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道案内の少女  作者: 小睦 博
第16章 誰もが成長する季節

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515 学習院の抱える問題

「神々や精霊の使う言語は君だけの……いわば秘匿術式だ。その秘密を明かしてしまおうというのかね。教育者としては、もちろん歓迎したいところではあるのだが……」


 研究発表で最初の言語を解説すると聞いてホンマニ公爵様は困惑を隠せないご様子。学問の発展は大いに結構だけど、それで僕にどんなメリットがあるのか測りかねているようだ。もちろんメリットなんて特にない。だけど、これといったデメリットもないのである。


「実現してもらいたことを正確に伝えなければ術式にならないのは統合魔術語と変わりません。秘匿術式だなんて大袈裟ですよ」


 他の魔術語に比べ余計な部分がないのでスッキリとしていて効率的ではあるものの、きっちり正しく記述しなければ魔術が発動しない点は同様である。精霊に何をどうしてもらうのかが秘匿術式のキモ。最初の言語だから特別な魔術が使えるというわけではないのだ。天上にいらっしゃる神様にも届くというのが唯一の違いだけど、もともとすべての種族に伝わっていた言語なのだから喧しいと怒られることもないと思う。


「下僕はお前たちと違ってケチ臭くないのです。お前たちはみぃんな金の亡者なのです」


 王女殿下を始めとする面々が、こいつはいったい何を考えてやがるのだと呆気に取られている中、タルトだけが僕を擁護してくれた。本来、ものの価値は人それぞれなはず。誰かに分け与えたところで自らの分が減るわけでもない知識をもったいぶるのは万人に共通の価値、すなわちお金に置き換えている証拠だとお茶菓子のクッキーをガリガリ齧る。味方してくれるのはありがたいものの、ここまで通貨というものの意味を理解していながら、どうして頑なに貯金の必要性を認めないのか不思議でならない。


「もったいぶっているわけではないのだが……。今日、ここに彼を呼び出したのは私だ。己の軽率な行いが生徒に不利益を生じさせる結果になっていやしないかと、不安を感じるくらいは許してもらいたい。なにせ、こいつの行動規範はさっぱりつかめないからな」


 そうと気づかないまま僕に貧乏くじを押し付けてしまうことを懸念しているのだと、ホンマニ公爵様が苦笑いを浮かべながらタルトに弁解する。どうしてその結論に至ったのか。僕の思考過程がまったく読めないから、もしかして嫌々ながら不利益を許容しているのではないかと心配になってくるそうだ。


「本当に嫌なら下僕は自力でどうにかするのです。お前が心配することではないのです」

「お願いですから、行動に移す前にちゃんと相談してください」


 もっとも、そんな公爵様の言い分も3歳児には余計なお世話だとばっさり切り捨てられた。欲の皮を突っ張らせた連中なんて、まとめていたずらの餌食にしてくれるとふんぞり返るタルト。それが一番怖いのだとリアリィ先生はこれ以上ないくらい顔をしかめている。


「そういうわけですので、連中を見かけたら研究発表を楽しみにしているよう伝えてあげてください。祝詞に使われている言語の解説と耳にすれば、すぐにまた掌を返すでしょう」

「下僕はすぅぐ面白いことを考えつくのです」


 誰でも奏でられる楽譜が非公開になれば、祝詞を構成している言語に関する情報も秘匿されると教えてやればいい。楽譜よりも最初の言語に興味があるという人の方が上流階級には多いだろうから、強硬に反発し続ければ周囲から孤立することは明らかだ。そして再び掌を返した連中は、状況次第でコロコロ意見を変える日和見主義者だと信用を失うことになる。ひとり占めを企んだ輩にはハズレしかないクジを引かせてやろうと口にしたところ、いたずらの時間だとタルトが楽しそうにはしゃぎ出した。


「どっちを選んでも……みたいな状況に陥れるのが、あんた本当に好きね」

「僕というよりタルトですよ。嘘を吐いて騙すのは美しくないと許してくれないんです」


 どっちにしても救いはないのに、わざわざ選択肢を用意してやるなんて性格が悪すぎるとプロセルピーネ先生はすっかり呆れ顔だ。そうは言っても、嘘で相手を騙すことはタルトが許してくれないのだから、確実に獲物を仕留めるにはすべての選択肢に爆弾を仕込んでおくしかない。


「聞きましたか、姉様っ。先輩はこういう人なんですっ。他人を欺くためなら秘匿術式すら囮に使うことを厭わないドブネズミなんですよっ」


 昨年の秋、本人のあずかり知らぬところでオリジナルエンジェライザーに「ヴィヴィアナロック」が仕込まれていたことを、執念深いアキマヘン嬢はまだ根に持っていたご様子。これが汚いロゥリング族のやり口で、秘匿術式を譲られたことを黙っていたわけではないのだと王女殿下に自らの無罪を主張する。


