514 ひとり占めを企む者ども
魔導院祭の2日目。コケトリス部門と騎乗部門では馬場でゴロゴロして遊ぶ騎獣たちの展示くらいしかしていないので、僕がついている必要はない。ドクロワルさんに骨を抜いてもらったシカモモ肉の塊をイモクセイさんに渡した後は、はしゃぐ3歳児を連れて園芸サークルのフルーツパーラーへ向かう。
「待っていたわ……モロリーヌの席は……あそこよ……」
開演時間も早々に入店したため、僕たちがお客さん第1号だ。タルトを広告として活用するつもりのようで、店長の次席に人通りの多い通路に面した窓際の席を指定される。道行く人たちからよく目に付くようにと考えたのか、ひとつだけテーブルと椅子が高くセットされ、ご丁寧に登るためのふみ台まで用意されていた。
「はやぐっ、はやぐピンドンを持ってくるのですっ」
年に1回のお楽しみであるピンドンが待ちきれないようで、椅子に腰かけて膝に抱き上げてやった途端、タルトの奴はテーブルをバシバシ叩いて大好物を要求し始めた。すでに用意してあったのか、待たされることなく次席がピンドンを、発芽の精霊がティーセットを持ってきてくれる。今年のピンドンにはつけ合わせにクルミと栗が追加されたようだ。
「むふふ~、やっぱりピンドンは最高なのです。下僕の上に落っこちてよかったのです」
プリンを中心にバナナ、メロン、イチゴ、柿、リンゴ、サクランボ、ブドウ、マンゴーにライチといった果物がてんこ盛りにされ、つけ合わせに炒ったクルミと蒸し栗がちょこんと乗せられたプリンに果物をドンと盛ったモノ。通称ピンドンを前にして、落っこちたのが僕の上でラッキーだったとタルトが勝手なことをぬかす。クセーラさんが製造装置の3号機を完成させたのか、イチゴとブドウの下に敷かれている雲のようなのはひつじ飴だ。まずはイチゴからだというリクエストに応え、フォークに突き刺してあんぐりと開いて待ち構えている口にぶっこんでやる。
「下僕、外から眺めている連中にバナナを見せつけてやるのですよ」
窓から見えるところで3人組の女性が、なにやら話し込みながらさりげなく僕たちの様子をうかがっている。本人たちは気づかれないようチラ見しているつもりなのだろうけど、明らかに注意を向けられているとわかる魔力がブスブス突き刺さってくるものだから観察されていることが丸わかりだ。ひとつ見せつけてやろうとバナナを指差すタルト。ホレホレと口元にもっていってやればガブリと豪快に喰いちぎる。そのままモシャモシャと満足げな表情で咀嚼する3歳児の姿に我慢できなくなったのか、件の3人組はそそくさとフルーツパーラーへ入店してきた。
「さすがだわ……その調子でバンバン獲も……お客さんを釣り……呼び込んでちょうだい……」
「今、獲物を釣り上げろって言った?」
「言ってない……心が汚れたドブネズミの……悪意に満ちた聞き間違いよ……」
ぼったくりフルーツパーラーを経営する次席は、もうお客さんを金のザリガニくらいにしか考えていないようだ。懸命におすまし顔を保とうとしているものの、口の端がヒクヒク動いている。心中では笑いが止まらないに違いない。
「伯爵、もう来てたのっ。早いよっ、コテージまで迎えに行っちゃったじゃないっ」
3歳児に釣られたお客さんがチョコチョコ入り始めたところで、ベコーンたんを抱っこしたクセーラさんがやってきた。僕たちを誘いにコテージまで行って、行き違いになってしまったようだ。
「姉さん。私にもピンドンよろしくっ」
僕たちの向かいに腰かけながらピンドンを注文するクソビッチ。お金なんてあるわけないので、ひつじ飴製造装置を提供する条件でタダにしてもらったのだろう。お客さんの入りを見てニヤニヤしていた次席が、口をヘの字に曲げて厨房へ戻っていく。
「次席にひつじ飴製造装置を渡したんだね」
「そうだよっ。そうしないとベコーンたんとピンドンを楽しめないもんっ」
「現物を渡したら分解されて構造が割れちゃうのに?」
「ププッ……現物をマネただけで、このクセーラさんの作品に敵うとでも?」
仕組みを知られてしまうぞと忠告したものの、構造だけわかったところで蓄積されたノウハウと加工技術の差はどうにもならないとクセーラさんはふんぞり返った。マネしたいならすればいい。せいぜい恥をかかせて、この【ゴーレム子爵】に挑んだことを後悔させてやると自信マンマンだ。
「姉さんたちに過去の作品をマネさせておいて、自分はその発展形を用意する。もともと伯爵が考えついたことじゃない。悪いとは言わせないよっ」
「そういや、そうだったね」
