51 始まる運動会
バネの制作をお願いされたシュセンドゥ先輩は鋼作りからハブられたと知ってへそを曲げてしまったものの、乳母車のためなら手段を選ばないタルトが上手く丸め込んでくれた。先輩が製作中だった量産型ガラガラの魔導器を見たタルトは、音に意図が込められていないとその欠陥を指摘したのだ。
僕のガラガラの魔導器はラトルジラントの怒りの攻撃音を発する。意図の込められた音。ジラントの怒りの雄叫びだ。ただガラガラ鳴らすだけの魔導器とはわけが違う。
ラトルジラントの威嚇音を鳴らす魔法陣。僕のものとは異なり人族の使う魔術言語に書き換えたものをエサに吊るされて、先輩は土下座して自分にやらせてくださいと懇願した。
バネの問題が解消したところで今日は運動会の初日。運動会は2日間にわたって開かれ、1日目に一般競技、2日目に魔術競技が行われる。一般競技にエントリーしてない僕は応援くらいしかすることがないはずだったのだけど、なぜか扱き使われていた。
「え~と。ガーゼに包帯。消毒液に軟膏っと……」
「ぐずぐずしてないでさっさと準備しなさい。競技が始まっちゃうじゃない」
今は生徒たちの入場行進が終わって、リアリィ先生が注意事項なんかを伝達しているところ。どうして僕は審判席の裏側で働かされているのだろう……
「先生。治療用ベッドは設置しました。長椅子はどちらに?」
「そっちにコーナーを作るように並べてちょうだい」
僕とドクロワルさんは競技中に怪我をした子を治療するための診療所の準備を仰せつかっていた。命じたのはもちろんプロセルピーネ先生である。
ちなみに競技中も診察はドクロワルさん。外傷の手当てなんかは僕と役割が割り振られている。ドクロワルさんが競技に参加する時だけ、ピンチヒッターで先生が診察をするらしい。
……なんか間違ってないか?
隣ではベリノーチ先生が迷子の待機所を準備していた。生徒の親御さんや将来魔導院に入学する子を連れた家族たちが観戦に来るので、親とはぐれてしまう子も出てくるのだ。運動会の後には専門課程の競技会が控えているし、モウヴィヴィアーナは観光シーズンの本番を迎えるという時期なので、結構な数の人たちが魔導院を訪れる。
「仮面ビッチはさっさとわたくしのお昼寝場所を作るのです」
「ここは、迷子の待機場所で……」
ベリノーチ先生を仮面ビッチなどと呼ぶのはもちろんタルトだ。ベリノーチ先生が並べていたクッションのひとつを占拠して、さっさと自分が昼寝する場所を整備しろとふんぞり返っている。
「アーレイ君。あなたの精霊ですよね……」
「迷子の精霊ですか。大変ですね。競技が終われば引き取りに来るのではないでしょうか。サー」
面倒なのでこのまま預かっていてもらおう。
「アーレイ君っ。いますぐに――」
「ベリノーチ。助手の邪魔をするようなら、尻からザリガニの尻尾を生やすわよ」
「ひいぃぃぃ……ごめんなさいっ」
ベリノーチ先生が入学した時にはもう中央管理棟治療室の主だったという【魔薬王】にギロリと睨まれては口汚い訓練教官も出番がない。
「アーレイ君。擦り傷の手当てをお願いします」
競技が始まり、ポツポツと転んだりして怪我をした子が手当てを受けにやってきた。鎧下を身に着けていればいいのだろうけど、スピードを競う競技に厚手の全身タイツは差し障りがあるのか着ている生徒は少ない。
膝を擦りむいた女の子がやってきたので、軟膏を塗ってガーゼをあてて縛っておく。初級再生薬を使うまでもない軽い擦り傷だ。晩御飯の時間には傷跡も残らず治癒しているだろう。
女の子の手当てを終えたところで気が付いた。今僕は体操服にブルマーという女の子の生足に直に触れていたな……
合法……これは合法だ……治療行為なんだから、犯罪にはならない……
クックック……プロセルピーネ先生に丁稚扱いされて外傷の手当を仕込まれたのが、こんなところで役立つとはね……
フヒヒヒヒ……オラなんかワクワクしてきちまったぞ……
「そろそろ出番なので後をお願いしますね」
ドクロワルさんが競技に参加しにいった。綱引きだそうだ。足は遅いけど、パワーだけならヘルネストを上回る彼女にはぴったりだろう。ヘルネスト3人前みたいな【ジャイアント侯爵】も出場するって言ってたから、勝つのは黒百合寮だと思うけど。
ほどなくして、あちこちに擦り傷を負った子たちがゾロゾロとやってきた。ジャイアントパワーで引き摺られたな……
「準決勝で負けちゃいました。ロリボーデさんは反則です」
ドクロワルさんも戻ってきて診療に大忙しだ。綱引きの決勝戦は我が紅薔薇寮と黒百合寮で行われた。もちろん紅薔薇寮の惨敗である。
「わたくしがこの嘘っぱちばかり書かれた本を読んであげるのですよ」
隣にある迷子の待機所ではタルトが子供たちを集めて絵本を読んでいた。意外というか3歳児だからなのか上手いこと子供の気を引いていて、親とはぐれてしまったというのに泣き出してしまう子がいない。
「嘘ばっかりなの?」
「ドラゴンは人族の姫を攫ったりしないのです。その場でペロリなのです」
どうやらドラゴンに攫われたお姫様を助け出す物語のようだ。読み終わった後にわざわざ話のおかしいところを解説している。
お姫様が食べられてしまったら、そこでお話が終わっちゃうじゃないか……
