525 その名はデストロイ
「甘いわよっ」
試合が始まったと同時に駆け出したコケトリス型がサイドに回り込もうとするも、鉄イノシシは素早く向きを変え近寄らせない。ジャイアントクランプの捕獲範囲は正面180度と広く、コケトリス型は横でなく後ろにまで回り込まなければならない状況だ。
「残念だったわね、ダエコ。あんたの作戦は想定の範囲内でしかないわ」
真正面からぶつかってくるなら突き上げて前脚が浮いたところを捕え、サイドに回り込もうとする相手は左右に広げた爪で引っかける。最初からそういう使い方ができるよう設計してあるのだから、ジャイアントクランプに死角はないと勝ち誇るロミーオさん。あまりにも迂闊すぎやしないだろうか。
「う~ん、これはダエコさんが勝つかなぁ」
「どうしたの、急に? またロゥリング族の能力?」
この流れはアレだなと田西宿実の記憶にある負けフラグ一覧を思い出していると、ロゥリング族は未来を感じ取れるのかとクセーラさんがアホな質問をしてきた。知識をひけらかすことが大好きな3歳児ですら未来のことはわからないというのに、そんな能力を持った生き物がいるわけない。そもそも知り得た未来を自分の手で変えたら、それは未来を知っていなかったことになるので矛盾が生じてしまう。
「そうじゃなくて、結果が確定しないうちに勝ち誇った者は敗北するという不思議な法則があるんだ」
「思い出したっ。ドワーフたちの品評会で首席がやらかしたアレだねっ」
「うげふっ……」
この世にはまったく説明がつかないにもかかわらず、どうしてか再現性の認められる怪現象が知られている。そのうちのひとつが起こり得るのではないかと口にしたところ、人の心を捨てたクソビッチは容赦なく他人の忘れてしまいたい古傷に言葉の大槍を突き立てた。プラティーナ姫様杯で自信マンマンに勝利宣言したものの、あっさりスカ君に敗北した首席が胸を抑えてその場に崩れ落ちる。
「おうぅぅぅ……記憶が……記憶が浮かび上がって……」
「酷いね。ドブネズミだってこんなことしないよ」
「仕掛けたのは伯爵でしょっ。他人事みたいな顔してるんじゃないよっ」
存在してほしくない記憶が脳裏によみがえってきたと頭を抱えて苦悩する首席。これは心ある人間の所業ではないと非難したところ、そもそもの原因を作ったのは僕だとクセーラさんは己の罪を擦りつけてきた。許し難い暴挙と言う他ない。
「首席の恥ずかしい過去は……私たちが気にしたところでどうにもならないわ……それはそれとして……ダエコが追い詰められてきたわよ……」
首席がしくしくとすすり泣きを始めたものの、今さら過去は変えられない。さっさと試合に注意を戻せと次席がおすまし顔のままリングを指差す。その先へ視線を向ければ、コケトリス型が正方形をしたリングの一角に追い詰められ逃げ場を失っていた。状況から判断する限り、鉄イノシシが牽制を続け上手いことコーナーへ追い込むことに成功したように見える。
ジリジリとコケトリス型に迫っていく鉄イノシシ。左右どちらかに回り込もうにも、動き回れる範囲が制限されていてジャイアントクランプの届かない距離を迂回することはできない。絶体絶命の窮地にもかかわらず――
「追い込んだのか、はたまた誘い込まれたのか……」
「どういうこと?」
「ダエコさんはまったく焦ってないね。まるで、こうなるってわかってたみたいに……」
――ダエコさんの魔力からは欠片ほどの不安も伝わってこなかった。むしろ、待ってましたと言わんばかりの歓喜すらうかがえる。どうやら、乙女の勘が当たっていた模様。この状況を作り出したのはロミーオさんでなく、ダエコさんの方に違いない。
「これで終わりよっ。コソコソ背後に回り込むしかない野人ゴーレムを選んだ己の失策を恨みなさいっ」
