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道案内の少女  作者: 小睦 博
第16章 誰もが成長する季節

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527 女王ドブネズミの策略

 どうやら、音の変化が意味を持つという正解に首席もたどり着いた模様。手渡された発表資料に目を通してみれば、「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」を解読したものであることが見て取れた。もっとも、完全ではなくわりと中途半端なところで終わっている。


「なんか尻切れトンボな内容だね。発表するには早過ぎると思うけど……」

「ですから、モロリーヌさんの直前が一番都合よかったのでございます」


 僕であれば、まだ人に見せられる段階ではないと躊躇していたことだろう。こんな不完全な状態でよく発表に踏み切ったものだと告げたところ、だからこの枠が欲しかったのだと首席は僕の手から発表資料を取り上げた。なるほど、自分の至らないところを僕に補足させようって腹か。さすがは入学以来、学年トップの座に君臨し続けてきた大ドブネズミだ。次席よりも一枚上手と舌を巻かざるを得ない。


「僕が発表内容をおっぱいの研究に切り替えたらどうするつもりなのさ?」

「望むところですわね。たとえ不完全な形でも、功績は早い者勝ちでございますもの……」


 おっぱいの話なら資料が手元になくっても与えられた時間くらい余裕で語り続けられるのだぞと言ってやったものの、そうなれば最初の言語の発見者は自分になると首席に微笑みかけられ僕は言葉に詰まった。今ここで発表しなければ、次の機会は1年後になる。その時にはもう、最初に発表したのはゾルディエッタ・ペドロリアンという事実は揺るぎないものになっていることだろう。最初に○○した人と歴史に名を刻むのは、まだまだ実用化には遠くてもとにかく先に発表した方なのだ。それは田西宿実の世界でも珍しいことではなかった。


 最初の言語を人族に伝えたのは首席とされてしまったら、ヤンデレドクトリンは根本から見直しを余儀なくされる。それだけは避けなければならない。彼女はタルトにバナナひと房を支払って秘密を買った身だから、後からパクリだと訴えても覆せはしないだろう。首席が口にしたとおり、これは早い者勝ちのレースなのだ。かくなる上は研究発表を聴きにきている人たちに、僕の方が先を行っているとこの場で認識させるしかない。


「楽しませてくれるね。さすがは女王ドブネズミ様だ」

「素振りだけは余裕がありそうでございますわね」

「隣に並ばれただけで追い抜かされたわけじゃない。この程度のことでうろたえていたらタルトの相手は務まらないよ」


 君こそドブネズミクイーンだと褒めたたえたところ、まだ強がりを口にする余裕があるのかと首席がギロギロ睨みつけてきた。悪いけど、同点に追いつかれる程度のピンチは田西宿実であったころに何度も経験している。むしろ、懐かしい感覚に頭が冷めていくのを覚えるくらいだ。勝負どころで自分を見失うような僕だと思ったら大間違い。今ならボールの握りを見せてフォークを予告した後に、なにくわぬ顔で全力のストレートを投げ込むくらいこなせる気がする。


「それでは、お先に発表させていただきますわ。今日こそはモロリーヌさんの鼻っ柱をへし折って差し上げますから」

「物事には後出し有利ってこともあると教えてあげようぢゃないか」


 いつもいつも、やられっぱなしな自分ではないぞと言い残して首席が演壇へ向かう。後出しの方が有利な場面だって多いのだぞと口では強がってみせたものの、正直なところこれは僕の得意とする展開ではない。田無宿実はピッチャーだったから、いつだって相手ををどう打ち取るか筋書きを立てて先手を取ってきた。だけど、今は首席の投げてくるボールを打ち返すべくバッターボックスに立たされている状況だ。なんだかやりにくい。


 それでも、見送り三振はなしだ。バックスクリーンへ突き刺さる特大ホームランとはいかずとも、せめて外野の間を破るツーベースヒットくらいは放っておきたい。あのスッカスカな内容でどうやって間を持たせるつもりなのか、首席の研究発表に耳を澄ませる。


