526 ゾルディエッタの研究テーマ
大いに盛り上がった競技会が幕を閉じれば、続いて術師と工師の祭典である品評会と研究発表が開催される。今年も見どころ盛りだくさんとホンマニ公爵様がピーアールしたのか、ドクロ式魔法薬製造装置がお披露目された昨年よりも賑わっている印象だ。ちょっと緊張するものの、ヤンデレドクトリンを遂行するにはおあつらえ向きの状況と言えるだろう。まずは多くの領主から配下に欲しいと思ってもらわなければ始まらない。
くじ引きの結果、僕の発表はあまり人気のない午後の遅い時間と決まった。ひとつ前が首席である。神引きが約束されている彼女にしては珍しいと思ったけど、本人曰くベストとのこと。首席の研究テーマは明かされていないものの、僕の発表内容が最初の言語であることは周知の事実だ。それがわかっていて、あえて次席でも【禁書王】でもなく僕との一騎打ちを狙ってくるあたり、相当自信があるのだろう。
「下僕。クソビッチがひつじ飴を配っているのです」
午前中は暇なのでタルトを連れて品評会をウロウロしていたところ、ポゥエン研究室の展示ブースでクセーラさんがひつじ飴製造装置の実演をやっていた。品評会の展示内容が難しすぎるのかつまらなそうな顔をしている子供たちに、どうぞどうぞと出来たてをサービスしている。ひつじ飴を求める子供連れで行列ができてしまいそうな雰囲気を察して、後れを取るなと3歳児が「ひつじ飴」と書かれたのぼりを指差す。
「結局、クセーラさんはひつじ飴製造装置にしたんだ?」
「来年は温室ゴーレムにするからねっ。出すなら今年しかないんだよっ」
直噴型魔導推進器の大型化研究はゴッツモーリ先輩に譲ってしまったらしい。今年展示しなかったら発表する機会がなくなってしまうからと、クセーラさんが棒に絡めたひつじ飴をタルトに手渡してくれた。展示ブースをのぞいてみれば設計図が張り出されているパネルの前に、飴を温めながら回転するカゴや回転力を生み出す魔導器の取り付けられたシャフト、ブレないように押さえておくための軸受けといったパーツの実物が置いてある。
「美味しい飴があるのですよ。こっちにきて一緒に楽しむのです」
ひつじ飴を受け取ったタルトが、近くを歩いていたご婦人グループに連れられて暇そうにしている子供たちへ声をかける。お菓子があるぞと子供たちが寄ってきて、ご婦人グループも展示ブースへとやってきた。3歳児は呼び込みにも長けているらしい。
「これはもしかして、ピンドンにつけ合わせられていた雲のような飴ではありませんか?」
「理屈を説明されてもいまいちピンときませんわね。よく考えついたものですこと……」
「お菓子作りの魔導器が展示されているなんて、私が在学していたころには考えられませんでしたわ。時代は変わっていくものだと実感させられますわねぇ」
このご婦人方は魔導院祭にもいらしていた模様。これはピンドンに添えられていたアレではないかとひとりが口にする。どうやら卒業生の皆様のようで、お菓子作りのためにこんな魔導器を作り上げるなんてと驚かれていた。魔導器の構造なんてさっぱり理解できないであろう子供たちも、甘いひつじ飴には大喜びだ。
「こちらは……男どもが夢中になってる噂の新型魔導推進器とお見受けいたしましたわ」
「まったく、次から次へと新しいおもちゃを欲しがるんですから……」
「お金は湧き出してくるものではないと、いくつになったら理解してくれるのでしょう」
ポゥエン研究室に割り当てられた展示ブースは人通りの多い十字路の一角に設けられていて、一番目立つコーナーの部分にクセーラさん。広いメイン通路に面したところがゴッツモーリ先輩で、交差する横通路側にマジスカ君という配置になっている。ゴッツモーリ先輩の展示へと目を移したご婦人方が、男はみんな3歳児だとプンスカし始めた。領の財務なんかに携わっている方々なのかもしれない。