正面から組み合ったら負けなんていったいどこの野人様だと、遠回しにロゥリング族をディスってくるロミーオさん。後ろにも左右にも逃げ場がなくなり、身を沈めて防御姿勢を取るコケトリス型に鉄イノシシが襲いかかった。ハサミが閉じられるように、ジャイアントクランプが動けない獲物を捕らえにかかる。
「えっ……」
だけど、勢いよく閉じられたジャイアントクランプの中にコケトリス型の姿はなかった。
「はっ、跳ねたっ?」
身を沈めていたのは防御姿勢ではなく、跳躍するための下準備だった模様。なるほど、追い詰められたように見せかけながら、実はいつだって離脱できたというわけだ。水平方向ではなく、垂直方向に……
「ぎゃあぁぁぁ――――っ!」
ジャンプでジャイアントクランプから逃れたコケトリス型は鉄イノシシの背中とお尻がわかれている部分、本物のイノシシなら一番美味しいお肉が詰まっているあたりに落っこちてきた。よくよく見てみれば、コケトリス型のお尻にも杭のようなでっぱりが装備されている。それが見事に腰の関節へ突き刺さったようだ。堪らずロミーオさんが悲鳴を上げた。
背後に回り込んだコケトリス型が、この時を待っていましたとばかりに鉄イノシシのお尻へガッツン、ガッツン杭を突き立てる。もう目の前はリング際なので、鉄イノシシは押し出されないよう前脚で踏ん張りながら体勢を入れ返るしかない。リングの中央でこの状況に陥ったなら、とっさにアクセルチャージで距離を取り仕切り直すこともできただろう。ダエコさんはおそらく、その手を封じるためにコーナーへ相手を誘い込んだのだ。
「ちょっとダエコッ。後ろからガンガン突くなんて年頃の娘がしていいことじゃないわよっ」
「なにをおっしゃられているのかさっぱり理解できません」
乙女としてやってよいことと悪いことがあるぞと、もうクセーラさんかと思うような盤外戦術を始めるロミーオさん。もちろんそんなことで手を緩めるダエコさんではなく、とうとう鉄イノシシの右後ろ脚を股関節からもぎ取ってしまった。お次は左後ろ脚だと、再びガッツン、ガッツン杭を叩きつける。
「ええいっ。離れなさいっ」
どうにか危機から脱しようと、鉄イノシシが残った左後ろ脚でアクセルチャージを利用したキックを放つ。だけど、そもそもそんな使い方をするものではないし、まともに狙いをつけられる体勢でもないので当たるはずがない。逆にシリンダーから伸びている踵を押し出すシャフトに杭打ちをくらって曲げられてしまった。
「あっ、あれっ。後ろ脚が曲げられないっ?」
シャフトがひん曲がってシリンダー内に収納できなくなったせいで、鉄イノシシの左後ろ脚は伸ばした状態で固定されてしまったようだ。なんてこったいと頭を抱えるロミーオさん。
たいていの場合、悪あがきは裏目に出るものと相場が決まっている。
「終わりですね。せっかくですから、左の後ろ脚も外しておきます」
「ダエコォォォ――――ッ!」
「ダイアナエリザベスコーネリアです」
せっかくだからとダエコさんが鉄イノシシの関節をぶっ壊しにいく。なんてことするのだというロミーオさんの抗議もむなしく、とうとう鉄イノシシは両後ろ脚を失ってしまった。
「先生、仕切り直しを申し立てます」
「申し立てを認める。クレネーダーはゴーレムを開始位置へ戻すようにっ」
リングの中央にある開始位置へとゴーレムを戻したダエコさんが、審判のデリケッツ先生に仕切り直しを申し立てる。即座に受諾した先生がロミーオさんにゴーレムを最初の位置へ戻すよう指示を出し、試合続行不能と判定されるまでの無情なカウントが開始された。前脚だけで鉄イノシシを開始位置まで這っていかせようと奮闘するロミーオさん。往生際の悪さは相当なものだ。
