522 吹き荒れるしゃいくろん
ゴーレム三輪車レースの仕込みは上々、研究発表の準備も滞りなく終わり、僕は万全の状態で学期末を迎えることができた。試験に先立って魔導器製作の課題評価が行われ、積層型魔法陣を採用した上位陣はほぼ満点で横並び、平面の魔法陣にした生徒は術式の複雑さによって差がつくという結果に終わっている。
課題で刻んだ術式は僕が重ねた風と水の渦を逆の方向に回転させる「タービュランスカスタム」で、クセーラさんが幻影を発生させる「湯煙ビューティー」。次席は範囲が落とし穴程度にまで狭くなった「田んぼトラップ」を刻み、首席は射程30センチメートル程度の火炎を放射する「魔導バーナー」だ。効果がしょぼくなっているあたりから、首席や次席も魔法陣を小さな術式カートリッジに収めるのに苦労した様子がうかがえた。
課題評価に続いて行われた座学の試験も、最初の言語から統合魔術語への変換に慣れてきたのか語尾変化などを見落とすことがなくなった。研究発表の結果次第で今学期は順位アップが期待できると思う。もしかしたら、クセーラさんたち第3集団を追い抜けるかもしれない。
「クニーケさんは素直でいい子だねぇ。どっかの誰かさんとは大違いだよ」
「私ですかっ。私に言ってるんですかっ?」
本日は教養課程の競技会1日目。サーキットではゴーレム三輪車レースの予選が行われている。ゲイマル君と同じ組になってもクニーケさんはフルドライブを見せびらかしたりせず、奥の手を隠したまま2着で決勝進出を果たした。1着はもちろんゲイマル君だ。昨年もこういう展開を予定していたのにと口にしたところ、隣で観戦していたアキマヘン嬢が当て擦りかとまなじりを吊り上げた。そのとおりだ。
ソウナンデス君も危なげなく予選を通過して、明日の決勝レースを走る12名が出揃った。ほとんどがゲイマル君たちの学年で、昨年入学した生徒はくじ運に恵まれた2名だけだ。新入生で決勝まで残ったのはクニーケさんだけである。予選が終わったところでリアリィ審判長がピットエリアにタルトを連れてくるはず。迎えに行くのが遅れると機嫌を損ねるので選手たちの集まっている場所に急ぐ。
「新入生で決勝まで残るなんてすごいじゃないか。強敵ばかりだけど、クニーケさんならいいところまでいけるよ」
「できる限り先着できるようがんばります」
ピットエリアに到着したところ、ソウナンデス君が同じサークルのクニーケさんに先輩風を吹かしていやがった。こうやって人は思い出したくもない黒歴史を重ねていくのだろう。いつでもゲイマル君をぶっちぎってしまえたことはおくびにも出さず、そつのない対応を取るクニーケさん。どこぞの思いつきチャレンジ芸人にも見習っていただきたい。
しばらくするとタルトを抱っこしたリアリィ審判長がやってくる。僕が3歳児を引き取ると、選手たちに決勝レースのスケジュールなどを説明をし始めた。王様の名代としておっぱい王太子が魔導院を訪れていて、決勝レースはホンマニ公爵様と貴賓席から観戦なさるそうだ。話を耳にした参加選手たちの顔が緊張で引き締まる。
「なお、アキマヘンさんとモロリーヌさんは解説役として貴賓席で待機してください」
僕たちにも役割が割り振られるようだ。なにか尋ねられることがあるかもしれないから貴賓席の後ろに控えているようにと伝えられた。
「どうして先輩まで?」
「陛下が名代を遣わされたのはモロリーヌさんの研究発表に興味を示されたからですよ。ご質問が競技に関することとは限りません」