「…………このとおり音に目をつぶって変化だけに着目いたしますと、同じ旋律がたびたび使用されていることがわかります。この曲が祝詞であることから、ヴィヴィアナ様を意味している可能性が高いでしょう。答え合わせはこの後、祝詞の製作者がして……」


 どうやら「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」を題材に、ひとつひとつのメロディーが持つ意味を解説しているらしい。西方系魔術語の元となった【大賢人】様の魔術語が、人族向けに簡略化された最初の言語であったことはタルトによって明かされているから、数ある西方系魔術語に共通する部分。すなわち、元の形が残っていると思われる部分を抜き出して、祝詞の旋律と比較したようだ。途中、質問があれば僕にするようしれっと丸投げしてやがる。さすがは女王ドブネズミ様。やることが汚い。


「…………知られている魔術語を旋律へ置き換えましたところ、東方系、西方系を問わず一致する部分がございました。まだまだ検証を重ねなければ充分とは言い切れないものの、すべての魔術語はここより派生したものであることを示す裏付けのひとつと……」


 たいていの魔術語に共通して含まれる単語というものは存在する。首席はその中から「水」を意味する発音を比較していた。湖に宿った精霊を讃える祝詞なのだから、水に関する内容は必ず含まれていると考えたのだろう。その予想は大当たりだ。最初の音こそ違えども、その後の変化は偶然のひと言で片付けられないほど似かよっていたと解説を続ける。


 もっとも、題材が一曲しかなかったためか解明できた語句は少ない模様。とりあげた部分に関しては正解しているものの、それだけでは術式を記述しきれない。祝詞という性質ゆえに、魔術語として使用するのに必要不可欠な表現が抜け落ちているのだ。それは首席もわかっているみたいで、聴衆に気づかれないよう慎重に触れることを避けていた。


「…………この言語に関する研究には膨大な労力が必要とされ、ひとりの研究者が生涯を捧げたとしてもすべてを検証し尽くすには至らないでしょう。この先、より多くの方々が手を貸してくださることに期待いたします」


 最後に俺たちの戦いはこれからだ的なことを言って首席は研究発表を締めくくった。聴講席から盛大な拍手を贈られ、エッヘンどんなもんだいと得意げに頬を上気させながら舞台袖へ戻ってくる。


「僕をアシスタント研究員にできるなんて期待しないことだね」


 今の研究発表で首席の狙いはわかった。自分が主任研究員で僕はアシスタントだという印象をみんなに刷り込もうとしているのだ。昨年の攪拌術式がドクロ式に採用されて、ドクロワルさんのアシスタント扱いされたことの腹いせだろうか。意趣返しなら本人にしろとおっぱいにパンチくれてやりたい。


「気づかれてしまいましたか。さすがはモロリーヌさんでございますわね」


 バレちまっちゃあしょうがねぇと微笑む首席。ここまでは予想できていたのだろう。思いどおりの展開になると思ったら大間違いだと告げて席を立つ。次は僕の番だ。進行役を務めているダンディーノ先生が出てきていいぞとステージから手招きしてきた。


「術師課程のモロリーヌ・パンダースと申します。研究テーマは――」

「国立高等学習院で教鞭をとっているタケーノだ。彼女の発表にあった旋律がヴィヴィアナ様を意味しているというのは本当なのかね?」


 時間も限られているのでさっそく始めようとしたところ、僕の話を遮って一方的に質問を投げかけてくるアホゥが現れた。40代くらいに見える痩身のおっさんで学習院の先生だそうな。生徒の発表機会よりも自分の好奇心を満たすことの方が優先だなんて、それが王国の最高学府では当たり前なのだろうか。もちろん、こうなってくれることを期待していたのだろう。舞台袖で首席がニヤニヤしてやがる。


