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道案内の少女  作者: 小睦 博
第16章 誰もが成長する季節

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520 ゾルディエッタは動かない

「ね~、伯爵ぅ。魔導器製作の課題はどんな感じ~?」


 オムツフリーナちゃん専用三輪車しゃいくろん号の再整備を進めている最中、唐突にクセーラさんから課題の進み具合について尋ねられた。実はわりと行き詰っている。おそらくは彼女もなのだろう。同じ課題をやっているのだから、だいたい予想はつく。


「苦戦してるよ。みんなと同じオーソドックスな作品になると思う」

「本当かなぁ~。伯爵は嘘つきだからなぁ~」


 隠しても仕方がないと正直に白状したものの、もちろんクセーラさんは信じてくれなかった。お前は嘘つきだから信用ならんと猜疑心に満ちたまなざしを向けてくる。悪を暴くには、まず他人を疑うことから。正義を貫くために、誰ひとり信用するわけにはいかないのだろう。それゆえ悪党はいつも群がっていて、ヒーローはひとり孤独なのだ。


「まだオトコギのことを根に持ってんの?」

「当たり前だよっ。みんなのこと騙して、タルちゃんからもらった材料で最高評価なんてっ」


 もっとも、春学期にやらかしてしまったので疑われても仕方がない。どうせ信用できないならわざわざ訊かなきゃいいのにとは口に出さず、好きに受け取ってくれと言っておく。


「あの小さいカートリッジに収めるとなると、できることが限られてくるからね。デリケッツ先生のところに拡大鏡のついた作業台があったから、それでチマチマ加工するつもりだよ」

「あ~、やっぱり伯爵もそうなのか~」


 考えていた以上に加工の自由度がないのだと行き詰っている原因を話したところ、思ったとおりクセーラさんも似たような状況だった模様。形状と寸法が指定されているというだけで、まさかここまで何もできなくなるなんてとため息を吐き出す。


「最初は魔法陣を刻んだ筒を重ねるつもりだったんだけどさ~」

「それだと一番内側の筒に合わせなきゃならなくなるでしょ」

「そ~なんだよね~。ぜんっぜん使える面積が増えないの。アレはきっと罠だよっ」


 SIS規格で指定されている術式カートリッジの形状は円筒形だ。僕も最初は径の異なる筒を重ねて積層型魔法陣を構築しようと考えていた。そしてすぐに、外側に配置する筒ほど表面積は大きくなるものの、その増えた分は有効活用できないデッドスペースでしかないことに気づかされたのである。クセーラさんも同じ結論に達したようで、カートリッジの内径にぴったり合ったメダルを重ねていく方法を採用することにしたという。


「制限のある中で何かを実現するって難しいんだねぇ」

「先生たちのことだから、それを思い知らせるための題材として選んだんだろうね。作業台を使わせてほしいってお願いした時の勝ち誇ったような顔ったらなかったよ」


 拡大鏡付きの作業台を使わせてくれと僕がお願いしたところ、デリケッツ先生は大勝利と言わんばかりの笑みを浮かべて鷹揚に許可してくれた。アイデア勝負でなく、研鑽を重ねた技巧の競い合いになってよっぽど嬉しかったのだろう。それはもう、ご馳走と引き換えでタルトに魔法陣を刻んでもらうという究極の加工手段に手を染めてしまいたくなるほどイラっとくる表情で、一歩間違えれば僕の心はダークサイドへ落ちていたこと間違いなしだ。インチキで得た高評価ではドクロ山に届かないという想いが、最後の一線を踏み越えるのを押しとどめてくれた。


「ロミーオの方はどう?」

「同じだよ。やっぱり筒はダメだって結論に達してた」


 ライバルが気になるようで、ロミーオさんの動向を尋ねてくるクセーラさん。たった今していたのと同じような会話を研究室でもしていたとだけ伝えておく。どんな術式を刻むつもりなのかは僕も知らない。


「すると競技会と品評会での勝負になるかなぁ。ロミーオはやっぱりゴーレムバトル?」

「たぶんね。昨年のイノシシ型ゴーレムに改良を施してるみたいだった」


 課題で差がつかないなら、学年末の順位は競技会や品評会の成績で決まる。今年は夏の遠征実習でブサオークの魔力結晶が手に入ったから、昨年のようにロミーオさんとダエコさんの独壇場にはならないだろう。ライバルが増えることを見越して何やら改造していたぞと教えてあげる。知ったところでクセーラさんは出場できないし、できたらできたでサソリゴーレムがすべてを蹂躙するだけ。情報を隠す意味なんてないのだ。


