511 シルキーには出せない味
タルトに新しいおやつはまだかと急かされる日々が続き、魔導院祭が目前に迫ってきた。僕たちのステージもどうにか仕上がって演出総監督は満足してくれた模様。通しでのリハーサルを終えて、ひとりニタニタしたキモイ笑みを浮かべている。そして、魔導院祭までに間に合わせるとの言葉通り、カゴいっぱいの剥かれたクルミと栗を次席が持ってきてくれた。待ってましたと3歳児は大はしゃぎだ。
クルミはカチカチの殻がついた状態なので、まずは中身を取り出さなければならない。鉄板にクルミを並べてオーブンにぶち込む。クルミは焼かれると殻に割れ目ができるので、そこから包丁を入れて殻ごと真っ二つにするのだ。量が多くて一度に全部焼くのは無理なので、第1弾が焼きあがったらすかさず第2弾を投入する。パワーのあるシルヒメさんがオーブンと真っ二つにする係で、僕とブンザイモンさんがふたつに割られたクルミから実をほじくり出す係を受け持つことにした。お手伝いなんて殊勝なことを考えるはずのない3歳児は庭でティコアたちと遊んでいる。
――やっぱり来やがったか……
ほじくり出したクルミの実は器に入れ、殻は足元のカゴに捨てる。どこかカニを食べるのにも似たホジホジ作業を続けながら周囲をロゥリングアクティブサーチで探っていたところ、誰もいないはずの場所からプニョンと魔力が押し戻されるような感触が伝わってきた。こんなこったろうと警戒しておいて正解だったようだ。僕の魔力を押し戻すナニカが手を伸ばせば届く位置にまで近づいてきたタイミングで、実の入った器をテーブルの反対側へと移動させる。まだバレてないと思っているのか、コソコソと器を移動させた側へと回り込んでくる不埒者。再び器を手の届かない場所へ移動させたところで、そいつは僕の太ももにパンチをバシバシ叩き込んできた。
「ダメッ、つまみ食い禁止っ」
「わっ、タルトさん。いらっしゃってたんですかっ?」
つまみ食いはさせんと宣告したところ、ふくれっ面になって僕の太ももを攻撃しているタルトが姿を現した。覆い隠す精霊の力を借りて姿と魔力を隠蔽していたのだろう。誰もいないはずのところから急に現れた3歳児にブンザイモンさんがビックリしている。
「つまみ食いではないのです。ちょっと味を確認するだけなのです」
「味をつける前の段階で確認する意味はないから、その言い分は通らないよ」
ブックリと頬を膨らまして味見の必要性を訴えるタルトに、この後フライパンでしっかり火を通してから薄く塩味をつけるので、それは無意味な行為だと言い渡す。完全論破された3歳児は実力行使にでることにした模様。僕の脚にしがみつくと、ちょっとでいいから寄越せとグイグイねじり始めた。ここで甘やかしてはならない。
「出来上がったら試しにクルミ入りパンケーキを焼こうと思ってるんだけど、ここで味見するならいらないね?」
「待つのですっ。そういうことは先に言うのですっ」
もちろん、ちゃんと仕上がっているのか確認する必要性は僕も感じていた。すでにパンケーキの生地は用意してある。今、味見するなら出来上がってからのはやらんと告げたところ、食いしん坊は慌てて僕の脚から手を放した。デキる下僕はきっとおやつを用意してるって信じていたと、調子の良いことを口にするタルト。出来上がったら呼ぶようにと言い残して逃げるように去っていく。
「モロニダスさんは優しいですね。タルトさんやティコア様がよく懐くのもわかります」
「なにを言ってるんですか。僕は3歳児に厳しい男ですよ」
プークスクス……と笑みを漏らしながら、ブンザイモンさんが僕を甘い奴呼ばわりする。勘違いされないよう、今もちゃんと我慢させたではないかと主張したものの、結局パンケーキをご馳走することに変わりはないと笑われてしまった。それは味を確認するためのもので、決してタルトのために用意したのではないのだとキッパリ告げておく。