「こっちの研究は少々地味ですわね」
地味と評されてしまったのはマジスカ君の展示だ。テーマはゴーレムの操作補助技術で、ゴーレムバトルに出場していたバシリスク型にも使われていたらしい。というか、ほ~らこのとおりと実演するために出場していたのであって、本命はこの展示なのだと思う。あの8本脚のうちマジスカ君が実際に操作していたのは一番前と一番後ろのふた組だけで、間にある4本は前後の脚に連動して勝手に動く仕組みになっていたそうな。サソリゴーレムにはクセーラさんによるフルコントロールと行動プリセット機能のふたつがあるけど、その中間を埋める研究である。
「着眼点は悪くないのではありませんか。今すぐ何かの役に立つわけではないですけど、研究しておいてよかったと思う日がくる予感がいたします」
「研究者は……学長先生のお孫さんですって。あの家らしい研究ですこと」
派手な完成品ばかりが注目を浴びる中、足元を固めるような基礎研究に目を向けるのはいかにもマジスカ家らしいとご婦人方がウムウム頷いている。代々、要素技術を重視するお家柄であるらしい。フムフムとマジスカ君の展示を眺めていたら、いつの間にかブースに人が集まって賑わいが生まれていた。どうやら、タルトの奴がひつじ飴で道行く人をどんどん釣りあげている模様。せっせとひつじ飴を作るクセーラさんの前にはもう行列が出来上がっている。他のブースへ敵情視察に行っていたゴッツモーリ先輩とマジスカ君が戻ってくると、こんなチャンスに席を外していたなんてと大慌てでそれぞれの研究を説明し始めた。
「それじゃマジぴょん。留守番をお願いするけど、くれぐれも子供からお金を巻き上げたりするんじゃないよっ」
「ペドロリアンじゃあるまいし、そんなケチ臭いことするものかよ」
賑わいがひと段落ついたところで僕とクセーラさんは他の展示を見に行くことにする。ひつじ飴係はマジスカ君に交代だ。売り物にすんなと釘を刺され、どっかの侯爵家と一緒にするなと反論するマジスカ君。やっぱりあの家は金の亡者と認識されているらしい。
「伯爵っ。デリケッツ研究室に人が集まってるよっ」
「工師の人たちじゃないかな。オムツ01の稼働記録に直噴型の整備マニュアルを展示しているはずだから」
気になったブースを冷やかしながら通路を進んでいった先に人だかりのできているブースがあった。あそこはデリケッツ研究室だとクセーラさんが指差す。のぞいてみれば、思ったとおりバグジードの直噴型魔導推進器整備マニュアルだった。最前列に食い入るように展示とにらめっこしている若い女性と興味なさそうな顔をしている青年男性のペアがいるけどカップルではない。どうやら、シュセンドゥ工房長とバクガイ先生の兄妹が品評会を訪れていたようだ。
「現れたわね、モロリーヌッ。あんた、どうして私が卒業してから次々と面白そうなものを思いつくのよっ」
こちらの姿を見つけてすっ飛んでくる工房長。僕の頭をバスケットボールみたいに両手で挟むと、これなら留年した方がマシだったではないかと激しくシェイクしてくる。とても首席卒業生の言うこととは思えない。
「ヌレテニワ、精霊がなにか奏で始めたぞ」
「ひつじ飴の匂いを嗅ぎつけたようなのです」
バクガイ先生が肩から下げているデカいバッグにはオルゴール箱の形をした工房長の精霊が収められているようで、キンキンと鉄琴を鳴らす音がかすかに響いていた。これはおやつを要求しているのだと、タルトが手にしたひつじ飴を振ってみせる。何も置かれていない空っぽの台座があったのでダカーポを取り出して蓋を開けば、底から生えている4本腕の女性がぶっくりと頬を膨らませていた。