僕まで貴賓席に配置されることが不服なようで、アキマヘン嬢だけで充分ではないかとゲイマル君が審判長に質問を投げかける。そもそもおっぱい野郎がノコノコやってきたのはヴィヴィアナ様の祝詞とそこに使われている言語が公開されるから。貴賓席で交わされる会話が競技に関することだけであるはずないだろうとリアリィ審判長に指摘され、余計な質問をしてしまったと黙り込んだ。
「むぅ~、明日も下僕とは別々なのですか~」
「おやつを用意いたしますから、競技の間は辛抱してください」
誰がどこでどんな魔術を行使したのか、完全に把握できるタルトはもちろん決勝でも審判席だ。また別々にされるのかと駄々をこねる3歳児をリアリィ審判長がおやつでなだめる。今日もなにか美味しいものを出してもらったのだろう。食いしん坊は満足したように我が儘を引っ込め、代わりに今からお昼寝にすると僕の腕を引っ張ってきた。
決勝レースの日、アキマヘン嬢と貴賓席で待機していると護衛をゾロゾロ引き連れておっぱい王太子とホンマニ公爵様がいらっしゃった。ふたりが席に着き、シルビアさんがお茶を出したところで決勝を走る12台がフォーメーションラップを開始する。ゲイマル君は今年も最前列の最内側。第1コーナーに一番近いポールポジションだ。その隣がソウナンデス君で、クニーケさんは第2列の一番外側である。参加選手の中で一番軽いクニーケさんはスタートで前に行きやすいから、第1コーナーでクラッシュがあってもアウト側へ逃げられる位置は悪くない。
「同志モロリーヌ、相変わらず君のすることは突拍子がなさすぎる。祝詞に使われている言語の解説と耳にして、神をも畏れぬ所業だと礼拝殿の司祭たちは喚き散らしていたよ」
12台の三輪車が第1コーナーを回っていったところで、おっぱい王太子がニヤニヤしながら話を振ってくる。神々の秘密を公にするなど畏れ多い。取りやめにさせるべきだと、王様のところまで直談判にきたそうな。もっとも、礼拝殿の連中は神々の権威を後ろ盾に政治権力を握りたいだけ。政治に口出ししたがる司祭など縛り首にしてしまえという意見が王城では圧倒的多数派だという。
「神様を独占したいだけって本音が見透かされてないと、本気で考えてるんですかね?」
「人とは愚かなものでね。時として自分より賢い相手がいるってことを忘れてしまうのさ」
それが本当に神々をないがしろにする行為であるならば、タルトはともかくヴィヴィアナ様やドルオタ神が黙っているはずないのだ。神様に会ったこともない司祭の言い分なんて、安っぽい脅し文句にしか聞こえない。自分の発言が周囲にどう受け取られるか予想できていないのかと疑問を口にしたところ、欲に目が曇った愚か者はまず最初に己自身が見えなくなるものだとホンマニ公爵様は肩をすくめた。
「まぁ、礼拝殿のことは同志が気にすることではないよ。彼らが君たち生徒を悩ませないようにするのは、私たち大人の責任だ」
春学期に連れてきたパゲッティーノ大司祭みたいな輩が現れないとも限らないので、お目付け役として派遣されたのだとおっぱい王太子が王様の考えを明かす。礼拝殿の司祭たちにエウフォリア教国の司祭たちが入れ知恵している節もうかがえるのだけど、昨年の事件があったためか表立った動きは見せていないそうだ。公開された内容に目を通さないことにはコメントしようがない。が、教国側の公式見解であるという。
「それより、今はレースだ。そろそろ始まるぞ」
話している間にフォーメーションラップが終わり、参加選手たちが各々のスターティンググリッドにつき始めた。もうすぐスタートだぞと公爵様が観戦を促す。おしゃべりに気を取られて見落としましたでは格好がつかないので、きちんと見どころとなる場面は把握しておきたいらしい。