「――――♪」
僕は下僕戦隊シモベンジャーのリーダー、ゲボクイエローだぞ。メイドピンクが知った風な口を叩くなと注意していたところ、苛立ったような衣擦れの音を立てたジュウボクホワイトに焼きあがったクルミを追加されてしまった。遊んでないで仕事しろと言っているようだ。クルミの実をホジホジする作業に戻る。
実をほじくり出したら軽く塩を振り、生焼けの部分が残らないようフライパンでよく炒っておく。カラカラ状態になったら皿に移し、冷ましながら形を保っている粒と砕けてしまった粒により分ける。炒るのはシルヒメさんで、より分け担当は僕とブンザイモンさんだ。
ほじくり出したクルミを全部炒り終えたらパンケーキに取りかかる。味見に使うのは砕けてしまっている粒で、ちょっと大きめの粒もあるためすり鉢で軽くすって大きさを整えておく。ドクロ塾でモウダメ草の下拵えを仕込まれた僕にかかればこの程度は朝飯前だ。クルミの準備が整ったらフライパンにパンケーキの生地を薄く引いて、その上からパラパラとクルミを振りかける。更に上から生地を追加すれば、中にクルミが詰まったクルミ入りパンケーキになるだろう。焼きあがったらティーセットと一緒に離れへと運び込む。
「あら、この香りは……もしかしてクルミでございますの?」
離れでは首席がお茶をいただきながら妙に薄っぺらい本を読んでいた。僕たちに気がつくと本をモチカさんに渡して、この匂いはクルミに相違ないと食いしん坊のクマのような視線をパンケーキに向ける。まぁ、欲しいというならわけてあげないこともない。代わりにタルトが好む風味の強いメープルシロップを要求すれば、なぜかメイドさんではなくモチカさんが取りにいってくれた。
「ケーキの気配を感じたのですっ」
庭で遊んでいた3歳児が匂いを嗅ぎつけたようで、蜜の精霊を頭にのっけたタルトがドタドタと離れに駆け込んでくる。僕の腰にガッチリしがみつくと、早く約束のブツを食べさせろとフルパワーでユサユサおねだりを始めた。すぐに用意してもらうからと3歳児を抱っこして椅子に腰かけ、シルヒメさんにお茶を淹れてもらう。お好みに合わせてどうぞと、離れに戻ってきたモチカさんが洒落たガラス瓶に入ったメープルシロップを並べてくれた。風味の違うものが数種類あるようだ。
「このクルミの歯ごたえとメープルの風味が素晴らしいのです」
ケーキの優しい甘味をクルミの歯ごたえと香ばしさが引きたて、さらにメープルの風味が加わることで最高のハーモニーを生み出しているなどと食通ぶった感想を口にするタルト。食べ物の評価なんて美味いか不味いかだけで充分だ。さっぱり味が伝わってこないたわ言を訳知り顔でぬかすエセグルメ野郎は滅べばいいと思う。
「ヌトリエッタも気に入ったみたいですわね。もうリスみたいにクルミを齧ってございますわ」
蜜の精霊はクルミがいたくお気に召した模様。ボリボリ食べる姿がリスみたいで可愛らしいと首席はすっかり見入っていた。そう、美味しいなら言葉はいらない。こういう反応だけで僕は充分満足できる。
「クックック……これはまだ味見なのです。下僕の本番はこれからなのですよ」
夢中になってクルミ入りパンケーキをハグハグしている蜜の精霊へ、この後に本命が待っているのだとタルトが告げる。これは相手の反応をうかがうためのジャブにすぎないと聞かされたヌトリエッタは、期待に瞳をキラキラ輝かせてまっすぐこちらを見つめてきた。いつも蜜をくれるちっちゃな精霊をガッカリさせることはできない。
「クスリナやベコーンたんにも振舞う予定なんだ。首席がいいって言ってくれるならヌトリエッタにもご馳走するよ」
「そのような言い方をされては、もう了解するしかないではございませんか」
