506 使用枠を手に入れろ
サークルの皆がステージの練習に励む中、ドヤリンガーさんに使わせるリズムをとるおもちゃ魔導器が完成した。どんなものにするか説明したら、クセーラさんがノリノリで作ってくれたのだ。ちっちゃい柱時計の手前に木魚を置いたような魔導器で、時計盤のような円の中で針がグルグル回る仕掛けがついている。12時の位置に赤い印があって、針がそこにきたタイミングで木魚を叩くようにすれば一定のリズムを保つ練習になると思う。
「ほら、新しいおもちゃだよ。試してみる?」
「おっ断りなのです。そんなのはおもちゃでないのです」
新しいおもちゃをねだる3歳児で試そうとしたものの、タイミングを外したら罰ゲームがあることに気づいているのだろう。もの凄いしかめっ面で拒否されてしまった。ならば仕方ないと飼育サークルへ向かいドヤリンガーさんの姿を探す。首尾よく鶏舎でオムツシローを相手に奮闘しているターゲットを発見。無理やり引っ張り出そうとして、すっかりヘソを曲げられてしまったようだ。雄鶏を動かすときは自分が後から追従するくらいでよいのだと砂浴びに連れ出してやる。
「生き物なんだからコケトリスだって気分が乗らないときもある。無理に言うことをきかせようとするから抵抗されるんだ」
「でも、砂浴びは馬場が空いてる時じゃないとさせられないし……」
「それは自分の都合にあわせろっていう、支配しようとする側の理屈だよ」
今なら馬場が使えるから砂浴びさせてやりたかったのだと言い訳を口にするドヤリンガーさん。だけど、結局のところ「俺様の言うとおりにしろ」と無理強いすることを理由で正当化しているにすぎない。そんな理屈がコケトリスに通用するはずないのだ。
「それでは、理由があるからと無理強いさせられる側の気持ちをドヤリンガーさんにも味わっていただくとしよう」
「やってしまうのです」
「なんですかっ? ふたりとも笑顔が怪しいですよっ」
タイミングよくクニーケさんが来てくれたのでオムツシローの相手を任せ、さぁお楽しみの時間だとタルトとふたりで迫れば、その顔は悪だくみを考えている顔だとドヤリンガーさんは言い張った。失礼なことを言う。僕はただ、演奏中にテンポアップしていく悪癖を矯正しようと考えているだけだ。ドヤリンガーさんを連れて談話スペースに向かえば、オムツフリーナちゃんとロミーオ演出総監督に楽団長の首席が打ち合わせをしていた。僕たちの姿を見て、どうしてか揃って眉をひそめる。
「あれはロクでもないことを企んでいる時の顔でございますわよ」
「目を合わせちゃダメよ。いたずらされるわ」
「ドヤリンガーさんの癖を直したがってたのは首席でしょ」
まるで通りすがりの変質者を見つけたかのようにヒソヒソ陰口を叩く首席たち。酷い言われようだけど、演奏の練習と聞いて興味が湧いたのか寄ってきやがった。
「てれれれってれ~。モクギョノーム君1号~」
これが今回のひみつ道具だとクセーラさんの作り上げた魔導器を取り出す。セットしたテーブルの前にドヤリンガーさんを座らせて、魔力を流すと針が回るから赤い印と重なるタイミングで叩くのだと使い方を説明する。
「こんなの簡単ですよ……なんかドクロが飛び出してきました」
「おてつきを3回くり返すと罰ゲームがあるからね」
これくらい楽勝だと最初のうちはポコポコリズミカルに叩いていたものの、そのうちテンポを上げたくなってきたようだ。指示されたタイミングより早くポコリとやってしまい、魔導器のてっぺんにピョコンと白いドクロマークの描かれた棒が一本飛び出してきた。そいつはおてつきカウンターだ。
「アーレイ君。それってもしや……」
「へ~、罰ゲームってどんな――」
罰ゲームと耳にして首席がこめかみを引きつらせた。勘が鋭く頭の回転も速い彼女のことだから、そのひと言だけで正解に思い当たったのだろう。ドヤリンガーさんは見当もつかないようで、なんだそれはと興味津々に木魚を連打する。白いドクロマークの隣にピョコンピョコンと黒と赤のドクロマークが並び、仕込まれている罰ゲーム術式が発動した。
「――ほぎゃぁぁぁ――――っ!」
絶叫を上げて椅子から転げ落ちるドヤリンガーさん。右足のつま先を押さえて床をゴロゴロ転げまわる。僕が仕込む罰ゲームなんて『タンスカドン』しかないのだ。やっぱりかと首席が顔をしかめさせ、ちょっとタイミングを外しただけでここまですんのかとロミーオさんとアキマヘン嬢は顔色を青褪めさせていた。痛みを感じさせる術式で、怪我をさせたわけではないのだと説明しておく。
