510 おねだりが止まらない
クルミエルフもまた、その昔ロゥリング族との戦争でボッコボコにやられた種族のひとつだそうな。大切な元神様のいる森を追われたエルフのうち、ブナエルフとナラエルフは生き残った者同士が合流しドングリエルフとなって自分たちの集落を再建したけど、クルミエルフは人族にかくまってもらう道を選択したらしい。元が人族から枝分かれした種族だったこともあり、そのまま混じって区別できなくなってしまったという。
「神様を燃やすなんて、伯爵はなに考えてるのっ?」
「だから、僕じゃないって……」
「言い訳するんじゃないよっ」
元神様の宿っていたクルミの樹が燃やされたと聞いて、お前らは畏れることを知らないのかとクセーラさんがまなじりを吊り上げる。大昔のロゥリング族がしたことだと言っても聞きやしない。きっと、【クルミの乙女】という元神様もこんな性格だったのだろう。そう考えた瞬間、まるで賛同するかのようにクソビッチの頭上へクルミの実が降り注いだ。その数、実に15個。次席が拾い上げてカゴに収めていく。
「この、まったく道理の通ってないところが【クルミの乙女】にそっくりなのです」
「道理が通ってないなんて、そんなことないよっ」
理屈の通じないところがよく似ているとクセーラさんを指差す3歳児。件の元神様も思考回路が所々ショートしていて、勢いに任せて突っ走るタイプだったようだ。なお、本人の頭ではちゃんと筋道が通っているようで、自分はロジカルガールだと言い張っている。
「起きてしまったことは……今さらどうにもならないわ……私たちにできるのは……クルミの実を集めることだけよ……」
「神様を燃やすなんて非道を許しておくのっ?」
いなくなってしまったものは仕方がないと、妹めがけて落っこちてきたクルミを次席がせっせと拾っていく。けしからんロゥリング族を許すなとクセーラさんが主張するものの、どれだけ非難したところで神様は帰ってこないとそっけない。
「つまり、次席とクセーラはエルフだったってことか?」
「何代も前のご先祖様のひとりがエルフだったって話だよ。わずかでも血が混じっていればエルフってわけじゃないだろう」
ヘルネストは話についてこれないのか、実はエルフだったのかなどと的外れな質問を口にする。タルトの話が本当なら初めのエルフすら人族の血が半分混ざっているので、エルフという種族を厳密に定義しない限りその質問への解答は不可能だ。
「それにクセーラさんがクルミエルフなら、ヘルネストは闇エルフになるけどいいの?」
「なんでそうなるんだ?」
「ムジヒダネには太古の昔から続く闇の血が流れてるって魔性が言ってた」
「それはファル姉の考えた妄想だ。本気にしないでくれ」
ちょっとでも血が混じっていればエルフなら、お前は闇エルフだぞと言ってやったところ、闇の一族は14歳の妄想設定だとヘルネストは認めた。後で魔性レディにチクってやろう。
「今のムジヒダネ子爵のお爺様に……カリューアの娘が嫁いでいたはずよ……」
「ってことは、サクラもエルフなのか?」
「タルトが言っていたとおり、もう区別なんてつかないんだ。エルフを自称してる連中がエルフってことでいいんじゃないの」
仲のよい貴族家が血縁関係にあることは多い。カリューア伯爵家とムジヒダネ子爵家もその例に漏れず、2代前に婚姻関係を結んでいたそうな。察しの悪いヘルネストに、エルフは種族じゃなくて家名と考えればわかりやすいと説明してやる。曾祖母がカリューア家の出身でもムジヒダネさんはムジヒダネ家の娘であり、手のつけられない乱暴者であることに変わりはないのだ。
「エルフじゃないのか……」
許嫁がエルフではないと知ってヘルネストが残念そうに肩を落とす。なんだか、エルフであることを期待していたような様子である。
「なに? エルフだった方がよかったの?」
「そりゃお前、許嫁はエルフだって方が自慢できるだろう」
「どういう感性してんだよ」
同じ種族よりエルフ嫁の方が他人に自慢できるとアホなことをぬかすヘルネスト。お前は田西宿実が生きていた世界のアニメオタクかとパンチくれてやりたい。他種族に支配されることが好ましいと受け入れられるはずもなく、貴族家に人族以外の血が混じっているというのは基本的にスキャンダルである。ドワーフとの混血児という理由でドクロワルさんが男爵位を継げないのも、そういう事情があるからだ。
「混血がダメって話なら、次席はいいのか?」
「初代様がカリューア領に封じられて以降の家系図は……カリューア家だけでなく王国側でも管理されている……クルミエルフが混じったのは……それよりさらに昔の出来事……もう誰にも本当のところはわからないわ……」
