508 魔力結晶の使い道
学業とレッスンと3歳児の相手に追われる日々が過ぎ、魔導院祭とその後に続く秋のヴィヴィアナ様祭りが近づいてきた。院内のそこかしこで出し物の準備に追われる生徒の姿が目に付くようになり、猟犬部門の連中がピエロの格好で笛を吹き鳴らす。僕たちのステージも仕上がってきたかなというころ、とうとうタルトの待ち望んでいた日がやってきた。園芸サークルでバナナの収穫が始まったのである。
「予定外に早く生ってしまったバナナよ……出資者に配分しているのとは別に……これだけ集めてきたわ……」
授業が終わった後、僕たちのコテージへやってきたカリューア姉妹がテーブルの上にバナナを並べていく。房が6つ。ひとつにつき5本ついているので合計30本だ。出来栄えを確認する意味もあって、いつもなら園芸サークルのメンバーで食べてしまうのだけど、農業技術の発展のために諦めてもらったという。
「1本くらいわけてくれたっていいのに……」
「黙りなさい……ワイバーンの魔力結晶が……かかっているのよ……」
これだけあるのに1本もわけてくれないのかとクセーラさんが頬を膨らませる。次席はなにがなんでもワイバーンの魔力結晶を手に入れたいようだ。
「下僕、そこの黄色くなっているやつをひとつ食べさせるのです」
6つある房のうち、食べごろに熟しているのはふたつだけ。残りの4つはまだまだ緑色をしている。味を確かめるから食べさせろと、タルトが黄色くなっている房のひとつを指差す。美味しそうな黄色いあんちくしょうを房からもいで皮をむき、僕の膝の上であ~んの構えをとる食いしん坊の口にぶち込んでやれば、3歳児は両脚をバタバタ暴れさせて喜びを表した。
「はぐっ、はぐっ……これはよくできたバナナなのです」
美味しいぞ、美味しいぞと僕の膝にドッカン、ドッカンお尻を叩きつけてくるタルト。落ち着きのない3歳児はじっとしていられないようだ。そのうちバナナを食べ終えて満足したのか、ローブの袖口からバカでかい魔力結晶を取り出した。次席とクセーラさんが息を飲むのが伝わってくる。
「大儀であったのです。褒美を取らすのです」
約束のブツだとワイバーンから採れた魔力結晶をタルトが次席へと手渡す。農業技術発展のためと園芸サークルの生徒たちはバナナを諦めてくれたという話だったけど、あんな魔力結晶をいったい何に使うつもりなのだろう。
「これで……ようやく完成するわ……魔導院にしかない……最高の温室が……」
「建設中の温室を管理するゴーレム核? 姉さん、やっぱりゴーレム核にするんだねっ?」
受け取った魔力結晶を布でくるみ大事そうに鞄にしまいながら、園芸サークルの新しい温室で使うのだと次席が明かしてくれた。夏の間に建屋が完成して、今は内装に取りかかっている最中だそうな。用途を耳にして、ゴーレム核なら自分の出番だとクセーラさんが小躍りして喜んでいる。
新しい温室は栽培実験のため、細かく区切られた部屋ごとに温度や湿度、日照時間を調整できる仕様らしい。温室全体の水回りや換気も含め、なんと15個ものゴーレム核を配置する予定だったという。もちろんそれらは独立したゴーレムなので、ひとつひとつ操作しなければいけなかったものの、このバカデカ魔力結晶があればまとめてコントロールする集中制御方式が採用できる。予定していたゴーレム核をサブの制御用にすることで、メインのゴーレム核がトラブルやメンテナンスで動かせない時でも栽培環境を維持しておけるパーフェクトな温室になると、いつもおすまし顔の次席が珍しく興奮気味に語ってくれた。
「君、こうなるってわかってたの?」
「はなまるビッチが温室を作っているなんて、とっくにわかっていたことではありませんか。ささっ、【萌え出づる生命】とドスコーイも一緒に食べるのですよ」
最高の温室を仕上げるためなら次席はいくらでもバナナを用意する。わかっていたのかと尋ねたところ、園芸サークルが新しい温室を建設していることは秘密でもなんでもない。劇場を丸ごとゴーレムにしようというロミーオさんのアイデアを耳にした次席が、それを温室に転用することを思いつかないはずがないとタルトは鼻を鳴らした。一緒にご馳走を食べようと、発芽の精霊とベコーンたんを手招きして呼び寄せる。
「タルちゃん、ベコーンたんだけなの? 私には……」
「クソビッチにはその魔力結晶があるではありませんか。なんでもかんでも欲しがるビッチは、契約している精霊をクレクレと取り換えてしまうのですよ」
「やめてっ。ベコーンたんをつれてかないでっ」
