518 肉の罠
「栗とクルミだっ。マイフレンド、肉を喰わせてくれっ」
ひしひしと冬が近づいてくるのを感じるようになってきた日の午後、拾ってきた栗やクルミの皮むき作業が終わり参加者に分配されたようで、ヘルネストとムジヒダネさんがカゴいっぱいの栗とクルミにドングリを抱えてコテージへやってきた。今日はイモクセイさんとアンドレーアに魔性レディもドクロ研究室へ来ているので、まとめて肉ディナーへご招待だ。同じ寮に入っているムジヒダネさんにロリボーデさんを呼んできてもらう。
「私たちはつまらない農作業と引き換えなのに……」
「オオカミにそんなこと理解できるわけないのね~」
シルヒメさんやイモクセイさんが調理してくれている間に、オオカミ用に保存おいた大イノシシの枝肉を庭に出してやる。グリフォンのフルールとオオカミ兄弟にティコアまで加わってガツガツ喰らい尽くしていく様子を眺めながら、あいつらは何ひとつ仕事をしていないではないかと【ヴァイオレンス公爵】が拳をブルブル震わせていた。オオカミを羨んでも仕方がないと【ジャイアント侯爵】になだめられている。
「今日はちゃんと美味しいところを出してあげるから」
手に入ったばかりのドングリをクマネストとクマドンナに与えながら、脂が乗った最高のリブロースをご馳走してやんよと約束する。3歳児やクマ向けの食材を提供してくれた見返りはきっちり払うつもりだ。期待してくれて構わない。
「お待たせ~。シルキーって手際がすごいわね。勉強になるわぁ」
肉に飢えている脳筋どもがまだか、まだかとソワソワし始めたころになって、イモクセイさんとシルヒメさんがイノシシのリブロースステーキを大量に運び込んできた。さっそくみんなでいただく。味付けは塩とコショウに香りづけのハーブだけとシンプルなものの、これぞ肉といった感じの赤身と口の中でとろけるような脂身が最高だ。あっという間に食べ尽くした脳筋どもがさっそくおかわりを要求している。
「悔しいけど、これは今まで食べた肉のなかで一番美味しいわ」
「やっぱり、あのタレコミっていうのが違うのかしら。生きたまま血とタレを入れ替えるなんてゾッとしたけど、火を入れる前でも生臭さがまったくないのよね」
「いや、生きてないから。もう死んで魂も残ってないから……」
なんてもの食べてやがんだチクショウめと、リブロースをモグモグしながらアンドレーアが悪態をつく。魔術で心臓を動かしているせいか、イモクセイさんは生きた状態の獲物にタレを強制注入していると勘違いしているようだ。さすがに僕もそんな非道なマネをするつもりはない。矢が急所に刺さって息絶えていることは確認済みだし、タレコミする前に魂はワルキューに回収してもらった。
「それより、はぎ取った皮からまた培養素を抽出してくれないかな?」
「いいわよ。ちょうど材料が欲しいと思っていたところなの」
本人にもオオカミにも肉を提供してるんだからとお願いしてみたところ、アンドレーアは意外にあっけなく了承してくれた。いや、材料が欲しかったってことは……
「もしかして、培養素を抽出する工房の研究をするの?」
「なんであんたが知ってんのよっ? さては、こっそりのぞいてたわねっ」
「あ~、公爵様とその話をした時にモロニダスもいたから……」
前にプロセルピーネ先生がホンマニ公爵様と話していた研究を引き受けたのかと問い質したら、アンドレーアの奴は僕をのぞき魔扱いしやがった。豆ばかりでなく肉も食べるようドクロワルさんに連れてこられたプッピーが、リブロースをモグモグしながら僕の方が先に知っていたのだと説明してくれる。
「なんであんたが公爵様と?」
「ヴィヴィアナ様の祝詞をめぐって厄介な連中が動き出してるって呼び出されたんだ」
「あぁ、公開するだのしないだのって話ね」
あの時の内容はプロセルピーネ先生から伝え聞いていた模様。アンドレーアだけでなく演奏に携わった生徒全員に、おかしなことを言ってくる奴が現れても知らぬ存ぜぬで相手にするなと注意喚起がなされたそうな。まぁ、そっちのほうは公爵様に対応をお願いしておいたから、しばらく経てば沈静化するだろう。問題はその先だ。
――ドクロワルさん、カリューア姉妹に続いてアンドレーアたちもか……
今年の研究発表は最初の言語と決まったものの、僕はまだ最終学年での研究テーマについて何ひとつ目途が立っていない。周囲から次々と大型研究の予定を聞かされると、このままでは大きく出遅れてしまわないか不安になってくる。焦って決めて後で後悔することは避けたいものの、あまりのんびりと構えていられないのも事実。忘れないようにしようと心に留めておく。
