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道案内の少女  作者: 小睦 博
第16章 誰もが成長する季節

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509 クルミの乙女

 予定していた栗拾いの日。いったいどれだけの収穫を見込んでいるのか、次席はサソリゴーレムの荷台いっぱいに空のカゴを積んできた。栗拾いをレジャーと考えている一般人とファーマーでは心構えが違うようだ。すっかり農作業が板についてきたヘルネストは長袖のシャツに吊りズボンという田舎ファーマースタイルで、獣舎の掃除にも使うでっかいフォークをクルクル回して遊んでいる。とうとう、魂まで農奴に堕ちてしまったらしい。


「マイフレンド。どうして弓なんて持ってるんだ? クマやイノシシが出るような山奥まで行くなんて聞いてないぞ」


 どうやら、街の近くで家族連れが栗拾いやキノコ狩りを楽しむあたりと聞かされている模様。次席が準備万端整えているのを見れば、プロしか行かないような奥地へ向かうとわかりそうなものを、忘れ物があれば取りに帰れるくらいの場所とすっかり勘違いしているようだ。こそっと耳打ちしてきた次席によれば、街の外で農作業と伝えてあるとのこと。なるほど、ムジヒダネさんが同行していないのも納得である。


「……高いところに生っている果実を落っことすのに使えるかもと思ってね」


 とりあえず、弓は手の届かないところにある枝を打ち落とすためって説明しておく。いちおう持ってきたものの、見逃すのが惜しいと感じる極上の獲物でも見つからない限り使うつもりはない。それに今日はクマとオオカミが2頭にコケトリスが5羽、そして【ジャイアント侯爵】がいる。この戦力を見れば、たいていの動物はヤバイ連中がいるとすっ飛んで逃げていくだろう。武装なんて荷物になるだけだ。


「アンドレーア。君、コケトリスを扱えるの?」

「グラマーデルに曳いてもらうわ」


 今日はアンドレーアとイモクセイさんもコケトリスに騎乗している。もちろん指示の出し方なんてさっぱりだから、ロリボーデさんに引き綱を取ってもらう模様。アンドレーアが跨っているのはコケマルで、こいつは訓練を始めるまでペット部門でかわいがられていたせいかむっちゃ人懐っこい。ロリボーデさんとお出かけできるのが嬉しくてたまらないようだ。イモクセイさんはオムツビューティーで、オムツベルベットに騎乗した雪だるま先輩が誘導を引き受けてくれた。僕はもちろんバナナンテで、ドクロワルさんはイリーガルピッチである。


「下僕、グズグズしてないで急ぐのです。ドングリがなくなってしまうではありませんか」


 全員準備が整っているか確認していたところ、早い者勝ちが大自然の掟だとクマネストの曳く乳母車からタルトが急かしてきた。コノヤロウと視線を向ければ、フルフラットにしたリクライニングシートの上で3歳児と小熊とうり坊がゴロゴロ転がって遊んでいる。ブタさん着ぐるみパジャマのガキんちょはともかく、クマドンナとベコーンたんはとっても愛らしい。


 これより農作業に向かうと一列縦隊で街の中を進む。先頭を進むサソリゴーレムを見れば街の人たちは魔導院の生徒だとわかるので、皆さん快く道を開けてくれる。魔導院祭のすぐ後に予定されているのは秋のヴィヴィアナ様祭り。観光シーズンが終わりを迎える前の最後のひと稼ぎとあって、観光客向けのお店は揃って特売の赤札を掲げていた。


「マイフレンド。いったいどこに向かっているんだ?」


 モウヴィヴィアーナの街を離れしばらく進んだところで、なんか話が違うのではないかとヘルネストが声をかけてきた。街を出たばかりのころは僕たちと同じく栗拾いに向かうであろう人の姿がちらほら確認できたものの、山道を進むにつれその数は減っていき、今はもう僕たちしかいない。もしや、クマやイノシシが出没するあたりまで行くつもりなのかと問い質してくる。