「まだよっ。まだ終わってないわっ。イノリーヌちゃんが諦めてないんだから、私が先に諦めるわけにはいかないっ」
立て、立つんだイノリーヌちゃんと、頬を涙で濡らしながらロミーオさんが鉄イノシシを応援する。後ろ脚のないゴーレムをどうやって立たせるつもりなのかはまったくの謎だ。なお、前脚より鼻先の方が長いため逆立ちができる構造にはなっていない。
「その状態では、どのみち決勝戦にはでられないでしょう。諦めてください」
「ふざけんじゃないわっ。諦めなければねっ、必ず道は開けんのよっ!」
今戦っているのは準決勝。どうあがいても優勝の目はないのだからとダエコさんが諭したものの、ロミーオさんは意地でも受け入れない構えだ。諦めないと言えば聞こえはいいものの、ここまでくると現実から目を逸らしているようにしか思えない。カウントが終わるまで、まだやれることが残っているという気持ちは痛いほどわかるのだけど……
「ぬぅわぁぁぁ――――っ。神様っ、奇跡をぉぉぉ――――っ」
「試合続行不能と看做し、パクリスギの勝利とするっ」
最後に天を仰いだロミーオさんが奇跡を求めたものの、もちろん応えてくれる神様なんているはずもなく、カウントを数え終えたデリケッツ先生がダエコさんの勝利を宣言した。観客席からどちらに向けられているのかわからない温かな拍手が贈られ、地面に突っ伏して慟哭している敗北者を放置したまま勝者が選手控室へ下がっていく。その魔力から伝わってくるのは、つき合いきれないという呆れにも似た感情だ。納得しかない。
「よくやりました、パクリスギさん。これでゴーレムバトルは北部派のものでございますわ」
おぅおぅ……と、なかったことにしたい己の過ちに涙しながら首席がダエコさんを褒めたたえる。次は決勝戦ではなく、準決勝で敗れたふたりによる3位決定戦が行われる予定なのだけど、ロミーオさんの鉄イノシシはまともに動ける状態ではない。ステージに上がったデリケッツ先生が、対戦相手が試合不能という理由でマジスカ君に敗れたウシ型野牛タイプの不戦勝をアナウンスした。これでロミーオさんは4位確定だ。
「特待生ふたりを破ってダエコが優勝かぁ。まっ、このクセーラさんが敗れたわけじゃないけどねっ」
「まるで……結果がわかっているような……口ぶりね……」
「だってマジぴょんのバシリスクは、ロミーオのイノシシ以上に対抗手段がないもん」
決勝戦はこれからだというのに、ダエコさんの優勝は決まりだとクセーラさんが予言した。僕の予想も同じなので賭けは成立しなさそうだ。バシリスク型にはジャイアントクランプみたいな相手を捕える装備がないし、安定性は抜群なものの回頭性は鉄イノシシより劣る。相手も自分も水平方向にしか移動できないことを大前提とした設計なので、上から急降下攻撃を仕掛け放題なコケトリス型には手も足も出ないだろう。
試合が始まれば、思っていたとおり奥の手を隠さなくなったコケトリス型がお尻に凶器を仕込んだフライングヒッププレスで攻撃を加え、バシリスク型は何もできないまま耐えるだけという展開になる。ゴーレムを設計する段階で勝負は決していたのだとマジスカ君も理解している模様。胴体の継ぎ目にお尻の杭をくらったところで、せっかく作ったゴーレムをバラバラにされては堪らんと審判に棄権を申し出た。
「締まらない終わり方だねっ。マジぴょんもロミーオくらいがんばりなよっ」
「あれはもう……ただの悪あがきでしかないわ……観ている人たちも盛り上がっていることだし……棄権するのが正解よ……」
