521 こうなるはずだった2年前
学期末の試験も近づいてきて、ゴーレム三輪車レースが催されるサーキットでは参加選手たちがシェイクダウンに精を出している。試験期間が過ぎればすぐに競技会となるので、ここが最後の追い込みだ。ほとんどの生徒が仕上がった魔導推進器を全開にしてホームストレートをかっ飛ばしていく。そんな中、偽装を完了し新たにオムツホッパーの名を与えられたしゃいくろん号を駆るクニーケさんの姿もあった。
「なんだか、どんどん追い抜かれていってますけど……」
オムツホッパーの正体が昨年優勝したしゃいくろん号であることを見抜かれないよう、僕とアキマヘン嬢にクセーラさんはピットエリアに顔を出さず、観戦用のスタンドからシェイクダウンの様子を眺めている。トロトロした走りで次々とライバルたちにぶち抜かれていくクニーケさんの様子を見て、どうしてあんなに遅いのだとアキマヘン嬢が尋ねてきた。昨年、僕が出した指示をすっかり忘れているらしい。
「クニーケさんは優秀なライダーだから、オーダーを無視したりしないんだ」
「まるで私に問題があったような言い方じゃないですか」
昨年アキマヘン嬢にしたように、クニーケさんには3つあるバーナーをひとつずつ使うよう指示してある。フルドライブの3分の1しか出力がないのだからトロいのは当たり前だ。誰かさんと違ってちゃんとオーダーを守っているのだと告げたところ、それは自分への当てつけかと昨年の優勝者はまなじりを吊り上げた。そのとおりだ。
「予選で手の内を晒したら包囲作戦を取られちゃって、メルエラとゲイマル君を吹っ飛ばすしかなくなったのはどなた様でしたっけ?」
「あぐっ……それは、その……不可抗力というもので……」
お前は自らドブネズミに堕ちる道を選んだのだと己の所業を思い出させてやったところ、仕方のないことだったとアキマヘン嬢は見苦しい言い訳を始めた。もちろん、そんな言い分は認めない。自業自得としか言い表しようのない失策である。
「そういうのをクソビッチの正義って言うんだよ」
「おかしな慣用句を使うんじゃないよっ」
全部本人のせいとタルトの考案した慣用句で言い渡してやる。隣でベコーンたんにクルミ入り揚げあんパンを食べさせていたクセーラさんがキシャーと目を剥いて威嚇してきたけど、もちろん無視だ。おやつをあげる手が止まってしまったせいで、膝に抱えている3歳児がドシドシお尻を叩きつけ始めた。クソビッチの相手をしている暇はない。
「むぐむぐ……クルミのポリポリした感じとちょびっとの塩っけが餡の甘さをピリッと引き締めてくれて、なかなかに味わい深いではありませんか」
クルミ入り揚げあんパンをあんぐりと開けられた口に放り込んでやれば、ただただ甘いだけでなく複雑な味わいがあるとエセグルメ3歳児がま~た食通ぶったことをぬかしやがった。どれどれとひと口いただこうとしたら、横取りするなと言いたいのか再びお尻を叩きつけてくる。
「下僕にはわたくしが食べさせてあげるのです」
ご主人様が食べさせてやると、僕の手から揚げあんパンを取り上げる3歳児。あ~んしろとひとつまみ千切って差し出されたパンを口に含んでみれば、そこには餡もクルミも含まれていなかった。
おやつを食べ終わった後はタルトが三輪車で遊びたいというので、久しぶりにアメリカン三輪車でサーキットに乗り入れる。選手たちの邪魔にならないようコーナーのアウト側をテレテレ走っていたところ、バックストレートの上り坂手前でゲイマル君とソウナンデス君にぶち抜かれた。追い抜きざまに、参加資格のない奴が邪魔すんなと言わんばかりの視線を投げかけてくるふたり。カチンときたのでガルバホイールアクセラレーターを起動して、上り坂に四苦八苦している両名を抜き返してやる。タルトはヒャッホゥと大喜びだ。
――ちょうどいい。ふたりの実力、ここで直接測らせてもらおうか……
ゲイマル君とソウナンデス君に追われる格好でグルリと回る下りコーナーを抜け、先頭で最終コーナーへと向かう。お行儀のよいふたりはレコードラインでコーナーへ進入しようとする僕の後ろにピタリと張り付いたままだ。これがアキマヘン嬢なら、自分が苦しくなるのもおかまいなしにイン側へ切り込んで僕の進路を塞ぎにきただろう。前を行く車両に理想的なラインを走られても直線で追い抜けると考えているのかもしれない。
――その判断が間違いだってことを教えてやんよっ!