スターターの魔性レディがスタート台に上がってレッドシグナルを点灯させる。レッドシグナルが消えグリーンシグナルが灯されると、グリッドについていた三輪車がいっせいに加速を始めた。ゲイマル君とソウナンデス君は共に上手くスタートを決められたようで、2台の三輪車が並んだまま第1コーナーめがけて突っ込んでいく。
「イーナ。我が領のゲイマルクには期待してもよいかな?」
「それは……」
第1コーナーはイン側に陣取っていたゲイマル君が先頭を奪取した模様。ソウナンデス君は2番手に控えた。クニーケさんもスタートは悪くなかったものの、集団の外を大きく回らされたため現在は6番手だ。これは南部派の連覇に期待してよいかとお兄さんに尋ねられたアキマヘン嬢が、なんとも言えない表情で言葉を濁す。
「なにが起こるかわからないのがレースですよ。殿下」
「同志のその顔はなにが起こるのかわかってる顔だね。つまり仕込みがあって、イーナもそれに1枚噛んでるということかな?」
「はわわ……」
結果がわからないから実際に走らせてみるのだと、迷っているアキマヘン嬢に代わってありきたりな回答をしたものの、さすがに王太子だけあっておっぱい野郎は察しがよかった。妹がはっきりしない態度を取っているのは、ゲイマル君に優勝の見込みがないことを知っているのだなとあっさり見破られてしまう。
「ナリマヘン家の小僧を筆頭とするあの学年には小賢しい連中が集まっていると教員のひとりから聞かされているよ。どうやら、なにか企んだようだな……」
「魔導院が教育的指導をくれてやろうというわけですね。それでは、イーナの手並みを拝見させていただくとするよ」
ホンマニ公爵様のところにはベリノーチ先生が裏でいろいろと報告をあげている模様。さては灸を据えてやるつもりだなと意地悪そうな笑みを浮かべていらっしゃる。おっぱい王太子も飲み込みが早く、仕込みの方を楽しませてもらおうとアキマヘン嬢に笑いかけた。
しばらくして、最終コーナーをトップで回ってきたゲイマル君が魔導推進器全開でホームストレートを駆け抜けていく。2番手の位置で追いかけるのはソウナンデス君だ。そして、中団に埋もれていたクニーケさんが前を行く数台をごぼう抜きにして3位に浮上した。まだフルドライブは使用していない。バタフライスタビライザーもリアウイング状態のまま、バーナーふたつでトップを競うふたりとの差をジリジリと縮めていく。
「先頭はゲイマルクのままだけど、3番手に上がってきた選手の方が速くなかったかい?」
「あれは唯一の新入生だな。サンディギーモ・クニーケ……まて、こいつは魔導院祭で祝詞を奏でる楽団にいなかったか?」
見るべきところをわかってるのか、トップスピードが一番出ていたのはオムツホッパーであることにおっぱい王太子が気がついた。決勝を走っている選手の一覧に目を落とした公爵様が、彼女はコケトリス部門のメンバー。僕やアキマヘン嬢の息のかかった生徒だと見抜いてみせる。
「もう一段上がありますよ。彼女のオムツホッパーは昨年アキマヘン嬢が乗って優勝したしゃいくろん号の外観だけを換えたものです」
「新型の魔導推進器を搭載したやつか?」
「そうです。ただ、駆動系や魔導推進器には手を加えてません。昨年のままです」
バレてしまっては仕方がないので種明かしをする。アキマヘン嬢やマジスカ君が専門課程に進級したのをよいことに、俺様の時代キタコレと調子に乗っている空き巣狙いにひと泡吹かせてやるよう指示を受けた。そこで昨年の優勝車両とレースをさせ、己の怠慢がどれほどのものか見せつけてやることにしたのだと説明しておく。
「優勝した車両とはいえ1年前のまま、推進器の仕組みや構造は公開済みか。それに太刀打ちできんとは、確かに自慢できた話ではないな……」
「構造も術式も判明している推進器に誰も手を伸ばさないだなんて……。イーナ、彼らはなにか示し合わせでもしてるのかい?」