自分にはバナナをご馳走してくれないのかとクセーラさんがおねだりしたものの、次席が手に入れた魔力結晶をゴーレム核に加工するのが誰かなんて決まっている。あれもこれもと際限なく欲しがるビッチは、それにふさわしい精霊と契約し直させてやるぞとタルトに脅されて震え上がった。ベコーンたんを失ったら生きていけないと、バナナをモグモグしているうり坊にすがりつく。
「なんでもかんでも欲しがるって、君がそれを言うの?」
「バナナはわたくしのところ、魔力結晶ははなまるビッチのところと、きれいに収まったではありませんか。わたくしはちゃあんと考えているのです」
お前以上の欲しがり屋はいねぇと言ってやったものの、自分は必要なものが必要とする者の手に渡るよう取り計らっているだけだとタルトは言い張った。はたして本当だろうか。僕は今でもクレクレを5体集めて重ねれば3歳児になるのではと疑っている。
「バナナが手に入ったのですから、下僕は約束どおり新しいおやつを作るのです」
「約束って……君が勝手にしたやつだよね?」
「細かいことを気にするのは使えない下僕なのです。デキる下僕は何も言わずにおやつを差し出すものなのです」
後は僕がご馳走を作るだけだとタルトの奴が新作おやつを要求してくる。約束したのはお前だと言っても、屁理屈ばかりこねて何もしないのは無能の証。優秀な奴は言葉でなく結果で語るものだと知った風な口を叩く。もう逆さにして底なし沼に沈めてしまいたい。
「下僕にも食べさせてあげますから、美味しいおやつを作るのですよ」
食べさせてやるとバナナをむいて差し出してくる3歳児。せっかくなのでありがたくいただく。やや歯ごたえが残っているものの、充分に熟していてモグモグすると甘い芳香が鼻へと抜けてくる。田西宿実の世界でも1本500円はしそうな出来栄えだ。
「また、伯爵ばっかり……」
「美味しいおやつを提供すればタルトはわけてくれると思うけど……」
「バナナを使ったおやつなんて、普通の生徒は口にする機会すらないんだよっ」
バナナを味わっている僕を見て、性懲りもなくクセーラさんがズルイ、ズルイと言い出した。食いしん坊にご馳走してやってはどうかと勧めてみたものの、数えるほどしか口にしたことのない食材のレシピなんて知っているわけないとドスドス足を踏み鳴らす。次々に思いつく僕の方が非常識なのだそうな。
「お菓子のひとつも作れないビッチには皮がお似合いなのです」
「ううっ……酷いよ、タルちゃん」
おやつもくれないケチンボに用はないと、僕の食べ終えたバナナの皮をタルトが投げつける。顔にベッタリとバナナの皮を張り付けたクセーラさんは、乙女にこのような仕打ちはあんまりだとその場に泣き崩れた。
「我慢しなさい……クセーラには……魔力結晶があるでしょう……ゴーレム核に刻む術式は……姉さんが構築してあげるわ……」
「えっ、いいのっ?」
まったく落ち着きがないと呆れながら、温室を集中制御する術式はこっちで構築すると次席が妹を慰める。今学期を魔法陣の構造研究にあて、来年完成させる見込みだそうな。クセーラさんは完成した温室ゴーレムを卒業年の品評会に出せるという。
「でも、姉さんが優しいなんて、なんだか裏がありそうな……」
「首席やパナシャに対抗するのに……私ひとりでは厳しいと判断したわ……どんなに優れた魔法陣も……理論だけでは評価は知れたもの……でも現物があれば……」
次席の言葉を耳にして一瞬喜んだクセーラさんだけど、急に優しくなるなんて怪しいと疑いのまなざしをお姉さんに向ける。もちろん、裏はあった。たとえ理論上は正しくても、複雑すぎて物理的に加工不能な魔法陣に価値はない。実現可能であることを示すため、現物をクセーラさんに用意させるつもりのようだ。
「な~んか姉さんに利用されている感じがするけど、いいよっ。どんな魔法陣だろうと、このクセーラさんが完成させてあげるからっ」
次席の思惑を耳にして、どんとこいと引き受けるクセーラさん。ドクロワルさんに続いて、カリューア姉妹も卒業を見据えて1年越しの研究に取りかかるようだ。術師と工師の特待生コンビはなかなかに手強くなりそうな予感がする。手遅れにならないよう、僕も早いとこ来年の研究テーマを決めなければならないだろう。
「私に魔力結晶を渡したことを後悔させてあげるから、首を洗って待ってるんだよっ」
「……だそうだよ、タルト」
「わたくしを後悔させるなんて、クソビッチもおもしろいことを言うではありませんか」
「そうやって、すぐ精霊を身代わりにするんじゃないよっ」