「ロリヴァの素をバンバン作るのです。美味しいものはみ~んなに広めるのですよ」
「先生とアーレイ君はもっと肉を食べてください。手が止まってますよ」
僕の不安をよそに、また純粋プルプル成分が手に入るとわかってタルトは大喜びだ。美味しい幸せをもっと、もっと広げるのだと呑気にバンザイしてはしゃいでやがる。ドクロワルさんは相変わらず保護者モードで、欠片ひとつ残すことは許さないと肉を片付けるよう勧めてきた。なにがなんでもロゥリング族を太らせなければ気が済まないという怨念に突き動かされているようだ。
「うめぇ……やっぱお前は最高のフレンドだぜ」
大喰らいのヘルネストはひとりで700グラム以上平らげて、持つべきものは頼れる友だちだなどとぬかしている。よくもまぁ、そんなに食べられるものだと感心するしかない。ムジヒダネさんと魔性レディも500グラムは食べているので、ムジヒダネ領の連中は生まれつき胃袋がデカイのだろう。アンドレーアとイモクセイさんは400グラムがせいぜいだ。ドクロワルさんは600グラムをペロリといったけど、そのくらいドワーフなら不思議でも何でもない。実家にいる肉バカ妹たちなら軽く平らげておかわりを要求してくると思う。
「こんなにお肉を食べたのは初めてなのね~。今なら張り手でウカツを沈められそうな気がするのね~」
もっとも、一番多く平らげたのは【ジャイアント侯爵】ことロリボーデさんだ。2キログラム近く食べたと思うけど、彼女はもう謎生物カテゴリなので深く考えるのはやめておく。なんだか力が湧いてきた。今ならヘルネストをひと捻りにできそうな気がすると、昨年のダブルダウンチャンピオンに向かって挑戦状を叩きつけている。
「先生とアーレイ君もいっぱい食べましたか? おかわりならありますよ」
「もう食べられないわよ~う」
そして、ドクロワルさんからフォアグラにするガチョウの如く食べることを強いられた僕とプロセルピーネ先生は、身動きが取れなくなるほどお腹パンパンになって長椅子に横たわった。気を抜いたらゲェェェ……してしまいそうだ。治療士としての腕前は最高なのに、身体の小さいロゥリング族は胃袋も小さいとどうしてわかってくれないのだろう。
「マイフレンド。またドングリが手に入ったら持ってくるからご馳走してくれよ」
「いやだ。しばらく肉は見たくない……」
すっかり満足したらしいヘルネストが2匹目のドジョウを狙って次もなんて言ってくる。再びチャンスが巡ってくることに期待しているのか、他の連中も聞き耳を立てて僕の回答をうかがう構えだ。こんな苦しいのは二度と御免なので、もう肉ディナーは開かないぞと心に固く誓った。
己の欲望にのみ忠実な脳筋ズは配分されたドングリを肉と交換したけど、首席とロミーオさんにダエコさんは騎獣たちにとサークルへ寄付してくれた。その人の品格というものはこういった行いに表れるのだと思う。人族様向けに精米された白米ほどではないものの、カラスムギや飼料用のトウモロコシに比べればよっぽどご馳走なようで、コケトリスたちは喜んでドングリを啄んでいる。
「運動した後のおやつに食べさせるのがよさそうですね」
ドングリを嘴で挟んで器用に殻を割って中身を取り出すイナホリプルの様子を眺めていたアキマヘン嬢が、運動した後にあげれば喜ばれそうだと楽しそうに口にする。モリモリ食べてくれるのが嬉しいのか、ロミーオさんとダエコさんが次々にドングリを与えていく。いつもとは一風変わったおやつにコケトリスたちも満足してくれたようだ。
「こいつはドングリを肉と交換してしまったのです」
「待てっ、やめろっ。突っつかないでくれっ」
そして、ドングリを肉に換え食べてしまったことをタルトにチクられたヘルネストは、兄貴分の黒スケから突っつかれていた。ちゃんとおやつはもらえたので本気で怒っているわけではないのだけど、舎弟がわけてくれなかったというのが気に食わないのだろう。咎めるようにお尻をビシビシ攻撃している。
「ヘルネストが高級肉食べ放題だったと自慢してくるんだけど、どうして誘ってくれなかったんだい。僕たちは永遠の友情を誓い合った仲だろう」
「肉ディナーは狩猟やドングリ拾いを手伝ってくれたお礼だよ。悪いけど、ビジネスに友情は持ち込まない主義でね」
同じように、ムジヒダネの連中だけなんて不公平だと【皇帝】も唇を尖らせている。どうやら、口の軽い迂闊野郎が騎士課程の寮生相手にさんざん自慢しまくったらしい。友情はどこへ行ったと不満たらたらのエロオヤジに、これはビジネスだとはっきり告げておく。ちゃんと対価だっていただいてるのだから間違ってはいないはずだ。