「だったらなに? もしかしてビビッてんの?」

「当たり前じゃないか、もし――」


 今さら引き返して武装を取ってくるなどと言い出されても困るので、チキン野郎が怖気づきやがったかと煽ってみたところ、驚いたことにヘルネストの奴は素直に認めた。これは天変地異の前触れに違いない。きっと明日にでも巨大隕石が空から降ってきて、すべての生き物は滅んでしまうのだろう。今の僕にできることは、神様仕事しろと憤りをぶつけることだけだ。


「――こんな山奥まで行っていたとサクラにバレたらまた裏切り者にされちまうんだぞ」

「君たち、それでも許嫁なの……」


 どうせ【思い出のがらくた箱】に収納しているだろう。タルトに魔導楽器を取り出してもらおうと手綱を引きかけたところで、ヘルネストのアホゥは婚約者のご機嫌を損ねるのが怖いなどと始めやがった。街のすぐ近くで農作業と伝えたから、嘘だとバレたら折檻されてしまうと頭を抱えている。もう、呆れるより他はない。


「別に嘘じゃないさ。少なくとも猟場を管理してる山小屋まではいかないと思う」


 僕たちがいる道をずっと進むと、猟師のおっちゃんたちが拠点にしている山小屋にたどり着く。ただし、断りなく猟場に立ち入って栗拾いなんて迷惑行為以外のなにものでもない。次席もそこまで行くつもりはないだろう。狩猟エリアの手前までは街の近くだと言い張ることもできると迂闊なる男を安心させてやれば、ちょうど到着したのか次席がサソリゴーレムを止めた。


「この辺りにしましょう……街の住民はここまで来ないから……まだ荒らされてないはずよ」


 道から外れて伐採跡のような空き地にサソリゴーレムを停止させて、ここから入ろうと次席が木々の生い茂った森を指差す。この辺りまで来るのは猟師や樵といった、それで生計を立てている人たちだけ。まだ、たくさんドングリが残っているはずだという。


 そろそろモミジの葉っぱが色づき始める季節とあって、夏の間はわっさわさに茂っていた下生えもかなり枯れてきている。次席がイカス鎌で藪を薙ぎ払い、農奴1号がフォークで枯れ枝などをひっくり返して地面に落ちた栗やドングリを探す。さすがのファーマーが素晴らしい鎌捌きを披露してくれたものの、いかなる匠の技もパワーで超えられることを示したのは【ジャイアント侯爵】の熊手だった。ひとかきでゴッソリと枯草の束を集める様は、もはやトラクターである。


「キノコなのです」


 下生えをはぎ取られ湿った地面が顔を出したところに、いかにも毒がありそうな極彩色のキノコが生えていた。思ったとおり毒キノコだったようで、ヒャッホゥご馳走だぜぃとサクラヒメが大喜びで喰らいつく。最低最悪な混合毒であるバシまっしぐらですでに耐性を得ているのか、毒を受けて痺れる様子もなくあっという間に平らげてしまった。


「バシリスクが飛びつくものには毒があるのです。バシリスクが残したものは食べても大丈夫なのです」


 毒キノコをムシャムシャするサクラヒメを指差して、あいつが食べるものには毒があるから絶対に口にするな。見向きもしないものは、美味しいかどうかは別として食べられるものだとタルトがクマドンナに言い聞かせる。初めてイリーガルピッチに会わせた時もそうだったけど、3歳児の言葉は完全ではないものの動物に伝わるようだ。毒を口にしたら息が止まってしまうぞと告げられたクマドンナがプルプル身体を震わせている。


「ドングリなのね~。いっぱい落ちてたのね~」


 枯草をかき集めた熊手をロリボーデさんがワサワサ振ると、絡まっていた小さなドングリがポロポロこぼれてきた。クマネストとベコーンたんにコケトリスたちが待ってましたと言わんばかりに集まってくる。美味しいドングリなのか、そのうちのひとつをベコーンたんが鼻先でつついてクマドンナの前まで転がしてきた。もっとも、春に生まれたばかりの小熊は硬いドングリをどうしていいのかわからないご様子。匂いを嗅いだり前脚で転がしたりと、しきりに正体不明の物体を観察している。とうとうしびれを切らしたのか、クマネストがドングリを咥えてバキリと殻を割ってくれた。