精霊をたらし込んだなどと責められないよう契約者に許可を求めれば、断れるはずないだろうと首席は頬を膨らませて同意してくれた。ピャーと喜んだ蜜の精霊が僕の頭にガッチリとしがみつく。
「こうなっては致し方ありません。メープルシロップを提供いたしますから……」
お断りできない以上は……と、ペドロリアン産のメープルシロップと引き換えに自分にも振舞うよう要求してくる首席。彼女のところには風味の異なるシロップが揃っていて、お好みで味に変化を持たせられるのはとても助かる。チャンスボールを見逃す僕じゃない。
「オーケィだ。話の早いビッチは嫌いじゃない」
魔導院祭の前日、僕は新作のおやつを振舞うため首席とカリューア姉妹、ドクロワルさんにロミーオさん、雪だるま先輩とイモクセイさんにおまけのアンドレーアをコテージへ招いた。甘いお菓子がもらえると聞いて精霊たちは待ちきれないご様子。3歳児のようにそわそわしてまだか、まだかと無言で催促してくる。
「まずは炒ったクルミを生地に練り込んだ揚げあんパンだよ」
お茶が入ったら、さっそく栗拾いの時に約束したクルミ入り揚げあんパンをシルヒメさんに出してもらう。ポリポリした歯ごたえのクルミがアクセントになって、これまでとはひと味違う揚げあんパンに仕上がったものの、すでにクルミ入りパンケーキで味見を済ませているタルトはもうひとつサプライズが欲しいなどとナメたことをぬかす。ならば思い知らせてやるまでだ。千切って食べさせるのではなく、ガブリと豪快にかぶりつかせてやれば、揚げあんパンを口にくわえた状態で3歳児は動きを止めた。
「こりぇは……栗なのですっ。餡の真ん中から栗が出てきたのですっ」
栗も手に入ったのに、クルミだけで終わらせる僕だと思ったら大間違いだ。せっかくなので、餡の中心に栗をひと粒丸ごと仕込んでおいた。真っ黒なこし餡の中から顔を出した蒸し栗の黄色に、3歳児が拍手をするように両足を打ち合わせて喜びを表す。
「ほんとだっ。ほ~らベコーンたん、栗が入ってるよ~」
「悔しいけど、アーレイって妙に洒落たこと思いつくわよね……」
甘い餡の中に大好物の栗を発見してベコーンたんとクマドンナは大喜びだ。キャウキャウと興奮したような鳴き声を上げて、早く食べさせてくれるよう契約者に催促する。手に入ったクルミと栗はイモクセイさんを通じて調理サークルにも分配されパウンドケーキの具材などに使われたのだけど、餡に仕込むことを思いついた生徒はいなかったそうな。クマドンナにご馳走を食べさせながら、黄色と黒のコントラストのおかげで見栄えは抜群だとイモクセイさんが目を丸くしていた。
「下僕はわたくしをビックリさせるのが上手なのです。この驚きはシルヒメにないのです」
クルミと栗の入った揚げあんパンをモシャモシャと平らげながら、サプライズで喜ばせようとしてくるところがシルキーにはない僕だけの味なのだとタルトが満足げに語る。もちろん、シルヒメさんはご機嫌斜めだ。ふて腐れたようにプーと頬を膨らまして恨めし気な視線を送ってくるものの、お役御免になったら僕は【真紅の茨】に「初めて」を奪われてしまう。どうか大人の事情って奴をご理解いただきたい。
「それではお待ちかね。バナナを使ったケーキだよ」
「はやぐっ、はやぐ食べさせるのですっ」
揚げあんパンは前菜にすぎない。メインディッシュは約束のバナナを使ったお菓子だと告げたところ、意地汚い3歳児はもったいぶらずに早く出せとテーブルをバシバシ叩いて催促してきた。お行儀が悪いったらありゃしない。シルヒメさんとブンザイモンさんが円筒形をしたケーキを切り分けて、皆の前にサーブしてくれる。今回作ったのは長方形をしたスポンジケーキの生地にクリームを塗り、そこに細長く切ったバナナやロリヴァに炒りクルミといった具材を乗せて、それが内側に巻き込まれるよう丸めたもの。いわゆるひとつのロールケーキだ。見た目が華やかになるようロリヴァに着色料を加えて色合いを出したせいか、なんだかスイーツ恵方巻みたいなケーキが完成した。