「なるほど……行動規範が理解しがたいというお話も納得できます」

「そんなことありません。王太子殿下とはわかり合えていると確信しています」

「あの痴れ者の理解者はひとり残らず女性の敵です」


 しょせん人はわかり合えない存在なのだと王女殿下が悲しいことを言ったので、僕とおっぱい王太子は価値観を共有していると伝えたものの、おっぱい教徒は地下牢につないで鞭打ちにする法案を貴族院に提出してやるぞと睨みつけられてしまった。おっぱいは赤ちゃんが元気に育つよう神様がくださった贈り物である。それを大切に思うことが罪だなんて、王女殿下は信仰心に乏しいのではなかろうか。


「おっぱいがなければ赤ちゃんは育たないんですから、ありがたがるのは当然です」

「間違ってはいないのです」


 おっぱいは人族にもロゥリング族にも必要不可欠なものであると説けば、赤ちゃん至上主義な3歳児がそのとおりだと肯定してくれる。精霊もこう言っているのだから間違いない。誰もが己の利益ばかりを優先するこの世の中で、唯ひとつなんの見返りもなく与えられるのがお母さんのおっぱいだ。すなわち、おっぱいこそ神の愛である。


「先輩はとっくに赤ちゃんではなくなってるじゃないですか」

「肉体は老いても、いつまでも赤ちゃんの心を忘れていないと言ってほしいね」

「老いる前に、少しは成長してください」


 自分だっておっぱいを飲んで大きくなったというのに、もう赤ちゃんではないのだからとわからず屋のアキマヘン嬢が唇を尖らせる。神様からの贈り物を大切と思う心に年齢は関係ないと完全論破したやったら、よりにもよってロゥリング族の種族的欠点をあげつらってきやがった。僕だって、なにも好きこのんでチンチクリンのままでいるわけではない。


「ロゥリング族にもっと成長しろだなんて、人族の方が背が高いことを自慢してんの?」

「身体じゃなくて心ですっ。精神的な面を申し上げているんですよっ」


 種族差別とはけしからん。そんなに成長したいならわき腹活性化剤を大量投与してやんぞと決意を固めたところで唐突に部屋の扉が開かれた。シルビアさんとシルヒメさんに続いて次席と発芽の精霊が入ってくる。どうやら、デリバリーのピンドンが届いたようだ。


「【萌え出づる生命】はこっちに来るのです。バレバレも出てきて一緒に食べるのですよ」

「あら、この子ったらまた勝手に……」


 ドドンとピンドンが並べられ、タルトが発芽の精霊を手招きして隣に腰かけさせる。出てこいと命じられて、王女殿下のおっぱいに擬態していたごまかす精霊がドレスの胸元からニョルリと這い出てきた。真っ赤な色をしたアメーバがニュルニュルとテーブルの上を這い寄ってくる。ピンドンの手前でモコッと盛り上がったと思ったら、妙にふてぶてしい面構えをした頭だけの3歳児になった。


「ひとつあげますから仲良く食べるのですよ」


 発芽の精霊とごまかす精霊にピンドンを分け与える3歳児。ずいぶん太っ腹だけど、こいつにはまだふたつもピンドンが残されているのだから充分だろう。精霊同士の仲は悪くないようで、発芽の精霊にメロンを食べさせてもらった頭だけ3歳児は本物そっくりな小憎らしい顔でモグモグしている。


「下僕はわたくしに食べさせるのです」


 さぁ食べさせろと僕の膝の上でタルトがあ~んの構えを取る。ご馳走が出てきたおかげで、王女殿下もアキマヘン嬢も食べることに気を取られているようだ。おっぱい教徒を非難することも忘れてピンドンに舌鼓を打つ。


「こんなご馳走を食べているなんてイーナは贅沢ですね」

「姉様。ピンドンは魔導院祭の期間しか提供されていません」

「ピンドンだけではありません。温室でしか栽培できない果物なんて、王城でもそうそう口にする機会はないのですよ」


 どうして妹の方が自分より豊かな食生活を送っているのだと、バナナを口にしながら王女殿下が頬を膨らませた。化石燃料の見つかっていないこの世界にビニールハウスがあるはずもなく、温室はすべてガラス張りだ。重いガラスを支えるためにドワーフ鋼の骨組みが必要となるので、建設費だけでも相当かかる。加えて重油みたいに安価な燃料もないとあって、温室栽培は採算を度外視した趣味の領域でしか行われていない。ビジネスでやっている人は皆無なので、食べたい時に手に入るとは限らないのだろう。


「そういえば、建設中の新しい温室をひとつのゴーレム核から集中制御する形に設計を見直したという話があったな」

「はい。見たこともないような大きさの魔力結晶が得られたので、今学期をゴーレム核の設計にあて、来年完成させる見込みだそうです」

「景気のいいお話ですわねぇ」


 ピンドンをモゴモゴいただきながら、園芸サークルの温室計画に変更があったと報せを受けているぞと公爵様が口にする。もっとも、耳にしているのは新しい計画はこうなりましたという結論だけらしい。詳しい事情を知っているかと尋ねられた学長先生が、カリューア姉妹の計画を説明していた。研究を新しい温室に集約させ、古い温室は栽培専用にすると聞いて、学習院には温室を建てるスペースすらないと王女殿下がため息を漏らす。