 殻の中から出てきた実をモグモグするクマネストを見て、ようやくクマドンナもドングリが食べ物であると察したらしい。さっそくベコーンたんが選んでくれた次の獲物に襲いかかる。いくつか殻と一緒に実まで潰してしまった後、ようやく力加減が呑み込めた模様。器用に殻を割って実を取り出すことに成功した。初めてのドングリを味わう小熊の姿に、3歳児と発芽の精霊は手を叩いて大喜びだ。


「ドングリの次は栗なのですよ。取り出し方を教えてあげるのです」

「イッパイオチテル……」


 クネクネとタコ踊りをしながら栗を探してこいと命じる3歳児。植物に落ちている場所を教えてもらったのか、すぐに発芽の精霊が見つけてくれた。イガイガの割れている部分を器用に前脚で開いたクマネストが、中にある実をガブリとやって取り出す。何度かチクリとやってしまったものの、クマドンナもマネをして栗を食べることに成功する。これでドングリや栗の食べ方を覚えてくれたことだろう。ちなみにコケトリスたちはイガの部分を嘴で咥え、木や地面に勢いよく叩きつけて実を取りだしていた。鳥類は意外とやることが荒っぽい。


 ハイパワーなロリボーデさんがかき出した分はクマドンナたちのおやつにすることに決め、僕たちは次席とヘルネストが掃ったところから出てきたドングリを集める。ドクロ塾長の講義は毒草や毒キノコを採取する際の注意点だそうな。手袋は必ず着用し、つかむときは毒物専用の箸やトングを使うこと。器具を洗浄する時はヒメバシリスクに毒ごと舐めとってもらい、水で洗い流すことは厳禁だとアンドレーアたちに言い含めている。


「あいだっ……」


 しばらくドングリや栗を拾ってカゴに収めていたところ、タイミングよく枝から落ちてきた実がドングリを拾おうとかがんだクセーラさんの脳天を直撃した。ライムのように明るい緑色をした木の実で見た感じは梅の実に似ているのだけど、季節的に青い梅でないことくらいは僕でもわかる。どうやら食べられるようで、次席が地面に転がっている正体不明の実を拾ってカゴに入れた。


「あだだだだっ……。なんでっ? なんで私のところばっかり降ってくるのっ?」

「なんだろ? サルがいたずらしてるってわけでもなさそうだし……」


 引き続きドングリを拾っていると、またクセーラさんの頭の上から木の実が降ってきた。今度は4つか5つまとめてだ。ボコボコと集中爆撃をくらったクセーラさんが、どうしてだと怒りの咆哮を上げる。さすがにこれは何者かの作為を感じるとロゥリングレーダーだけでなくロゥリングアクティブサーチでも探ってみたものの、特に姿を隠している生き物は見つからない。ひとり次席が黙々と落ちてきた木の実を拾い上げていく。


「本当に何もいないのっ? 隠し立てすると後悔することになるよっ」


 こんな偶然があって堪るかとクセーラさんがドシドシ足を踏み鳴らすものの、少なくとも生き物や魂だけアンデッドの仕業ではない。ロゥリング族に感知できない何者かが潜んでいるのだろうか。


「なにを騒いでいるのですか。それは樹がくれたのですからもらっておけばよいのです」

「えっ? 樹って……この樹のこと?」

「クルミはお前に縁があると、前にも言ったではありませんか」


 グギャーと喚くクソビッチが耳に障ったのか、しかめっ面になった3歳児がありがたく拾っておけばよいのだと伝えてきた。この季節外れの梅の実みたいなのがクルミだという。


「クルミってカチカチの殻に入ってるものじゃないの?」

「この中に……種があるのよ……素人はこれだから……」


 僕はなんとなしにクルミっていうのは、あのカチカチの実がドングリみたいに生っているものだと考えていた。クセーラさんも同じようなイメージを持っていたみたいだけど、次席はこれがクルミとわかっていたようだ。収獲した実をひとつ取り上げてナイフで剥いてくれる。緑色をした皮が切り分けられると、中からおなじみカッチカチのクルミが現れた。