「竜殺しの剣が出てきますが、本当の【竜殺し】が使う武器は槍なのですよ」
「本当の竜殺しって誰なの?」
「人族に竜殺しを名乗る者は多くいましたが、わたくしの言う【竜殺し】とはハフニールを討ったポルデリオンのことなのです」
有名な伝承に登場する人族最古にして最強の騎士と伝えられている英雄だ。3千年以上の昔に実在し、騎士の理想を体現したような人物だったらしい。タルトなら本当に知っていそうだな。
「知ってるよ、立派な騎士様だったんでしょ?」
「お酒が大好きなおっさんなのです」
まぁ、3千年も昔の人物なんて酒好きで髭モジャで赤ら顔のおっさんなんだろうけど、子供たちの夢を壊すなよ。伝承ではイケメンダンディーってことになってんだからさ。
案の定、子供たちには受け入れられずブーブー文句を言われていたけど、空気を読んだメイド精霊のシルヒメさんがお菓子を持ってきたので話題が逸れた。
「本当なのです。一緒に酒蔵からお酒をチョロまかしたことだってあるのです」
憮然としたタルトの呟きは、幸運にも僕以外の耳には入らなかったようだ。
「あら、ドクロワルさんだけでなく、アーレイ君も診療所のお手伝いでしたの?」
蜜の精霊を連れた首席が診療所にやってきた。今日は出番がないので、迷子を見つけては待機所に案内しているらしい。でも、なぜかふたりともチアリーディングの衣装にサンバの人が着けるような羽を背負っている。
「なんでまた、そんな派手な格好をしてるの?」
「もちろん見た人の記憶に残りやすいからですわ」
尋ねてみたところ、生徒は男女とも体操服にブルマーで見分けがつかないから、子供を捜している親が「生徒が迷子を連れていた」という情報を得ても捜しようがない。だけど、「チアリーダーが迷子を連れていた」という情報であれば、コスチュームで自分を捜すことができる。
人目に留まりやすいから、子供より見つけやすいという答えが返ってきた。
実際に声をかけてきてくれた親もいたらしい。ただの目立ちたがりではなかったようだ。ちなみに、モチカさんも色違いで同じ格好をしているという。
うほぅ、見てみたいぞ……
だけど、首席が背負っている白い羽……それイリーガルピッチの羽根じゃないか?
「それ、コケトリスの羽根だよね……まさか、毟り取ったの?」
「そんなこといたしません。抜け落ちた羽根を捨ててしまわないようにお願いしておいたのです」
ヒッポグリフの羽根は茶色くて斑点模様が入っていたりして、それだけでは装飾に向かない。黒スケの羽根は美しいけど、やはり黒一色では味気ない。
そこに白いコケトリスがやってきた。真っ白な羽根があれば黒や茶色の羽根が映えるようになると、こっそり集めていたらしい。発案者はクゲナンデス先輩だそうだ。
ご覧になってと首席が自慢気に羽をフリフリ踊って見せる。
ええのぅ……ええのぅ……
田西宿実の通っていた高校には男臭い応援団しかなかったから、チアガールに応援してもらえる対戦相手がそりゃあ憎らしかったもんだ。
首席は【ジャイアント侯爵】には及ばないものの、長身で中学生くらいのお姉さんに見える。こんな子が応援してくれるなら、僕は9回といわず18回だって投げ抜いてみせるぞ……
「おっ、羽根飾りなんて作ったの。懐かしい」
首席に気付いたプロセルピーネ先生がやってきた。首席は背が高くて手足も長いから、ダイナミックでありながら女性らしい優雅さも感じさせるように舞えるはずだと踊ってみせる。
アラフォーになってまでアイドルのモノマネかよと思ったけど、なかなかどうして貫禄すら感じさせる見事な踊りだ。首席もビックリしている。
「…………お上手ですわね……」
「この国に来るまではロゥリング娘でセンターを務めてたんだから、これくらいできるわよ」
ロゥリング娘って……モノマネではなくて、元アイドルだったのか……
先生が魔薬に染まってしまったのはそのせいかもしれない。この世界にも業界の闇はあるようだ。
「アイドルだったんですか……それで魔薬漬けに……」
「芸人なんかと一緒にすんじゃないわよっ」
ロゥリング娘というのは神様をお祀りする儀式で歌や踊り、音楽を捧げる巫女で、王女という立場に付随してくる仕事のひとつ。報酬目当ての俗物とは違うのだと先生がツインテールを逆立てて主張する。
どうやら、ただのアイドルじゃなくって、コスプレアイドルってヤツだったようだ。
「萌え巫女ですね……わかります……」
「あんたは首から上を猿の頭に挿げ替えた方がよさそうね……」
ガルルル……と唸りながら先生が睨みつけてくる。首から上を挿げ替えられたら、それはもう僕じゃないよ。
「アーレイ君。アンドレーアさんが怪我をしたみたいなので手当てをお願いします」
先生が飛びかかってきそうなところで、肘と膝を擦りむいたアンドレーアがやってきた。メルエラと一緒に二人三脚に出場し、脳筋ズと競り合ってずっこけたらしい。
「なんであんたが……」
「僕は先生から手当の仕方を仕込まれてるからね」
アンドレーアはプイッと体ごとそっぽを向いて、はよ手当てせいと左腕と左脚だけ僕の方に差し出してくる。
やれやれ……あれ……アンドレーアの体格に体操服とブルマーのサイズがあってない?