次席はスキャンダルにならないのかとヘルネストが不思議そうな表情を浮かべていたものの、少なくともカリューア伯爵家ができてからは配偶者も含めて人族であったことが確認されている。それより前のことを取り沙汰されたところで、古過ぎて確かめようもないことに言いがかりをつけているとすっとぼけてしまえばそれまでよとカリューア家の嫡子は肩をすくめた。
「どうにもならないことを気にするより……急いでクルミを集めなさい……こんな機会は二度とないかもしれないのよ……」
大昔に起きたことは今さらどうすることもできない。それより今はクルミだと、取り出したウカツ叩き棒を勢いよく振り回す次席。実がたくさん生っている枝の下を歩けと命じられたクセーラさんが、頭にカゴを乗っけてすっごく嫌そうに進んでいく。クルミの実がボトボトと落っこちてきて、運動会の玉入れみたいな勢いでカゴをいっぱいにしていった。重さに耐えきれなくなったクセーラさんがクルミに潰され、やったぜと次席がおすまし顔のままガッツポーズをとる。
「すごいいっぱい拾ったのね~」
「なによこの量は……」
その後、クルミはクセーラさんに任せて僕たちはドングリと栗を探す。お昼を過ぎておやつの時間になるころ、サソリゴーレムの荷台には収穫物が溢れそうなくらい詰まった背負いカゴが9つも並んだ。ドングリがひとつに栗がふたつ。残りの6つはすべてクルミである。食いしん坊たちの面倒を見てくれていた雪だるま先輩とロリボーデさんが、非常識が過ぎると目を丸くしていた。園芸サークルの精鋭でもここまでは集まらないと思う。
「わたくしたちもおやつにするのです。下僕、抱っこして食べさせるのですよ」
クマとコケトリスたちはドングリをたらふくいただけたご様子。収穫作業はここまでにしてピクニックにしようとタルトが袖を引っ張ってきた。地面に防水布を敷いて休める場所を作ってやり、シルヒメさんから預かってきたバスケットを開けておやつの揚げあんパンを取り出す。
「むぐむぐ……シルヒメはよい仕事をしてくれますけど、変化がないのは寂しいのです」
どんどん贅沢になっていくクソ3歳児。とうとう揚げあんパンでも満足できなくなってしまったようで、モグモグしながら変化が欲しいと偉そうなことを口にする。
「次は炒ったクルミを入れようか。ポリポリの歯ごたえが加わると思う」
「――っ!」
どっさりクルミが採れたのでクルミ入り揚げあんパンにすると告げたところ、おやつをモシャモシャ咀嚼していたタルトの動きが止まった。口を半開きにしたまま、もの欲しそうな瞳で僕を見上げてくる。こいつは3歳児のくせに歯ごたえのあるものが好きだから、クルミのポリポリ感を想像しているのだろう。
「下僕、クルミならそこに山ほどあるではありませんか」
口の中に残っていた揚げあんパンをゴックンしたタルトがサソリゴーレムの荷台を指差して、あんなにいっぱいあるのにどうして用意していないのかと唇を尖らせる。食材を美味しくいただくには手間がかかるということを、誰かこいつにわからせてくれないだろうか。
「香ばしくてポリポリしてるのは炒ったクルミなんだ。丁寧に中身を取り出してローストしないと美味しくないよ」
そもそも今日の目的はドングリと栗で、クルミがこんなに手に入るなんて考えてもいなかった。硬い殻をカチ割る道具も、炒るためのフライパンも用意していない。そもそも、あの緑色をした皮からカチカチの種を取り出すだけでもひと苦労だ。採ったその場で食べられるような食材ではないと言い聞かせたものの、もちろん素直に聞き分けてくれる3歳児ではなかった。ちゃんと準備してこなかった僕が悪いと、地面をゴロゴロ転がって抗議の胴回し回転蹴りを放ってくる。
「クルミは無理だけど、代わりに栗を焼いたんじゃダメかな」
「むむぅ……。栗も捨てがたいのです……」
なんとかしろと暴れるタルトをなだめるため、仕方なく焼き栗でいかがかと妥協案を出す。どっちも食べたいとぬかす食いしん坊に焼き栗か我慢するかのどちらかだと選択を迫り、どうにか栗を焼くことでご納得いただいた。ロリボーデさんが熊手を引いた跡に枯れ枝が山積みされているので燃やすものには困らない。炎が飛び散らないよう農奴1号に深めのかまどを掘らせ、栗はイガイガから取り出して近くの沢で洗う。虫がついてなさそうなのに弾け防止の切り込みを入れ火の中に投入すれば、しばらくして栗の焼ける匂いが漂い始めた。まだか、まだかと3歳児が再び暴れ出す。
「あっついから、気をつけて剥くのよ」