「う~ん、ダエコかマジぴょんあたりが勝ってくれないかなぁ」

「マジぴょんなんだ……」


 マジスカ君はポゥエン研究室でマジぴょんと呼ばれている模様。なんだかすっごい嫌そうな顔をしている場面が目に浮かぶ。自分は使い魔レスリングにエントリーするしかないから、誰かロミーオさんを倒してくれと他人任せなことをクセーラさんが口にする。


「誰かに期待するいたずらなんて、いたずらとは呼べないのです」

「タルちゃんとベコーンたんが使い魔レスリングを諦めてくれれば、この手で始末してしまえるんだけど……」

「クソビッチの都合なんてわたくしの知ったことではないのです」


 ベコーンたんと使い魔レスリングの練習に励んでいるタルトが、いたずらは自らの手で成し遂げてなんぼだと己の美学を語る。エントリーできればひと捻りにしてやれるのにと恨めしそうに唇を尖らせるクセーラさん。もちろん他人の事情を斟酌してくれるような3歳児ではなく、うり坊の脇に差し込んだ腕を返して華麗なすくい投げを決めながら自分のお楽しみが優先だとあっさり却下した。


「どうにもならないことを気にするより、今は作業を急ごう。時間もあまり残されてない」

「シェイクダウンはエントリーする東部派の子に乗ってもらうの?」

「そのつもりだよ。だから、しゃいくろん号には見えないようにしたいんだ」


 口よりも手を動かすよう告げたところ、サーキットでの試験走行はどうするのだとクセーラさんが尋ねてきた。しゃいくろん号だとバレないように偽装してクニーケさんにやってもらうつもりだと伝えておく。トレードマークのオムツフリーナちゃんエンブレムはコケトリスを意匠した飾りに換えたし、カラーリングも濃い紫を使って悪役マシンっぽいイメージに仕上げたから、バタフライスタビライザーやフルドライブを使用しない限り大丈夫だと思う。後はクニーケさんがどこぞの公爵令嬢みたいな思いつきチャレンジ芸人でないことを祈るだけだ。


「バタフライスタビライザーとフルドライブの作動試験は車体を固定して、ここでやればいいさ。サプライズは最後まで取っておかないとね」

「ププッ……あっけにとられる子たちの顔が目に浮かぶようだよ」


 秘密兵器はここぞという場面まで温存しておくもんだと告げれば、クセーラさんはわかってるじゃないかと賛同してくれる。なんだかんだで彼女も奥の手を隠し持っておくのが大好きなのだ。真っ向勝負を好むものの、あえて手の内を全部晒してみせるほど向こう見ずではない。


「つまらない連中に思い知らせてやるのです」


 楽しいいたずらの始まりだとしがみついてくるタルト。マウンティングの本能があるのか、おんぶしろと僕の身体をよじ登ろうとしてくる。抱き上げてよしよしと揺すってやれば、ご主人様をいっぱい楽しませろとペチペチ額を叩いてきた。まったく仕方のない3歳児様だ。言いつけどおりゲイマル君たちに吠え面をかかせて、空き巣狙いなんて企んだことを後悔させてやろう。






 しゃいくろん号の整備を進める傍ら魔導器製作の課題をこなし、研究発表の用意もしているうちに、僕はとある不思議な事実に気がついた。ドクロワルさんにカリューア姉妹、イモクセイさんとアンドレーアが来年の研究テーマを明かしたというのに、首席がまったく動きをみせないのである。慌てるわけでもなく、まるで眼中にないといった感じだ。


「なんでございますの? 先ほどからジロジロと睨みつけてきて……」


 朝食を終えてお茶をいただいている間、これは絶対におかしいと様子をうかがっていたら、視線が気に障ったのかいったい何用だと問い質された。今の状況に首席がまったく動じる様子をみせないから訝しんでいたのだと正直に白状する。


「いつもなら顔色を青褪めさせて、どうにかしろって掴みかかってくるのに……」

「いつ、誰がそんなことをしたとおっしゃいますのっ」


 どうして今回に限って情けない声をあげて問題を丸投げしてこないのかと率直な疑問を口にしたところ、いわれのない風評を垂れ流すなと首席はまなじりを吊り上げた。根拠となる事実ならいくらでも出てくると思う。


「来年の研究予定を発表したところで、柔軟性が失われるだけではございませんこと?」


 ロゥリング族の領域で得られた魔法薬素材やバカデカ魔力結晶なんて、仮にそれを上回る題材が手に入るとしても来年の夏になる。そこから研究テーマを切り換えても時間が足りなすぎるから、ドクロワルさんたちはもう今の路線でいくしかない。つまり、最終学年での研究テーマを明かしているのは他の選択肢なんて取り得ないからだと余裕綽々で笑みを浮かべる首席。揺さぶりに引っかかってこちらまで手の内を明かすことはないと、シルヒメさんが淹れてくれたお茶のカップを手に取る。魅力的な研究テーマが見つかったなら、いつでも乗り換えられる立場に身を置いておくのもひとつの戦術だそうな。