ピッチピチじゃないか……おっぱいが強調されて……うおっ!
アンドレーアは体を横に向けて左脚だけこちらに向けているから、ピチピチのブルマーで足を大きく開いた体勢だ。肘の手当てを終えて、膝の手当てをしようと視線を下げたところ、左脚の内ももの先、ブルマーの裾からはみ出ている白いナニカに僕の目が釘付けになる。
ふおぉぉぉ……アンドレーアは気付いていないのか……
膝の手当てをしながら、見てはいけないと思いつつも視線を逸らすことができない。誘惑を振り切るために上を見上げたところ、顔を真っ赤にしたアンドレーアと目が合った。
「みっ、見るんじゃないわよ。このケダモノッ!」
やべっ。気付かれてた。わかっていたのなら隠せばいいのに……
「姉様……そこは気付かない振りをして、『話したいことがある』と先輩を連れ出す段取りだったはず……」
「メルエラッ?」
治療場所を覆っている衝立の陰から怒りのオーラを発したメルエラが覗いていた。
「何のためにわざわざ私の体操服と交換したのかお忘れですか?」
「だって……こんなっ……」
メルエラの着ている体操服はダボダボだ。なるほど、あっちがアンドレーアのものなのか。
「ちゃんとこう胸を逸らして誘惑しろとあれほど……」
メルエラ監督の熱心な演技指導が始まった。アンドレーアの隣に腰を下ろし、両手を頭の後ろで組んで脚を開く。
それなんて有閑マダム……
「でもっ。そんな色仕掛けみたいなマネッ……」
「マネではありません。色仕掛けです。見てください――」
メルエラは僕の隣で見ていた首席を指差す。
「――ペドロリアン家までこうも露骨な色仕掛けに出てくるのです。手段を選んでいる余裕があるとお思いですか?」
「違いますっ。これは色仕掛けなんかじゃありませんわよっ」
首席が否定するけどメルエラは取り合わない。侯爵家を相手にまともに戦っては勝ち目はないのだから、夜這いでも何でもして僕の種を手に入れろとアンドレーアをけしかける。
「わざわざ使われていない倉庫にマットまで運んでおいたというのに、私の苦労が水の泡ではありませんかっ」
そんな用意までしていたなんて……
メルエラ……なんて恐ろしい子……
「メルエラ……焦ってるところ悪いけど、僕たちの歳じゃまだ……」
「大丈夫です。今は既成事実さえあればそれで充分です」
メルエラが爽やかな顔でサムズアップしてくる。ダメだこの子、早くなんとかしないと……
「アンドレーア。君の妹でしょっ。なんとかしてよっ」
「仕方ないでしょっ。口では言い負かされちゃうんだからっ」
「それでもお姉さんなのっ?」
「やっかましいっ。あんただって従兄なんだから、あんた説得しなさいよっ!」
妹に論破されて開き直りやがった……
アンドレーア……なんて使えない子……
「次の患者さんが待っているのですけど……アーレイ君はアンドレーアさんとイチャイチャですか……そうですか……」
やばっ。ドクロワルさんが衝立の向こうから姿を現した。お面で表情がわからない分、冷え切った声がよりいっそう凄みを増して響く。
「アンドレーアは終わったよっ。次の人どうぞっ」
「ちっ……その種は、次に逢う時まで預けておきます……」
アンドレーアの手を引いたメルエラが、時代劇に出てくる悪党のような捨て台詞を残して診療所を後にする。代わりに入ってきたのはボロ雑巾になったヘルネストだ。
二人三脚の決勝戦は、双子のカリューア姉妹が脚を結んでないんじゃないかと思わせるようなスピードでぶっちぎった。ちぎられてなるものかとペースを上げたムジヒダネさんについて行けず、大転倒をやらかしたらしい。
「あの双子は体格も歩幅も一緒だから、全力ダッシュに近いスピードが出せるしね……」
「転んでビリになったせいで、サクラの奴が荒れてな……」
ヘルネストをズタボロにした犯人は【ヴァイオレンス公爵】だそうだ。許嫁なんかと出場した罰が当たったのだろう。ざまぁ……