積層型魔法陣の製造法を首席たちに開示する一方で、自らは術式切換型の2WAY魔導器を作成する。クセーラさんは僕がこれまでに使った手口をしっかり覚えていたらしい。実際、同じ手に引っかかって堪るかと次席も警戒しているそうだ。ひつじ飴製造装置に手を出してきたなら完成度の差で叩き潰してしまえるから自分としてはありがたいけど、そんな迂闊をやらかして自滅するのはヘルネストだけだと抱え上げたベコーンたんの喉をコショコショくすぐってみせるクセーラさん。気持ちよさそうに身体をダラリと伸ばすうり坊がとっても可愛らしい。
「待たせたわね……ベコーンたんのために……栗をひとつサービスしておいたわ……」
お喋りしているところへ、次席がピンドンを配膳してくれた。特別に蒸し栗がふたつだそうな。どうして自分にはないのかと3歳児がしかめっ面になり、次席が無言で僕にお品書きを押し付ける。追加で注文しろと言いたいらしい。もちろんお断りだ。
「タルトはピンドンが5杯もタダなんだから、それで充分でしょ」
「私とベコーンたんは合わせて1杯だけだよっ」
「むむぅ……わたくしの柿をあげますからそう睨むのではないのです」
全部が5つのお前と栗だけふたつのクセーラさんを一緒にするなとたしなめたところ、ベコーンたんもキュウキュウと抗議するような鳴き声を上げた。人族にどう思われようが知ったこっちゃねぇ3歳児も精霊には嫌われたくないようで、すかさず柿で買収をはかる。甘い柿はイノシシの大好物だ。すぐに機嫌を直してクレクレと鼻を鳴らすので、タルトの気が変わらないうちに食べさせてしまう。
「美味しいものがいっぱいだね~。満足してくれたかな~」
相変わらずクセーラさんは精霊を赤ちゃん扱いしていたものの、どうやらベコーンたんもまんざらではないらしい。契約者の頬をペロペロして愛想を振りまいている。言葉を話さないからわからないけど、もしかしたら性格的には赤ちゃんなのかもしれない。お腹いっぱいになったのか、クセーラさんに抱っこされたままウトウトし始めた。
「下僕にはわたくしがこのサクランボを食べさせてあげるのです」
一方、決して満たされることのない胃袋を持つ3歳児はまだまだ食べ足りないご様子。最後に残ったサクランボを僕にくれてやるとヘタをつまんで差し出してきた。僕がモグモグいただくと、すぐに次のピンドンを持ってこいと注文する。2杯目がテーブルに出されると、見せびらかすように窓の外へ向かって長いスプーンを振ってみせた。その様子を眺めていた人たちが続々と入店してきて、あっという間に満席になってしまう。
「あ~あ……。姉さんが今にもお漏らししそうな顔してるよ……」
新鮮なもぎたてフルーツをバクバク平らげる3歳児の集客効果は抜群だ。ウヘヘヘ……すべて計算どおりだと、おすまし顔に虚ろな目をした次席が忍び笑いを漏らす。彼女の瞳はきっと、獲物のザリガニたちが餌に群がる様子を映し出しているに違いない。まぁ、しょうもない情報と引き換えにピンドンを5杯もタダにしてくれたのだ。多少の協力は惜しむまいとタルトにご馳走を食べさせていると、リアリィ先生がフルーツパーラーへとやってきた。
「モロリーヌさん。お話がありますのでホンマニ家の館まで同行してください」
逃げようとするならひっ捕らえるまでとリアリィ先生がロープをピシピシ鳴らす。おっぱいを前にして逃げるなんてあり得ない判断だけど、なんか面倒事な予感がする。先生が使者として遣わされたってことは、つまり爵位を持った貴族にそんな雑用を命じられる相手からの呼び出しということだ。そんなのホンマニ公爵様か王女殿下のどちらかしかない。
「仕方ないね。次席、残りのピンドンはホンマニ家の館に持ってきてもらえる」
「それならクサンサさん。6つほど追加でお願いします」
「承りました……」
タルトがご機嫌斜めにならないようピンドンのデリバリーをお願いしたところ、公爵様たちの分なのか先生が追加注文を出した。突然の大口注文に次席が口の端をヒクヒクさせている。必死に笑いを堪えているようだ。ピンドンは出来上がったら持ってきてもらうことにして、僕たちはひと足先にホンマニ家の館へ向かう。
館に到着すれば、玄関でシルビアさんが出迎えてくれる。これはホンマニ公爵様からのお呼び出しだなと覚悟して案内された部屋に入ってみれば、公爵様だけでなくオーマイハニー王女殿下と学長先生にプロセルピーネ先生。加えてアキマヘン嬢の姿まであった。
「わざわざすまんな。君で最後だ。楽にしてくれ」
公の行事ではないから畏まることはないぞと、王女殿下の真正面になる席を手で示してくるホンマニ公爵様。いつもはタルトが勝手に座ってしまうのだけど、こんな場所を指定されると逆に緊張してしまう。これなら3歳児を言い訳にできる方がよっぽどマシではなかろうか。それでは失礼しますと挨拶し、指示された席に着いて精霊の盾……ではなく、タルトを膝の上に抱え上げる。