三輪車がホームストレートの奥へ向いたところでアゲンストキャンセラーとガルバホイールアクセラレーターを同時に起動する。2年前の型落ちマシンとはいえ、応答性の高さはしゃいくろん号にだって負けてない。追ってくるふたりが採用しているのはありふれた連続式魔導推進器だ。出力がピークに達するまでタイムラグのある寝坊助どもを一気に突き離し、ストレートの中間にあるゴールラインをトップで駆け抜ける。
さすがにトップスピードでは勝負にならずストレートの後半で並ばれたけど、抜き去られることなく先頭で第1コーナーへ飛び込むことができた。こうなったらもう、こっちのもんだ。軽さを武器にした軽快なコーナーワークでふたりを抑え込みバックストレートへ突入。先ほどとまったく同じ体勢で最終コーナーを迎える。同じ展開になっては追いつけないと考えたのか、今度はソウナンデス君がイン側へ切り込んで僕の進路に無理やり割り込んでこようとした。残念ながら、その動きはロゥリングレーダーでバッチリ把握できている。レコードラインより手前でイン側について悪質ブロックをプレゼントだ。
ノーマークでレコードラインを抜けてきたゲイマル君に最終コーナー出口で並ばれたものの、立ち上がりの加速勝負になればこっちが有利なことはもうわかっている。ふたりを突き離してゴールラインを通過。実力のほどは知れたので減速してピットエリアに向かう。空いている場所を見つけて三輪車を停止させた僕を迎えてくれたのは、パンパンに頬を膨らませたアキマヘン嬢のふくれっ面だった。
「どうしたの? 虫歯にでもなった?」
「他人にさんざん文句をつけておきながら、どうして先輩は全力で勝負してるんですっ?」
「だって、僕は出場しないから隠す必要ないもん」
どうして自分に禁止したことを当たり前のようにやっているのだとプンスカ怒るアキマヘン嬢。それはもちろん、知られて困ることなんてひとつもないからだ。むしろ、僕の挑発に乗ってしまったゲイマル君たちを叱るべきだと思う。
「な~んか、一昨年の決勝レースを思い出したなぁ」
「まぁ、似たような展開だったよね。ゲイマル君たちの三輪車は2年前のバグジードってとこかな。乙女マキシマムの方がよっぽど手強かったよ」
「急に離されたものだから、大慌てで追っかけてきたのです」
僕たちが出場していた時の決勝レースを眺めているみたいだったと感想を口にしているのはクセーラさんだ。実際、今の展開は一昨年のレースで僕が思い描いていた勝ち筋に近い。非常識な誰かさんがいなければ、ファイナルブースターなんて最終手段に手をつけることなく優勝できる計算だった。ガルバホイールアクセラレーターで突き離された時、あいつらめっちゃ焦っていたぞとタルトはいたずらが成功した時みたいに笑っている。
それでは、2年前の車両にぶっちぎられた連中を冷やかしてやろうとゲイマル君たちの姿を探す。都合の良いことにソウナンデス君と一緒にいてくれた。
「やぁ、おふたりさん。一昨年の優勝車両と競ってみた感想を聞かせてくれないかな」
「今回は不意を突かれただけです。次があったらこうは――」
「ゲイマルク。先輩の三輪車に搭載されている魔導推進器は未だ仕組みも術式も明かされていない秘匿技術ですよ。次は勝つなどと軽々しく口にするものではありません」
ねぇ、今どんな気持ちと尋ねてみたところ、予想外の加速性能に驚かされただけだとゲイマル君は言い張った。もっとも、次はこうはいかんと言いかけたところで虚勢を張るなとアキマヘン嬢に発言を遮られる。自分はもちろんクセーラさんにさえ明かされていない正体不明の魔導推進器を相手に、どんな勝算が立てられるというのか。その言葉に裏付けがないことは明白だと指摘されてゲイマル君は反論できずに黙り込んだ。
「でも、追いつくことはできましたし……」
「ゴールラインまでに追い抜かなきゃ順位は変わらないんだ。ストレートの終盤で追いついたって意味ないよ。あれはそういう勝ち方をするための魔導推進器だからね」
トップスピードはそれほどでもないから追いつけないわけではないと口にするのはソウナンデス君だ。それは設計段階から織り込み済み。最終コーナー出口で並んでさえいれば誰よりも早くゴールラインを通過できるよう応答性と加速力を重視したから、第1コーナーに先頭で飛び込んだ時点で僕は勝利を確信していた。番狂わせとなる要因はひとつもなかったと非情な事実を告げる。