「わたくしはひとり占めなんてしないのです。下僕、食べさせてあげるのですよ」
タルトが差し出してきたひつじ飴をちぎって食べさせてあげれば、すっかり上機嫌になったダカーポはキンキンコンコンと喜びのメロディーを奏でてくれる。
「ポゥエン研究室のブースに行けばマジぴょんがいっくらでも作ってくれるよっ」
「えっ? もしかして製造方法を公開したの?」
ひつじ飴なら無料配布中だと、この機会を逃さずクセーラさんが宣伝する。古巣は最後のお楽しみと考えていたのか、シュセンドゥ工房長はまだポゥエン研究室のブースを訪れていなかった模様。製造装置を展示していると耳にして、どうして僕たちの学年は秘密をポンポン公開しやがるのだと目を丸くしていた。
「兄さん、ポゥエン研究室のブースへ急ぐわよ。それからモロリーヌ、アンドレーアが興味深い装置を設計していたわ。自分の限界をわきまえている者の発想って感じね」
ポゥエン研究室のブースへ向かうぞと、オルゴール箱の蓋を閉めてお兄さんに精霊をしまわせる工房長。去り際にプロセルピーネ研究室の展示について教えてくれた。アンドレーアが新しい装置を開発しているのだけど、そういう考え方もありなのだなと感心させられたそうだ。
「伯爵っ。今すぐ向かおうよっ」
話を耳にしてクセーラさんは興味をかきたてられたご様子。これは偵察しなければとプロセルピーネ研究室に割り当てられたブースへ足を向ける。到着してみれば人だかりができているのはウシコーンの角やモリバイソンの胆石に関するドクロワルさんの展示の方で、アンドレーアとイモクセイさんはブースの一角で暇そうに使い魔の相手をしていた。シュセンドゥ工房長が興味をひかれたという展示に目を通してみれば、なるほどこれはカタログスペックを比べているだけの素人には理解できないシロモノだと頷くしかない。
「これはつまり、三流薬師向けのドクロ式魔法薬製造装置だね?」
「せめて二流にしてほしいけど、まぁそのとおりね。ドクロワルのは材料の段階で仕上がりまで推察できる熟達者向けだから、途中でしくじったと気がついても後の祭りなのよ」
アンドレーアが展示していたのは循環型反応塔の構想図。ドクロ式は調整槽で混合した材料を反応塔でいっきに調合するという仕組みなため、出来上がった時の効果や品質は混合の段階で決まる。循環型は反応塔に小型の調整槽が付属しており、薬液をグルグル循環させながら調合するので、後からでも多少の融通が利くというわけだ。欠点は調合にかかる時間が3倍くらい長くなること。仕上がりの状態を確認しながらゆっくり反応させているので、どうしても時間効率は悪化してしまうという。
「先生やドクロワルは混合をしくじるなんてもっての外って考えだけど、それは誰にでも求められることじゃないと思うのよね」
あのふたりは要求水準が鬼なのだとアンドレーアが頬を膨らませる。後から修正したいなんて甘えだと循環型を批判するプッピーに、課題をどうこなすかくらい生徒の自主性に任せるようイモクセイさんとふたりで猛抗議してどうにか認めてもらったそうな。
「もっとも、ご覧のとおり誰にも目を向けてもらえてないけど……」
「がっかりすることはないさ。少なくともシュセンドゥ先輩は興味を持っているみたいだよ。僕に見ておくようにって勧めてくれた」
やっぱり効率が悪いせいかとアンドレーアとイモクセイさんが揃って肩を落とす。ドクロワルさんの展示に集まっている人たちも、しょせんは人の子。誰もが価値を正しく理解できるとは限らないのだけど、これでいいのだと開き直れるほどの自信はないようだ。落ち込むふたりに、きちんと完成させればシュセンドゥ領からオファーがくるかもしれないぞと伝えておく。ドクロ式魔法薬工房の建設を請け負う身としては、細かいオーダーにも応じられるよう製品ラインナップは増やしておきたいに決まっている。