「昨日のステージはなかなか見ごたえがあった。学習院よりも魔導院へ子供を入学させたいと考える者たちも大勢いただろう。感謝しているよ」
「ホンマニ公爵様……。陛下だって頭を痛めておられるのですよ」
「王都なんかに置いておくから口出ししてくる連中が後を絶たんのだ。ハゲマッソーあたりに移転させてはどうかと、私は以前より提案しているのだがね」
シルビアさんがお茶を出してくれたところで、またまた国立高等学習院に差をつけてやることができた。あっぱれであると公爵様からお褒めの言葉をいただく。学習院は国立の学府なので、その経営責任者はもちろん王様だ。自分の前でわざわざしなくてもよいだろうにと王女殿下がプーと頬を膨らませる。この国の英知を集めた最高学府であるはずの学習院が、ど田舎にある私塾より評判が悪いなんてと王様も悩んでいるらしい。なお、ホンマニ公爵様は王都という環境がよくないのだと以前から主張し続けているという。
「まぁ、それはさておき本題に移ろう。ヴィヴィアナ様の祝詞は王家とホンマニ家が独占してよいものではないと主張している者たちがいてね」
「王太子殿下が渡した楽譜をひとり占めしたんですか?」
「いいえ。いくつかの楽団に渡され、冬の公演に間に合うよう調整を進めていると耳にしています。つまり、順番的に後回しにされた者たちです」
春に作った魔導楽器用「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」の楽譜は、おっぱい王太子にお土産として持たせたはずだ。おっぱいだけでなく楽譜までひとり占めしようと企んだのかと尋ねたところ、きちんと清書したものを順次配布しているという。ただ、王家から配布するものが紙っぺら1枚というわけにもいかず、きっちり装丁まで施しているので順番待ちが生じているのだと王女殿下が教えてくれた。
「なんで、わざわざそんな手間を……」
「誰でも簡単に写し取れると偽物が出回るおそれがあるからです。職人の手による装丁は、早い話が証明書の代わりなのですよ」
ヴィヴィアナ様の祝詞なんてありがたいものならお金を払ってでも手に入れたいと考える者も少なくなく、人々の信仰心につけ入ろうと考える悪党が出てくることは容易に想像がつく。だから、精巧な偽物を作れば足が出てしまうくらい高価な装丁を施すのだそうな。証明書のないパチモンに手を出すアホゥはもう知らんというスタンスらしい。
「問題は昨日の公演の後、そいつらが揃って掌を返し始めたことだ。わかるか?」
魔導院祭が終われば今年最後のヴィヴィアナ様祭りが始まるので、貴族家の別荘が立ち並ぶエリアでは連日のように夜会が催されている。そんな中、祝詞の独占を許すなと声を張り上げていた連中が、まったく逆の主張を始めたのだとホンマニ公爵様が意地の悪そうな笑みを浮かべた。まるで生徒を相手しているかのように、連中の意図がわかるかと僕に質問してくる。
「なんというか……わかりやすい連中ですね」
「まったくだよ。生徒に易々と看破されない程度には言動を繕ってもらいたいものだ」
ひとり占めを非難していた連中が掌を返したってことは、一部の者たちで独占することを主張し始めたに違いない。きっかけが昨日のステージとくれば考えられる理由はひとつだけ。そいつらは魔力を必要としない楽器でも祝詞を奏でられるってことに危機感を抱いているのだろう。祝詞を上流階級だけのものにすることで、ヴィヴィアナ様を奉る聖職者面しようと企んでいる連中だ。
「それでまず、君の意向を確認しておこうと思ってね。我々がなにを言ったところで、君は自分のやり方を貫くつもりだろう?」
お前が誰よりも頑固で無理に押さえつけようとすれば抜け道を探し始めることはもうわかっている。不意を突かれては堪らないから、どう対処するつもりなのか明かせとギロギロ睨みつけてくる公爵様。王女殿下とアキマヘン嬢にプロセルピーネ先生まで、唐突に予想外の動きをされるのは御免だと冷たい視線を投げかけてくる。そして、リアリィ先生は怒りの炎に包まれておっぱいを逆立てていた。遠征実習中に抜け出したことを、まだ忘れていないに違いない。
「そうですね……では、今回用いた楽譜は学期末の研究発表で公開することにしましょう。最初の言語の基本構造を解説する題材にするつもりです」
「なんだとっ?」
広く普及させられないのでは祝詞を作った甲斐がない。普通の楽器で演奏するための楽譜は研究発表に利用すると告げたところ、お茶菓子を夢中でいただいている3歳児を除いた全員がギョッとしたように目を剥いた。