「いえ、そのような話は耳にしておりません」
同程度の魔導推進器を用意する時間は充分にあったはず。それをしていないのは怠慢と言われても仕方がないと公爵様が眉をひそめる。おっぱい王太子の方は談合を疑ったようで、抜け駆けはしないという裏協定があるのではないかと妹に尋ねていた。その疑問はもっともで僕とアキマヘン嬢も探りは入れたものの、それがあることを示す証拠は見つかっていない。
堂々とパクって構わない技術に誰も手を出さないなんてと全員で首をひねっている間に、先頭のゲイマル君が2周目のホームストレートに突入してきた。その後方にソウナンデス君、クニーケさんと続いている。そして、オムツホッパーのリアウイングが蝶番のように閉じられて垂直尾翼に変形するのが遠目に見えた。どうやら、真の姿を明らかにする時がきたようだ。ふたつに割れた排気ノズルからオレンジ色の炎を噴き出して、昨年の優勝車両であるしゃいくろん号がかっ飛んでくる。性能の違いを見せつけるようにスタンドの真正面、ちょうどゴールラインがあるあたりでゲイマル君を抜き去ってトップに躍り出ると、並ぶことすら許さず一気に突き離す。
「圧倒的だな……。騎士団から早く正式採用してくれと要望が来るわけだ」
魔導甲冑に搭載する直噴型魔導推進器は今年の遠征実習でデータ採取のための試験運用がされたばかり。まだ開発段階のシロモノなのだけど、オムツ01にことごとく獲物を横取りされた騎士たちが自分たちにもとホンマニ公爵様のところへ詰め寄っているらしい。こんなものを見せられては、そうもなるかと顔をしかめていらっしゃる。
「昨年はイーナがあれに乗っていたわけだね。なるほど、話題に上るのも納得だ」
僕は実家へ里帰りしていたので知らなかったけど、昨年の冬はアキマヘン嬢が優勝したレースの話題で社交の場がずいぶんと盛り上がっていたそうな。いくらなんでも大袈裟すぎるのではないかと話半分に聞いていたけど、こいつは噂以上だったとおっぱい王太子がウムウムと頷いていた。レースはバタフライスタビライザーを再びリアウイングへと戻したクニーケさんが第1コーナーを回っていったところ。2番手のゲイマル君が懸命に後を追うも、すでにトップとの差は絶望的だ。あれでは次の最終コーナーでクニーケさんの前に無理やり割り込むことすらできないだろう。
「あれだけリードを広げられたらゲイマル君は手詰まりですね。クニーケさんがアクシデントに見舞われることを祈るしかない状況です」
「南部派の連覇は叶わなかったか。1年前の車両にまったくついていけないのでは、それも仕方がないな」
もう巻き返しの手は残っていないだろうと告げたところ、おっぱい王太子はゲイマル君の優勝をあっさり諦めた。彼の三輪車では仮に優勝したとしても話題にならない。むしろ、クニーケさんが注目を集めてくれて助かったと肩をすくめる。
「ご期待に沿えず申し訳ありません」
「ゲイマルクはいずれ私の士族となる男だ。イーナが手ずから彼を教育してくれるというのなら、私には感謝の言葉しかないよ」
わかっていながら南部派の連覇を阻んでしまったとアキマヘン嬢が謝罪の言葉を口にしたものの、教育的指導が必要であったことはおっぱい王太子も理解してくれたようだ。ナリマヘン家はアキマヘン公爵家の分家の中でも有力な家のひとつ。将来は領の重鎮となって辣腕を振るってもらわなければならないのだから、教育係を買って出てくれた妹に文句なんてあるはずがないとサーキットへ視線を戻す。
ほどなくトップを独走するクニーケさんが最終コーナーを危なげなく立ち上がってきて、スタンドの大歓声を浴びながらゴールラインを通過していった。