「まさか、あの術式を再現いたしましたの?」
「いや、例のスプーンを中に仕込んだだけだよ」
足の小指に激痛を感じさせるなどという術式を構築できたのかと首席に尋ねられたので、タルトから借りた魔導器をそのまま仕込んだのだと種明かしをする。冗談みたいな効果の『タンスカドン』だけど、何をどう記述すれば実現できるのか僕には見当もつかない。再現するためには、生き物が痛みを感じる仕組みを解き明かす必要があるだろう。見えてはいけない部分だけを的確に隠してくるブタさんと同じ、人智を超えたしょ~もない術式だ。
「いつまで痛がってる。さっさとポクポクする練習に戻るんだ」
「嫌ですよっ。こんなのっ!」
魔導院祭までの時間は限られている。練習を続けるよう告げたところ、こんなのやってられるかとドヤリンガーさんは全力で拒否してきた。そのような我が儘を許しておくほど僕は甘くない。
「ファミリーは互いの献身によって支えられている。身勝手な我が儘は許されない」
仲間のために尽くそうとする奉仕の精神によってドブネズミファミリーはひとつにまとまっているのだ。ひとりの我が儘によってステージが台無しにされるなどあってはならない。パチンと指を鳴らして合図をすれば、ロミーオさんとアキマヘン嬢が左右からドヤリンガーさんを取り押さえた。暴れるわからず屋をふたりがかりで椅子に座らせ逃げられないようロープで縛りつける。
「やりませんよっ。やりませんからねっ」
こんなことをしても無駄だぞと練習再開を拒否するドヤリンガーさん。自分がモクギョノーム君1号を動作させなければ罰ゲームを受けることはないと勘違いしているようだ。
「魔力が届かないから、他人の体内に直接魔術を作用させることはできない。だけど、それを可能にする技能があることを君はもう学んでいるよね?」
タルトが貸してくれた『タンスカドン』の刻まれた魔導器はもうひとつある。ティースプーンの形をしたそれを取り出して頭の上へ掲げれば、任せてくれと首席がそっと手を重ねてきた。素直じゃない悪い子にも罰ゲームが待っているのだと、受け取った魔導器の先っちょをドヤリンガーさんの頬にピタピタあてる。
「魔力同調ですかっ? 治療士でもないのにっ?」
「この魔導器は元々魔力同調を練習するためにタルトが貸してくれたものなんだ」
ドクロワルさんは教養課程だったころからマスターしてたし、僕や首席も覚えたからあまり珍しいとは感じなくなった魔力同調だけど、アキマヘン嬢たちの学年で使える生徒は皆無だそうな。どうして治療士でもない奴が習得しているのだとドヤリンガーさんが半泣きで訴えてきた。
「もういつでも発動させられますわよ。同調を外そうとしてこない相手は捕まえるのが簡単でございますわね」
「やめてっ。やめてぇぇぇ――――っ」
魔力同調の練習台にされた相手は、小指を痛くされないため必死に同調から逃れようとするのが普通だ。それが当たり前になってしまっている首席にとって、自ら同調を解除できない獲物はもう動かない的も同然なのだろう。いっちゃうぞ、いっちゃうぞと脅されて、お願いだからやめてくれとドヤリンガーさんが泣きをいれる。
「ごんな゛っ。ごんな゛のあ゛んまりでずよっ」
「魔導院祭までに演奏できるようになってもらわなきゃ困るからね。あるというだけでいかなる行為も正当化してくれるなんて、理由とは実に素晴らしいものだと思わないかい」
「この、ひとでなしい゛ぃぃぃ――――っ」
無理強いするなんて酷いと涙を流しながらドヤリンガーさんがポクポク練習を再開する。彼女が演奏をしくじったらステージが台無しになるとあって、アキマヘン嬢もロミーオさんも手心を加えるつもりはないようだ。後は首席たちに任せておけばガッツリ練習させてくれるだろう。僕はコケトリスたちの様子を見てくるからと席を立つ。
「あっ、あっ……はうっ……」
3歳児の手を引いて談話スペースを後にするとき、最初のおてつきを示す白いドクロマークがピョコンと顔を出すのが見えた。
サークル舎からドヤリンガーさんの悲鳴が響いてくるようになって数日が経ったある日、魔導院祭における講堂の使用枠を取り合うくじ引きが告知された。今年は5枠のところに8組もの申し込みがあったとのこと。もちろん、僕たちも飼育サークルの名義で申し込みを済ませている。
