす。
「今年こそ同志を晩餐へ招きたかったのだが……」
「タルトが妹と遊びたがるので仕方ありません。こいつは赤ちゃんの相手をするのが何よりも大好きときてますから」
「早くまた一緒に遊びたいのです。オムツを換えて、ご馳走も食べさせてあげるのです」
コケトリスの訓練にヴィヴィアナロックと僕からもらい過ぎてしまったため、できれば借りを解消しておきたかったとおっぱい王太子が口にする。それは来年に回してもらおう。ヤンデレドクトリンを完遂するため、首席やドクロワルさんに並ぶ注目の卒業生になるつもりなのだ。お披露目パーティーに顔を出さないのは本末転倒と言わざるを得ない。楽しみで仕方がないのか、早くコロリーヌのところへ連れて行けと3歳児がバタバタ暴れ始めた。ドゥドゥ落ち着けとなだめてやる。
「それでは、我々は連中を引き連れて移動するとしよう。君たちは院内が落ち着くまでゆっくりしていてくれたまえ」
ホンマニ公爵様たちはこれからホンマニ宗家の館に移動して夜会を催されるそうな。研究発表の続きはないと知れば僕を探している連中も諦めるだろうから、それまではこの館から出ないようにと告げて公爵様が席を立つ。まったく手間をかけさせてくれる連中だとボヤきながら、おっぱい王太子と共に応接室から出ていった。
「せっかくなので、ここを探検するのです」
茶菓子をモシャモシャして満足したのか、館の中を探検しようと僕の膝から飛び下りるタルト。いくぞ、いくぞと袖を引っ張ってくる。まぁ、そうそう入れてもらえる場所じゃないので探検ごっこもおもしろいかもしれない。
「脱ぎ散らかされた下着がそこかしこに散乱しているという噂は真実なのか。その謎を解明するため、我々調査隊はリアリィ先生の寝室へ……」
「どこへ行こうと言うのですかっ!」
「うごぉぉぉ――しまった、声に……」
人跡未踏の秘境へレッツラゴーと応接室を出ようとしたものの、なにをするつもりだとおっぱいから角を生やしたリアリィ先生にとっ捕まった。期待のあまり、つい無意識のうちに余計なナレーションを垂れ流してしまったらしい。背後からのチョークスリーパーでギリギリと首を締め上げてくる。
「よい子は先生とお昼寝にしましょうね。ソコツダネ先生が相手の意識を落とすコツを教えてくださいましたから、このまま寝かしつけてあげます」
魔性レディから絞め技を伝授されたようで、ねむれ~、ねむれ~とリアリィ先生が挟み込んだ腕で頸動脈をギュウギュウ圧迫してくる。失神と睡眠は異なるのではないかと主張しようにも声が出せない。
「おのれ……偽乳が余計なことを……」
せめておっぱいフェイスロックにしてくれとお願いしたかったものの許されず。僕は想いを伝えられないまま、なにも感じることのない暗黒へと意識を落っことされた。