「クソビッチはそそっかしいところが【クルミの乙女】にそっくりなのです。ですから、クルミはお前によくしてくれるのです」

「【クルミの乙女】って神様なの?」

「もともとはドリュアスという樹木をつかさどる諸々の神の1柱だったのです」


 クセーラさんは【クルミの乙女】によく似ているというタルト。こいつが二つ名で呼ぶということは、つまり天上におわす存在ってことだ。もしかして神様なのかと問い質してみたところ、今のこの世界が形作られた際に生まれた神様という答えが返ってきた。ただし、「もともとは……」と前置きがされている。


「そいつらは美学のないいたずらが大好きだったのです。何度も嘘を吐いたり、約束を破ったりしたので、【神々の女王】の怒りに触れ天上から追い出されてしまったのです」


 なんでも、このドリュアスと呼ばれる神々の一群は享楽的で物事をまじめに捉えることができない性質であったらしい。その場限りのデマカセでごまかしたり、約束を忘れたりすることは日常茶飯事。とうとう誓約を守護する女神である【神々の女王】がブチ切れて、神様の地位を失い地上へ追放されたという。つまり、ヴィヴィアナ様の同類ってことのようだ。


「地上に落っこちたドリュアスたちはそれぞれに樹に宿って、いくつかは人族との間に赤ちゃんをもうけたのです。それがエルフの始まりで、はなまるビッチたちはクルミエルフの血を継いでいるのです」

「エルフは起源種という……話ではなかったかしら……?」

「デマカセでごまかしてばかりの連中だと言ったではありませんか」


 タルトによればエルフは元神様と人族の混血種で、カリューア姉妹はその末裔であるそうだ。エルフは神々によって創られた起源種ではなかったかと次席が問い質したところ、お得意のデマカセだと3歳児は鼻を鳴らした。そういえば、ドングリエルフのクセイナーさんにもエルフの言うことは出鱈目ばっかりだと言っていた気がする。


「クルミエルフなんて話……私も初耳だけど……領紋にクルミと乙女が意匠されているということは……初代様はご存じだったのね……」

「クソビッチはせっかちでそそっかしくて、問い詰められるとわけのわからないことを口走るあたりが【クルミの乙女】にそっくりなのです」

「それって、なんだかびみょ~に嬉しくないような気が……」


 カリューアの領紋が「クルミと乙女」なのはそれが由来かとひとり納得している次席。タルトの話によれば、クルミエルフの祖となった元神様は悪意もないのに次々と問題を引き起こすやらかし系トラブルメーカーだったらしい。なるほど、それはもうクセーラさんそのものだ。なんだか褒められているのか貶されているのかわからないと、そっくりと評された乙女が肩を落とす。


「それで……その【クルミの乙女】という神様……ではなくなった精霊みたいなのは……今もどこかの樹に宿っているのかしら……?」


 そんな元神様がいらっしゃるなら大切にお祀りしなければと、次席が3歳児に居所を尋ねる。タルトが「もともとは……」と前置きしたってことは、神様に復帰して天上に戻られたわけではないのだろう。だとすれば、宿っている樹が今もあるはずだ。


「宿ったクルミの樹ごとロゥリング族に燃やされてイグドラシルへ還ったのです」

「伯爵っ。なんてことしてくれてんのっ?」

「僕がやったんじゃないよっ!」


 そして、ロゥリング族はクセーラさん以上のことをやらかしていやがった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ロゥリング族色んな所でヒャッハーなことしてるんだなぁ
[一言] なんか理由あって燃やしたのか、いつもの短気で燃やしたのか…… しかし植物系精霊は運が悪いと簡単に死んでしまいそうですね、ヌトリエッタが少し心配 湖に宿ってるヴィヴィアナ様はしぶとそうですが……
[一言] ロゥリング族に神罰がなかったのか気になるところだけどクセーラさんを見ているとチョロくいなせたんだろうなという確信をもてる
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