504 ステージに集いし精鋭たち
「申し訳なかった。なんでもするから許してくれ……」
「人選はアキマヘン嬢に任せました。僕に謝る必要はありません」
秋学期も中盤にさしかかってきたころ、ソンターク元参謀長たちファミリーに楯突いた3人組が詫びをいれてきた。アキマヘン嬢が南部派男子に募集をかけ、なにもしなければ派閥内で村八分にされると察したのだろう。採用を決めるのはアキマヘン嬢で、僕はいっさい口を挟まないとだけ約束しておく。
トボトボとサークル舎へ向かう3人組を見送って、僕はオムツシローを軽く運動させてやる。まだ僕以外に扱える乗り手がいないのだ。適当に障害を飛び越えながら馬場の中を駆けさせていたら、騎乗部門のスカした新入生が馬を曳いてきた。競技会で負けてから少しは変わったのか、ひとつ見定めてやろうと交代する。
「いいね。ドブネズミの片鱗を感じるよ。タイムは落ちてそうだけど……」
以前のミスをしないライディングからうって変わって、彼は少しでもタイムを縮めようと四苦八苦していた。一見したところ競技会の時より悪化したように感じられるけど、それは騎手の変化に馬が戸惑っているせいだろう。急にスタイルを変えたものだから、「えっ、ここでそんなことさせんの?」って指示を額面どおりに受け取ってよいのか迷っている。コースをどう駆け抜けるのか、互いのイメージが嚙み合っていないから人馬一体にはほど遠い。
「競技会が終わってから、心境に変化があったようでございますわね」
だけど、こうしたいのだと上手く馬に伝えられさえすれば、あのコンビは新人戦のタイムを一気に30グラム更新してくるだろう。それは時間の問題とわかっているようで、指導者を務める首席は上機嫌で教え子の無様なライディングをニコニコ眺めていた。
「へったくそなのです。馬が困っているのです」
タルトも今の状況を正確に読み取っているご様子。まったく息が合っていないと呆れたように鼻を鳴らす。騎手の方が新しいことに挑もうと思っても、そんなこと馬にわかるはずないのだから最初は仕方がない。くり返し練習して、どうしてほしいのか馬に覚えてもらうより他はないのだ。
「騎手と馬は一緒に成長していくものなんだ。そりゃ、すぐにはできないさ」
「わたくしと下僕は最初からぴったりだったではありませんか。下僕はなるべくして下僕になったのです」
僕は下僕になるために生まれてきたのだとぬかしながら、ひとを騙してペットにしやがった3歳児が馬場を囲んでいる柵をよじ登る。一番上の柵に腰かけると、足をバタバタさせて肩車を要求してきやがった。こいつは自分の企みを忘れてしまったのだろうか。
「君、僕をホブゴブリンに売り渡してバナナをせしめようと企んでたよね」
タルトが腰かけている柵は、僕がちょっとかがむとちょうど肩と同じくらいになる高さだ。ヨッコイショと3歳児を肩に移しながら、他人を種ロゥリング族としてゴブリンに引き渡すつもりで【ニューゴブリン】なんて二つ名にしたことを思い出させてやる。手放すのがもったいなくなったのは、僕がお菓子やおもちゃを作れるとわかったから。最初からなんてデタラメもいいところだ。
「しょっ、しょれ――にょわわっ」
「うぎょえぇぇぇ……」
お前の企みはとっくにバレてるのだと告げたところ、3歳児は焦ったのかバランスを崩して背中から馬場の内側へ転落しそうになった。どうせ怪我なんてしないのだから素直に落っこちてくれればよいものを、僕の首に両脚を絡めてふんばりやがる。全体重のかかった首絞めに耐えきれなくなった僕は、とうとうロープ越しのリバースフランケンシュタイナーで馬場の中へ投げ飛ばされるハメになった。
「先輩、走行中に馬場へ飛び込んでくるのは危ないからやめてください」
僕がコースに転がり込んだせいで走行を邪魔された男子生徒が、馬に撥ねられたらタダ事ではすまないのだぞとまなじりを吊り上げている。彼はラブリウス・アイバッガーといって、馬産地として有名な南部派ウマンティス領の出身。実家は領主が経営する牧場を任されていて、主に王都で開催されている馬レース用の馬を育てているそうだ。
「飛び込んだんじゃなくて、放り込まれたんだ。押さえてくれなかった首席が悪い」
「あんな体勢から投げ技が決まるなんて予想できるわけございませんでしょう」
ひ弱なロゥリング族が馬に撥ねられたら痛いでは済まない。意識を失っている間に改造手術を施されてしまうなんてことは言われなくてもわかっている。自分の意思で飛び込んだのではなく、無理やり放り込まれたのだと弁解したところ、3歳児に投げられるヤツがあるかと首席は監督者としての責任から逃れやがった。
「それより先生。以前に比べて馬の反応が鈍くなっている気がするのですが……」
首席は教え子に自分を先生と呼ばせているようだ。どうにも思ったように動いてくれないとラブリウス君が悩みを打ち明ける。原因ははっきりしているのだけど、それを察せるほどの経験がないのだろう。
「その馬は君のこれまでの乗り方をちゃんと覚えていて、それに合わせてくれていたんだ。騎手の方が急に違うことをやりだしたから戸惑っているんだよ」
僕を撥ね飛ばさなかった褒美だ。特別に教えてやろう。ラブリウス君の馬はマルダー伯父さんの集落にいたメンドリと一緒。指示された行動が正しいのか確信が持てないので、間違っていた時はすぐさまフォローできるよう動きに余裕を持たせているのである。つまりは安全マージンを以前よりも大きくとるようになったわけで、その分パフォーマンスが低下するのは当然のことだ。