「私は自分の研究内容を発表するためここにいます。ペドロリアン女史が発表した内容に関する質問は受け付けません」


 ここでこのアホゥに答えてしまったら、他の連中まで次から次へと質問し始めるに決まっている。そうなれば与えられた時間を質疑応答で潰されて、何ひとつ発表できないままタイムオーバーを迎える結果となるだろう。誰からのいかなる質問にも、今ここで答えるわけにはいかないのだ。それくらい察していただきたい。


「私は士族なのだぞ。回答を拒否するなど許されると思っているのか?」


 残念なことにタケーノ先生は察しが悪かった。今、この場にはおっぱい王太子やホンマニ公爵様もいらしているのに、己の行いが他人の目にどう映っているのか想像できないようだ。それとも、自分は気の利いた発言をしていると勘違いしている手合いだろうか。察しのよい人たちは、首席の企みに乗せられて調子こいてるピエロだって気づいてると思う。


「これ以上の妨害行為はご遠慮願います。それでは、ヴィヴィアナ様の祝詞に使用しました言語につきまして――」

「無礼なっ。これだけの人々の前でそのような態度を取ればタダでは済まんぞっ」


 学習院の教員が魔導院の主催するイベントの進行を妨げている。この状況をそう受け取る人だっているのだぞと暗に伝えてやったものの、タケーノ先生はどこまでも察しが悪かった。周囲の人たちが残らず自分に味方してくれるものと考えているようで、これだけの目撃証言があればもう言い逃れはできないぞと脅迫めいたことを口にする。国立の学府に所属する教員がホンマニ公爵様の前で生徒を脅したりすれば、隣にいるおっぱい王太子のメンツは丸潰れだ。というか、お前がやらせているのかと疑われてもおかしくないってことに思い至らないのだろうか。


「失礼、タケーノ教授。君にひとつ質問してもよろしいかな?」

「これは殿下、なんなりとお尋ねください」


 貴賓席に目を向ければ、この魔導院を経営している公爵様が苛立たしげに腕を組んでしかめっ面をしていた。このままではヤバイ立場に置かれると覚ったようで、おっぱい王太子が席から立ち上がってタケーノ先生に尋ねたいことがあると声をかける。


「ありがとう。研究発表を遮りたくないので手早く済ませたい。君を学習院の教員に推薦した貴族が誰なのか教えてくれたまえ」

「は? なぜそのような……ぐげはぁぁぁ――――っ」


 お前はどこの貴族に口利きしてもらって教員になったと尋ねるおっぱい王太子。タケーノ先生は相変わらず察しが悪かったものの、隣にいた同僚と思われる男性はそうでもなかったようだ。質問の意図を理解しかねているアホゥのどてっぱらに有無を言わさず渾身のボディフックを叩き込む。突然の不意打ちをくらったタケーノ先生は身体をくの字に折って床に崩れ落ちた。


「申し訳ございません、殿下。タケーノ教授は持病の発作が起きて、受け答えができる状態ではなくなってしまいました」


 おそらくは、同じ貴族に後押ししてもらっている仲間なのだろう。下手に答えればご主人様に類が及ぶと察して、力尽くで口封じを敢行した模様。すぐに処置しなければ命にかかわるとわざとらしい説明台詞を僕の耳にまで届くような大声で呟きながら、タケーノ先生を肩に担いでその場から去っていく。なんだかもう呆れる他ない。


「それでは気を取り直して――」


 なんかガッツリやる気を削がれてしまったけど、ここで首席との差を見せつけておかなければヤンデレドクトリンの崩壊は免れない。気合を入れ直して研究発表を始める。祝詞の解説に軸足を置いていた首席と同じ内容ではダメだ。予定にはなかったものの、最初の言語による術式構築を中心に据えた発表を行う。できれば来年に備えて取っておきたかったけど、首席はそれを許してくれるような甘いドブネズミではなかった。


 今の状況は将棋でいうところの王手飛車取りの手に酷似している。僕が満足な発表を行えなければ最初の言語の発見者は首席ということになり、彼女との差を示そうとすれば否応なしに秘匿しておきたかった部分まで公開しなければならない。どっちに転んでも、首席は欲しいものを手に入れられるわけだ。チラリと舞台袖に目をやれば、ほぅほぅそうきたかとほくそ笑んでいやがる。