意外にも焼き栗経験が豊富なのは雪だるま先輩だった。出身領であるグラストリー領は標高が高く海にも近いとあって雪深いことで知られている。冬に備えるため、雪が降る前に領民総出で薪拾いをするらしい。その時、保管には向かない細い枯れ枝で焚火を起こし、みんなで栗やお芋を焼いて食べていたそうだ。ちっちゃいころはそれが楽しみで楽しみで仕方なかったのだと話しながら、ほどよく焼けた栗をかまどから取り出してくれる。
「はぐっ、はぐっ……これはアツアツなうちにいただくのが美味しいのです」
弾け防止の切れ込みのところからふたつに割り、もわわんと湯気を立てている皮を剥いてやる。まだ熱いぞと注意してやったものの、焼き栗はアツアツなのがいいのだと食いしん坊はかぶりついた。満足してもらえたならなによりだ。ひとついただこうかと新しい焼き栗を手に取ったところ、ベコーンたんとクマドンナが鼻先でドスドスと僕のわき腹を攻撃してきた。寄越せと言いたいらしい。
「君たちが満足に食べさせてあげないから、僕におねだりするんじゃないの?」
「そんなことないよっ。伯爵が美味しそうに見せびらかすからだよっ」
「お腹いっぱい食べたはずなのに、珍しいから欲しくなっちゃったのね」
餌が足りてないのではないかと飼い主に申し立ててみたものの、ご馳走を見せびらかした僕が悪いとクソビッチは開き直りやがった。ドングリでお腹いっぱいなはずだけど、甘いものは別腹なのだろうとイモクセイさんがクマドンナを抱き上げる。そして、ふたり揃って何かを要求するように手を差し出してきた。寄越せと言いたいらしい。
「美味しいかな~。よかったね~、ベコーンたん」
「ちょっとずつね。いっぺんに食べるとゲェしちゃうわよ」
僕から取り上げた焼き栗を半分こして使い魔に食べさせるふたり。ベコーンたんとクマドンナが喜んでくれたならそれでいいけど、なんだか手柄を横取りされたみたいで釈然としない。そして、新たな食いしん坊どもが僕のわき腹を攻撃してきた。アンドレーアとロリボーデさんが使い魔にしているオオカミ兄弟である。
「君たちまで使い魔に餌を食べさせてないの?」
「そんなことないのね~。たった今、豚肉を平らげたばっかりなのね~」
「あんたにおねだりすれば、なにかしらもらえるって憶えてるんじゃないかしら」
契約者が狩猟を教えていないため、こいつらは自分たちで獲物を狩ることができない。喧嘩をふっかけてくるアホゥがいれば返り討ちにしてしまえるものの、気配を隠して忍び寄ったり、逃げる相手を追い込んで捕らえるといったやり方を覚えていないのだ。そのため、食べ物を得る方法はおねだり一択。人喰い魔獣と怖れられるエリマキオオカミが、クゥンクゥンと子犬のような鳴き声を上げながら鼻先をこすりつけてくる。飼い主がきちんと教育しなかったせいで、すっかり甘えん坊に育ちやがった。
「飼い主なんだからどうにかしてよ」
「きっと、拾われて最初に憶えたのが伯爵なのね~。だから懐いてるのね~」
「あんた、最初の言語ってのがわかるんでしょ。自分で言い聞かせなさいよ」
他人におねだりするのはやめさせるようふたり告げたところ、自分が契約する前に僕のことを憶えたせいだとロリボーデさんは言い張った。アンドレーアに至っては、最初の言語で言い聞かせればいいと飼い主の責任を堂々と放棄する始末だ。仕方ないので、コテージに戻ったらまた骨をやるからと約束しておとなしくさせる。
「モロリーヌちゃんは何でも手に入れてくれるから。みんなが頼りにするんですよ」
どいつもこいつも他人におねだりしやがってとふて腐れている僕を、ヨチヨチいい子でちゅね~とドクロお姉さんが抱っこして慰めてくれる。誰よりも頼りにして欲しい相手が、唯ひとりおねだりしてこないのは悲しい。一度でいいからおっぱいを餌にオ・ネ・ガ・イと迫ってくれないだろうか。ドクロ山の頂へ舌を届かせるためなら、僕は元神様だって愛の炎で燃やし尽くす覚悟だ。
「あれだけあれば……魔導院祭でメニューに加えられそうね……下処理を急ぐわ……」
「げ~ぼ~ぐ~」
「はいはい、炒りクルミができたらクルミパンを焼いてあげるから……」
次席は大量にあるクルミをフルーツパーラーで提供するつもりらしい。園芸サークルの総力を挙げてクルミの皮むきをさせるそうだ。思ったより早く炒りクルミが手に入りそうな気配を感じて3歳児が無言のおねだりをしてきた。クルミ入りのパンに、新作のおやつにもつけ合わせると約束してやる。
「クルミならそんなに太る心配はなさそうですね」
適量のクルミにはダイエット効果もあるのだとドクロワルさんも上機嫌な模様。どんなダイエット食材もハイカロリーなスイーツと合わせては意味がないのだけど、抱っこされて逃げ場がない状態でそれを口にしたら命にかかわる。罪の重さを思い知れと体重をかけられては堪らないので、何も言わずに黙って食べさせることにしよう。