「ちょっと、何すんのよっ。放しなさいっ」
そして、今日はドヤリンガーさんの悲鳴の代わりにロミーオさんの怒声が響いていた。今度こそこの手で栄光をつかんでみせるとたわ言をぬかす演出総監督を、みんなで取り囲んで椅子に縛り付けたせいである。申し訳ないけど、8割がアタリなくじでハズレを引いてくるような運のない人間に命運を託すほど僕たちは人生を諦めていない。
「クレネーダー先輩は見張っておきますので、抽選会はおふたりでお願いします」
「ど~んと任されたよ」
くじ引きは僕と首席に任せるとアキマヘン嬢から承る。責任重大ではあるものの、ここで怖気づこうものならロミーオさんにくじを引かれてすべてが水の泡だ。万が一にもハズレを引いた時には、枠を確保できた連中を抹殺して空きを作る覚悟で会場へ向かう。
「来たか。枠が取れなかった場合は……わかっているな?」
会場に指定された教室の入り口で監督役のベリノーチ先生から声をかけられた。講堂が使えないときは迷子預り所のお手伝いを命じるつもりだろう。ちっちゃい子と遊べるからタルトは喜ぶかもしれないけど、王都のクゲナンデス先輩にステージはありませんと報告しなければいけなくなる。方々からお叱りの声が飛んでくること間違いなしだ。
「預り所の手伝いなら他をあたることをオススメしますよ」
「ドブゴブリンらしい答えだ。期待しているぞ……」
枠が確保できないなんてあり得ない。必要なら奪い取るまでよと暗に告げれば、隠された意味を察したのだろう。鉄仮面はニヤリと口元を歪ませた。
「さて、どんな連中が……って、なんで猟犬部門がここにいんの?」
「お前たちから仲間外れにされたんで、愛犬同好会名義で申し込んだんだよっ」
教室に入ってライバルになる連中を見渡したところ、見覚えのある面を発見した。ハンター気取りのど素人集団、猟犬部門の連中である。飼育サークル名義は僕たちに使われてしまったので、任意の同好会として申し込みをしたそうな。
「やりたいことがあったのに、なんで黙ってたの?」
「コケトリス部門と騎乗部門とペット部門の代表が揃っていて、俺たちの話をまともに取り上げてくれんのか?」
「検討する余地もございません。全力で握りつぶすに決まっておりますわね」
仲間外れとか考える前に、どうして相談しないのかと不思議に思ったものの、こちらにはアキマヘン嬢と首席とアンドレーアが揃っている。猟犬部門が単独で他の出し物を提案したところで聞き入れてもらえるわけがないと判断したそうだ。その判断は正しいと首席が自信マンマンに肯定する。威張って言うことだろうか……
「まぁ、いいか。これでどちらかが枠を取れれば講堂が使えるんだし……」
「ちょっと待て、コラァ?」
飼育サークルは抽選の機会が2回分あると思えばど素人どもも役に立つと口にしたところ、猟犬部門の連中はふざけんなと怒りの声を上げた。己の立場ってもんがわかっていないらしい。
「オーケィ。次の予算会議では手心を加えずむしり取るようアキマヘン嬢とアンドレーアに伝えておこう。いっそのこと、潰してしまっても構わないとね」
「ブリーディングならペット部門でも学べます。そもそも猟犬部門を独立させておく必要性は薄いと常々感じておりましたのよ」
「お前ら、人の心はないのかよっ」
飼育サークルの3部門を敵に回すつもりかと現実の力関係を教えてやれば、猟犬部門を独立させておくことに疑問を感じると首席が援護射撃を放ってくれる。狩猟のイロハも身についていないなら、やっていることはペット部門と違わない。解体してワンちゃんたちはペット部門に引き取ってもらえばよいと不要論を突き付けられたど素人どもは、なにをトチ狂ったか人の心なんて語りだした。
「悪いねぇ。僕たちドブネズミなんだ」
クマドンナの母熊を手負いにしやがったアホゥどもに慈悲など無用。ドブネズミファミリーを敵に回すつもりなら覚悟しておけと言い渡しておく。これで当選確率大幅アップだ。抽選会が始まり、穀潰しどもを解体に追い込んでやると首席が鼻息も荒くくじを引きにいく。
「なんだか、あっけない幕切れでございましたわね」
「これが連中の宿命だった。それだけのことさ……」
そして、約束された神引きをいかんなく発揮した首席は当然のようにアタリを引き当て、猟犬部門の連中はベリノーチ先生のお手伝いを申し付けられた。