「…………祝詞はヴィヴィアナ様を褒めたたえる内容であるため、術式の記述に必要不可欠となる『否定』の表現が含まれていません。また、最初の言語には次の音とのつながりを断つ『区切り』を表した旋律も存在します……」


 首席の発表内容は言うなれば単語解説だった。なので、僕は文法など構造に関する部分を中心に説明していく。「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」に含まれていないものの代表格は否定の表現だ。術式の記述には「~しない」とか「~でない」といった表現がどうしても必要だし、対象を厳密に定義する際には「~でないものでない」といった二重否定も使われる。「ブサイクでないヴィヴィアナ様」とか「美しくないこともないヴィヴィアナ様」なんて表現を用いれば、なにか含むところがあるのかと疑われてしまいかねないので、もちろん祝詞ではストレートに「お美しいヴィヴィアナ様」としておいた。


 また、首席が気づかなかったところに音のつながりをリセットする「区切り」の旋律がある。こういった文章を構築するためのルールはまだ僕だけのもの。ちょっともったいない気もするけど、勝負どころを間違える僕ではない。今、ここで切るのが最も有効なカードだ。


「…………祝詞とは別にヴィヴィアナ様のお力を借りる術式もあります。使えるのは盟約を交わした建国王の血筋。すなわち公爵家の嫡流に限られますので実用的とは言い難いのですが、それを例に――残念ですが時間のようですね。ご清聴に感謝いたします」


 題材として「ヴィヴィアナロック」を例にとり実際の術式構築を説明しようとしたところで、ダンディーノ先生がカラン、カランとハンドベルを鳴らす。僕に与えられた発表時間が終わったことを告げる合図だ。聴講席からは待ってくれといった声も上がっているけど、作為によるタイムオーバーは進行妨害により大幅減点となる。悪質だと判断されれば評価対象から外されてしまうこともあるので、本日はここまでと発表を打ち切って舞台袖へと引っ込む。恨むなら、余計な時間を使わせたタケーノ先生を恨んでいただきたい。


「とても興味深い発表でございましたわ。私の研究では術式を構築するところまで至りませんでしたから……」

「自分の及ばなかった部分を僕から引き出すために、あんな中途半端な発表をしたんでしょ。白々しいにもほどがあるよ」


 舞台袖の待機場所に戻れば、実に参考になったと首席がニヤニヤ笑いを浮かべていやがった。今回はしてやられたと言う他ないだろう。くじ引きで僕の直前という枠を得た時点で、彼女が目的を達成することは確定していたのだ。失点は最小限に抑えられたものの、得点を得たのは首席の方。思いどおりの展開になったんだからすっとぼけんなと言ってやる。


「これも勝負ですもの。恨まないでくださいましね」

「もちろんさ。競争なんだから、互いに恨みっこなしだよ」

「君たち、他の生徒が気味悪がるから発表が終わったなら出ていくように……」


 恨むなよと首席が口にしたので、そっちこそ恨むんじゃねえぞと言い返しておく。今回が最終回の攻防というわけではないのだ。やり返すチャンスはまだ残っている。イヒヒヒ……と互いに笑いあう僕たちを見かねたのか、用が済んだのなら下がりなさいとダンディーノ先生に追い払われてしまった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主席の駆け引きが悪辣すぎる、いいぞもっとやれ [一言] いや、凄いな主席。 主席の発表って「同じ学年のモロリーヌが作成・発表した最初の言語による祝詞」が既に存在して、かつ「それが最初の言…
[一言] ここでしか打てない最終ラウンドを見据えた布石となる見事な一手 問題は首席の体面くらいだけど、本人は形振りかまってられないしね それにしても首席も大変だ、唯でさえ意識の変わった次席が怖いのに…
[一言] ドブネズミ同士の丁々発止…熱いぜ
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