「製作の段階から、そこまで展開を予想して……」
「一番にゴールラインを通過することが目的なんだ。トップスピードを上げることも方法のひとつだけど、それだけで勝敗が決まるわけじゃないさ」
予定どおりに作業を進めて、計算していたとおりの結果を得たにすぎない。勝算ってのはこうやって立てるものだと告げられて息を呑んでいるソウナンデス君には、最高速度を競っているわけではないのだぞと思い出させておく。
「あなた方の発言には重みがありません。勝負というものを甘く考えているのではありませんか。それでは優勝してみせるという話も、どこまで期待できたものやら……」
「そんなことはありませんっ。必ず優勝してみせますっ」
裏付けもなく大口を叩き、都合のよい一部分だけを抜き出して弁解しようとする。そんな連中のした約束なんて信用できたものではないとアキマヘン嬢が口にしたところ、やめときゃいいのにゲイマル君は優勝してみせると言い張った。本家のお姉さんにカッコイイところを見せたいという気持ちは理解できなくも……いや、やっぱりできない。そこは精一杯頑張りますくらいにしておけよと思う。だから、言葉が軽いなんて言われるのだ。
「意気込みだけで勝てるほど競技は甘くないんだよっ。昨年は転倒してリタイヤになったくせに、よくそんなことが言えるねっ」
「ぐふっ……」
前回は着順すらつかなかった奴がデカい口を叩くなと、下級生にも容赦のないクセーラさん。おそらくは触れないようにしていたのだろう。ゲイマル君のアゲンストキャンセラーにタービュランスを干渉させてリタイヤに追い込んだ張本人が胸を抑えて固まった。
「昨年は卑怯な手にやられましたけど、今回はもう引っかかりません。対策も考えました」
「卑怯な手……」
前走がリタイヤだったことを言われても、前のようにはいかないぞとゲイマル君は自信マンマンだ。彼の三輪車を観察すれば、オムツホッパーと同じく空気抵抗を減らす工夫が見て取れる。おそらくは、前に誰もいない時だけアゲンストキャンセラーを使用することにしたのだろう。対策なんて偉そうに宣うほどのことじゃない。競技規定の抜け道を突いた卑怯な手と言われて、勝利と引き換えにドブネズミへと堕ちたアキマヘン嬢は言葉が出てこない模様。顔色を青褪めさせてプルプル震えている。
「同じ手には2度と引っかからないという自信があるならいいさ。観戦に訪れてくれた人たちから拍子抜けだと言われないよう大いに盛り上げてくれたまへ」
このままダメージを与え続けたらアキマヘン嬢がダメになってしまうので、楽しみにしてくれている人たちの期待を裏切らないようにと伝えて話を打ち切る。同じ手は通用しないという発言は、もちろん魔導推進器にも適用させていただこう。直噴型は1年前に披露して品評会にも出したのだから、対策を用意していないのは本人の怠慢だ。後になって卑怯だとか汚いなんて言い訳は聞いてやらない。
「先輩方は盛り上げるどころか大騒ぎにしたじゃないですか。忘れたんですか?」
用は済んだのでピットエリアから立ち去ろうとしたものの、口の減らないゲイマル君が己の所業を忘れたのかと告げてきた。1位と2位でゴールした選手が意識不明のまま担架で運ばれる事態にスタンドは騒然としていたそうだ。
「…………記憶にございません」
「壁がものすごい勢いで迫ってきて、気がついたら全部終わってたからねっ」
「開き直って言うことじゃありませんよっ」
気を失っている間の出来事を憶えているわけがない。大騒ぎになった記憶なんて僕たちにはないぞと伝えたところ、どうしてかアキマヘン嬢がプンスカ怒りだした。過ぎたことをいつまでも気にしたところで仕方がない。これまでよりも、これからのことを考える方が建設的だと思う。
「いろいろあって負けるわけにはいかなかったんだ。ドブネズミーナちゃんならわかってくれると思う」
「誰がドブネズミですかっ」
やるからには勝たねばならない。それが勝負ってもんだ。ドブネズミファミリーの一員ならわかってくれるよねと同意を求めたものの、アキマヘン嬢はわかってくれなかった。一緒にするなと精霊の翼をバッサバッサと荒ぶらせる。
「全部っ。全部、先輩のせいですっ」
「伯爵はすぐに周りの生徒を誑かすんだからっ」
そして、とうとうクセーラさんまでお前こそが諸悪の根源だと僕を非難し始めた。




