512 僕たちのステージ
魔導院祭から秋のヴィヴィアナ様祭りへと続くお祭りウィークがやってきた。春学期の終わりにやった水上ライブが王都で評判になったことと、今回もまたオムツフリーナちゃんのステージがあると事前に告知しておいたせいで、モウヴィヴィアーナの街も例年以上に賑わっているそうだ。警備を強化するためにホンマニ領軍が派遣され、街の外にある放牧地は再び駐屯地と化しているらしい。
それでも不法侵入を企てる不埒者は後を絶たない模様。出入り禁止を言い渡されているにもかかわらず新婚カップルを装って魔導院の敷地内へと足を踏み入れた男が、実の妹にあっさり正体を見破られとっ捕まった。コネーコさんに奥さんの扮装をさせたコナカケイル氏である。実際に新婚カップルではあるのだけど、本人は偽装しているつもりなので装ってと言っても間違いにはならないと思う。
「兄上、今日は陛下の名代として王女殿下もいらしてるのですから自重してください」
「プロセルピーネのステージと聞いて、居ても立ってもいられなくなってね。嗤ってくれ、モチカエイル。男ってのは愚かな生き物なのさ……」
「誰が自嘲してくれなんて言いましたか」
末娘がヴィヴィアナ様の祝詞を披露すると耳にしてあの王様が名代を遣わさないはずがなく、今回はオムツフリーナちゃん公式ファンクラブの事務局長が直々にファンたちを引き連れていらっしゃると連絡を受けている。時と場所をわきまえろと妹に叱られたコナカケは、我ながらバカな男だってわかっちゃいるのだと横顔で笑みを浮かべた。お前はただの不届き者だと巻きつく精霊でグルグル巻きにされ、警備を統括しているリアリィ先生の下へしょっ引かれていく。
「まぁ、コネーコさんが来てくれてちょうどよかったです。普通の楽器で祝詞を奏でるための楽譜を渡しておきますね」
「私などがいただいてよろしいのですか?」
「魔導楽器でしか演奏できないという欠点に気づかせてくれたお礼です」
せっかくの機会なので、最低ふたりいれば演奏できるからと「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」の新しい楽譜をコネーコさんに手渡しておく。わざわざ作った新譜を自分なんかが受け取ってよいのかと遠慮されてしまったものの、元のままでは魔力を持った上流階級に独占されて、広まる範囲もかなり限定されていたことだろう。それではヴィヴィアナ様をガッカリさせてしまうし、魔導楽器が演奏できるというだけでデカい面したがる連中を喜ばせるのも癪だ。今日のステージで披露したら楽譜は公開するつもりだから、ありがたがる必要はこれっぽっちもないのだと押し付ける。
「コネーコさんは立派な士族の妻なのですから自らを卑下することはございません。それを領民の間に広めてくださいませ」
「承知いたしました」
ヴィヴィアナ様の祝詞が魔力を持つ上流階級だけのものにされてしまったら、自分が協力した意味がなくなってしまう。ペドロリアンの領民なら基礎教養と言えるくらいに仕込むのがお前の仕事だと主君の孫娘に告げられ、コネーコさんはようやく楽譜を受け取ってくれた。
「首席のことだから、楽譜をオークションにかけるとか言い出すと思ったのに……」
「ヴィヴィアナ様へ捧げるものを競売にかけるわけがございませんでしょう」
もっとも、首席がタダでものを配るなんて珍しい。金の亡者が急に心を入れ替えたのかと問い質してみたところ、ひとり占めしてよいものと悪いものがあることくらい承知していると首席は言い張った。ホンマニ宗家が仕切っている祭祀のようなきちんとしたものではなく形もバラバラだけど、ヴィヴィアナ様のお祭りは小さな集落やそれこそ家族といった単位でも行われている。領民から数少ない楽しみを取り上げるほど冷血漢ではないそうだ。