あっさりと敗北を認めたマジスカ君に諦めるのが早過ぎるとクセーラさんは不満タラタラなものの、観戦に訪れた人たちも充分満足してくれたからと次席が観客席を見渡す。周りに注意を向けてみれば、大砲ゴーレムを駆逐した重装甲タイプが高機動タイプに敗れた。時代は機動性なのか、次に何が来るのかまったく予想できないぞといい歳をしたおっさんたちが興奮気味に話している。なるほど、彼らの心はもう来年の競技会へ向かってしまったわけだ。リアリィ先生の満足そうなおっぱいが目に浮かぶ。
表彰式では特待生ふたりを打ち破った優勝者に盛大な拍手が贈られ、よっぽど嬉しかったのかダエコさんは眼鏡を外してしきりに目元を拭っていた。号泣しながら壁をガリガリ引っ搔いている表彰台に立てなかった特待生を気にする者はひとりもいない。ロミーオさんとマジスカ君の試合がなかったのは、ちょっぴり心残りではある。きっと白熱する試合展開になったことだろう。
「むぅ~、げぼぐ~。バナナを~、バナナを捕まえてくるのでう~」
お祝いを伝えに行こうとしたものの、3歳児はバナナの国から戻ってきそうにない。仕方なくヨッコイショと抱え上げて席を立つ。優勝者の控室に向かったところ、嬉し泣きが止まらないダエコさんを【禁書王】の奴がヨシヨシと慰めていた。どうしてエロ本大王が青春しちゃってるのに、僕は保父さんのマネ事をしているのだろう。学園ドラマの一幕のような光景から放たれるラブの波動を感じて、心の奥底に棲む真っ黒なドブネズミが目を覚ます。
「おめでとう、ダエコさん。【ゴブリン伯爵】から君に【デストロイ準爵】の称号を贈るよ」
「ちょっと、なによそれっ?」
「試合中にゴーレムを解体するダエコにはぴったりだねっ」
対戦相手のゴーレムをいちいち破壊してみせたダエコさんなんてデストロイで充分だ。今日から君は【デストロイ準爵】だと告げたところ、それ以上の称号はないと【ゴーレム子爵】も賛成してくれた。
「相手をことごとく再起不能にする……サクラノーメの如き所業……これは【デストロイ準爵】と呼ぶほかないわね……」
「わかりました、パクリスギさん。これからはデストロイ・ダエコとお呼びいたしましょう」
「やめてくださいっ」
やってることがまるで【ヴァイオレンス公爵】だと次席が頷き、首席がさらにおかしなリングネームをつける。真っ青になったダエコさんがやめてくれとしがみつくものの、これは決定事項だと冷たく振り払われた。当然だ。神聖なる学び舎を婚活会場と勘違いしている不届き者を許しておく僕たちではない。
「もうっ、モロリーヌが変なこと言うからっ」
優勝した喜びを台無しにしやがってとプンスカ怒る【デストロイ準爵】。お尻に杭を突き刺してくれるとコケトリス型ゴーレムをけしかけてくる。いくらオムツでガードされているとはいえ、パイルバンカーなど打ち込まれては堪らない。伝えるべきは伝えたのでしからば御免と控室から逃げ出せば、プークスクスと笑いながら首席たちも一緒についてきた。
「さて、前座は終わりました。ようやく本番が始まりますわね」
「ん? 競技会はゴーレムバトルで終わりじゃなかった?」
控室を後にしたところで、引き立て役の皆さんはよい仕事をしてくれたと首席が満足げに口にした。すべての競技は終了したはずだ。それとも、もしや田西宿実が耳にしながらも遭遇したことのないイベント、放課後の延長戦ってやつを示唆しているのだろうか。
「なにを気の抜けたことを……。私たちの本番と言えば――」
ググイと前かがみになった首席が顔を近づけてくる。ノースリーブの胸元が弛んで、今にも先っちょが見えそうだ。もう、誘っているとしか思えない。
「――当然、この後に控えている研究発表に決まっているではございませんこと」
なんかちょっと期待してしまったのも束の間、術師課程の戦いはここからだと宣戦布告されてしまった。