「彩り豊かなところが、なんとなしにピンドンを思い起こさせますわね」
「園芸サークルのピンドンと……調理サークルのパウンドケーキ……ふたつを足して割ったもの……つまりパクリね……」
「気に入らないなら食べなくていいんだ」
「そうは言っていない……料理のアイデアは……誰のものでもないわ……」
スイーツ恵方巻の切り口を眺めながら、バナナを中心に赤やオレンジのロリヴァが鮮やかでピンドンみたいだと首席が口にする。アイデアがパクられたと次席が言い張ったので、文句があるなら食べるなとお皿に手を伸ばしたところ、調理法を独占する権利は誰にもないとガッチリ自分の分をガードしやがった。まぁ、権利を放棄させられたから良しとしよう。
「いろんな味が詰まっていて飽きないのです。バナナだったりクルミだったりするのです」
口に入れるたびに違う味が自己主張してくるとタルトはいたく気に入ったご様子。他の精霊たちの口にも合ったようで、甘いものが大好きな発芽と蜜の精霊はもちろん、手乗り死神や雪だるまも契約者に食べさせてもらって喜びにプルプルと身体を震わせていた。女の子たちもこいつはイケるとハイカロリーなスイーツを平らげていく。
「どうにかして……植物からロリヴァの素を……精製できないものかしら……」
「培養素は動物の身体を構成している成分ですから、植物には含まれていなくて……」
次席はフルーツパーラーでロリヴァを提供したい考えのようだ。植物からプルプル成分は抽出できないのかと尋ねられたドクロワルさんが、含まれていないものはどうにもならないと首を横に振る。田西宿実の世界には似たようなものに寒天があったけど、あれは確か海藻が原料だったはず。内陸部のモウヴィヴィアーナでは手に入らないだろう。
「牛でも豚でも1頭丸買いしないと回してもらえないから、生皮を手に入れるのって結構面倒なのよね。なめし革ならあっちこっちで買えるのに……」
純粋プルプル成分の材料は動物の生皮なのだけど、解体場から出る家畜の皮はなめし職人さんの組合に卸すという契約があって、皮だけ売ってもらうことはできないのだとアンドレーアが教えてくれた。牧場で生きている豚を買い上げて、解体手数料を支払ってバラしてもらうしかないから、なめした革の方がよっぽど入手しやすいそうだ。
「獲物の皮が欲しいなら1ヒモミズギで請け負うよ」
「あんた、死にたいの? 死にたいんでしょ」
「やっぱりロゥリング族って野人だわ……」
報酬次第でシカでもイノシシでも仕留めてきてやるぜと伝えたものの、従姉殿のお気には召さなかった模様。いつまで憶えてやがると殺気の宿った瞳でギロギロ睨みつけられる。紐水着のために獲物を狩ってくるだなんて、価値基準が野人そのものだとロミーオさんにも呆れられてしまった。そんなにおかしいことだろうか。なお、おっぱいの小さい南部派からは2ヒモミズギいただきます。
「無理強いはしないさ。それより新作のおやつを気に入ってくれたのは何よりだけど、明日は本番だからね。衣装が入らないなんてことにならないよう食べ過ぎには注意して……」
「「ごふえっ……!」」
紐水着なら油断したわき腹に食い込むくらいがちょうどいいけど、夜会服やステージ衣装ではそうもいかない。ウエストが入らなくなったら紐水着だぞと告げたところ、それまで勢いよくパクパクしていた女の子たちの手がビタリと止まった。なにか信じられないものを見るような視線を僕へと向けてくる。
「あんたっ。本番前になんてもの振舞うのよっ!」
「もう、ふた皿も食べちゃいましたよっ!」
「ドクロワルはそれ、3皿目じゃなかった?」
そして、さっきまでの和やかな雰囲気から一変してコテージは罵倒の嵐に包まれた。