「それより講堂へ参りましょう。そろそろ支度にかかる時間でございます」
飼育サークルのステージは本日、魔導院祭初日のトリを飾る夕方枠だ。今は午後イチ枠で、ゲイマル君と同じ学年の女子生徒を中心とした有志による創作劇が演じられているころだろう。首席と講堂へ向かってみれば、観客の入りはそこそこと言ったところ。アキマヘン嬢、ドクロワルさん、ロミーオさんの南部派三人衆の姿があったので、隣に腰かけて観劇させてもらうことにした。演目は「エウフォリアの聖女」で、どうやら聖女様の伝承をもとにしたシナリオらしい。
舞台の上ではエウフォリア教の司祭みたいな恰好をしたひとりの男子生徒が、オムツフリーナちゃんのエンジェルウイングをパクったような羽飾りをつけた女子生徒を抱え上げて必死に死なないでくれと懇願している。【死したる者たちの王】との戦いで呪いを受けた聖女様が衰弱して亡くなるシーンのようだ。動かなくなった聖女様を抱きしめて、娘の想いは自分が人々の間に広めようと宣言する男子生徒。ということは、彼の演じているのが聖女様パパなのだろう。チラリと横へ視線を向ければ、僕と同じく聖女様の口から真実を明かされているアキマヘン嬢がなんだかな~といった感じの表情を浮かべていた。
「まぁ、創作劇ですから……」
公爵令嬢の浮かない表情に気づいたのだろう。このクライマックスシーンで【暁の女神】教団エウフォリア派の立ち上げを高らかに宣言している男こそ聖女様を毒殺した真犯人であると知っているドクロワルさんが、フィクションとして楽しめばよいのだと作り笑いを浮かべる。今さらこれが真実だと言い張ったところで誰も得をしないとわかっているようで、アキマヘン嬢は緊張を解くように大きなため息を吐き出した。舞台はフィナーレへと移り、出演者がひとりひとり拍手を贈る観客へ挨拶を返していく。
「どんな抜け道だって思いのままなんだからっ」
幕が下りきる直前に出てきたのは子供っぽいエプロンドレスに身を包んだ小柄な女子生徒だ。どうやら、この作品にも道案内の少女が登場していた模様。盛大に僕のアドリブをパクってくれて、それを見たロミーオ演出総監督がしゃっくりのような音を鳴らす。
「酷い演出だわ。脚本描いたの誰よ?」
「流行りものを深く考慮せずに採用した感じでございますわね」
まるで聖女様が呪い殺されることまで道案内の少女によって計画されていたと感じさせる幕引きだけど、それでは聖女様に向けられていた観客の同情が黒幕への憎しみに変わってしまう。最後に怒らせるくらいなら、憐れみの感情を抱かせたまま終わらせた方がスッキリした後味を残せたはずだと演出総監督はすっかりおかんむりだ。流行っているからと演出意図もなくパクったのが丸わかりだと首席も呆れている。
「ええと……東部派の生徒みたいですね」
「こうすればウケるだろうってネタをズレたセンスで雑にぶっ込んでくるのが、いかにも東部派らしいわね。スネイルあたりと気が合うんじゃないかしら」
案内のチラシを取り出したドクロワルさんが東部派の生徒だと教えてくれた。商人気質な東部派は、とにかく売れ筋の商品を並べるばかりで思想がないと鼻を鳴らすロミーオさん。宮廷貴族な南部派からしてみれば節操がないように思えるのだろう。本人は気が利いていると思い込んでいる意見をよくよく考えず口にするスネイルみたいだと言われれば、確かにそうかもしれない。
「行きましょう。流行は乗るものではなく、創り出すものだってことを思い知らせてやるわ」
この後、ダンスサークルによる社交ダンスコンテストを挟んで、僕たちの「ミコミコ大決戦 ロゥリングシスターズ vs オムツフリーナちゃん」の番となる。そろそろ支度にとりかかるぞと演出総監督が席を立った。流行に乗るしかしない東部派の演出家に、格の違いってもんを思い知らせてやるとやる気は充分だ。ひとつ残念な点を挙げるとすれば、後は本番だけなので演出総監督の仕事は残っていないってことだろう。