「ロリボーデの奴が妙にニコニコ上機嫌でいると思ったら、そんな裏があったのね」
「ぶ~、先輩たちばっかりズルいです」
【ジャイアント侯爵】は口が堅かったものの、表情はユルユルだった模様。使い魔のオオカミも満足しきった様子で骨をカリカリしていたから、なにか好いことでもあったかと思っていたら、ひとりだけ肉三昧を楽しんできたなんてと雪だるま先輩が口の中に食べ物を蓄えたリスみたいに頬を膨らませた。クニーケさんも肉に執着があるようで、仲間外れにするなんて酷いと抗議の声をあげる。
「タダで肉を振舞ったわけじゃありませんって……」
「お姉さんが抱っこしてあげますよっ。は~い、いいこでちゅね~」
不当に差別的扱いを受けたと非難の声を上げるふたりに相応の対価をいただいたうえで提供したのだと説明したところ、いい子、いい子してあげるからとクニーケさんが僕を抱き上げた。いくら僕より頭ひとつ分背が高いからといって、偉大なる先達をお子ちゃま扱いするなんて許し難い。どうやら、わからせなければならない対象がここにもいたようだ。
「仕事をひとつ頼まれてくれるなら考えなくもない……」
「私にできることですか?」
「僕とアキマヘン嬢が全力でサポートするから上手くいかない可能性は考えなくていい。クニーケさんであることが重要なんだ」
とりあえず話をつけにいこうと、イナホリプルにドングリを食べさせているアキマヘン嬢を指差す。新入生に抱っこされている僕を見て、もんのすごく何か言いたげな表情を浮かべていたものの、例の計画を実行する候補者だと告げたところ、鉄仮面ドブネズミから課題を与えられた令嬢ドブネズミは話を聞いてくれた。
「同じ新入生ならアイバッガー君も候補に挙がるのではありませんか?」
ゲイマル君たちを叩きのめすのに新入生はこれ以上ない適役だと僕のアイデアに賛同してくれたアキマヘン嬢だけど、東部派に優勝をかっさらわれるというのが引っかかったようだ。南部派の新入生でもよいのではないかと暗に仄めかしてくる。
「しゃいくろん号を昨年のまま使おうと考えてるんだ。バタフライスタビライザーを使いこなせないんじゃ困る」
昨年の優勝車両に新入生を乗せて、三輪車の性能がまったく進歩していないという事実を白日の下に晒してやるべしと説得すれば、アキマヘン嬢は深く考え込むような表情になった。勝負の決め手になった高速コーナリングは垂直尾翼があったればこそ。コケトリスが尾羽で姿勢を安定させている時の感覚をつかんでいなければしゃいくろん号の性能は引き出せないと、誰よりも本人がわかっていると思う。
「クニーケさんの訓練はいかがなさいます?」
「それは僕が引き受けるよ。時間もあんまりないからね」
馬にしか騎乗したことのないアイバッガー君ではしゃいくろん号を扱いきれない。そう納得してくれたようで、アキマヘン嬢は南部派の生徒に拘ることを諦めて訓練はどうするのか尋ねてきた。任せてくれと引き受けておく。
「わかりました。それではクニーケさん、学年末の競技会でゴーレム三輪車レースに出場してもらえませんか。三輪車はこちらで用意します」
「私に頼みたい仕事って、このことですか?」
「そうだよ。引き受けてくれるなら、今晩にでもお望みの肉をご馳走しようぢゃないか」
三輪車レースに出場するよう告げられたクニーケさんが、これが頼みたい仕事なのかと首を傾げてみせた。そのとおりだ。優勝できるよう手筈を整えるのは僕たちの役目なので、結果を担保する必要はない。引き受けてくれたなら肉食べ放題だと約束する。
「ねぇ、それってサンディだけなの?」
「訓練を手伝ってくれるなら先輩にもご馳走しますよ」
また自分だけ仲間外れかと雪だるま先輩が頬を膨らませていたので、お手伝いに志願してくれるならと提案する。話を聞いたふたりが引き受けるだけでいいならヤリ得だなどと口にしたので、結果はともかく最後までやりきることを条件に追加させてもらった。途中で放り出さないと約束してくれるなら肉は前払いでいいだろう。
「わかりましたっ。出場するだけでいいならやりますっ」
「サンディのためなら、喜んで手伝わせてもらうわっ」
世の中、そうそう美味い話が転がっているわけないのに、タダで高級肉にありつけるぞとふたりは大喜びで仕事を引き受けてくれた。さっそく今日の夕食に招待する。アキマヘン嬢も誘ってみたものの、なにかを警戒しているようでお断りされてしまった。それでいい。何事にも慎重でなければドブネズミは生き残れないのだ。
夜になってコテージを訪れたクニーケさんと雪だるま先輩は、それがドクロ塾の入学志願書と気づかないまま出されたリブロースを疑うことなく平らげた。