「見つからなかったらどうすんの?」

「そこをどうにかするのが、その人の手腕というものでございましょう」


 余裕ぶっこいて見つからなかった時はどうするつもりだと問い質してみたものの、相応しい題材を選ぶのも実力のうち。見つからないなんて心配こそ唾棄すべき他責思考な考えであると首席は自信マンマンに言い切った。言われてみれば、それもそうだ。やっぱりこの学年のトップは彼女なのだと感じさせられる怒涛の貫録に尿意を禁じ得ない。


「そうだね。どうにかしろと地面をゴロゴロ転げまわって泣き喚く首席が見られないのはちょっと寂しいけど、題材を見つけるのも実力のう――げぇぇぇ……ぐるじい……」

「私がいつ、そんな無様なマネをしたとおっしゃいますの? 悪意に満ちた流言を広めるつもりなら許しませんわよっ」


 秘かなお楽しみがなくなってしまったのは残念だけどと賛同したところ、どうしてか首席が般若の表情を浮かべて僕の首を締め上げてきた。事実を悪意に満ちた流言と言い換えて報道を規制しようだなんて許し難い。ジャーナリズムは力に屈したりしないと教えてやるべきだろうか。


「さあっ、妙な噂を流したりしないと約束しなければ命はございませんわよっ」

「ごべんなざい。やぐぞぐずるがら……だずげでぐだざい……」


 ジャーナリズムは屈さなくても、ひ弱なロゥリング族はそうもいかない。言うとおりにしますからと首席に手を放してもらう。時には強者に尻尾を振るのも、弱小種族にとっては立派な生き残り戦略のひとつだ。これは決して敗北などではなく、明日へ向かって撤退しただけである。


「下僕が今度、クルミ入りのパンを焼いてくれる約束なのです」

「アーレイ君、わかってございますわね?」

「ちゃんとヌトリエッタにもご馳走するって……」


 契約者が暴力に脅かされているのを見なかったことにして、お次はクルミ入り揚げあんパンなのだとタルトの奴は呑気に自慢していやがる。話を耳にした蜜の精霊がキラキラと期待に瞳を輝かせながら僕の方へと寄ってきて、お前に許された答えはひとつだけだと首席が僕の頭を鷲掴みにした。いつもいつも蜜をくれる精霊にケチケチする理由はひとつもない。喜んでご馳走させていただく。


「ぐぎぎぎ……また他人の精霊をたらし込んで……」

「クルミは首席だってもらったでしょ」

「クマや精霊の分はアーレイ君に負担させる計算で、残らずサークルの騎獣たちに回してしまいましたわ」


 ピャーと喜んでしがみついてきた蜜の精霊をナデナデしてあげれば、性懲りもなく首席がたらし込んだなどと言いがかりをつけてきた。自分のクルミはどうしたのかと問い質したところ、クマネストやヌトリエッタには脳筋ズから巻き上げた分から行き渡るだろうと、馬やコケトリスのおやつに充ててしまったという。


「その分担に不満はないけど、自分で決めておいてたらし込んだとか言うの?」

「タラシはタラシでございます。ヌトリエッタを返してくださいませっ」


 コテージで食べる分は僕が提供するだろうから、自分の手元にある分はサークルで消費する。首席が下したその判断を否定するつもりはない。もとより僕もそのつもりだったし、妥当な分担だと思う。だけど、最初から僕にご馳走させるつもりでありながらタラシと他人を批判するのはいかがなものか。とっても釈然としないのだけど、僕がタラシであることに違いはないと首席はかわいい蜜の精霊を奪い取った。代わりに3歳児が抱っこしろと膝の上に這い上がってくる。


「早く次のご馳走を作るのです。グズな下僕は嫌いなのです」


 さっさとクルミ入りの揚げあんパンを食べさせろと催促してくる底なしの食いしん坊。工夫を加えたものを食べさせれば食べさせただけ贅沢になっていくから、そのうち餡が入っているだけでは心が満たされないなんて言い出しそうだ。あまり舌を肥えさせられても困るのだけど、癇癪を爆発させたらなにを言い出すか知れたものではない。仕方ないので、今晩生地を仕込んで明日食べられるようにしてやろう。


「それじゃ、またパン種の培養瓶を抱いてもらうよ」

「わたくしにど~んと任せるのです」


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― 新着の感想 ―
[一言] 首席の余裕の態度が崩れる時が楽しみですね 問題の先送りになってなければいいけどw テーマを先ぎめすることは研究に使える時間も多いってことだから必ずしも短所ってわけじゃないんですよね
[一言] 首席リアリティ・ショックでお漏らししたらドクロ先生にお漏らしの対策薬を作ってもらわないといけないですねぇ…
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