僕たちの楽屋に移動すれば、すでにクセーラさんがメイドゴーレムの機能チェックを始めていた。ダンサーの皆さんも続々と集まってきたので、さっそく更衣室でステージ衣装に着替えていただく。
「紐水着はいねぇがぁぁぁ……。ウエストのきつい子はいねぇがぁぁぁ……」
「残念だったわねっ。全員、体重管理はバッチリよっ」
目を鏡のようにギラギラさせてポチャ度チェックにとりかかったものの、残念なことに女の子ダンサーはひとり残らずサイズぴったしのようだ。汚いロゥリング族の思いどおりになって堪るかと雪だるま先輩が高笑いを響かせながらふんぞり返る。
「懸命に3皿で我慢したんですからねっ。モロリーヌちゃんも支度に取りかかりますよっ」
主役がいつまでも遊んでんなとドクロお姉さんにとっ捕まって、ロゥリングシスターズの衣装に着替えさせられる。丁寧にメイクを施されていると、ピーネちゃんとオムツフリーナちゃんも準備を整えてやってきた。どちらも衣装はピッタリなご様子。ひとりくらい油断して紐水着になる子がいると期待していたのだけど、全員きっちり仕上げてくるとはさすが上流階級のお嬢様方と舌を巻かざるを得ない。
オムツダンサーどもの準備も整ったことを確認し、オムツに羽飾りの半裸野郎どもなんて見ていたくないのでステージの様子を確かめにいく。ちょうど社交ダンスコンテストが終わり、入賞者が表彰されているところだった。そろそろ舞台袖へ楽器やゴーレムの搬入を始めていいだろう。指示を出すため楽屋に戻ってみれば、陣中見舞いにきてくれたのかリアリィ先生とモチカさんの姿があった。
「幕を開けるのは王女殿下と公爵様が席に着かれたのを確認してからにしてください。先生の合図でモチカが指示を出します」
「ギョイッサー」
主賓の観賞準備が整ったところでリアリィ先生がこっそりサインを送ってくれるらしい。モチカさんならわかるということなので、開演のタイミングを計るのはお任せする。
「約束どおり、先生のところでおとなしくしてるんだよ」
「わたくしもヒーバーしたかったのです」
隙あらばオムツ一丁になろうとする3歳児をリアリィ先生に預ける。例のごとく貸し出されているシルヒメさんがたっぷりおやつを用意してくれているはずだから、これでひと安心だ。
「うっし、始めるわよ。濡れてたりすると滑るから、念のためモップかけときなさい」
舞台袖に向かってみれば、すでに社交ダンスコンテストは終わって舞台の幕が下ろされていた。幕の裏でロミーオ演出総監督がモップがけを命じる。ずっこけて痛い思いをするのは自分ということがわかっているのだろう。オムツ野郎どもは文句も言わず念入りにフキフキし始めた。
重い木琴やメイドゴーレムを舞台袖のすぐ出せる場所にセットする。楽団の中でチェロのコワルダー指揮官だけは座って演奏することになるので、どっしりと重い椅子も用意した。これも隣に置いておく。照明や緞帳といった舞台装置の操作はもちろんクセーラさんの担当で、さっそく照明を切り換えたりして機能に異常がないか確認している。
「はい、それじゃ基本位置を確認するわよ。まずは1曲目から……」
オムツ野郎どもがステージを拭き終えたら、最後にみんなで立ち位置の確認。田西宿実の世界にあった印をつけるのにちょうどいいビニールテープなんてないので、これは木目で覚えるしかない。もっとも、僕は真ん中からあんまり動かないので余裕だ。大変なのは憶えておかなきゃならない位置の多いダンサーたちだろう。
「よぅ~し、いいわね。今年の話題をかっさらうのは私たちよ。全員、腹くくんなさいっ」