魔力結晶を渡したのはタルトなのに、何を血迷ったのかクセーラさんが僕に向かって啖呵を切ってきた。言うべき相手はこっちだろうと3歳児を差し出せば、精霊を盾に使うなと意味不明なことを口走る。後悔というのは自らの行いを振り返ってするものだ。他人のしたことを後悔させようだなんて、乙女の思考回路は相変わらず理解しがたい。
「クセーラ……先のことはひとまず置いておいて……栗が熟す季節になったわ……」
「はっ、そうだったっ。栗とかドングリを拾いに行こうよっ。クマドンナも連れてっ」
ひとりでエキサイトしている妹をなだめた次席が、今日はもうひとつ要件があっただろうと思い出させる。どうやら、栗拾いに行きたいご様子。栗やドングリはイノシシの大好物だから、ベコーンたんにご馳走したいのだろう。クマドンナにも食べられる木の実の見分け方を覚えさせるべきだと、栗拾いを実施すべき理由をクセーラさんがまくし立てる。
「クソビッチにしてはよい思いつきなのです。下僕、ドングリがなくなってしまわないうちに行くのですよ」
「じゃあ、次の講義がない日は山に行こうか……」
近くの山中では動物たちによるドングリ争奪戦が絶賛開催中だ。どの種類のドングリが美味しいのかクマドンナに教えるため、僕たちもエントリーすることになった。コケトリスはもちろんのこと、ドングリはいろんな動物の飼料に使えるから採ってきて損はない。ペット部門にもドングリを食べる小動物はいるからアンドレーアも誘ってやろう。本人はまったく役に立たなくても、力自慢の【ジャイアント侯爵】を連れてきてくれたら百人力だ。
「美味しいキノコも見つかるかもしれないね~。ベコーンたん」
「毒キノコも多いだろうからヘルネストを連れてきてくれると助かる。サクラヒメだけでもいいけど、どうせ来たがると思うからね。武装はいらないって伝えておいて」
「農奴に武器は不要よ……代わりにフォークを持たせておくわ……」
イノシシはドングリだけでなくキノコも大好きだ。きっと、ご馳走がいっぱいあるとクセーラさんがうり坊の姿をした押しのける精霊を抱き上げる。秋の山には毒キノコもいっぱいなので、命知らずの食材チャレンジャーでない限りヒメバシリスクが欠かせない。ヘルネストと使い魔のサクラヒメを連れてきてくれるようお願いすれば、槍の代わりにフォークを担がせると次席は快く引き受けてくれた。
次の休日に栗拾いに行く約束をしてカリューア姉妹がコテージを後にすれば、入れ替わりにドクロワルさんとアンドレーアにイモクセイさんがやってくる。これから調合実験だそうな。暇ならドクロ研究室のお手伝いをしている間、使い魔の相手をしていてくれとオオカミにクマドンナを託された。ちょうどいいので栗拾いに誘う。
「この子にドングリの見分け方を教えるの? そういうのって、やっぱり生まれつき覚えているものじゃなかったのね」
「グラマーデルを誘うの? いいわよ。ドングリはあればあるだけ助かるから」
栗だけじゃなくてドングリも拾うのだと説明すれば、それならとふたりとも了承してくれた。ドングリが食べられることをクマは当然知っているものとイモクセイさんは考えていたらしい。そんなはずあるかと3歳児にバシバシお尻を叩かれている。思ったとおりペット部門ではドングリの需要が高いようで、冬の大事な食糧なのだとアンドレーアもオッケーしてくれた。ロリボーデさんにも声をかけてくれるそうだ。
「魔法薬の素材に関しておふたりにレクチャーしておきたいことがあるのですが、説明してる時間はとれそうですか?」
「必要なのはクマドンナとロリボーデさんだから、いっくらでもあるよ」
「あんた……自分から誘っておいてその言い草はなんなの?」
ドクロワルさんは山で採集できる素材についてレクチャーしたいそうだ。どっちもおまけだから、栗拾いの最中ずっと連れ回していてくれて構わないとはっきり伝えておく。少しは言葉を選べとアンドレーアに睨みつけられたものの、そんな暇はないと思われてドクロワルさんが参加してくれなくなっては困る。この状況で優先順位を間違える僕じゃない。
「話が済んだのならお庭で遊ぶのです。クマネストとクマドンナにもバナナを食べさせてあげるのですよ」
「バナナがこんなに……。世の中って本当に不公平よね」
クマどもにも食べさせてやろうと、黄色く熟しているバナナの房をつかんだタルトがクマドンナを遊び場へ連れていく。まだ緑色の房が4つも残っているのを目にして、世界はどこまでも不公平だとイモクセイさんがため息を吐いていた。