「それはそれとして、こいつをなんとかしてくんない?」
「骨を欲しがっているのです」
「すっかりあんたに懐いちゃったわね」
シュセンドゥ工房長の思惑はどうあれ、いずれにしてもブツが完成しないことには始まらない。とりあえず今は別の問題を片付けることにする。話をしている間中、アンドレーアのオオカミがオムツに包まれた僕のお尻をガブガブ攻撃し続けているのだ。クマドンナにひつじ飴を与えていたタルトが、骨をおねだりしているのだと通訳してくれた。どうにもならんと放任するアンドレーア。飼い主の責任ってもんをおっぱいに叩き込んでやりたい。
「下僕、そろそろお昼の時間ではありませんか」
「コテージに戻ろうか。骨付きのあばら肉をあげるからしつこくするんじゃないよ」
「ま~た伯爵が他人の使い魔をたらし込んでるよ……」
話をしているうちにお昼が近くなってきたようで、お待ちかねのランチタイムだと食いしん坊3歳児がお日様を指差す。オムツに穴をあけられては困るので仕方なく食べ物をくれてやると告げたところ、僕より大きく育った甘えん坊オオカミにのしかかられる。どうにかしてくれと助けを求めたものの、性懲りもなくたらし込みやがってと女の子たちは誰ひとり手を貸してくれなかった。
ランチをすませた後は研究発表の準備を整え講堂へ向かう。演壇では午後の早い時間という注目されやすい枠を引き当てたアキマヘン嬢が、飛行中に翼をどのように機能させているのか解説を行っていた。魔導甲冑は主翼が生み出す揚力で飛んでいるわけではないけれど、魔導推進器を姿勢制御用スラスターとして使用するのは魔力効率がめっちゃ悪いため、安定翼や空力舵はほとんどのモデルに採用されている。そのせいだろう。ほぼ力学といった内容で魔術とは無関係であるにもかかわらず、かなりの人たちがひと言も聞き漏らすまいと真剣に拝聴しているようだ。
「あんなの、あったりまえな話なのです」
「鳥さんは人族の言葉で解説してくれないから仕方ないね」
なにわかりきったことを話しているのだとブーブー文句を垂らすタルト。人族は鳥語を理解できないのだから知識マウントはやめなさいとなだめておく。翼を持たない人族に飛んでいる時の感覚を言葉で伝えてくれるのはコスプレエンジェルを置いて他にいない。
「それじゃ、先生のところでおとなしくしてるんだよ」
いちおうとはいえタルトは教員なので演壇に連れていくことはできない。予定されている時刻が迫ってきたところで3歳児をリアリィ先生に託し、舞台袖にある待機場所へと移動する。そこで待ち構えていたのは、もちろん僕の直前となる枠を引き当てた首席だ。
「参りましたわね」
「僕の相手なんてしてて大丈夫なの? 次席も【禁書王】もいるのに」
学年首席の座を狙っていないとは言わないものの、10位の僕なんかより次席や3位を警戒する方が先ではなかろうか。今期はちょっと期待できるとはいえ、首席に届くほどではないってことは僕自身よくわかっている。少なくとも今はまだ、彼女の地位を脅かせてすらいない。
「もちろん、おふたりに後れを取るつもりはございませんけれど、これで充分出し抜けると判断いたしましたわ」
僕よりも脅威となる生徒は他にいるだろうと告げたものの、次席たちに追いつかれないという自信はあるのだと首席は口元に笑みを浮かべた。ここに至っては隠す必要もないと判断したのか、これが自分の発表内容だと手元の資料を差し出してくる。どれどれと受け取ってタイトルに目を落とせば――
「…………やってくれるね」
「最初の言語も、もうモロリーヌさんおひとりのものではございませんわよ」
――そこには「神々と精霊の言語」とあった。