王女殿下やホンマニ公爵様といった方々がご覧になってるけど、今さらビビるんじゃねぇ。覚悟を決めろとダンサーたちに発破をかけるロミーオ演出総監督。幕が開いてしまったら、もうできることはないとわかっているのだろう。最後にしっかりと気合を入れさせてくれた。
舞台袖にあるのぞき窓から観客席の様子を眺めてみれば、開演間近とあって続々と人が集まってくる。客席は真ん中の通路で左右に分けられていて、ステージに向かって右側前方が王女殿下や公爵様のいらっしゃる貴賓席な模様。左側前方はファンクラブのちびっ子席のようだ。小さな手旗をパタパタ振って子供たちの誘導にあたっているのはクゲナンデス添乗員だろう。応援指導でもさせるつもりなのか、ちびっ子席の前でピーネちゃん応援グッズをフル装備したフルアーマーゴレームたんが仁王立ちしている。
「メルから合図がありました。もう、いつでも初めて結構です」
「それじゃあクセーラ。頼んだわよっ」
「まかせてっ」
王女殿下と公爵様が席に着かれたようだ。モチカさんから報せを受け、ロミーオさんがトップバッターのクセーラさんに指示を出す。
「皆様、本日はお忙しい中お立ち寄りいただきまして誠にありがとうございます。進行役を務めますメイドゴーレムのシルヒィより、観劇に際しての留意事項をご案内させて……」
スルスルと舞台の幕が上がっていき、照明の落とされたステージの真ん中をポツンとスポットライトが照らし出した。そこに立っているのはシルヒメさんをモデルにしたメイドリアンSH3型メイドゴーレムだ。魔術で拡声されたクセーラさんの声が、席から立ち上がったり大きく手を振ったりするのは観劇の妨げになるのでやめましょうといった注意事項を告げていく。
「――あらっ?」
メイドゴーレムが案内を終えようとしたところで、関節を保持していた磁力が切れたのか右肘から先の腕がゴトリと落っこちる。転がった右腕を追いかけようと左足を踏み出したら、今度は左膝の関節が外れて盛大にずっこけた。いったい何事だと観客が息を呑む。
「大丈夫ですよ。わたくしゴーレムですから。外れるようにできてるんです」
ステージの上を這いずって外れた左脚に手をかけるメイドゴーレム。外れるようにできているのだから心配ご無用と口にした瞬間、首の関節が外れて頭がゴトリと落ちた。ゴロゴロ転がる無表情な生首を見て、ちびっ子たちの中から驚いたような声がいくつか上がる。
「へ~き、へ~き。なんてったってゴーレム……あら、歪んじゃったかしら。シルヴィ、スペア持ってきてちょうだい。スペア……」
左脚と右腕をつけなおしたメイドゴーレムが拾った頭部を戻そうとしたものの、どうも座りが悪いらしく再び外れてしまう。スペアの頭を持ってこ~いと呼ばれて、シルビアさんがモデルのメイドリアンSV4型が頭部だけを運んでいく。
「このとおり、頭だって挿げ替えられちゃうんですからねっ」
どんなもんだいと胸を張るメイドリアンSH3型。いったい何を見せられているのかと、観客の視線がステージに集中する。すべて予定どおりの演出だ。ロミーオさんの狙いどおり、客席すべての注意を引くことができた。メイドゴーレムが観客全員を歓迎するかのように両腕を左右に広げる。
「レィディィィ――ス、エーンド、ジェントルメェェェ――ン。そして、よい子のみんなっ。ようこそ魔導院へっ!」
舞台の始まりを告げるクセーラさんの挨拶が響き渡り、ステージの照明がいっせいに点灯された。ドクロワルさんとアンドレーアが魔導楽器を奏で始め、ダンサーたちが舞台袖からステージへと駆け出していく。オープニングの1曲目はロゥリングシスターズの新曲「栄冠は君に輝く」だ。ダンサーの皆さんが作る花道をピーネちゃんと並んで進む。
僕たちのステージが幕を開けた。