「やっぱ、そういう腰据えた研究をさせたいわね。あいつらにも勧めてみようかしら」

「あいつらって、アンドレーアたちですか?」

「弟子にやらせたように、培養素を抽出する装置一式を設計させてみようと思うのよ」


 園芸サークルの温室計画を耳にして、最終学年ではひとつの課題を1年かけて成し遂げるような研究をさせたいとプロセルピーネ先生が言い出した。ドクロワルさんが新薬の開発に専念できるよう、ドクロ式魔法薬製造装置の応用研究はアンドレーアとイモクセイさんに任せたいらしい。材料の受け入れから中間保存、完成品の払い出しまで含めた培養素抽出プラントの全体設計を経験させたいという。


「それはよい考えなのです。ロリヴァの素をバンバン作るのです」

「あんたに全部取られちゃうから、培養素を使う研究が全然進んでないのよ」


 好物の材料を抽出する装置の研究にタルトは大賛成の構えだ。一方、お菓子に使われてしまうせいで臓器の培養ができないのだとプッピーが不満を漏らす。そして、僕たちのやり取りを眺めていたホンマニ公爵様が目を丸くした。


「ロリヴァというのは春学期にいただいた菓子だったな。培養素なんて使っていたのか」

「せっかく抽出しても、こいつが片っ端からお菓子にしやがんのよ。どっからそんな思いつきが湧いてくるのか不思議でしょうがないわ」


 培養素のことはご存じだったらしく、まさかあんなものからお菓子が作れるなんてと公爵様が驚いている。プッピーと同様に、細胞や菌を増殖させるための養分としか考えていなかったのだろう。こいつが研究の足を引っ張るのだと、プロセルピーネ先生が僕を指差してブーブー文句を垂れる。伯母さんがしている悪魔の研究をやめさせるのが宿命によって課せられた僕の使命だ。これまでどおり、純粋プルプル成分は残らずいただく。


「このままでは学習院の立場ががが……」


 そして、考案されたばかりの魔法薬製造装置を上級再生薬以外へ応用できる卒業生なんて出てきた日には、また学習院はなにひとつ成果をあげられていないという評判が広まってしまうとオーマイハニー王女殿下が頭を抱えてしまった。学習院の卒業生は口ばっかり達者な頭でっかちで、ひとりでは満足に仕事を進められないという評価が王都の社交界に定着しつつあるそうな。実務を任せるなら士官学校の卒業生にしておけとまで言われるありさまであるらしい。


「ひと握りの優秀な生徒を除くほとんどが、学府は人脈を築くところと称してパーティーにうつつを抜かしている連中だ。実務を処理する能力なんて身につくはずなかろう」


 ピンドンをモグモグしながら、学習院出身者の多くは社交の場で様々な話題に対してご意見を表明するのが仕事と勘違いしている連中だと公爵様が語る。他人の仕事を見てアレコレ積極的にダメ出しするものの、自ら問題解決に乗り出すことはなく、成果が上がれば自分が助言したおかげ、失敗したら実行者のせいにする無責任な連中だという。


「責任を負わずに済む立場で好き勝手なことをぬかす評論家気取りって感じですね」

「すばらしい。それ以上に的確な表現は私だって思いつかない」


 田西宿実の世界にも大勢いたなぁ……と思い返しながら感想を口にしたところ、まさにそのとおりだとホンマニ公爵様はフォークですくい取ったひつじ飴を王女殿下に向けて突き付けた。


「あいつらは菓子のひとつも思いつかない創造性に欠けた連中だが、魔導院の生徒は違うぞ。いつまで無能な大人の真似事をさせておくつもりだ?」


 学習院の生徒が悪いのではない。大人たちが悪い手本ばかり見せるから、それが正しい振舞いだと勘違いしているだけ。王都という環境が子供たちを堕落させていると指摘された王女殿下は、なにも言い返さずに押し黙った。思い当たる節があるのだろう。


「美味しいご馳走を作れる下僕は特別なのです。比べてはかわいそうなのです」


 だけど、珍しくタルトが僕と比べるのはやめてやれと公爵様をなだめにかかった。手放すのがもったいなくなる下僕なんて、この国の歴史よりはるかに長い時間の中でも数えるほどしか見つかっていない。僕と比べるのは1メートルの棒で米粒の大きさを測るようなもの。ものさしに使う方が間違っていると、バナナを指差しながら口をあんぐりと開ける。


「下僕の周りには幸せがいっぱいなのです。ダメなのはヘタレなところだけなのです」

「君、それをここで言うの……」


 そしてバナナをモシャモシャしながら、こいつは赤ちゃんを作る場面になると怖気づくヘタレだと根も葉もない悪評を垂れ流しやがった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 学習院の生徒はドブネズミ族と違って小狡いだけなのがね……
[一言] 根も葉もあるんだよなぁ
[一言] 三歳児が下僕はケチんぼじゃないのですというと「知識は減らないのですから美味しいおやつの作り方もどんどん提供するのです」って繋がりそうでおお怖い怖い
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