「先生、この先輩は……」
「アーレイ君はイナホリプルを無調教の段階から仕上げた騎獣の専門家です。軽く聞き流して、後で後悔しても遅いですわよ」
なんだこの知った風な口を叩くちっさいのはとでも思ったのだろうか。信用して大丈夫なのかとラブリウス君は訝しんでいたものの、騎獣に関しては誰よりも詳しいから聞き逃さないようにと首席が太鼓判を押してくれた。
「なお、精霊や騎獣を手懐けて自分の思いどおりに操るタラシでもございます。大切な愛馬をタラシ込まれてから後悔しても遅いですわよ」
あわせて、こいつはご馳走で他人の大切なパートナーを一本釣りするタラシ野郎だから、絶対に愛馬の世話をさせてはいけないと根拠のない誹謗中傷を垂れ流す。言いがかりも甚だしい。ヒポリエッタやヌトリエッタが僕におねだりするようになってしまったのは、彼女たちの欲しがるものを首席が用意してあげられなかったからだ。己の至らなさを棚に上げて他人を悪しざまに批判するなんて、ドブネズミにすら劣る底辺ズの所業である。
「実際はヒッポグリフのおねだりサインに気づかず無視し続けたせいで、あてにされなくなってしまっただけなんだ。ちゃんとお世話してあげてるなら心配ない」
「そのサインの意味を秘密にしていたのはアーレイ君ではございませんかっ」
必死にアピールしてもご主人様には伝わらないから、諦めて気づいてくれる相手におねだりするようになっただけの話だと告げたところ、自分がサインを見落としたのは僕が秘密にしていたせいだと首席は言い張った。そうは言っても、当時の僕はBクラスのパッとしない生徒で話しかけることすら許されていなかったのだから仕方がない。首席とまともに話ができるようになったのは、騎獣たちが僕にばかりおねだりしているとシュセンドゥ先輩が見抜いてからだ。
「そういえば、実家の牧場にも馬の言葉がわかっているような人がいました」
「相手を注意深く観察してれば、いずれ君にもわかるようになるさ。わからないのは、これだけやっておけばいいと思考停止しているマニュアル人間だけ――うごぉぉぉ……」
「それは私への当て擦りでございますわねっ」
ウマンティス領にもちゃんとお世話のできる人がいたようだ。生き物なのだから、気分次第で欲しいものが変わるなんて当たり前。それを理解して相手が今欲しているものはなにか考える習慣を身につければ誰でもわかるようになると告げたところ、首席が僕の頭を鷲掴みにしてギリギリ締め上げてきた。もちろん、当て擦りに決まっている。決められたことをこなしていれば騎獣は満足してくれると勘違いしていたことを、機会があるたびに思い出させてやろう。
「ア~レ~イ、ステージの打ち合わせをしたいから集まってちょうだ~い。首席もよ~」
おのれデカ女とわき腹に手を伸ばしかけたところで、ロミーオ演出総監督からお呼びがかかった。これから打ち合わせ会議だそうな。先ほどの3人組がどうなったかも気になるので、首席のわき腹を攻撃するのは諦めてサークル舎の談話スペースへ向かう。メンバーが集まっているところで僕たちを待ち受けていたのは、オムツ一丁に剥かれたソンターク元参謀長と更迭された元第3護衛部隊指揮官殿だった。
「こちらのおふたりにはダンサーを務めていただきます。コワルダー先輩はチェロが弾けるというお話でしたので、楽団に加わっていただくことになりました」
どうやら役どころが決まったようで、アキマヘン嬢が配役を説明してくれた。コワルダー指揮官は楽器が扱えるということでオムツを免れたらしい。オムツフィーバー隊にハマっているタルトが、ダンサーのふたりにさっそく決めポーズをリクエストする。
「ヒ、ヒーバー……?」
「声が小さいのです。ヒィィィバァァァ――――ッ!なのです」
自らファイティングポーズをとって演技指導をする3歳児。サークルの出し物はオムツフィーバーショーではないとわかっているのだろうか。
「今、オムツ一丁に剥く必要あったの?」
「演出総監督の要求ですので、私に尋ねられても困ります」
なんでまたこんなところで脱がせたのかと尋ねたところ、体つきを確認するとロミーオさんがオムツ姿にさせたのだとアキマヘン嬢は器用に精霊の翼をすくめてみせた。
「それじゃ、メンバーを確認するわよ」
主要なメンツが集まったところで、ロミーオ演出総監督からスタメンが発表される。メインはもちろんオムツフリーナちゃんとロゥリングシスターズだ。魔導楽器の演奏がドクロワルさんとアンドレーアで、楽団はバイオリンの首席、シャルマールのメルエラ、チェロのコワルダー指揮官に加えて、サクソフォーンなる楽器を所持する男子を確保できたとのこと。さらに演奏室にある横長の木琴を借りられたので、クニーケさんとドヤリンガーさんのふたりで弾いてもらうことにしたという。
バックダンサーは雪だるま先輩やダエコさんたちサークルの女子12名で、オムツダンサーはここにいるオムツふたりを含めた野郎12名だ。野郎どもはオムツで決定しているけど、女子の衣装がまだ決まっていないらしい。お揃いの衣装を12着も作るのは手間がかかると演出総監督が顔をしかめさせる。
「それならメルエラに――」
「紐水着なら却下です」
メルエラなら調達してくれるのではと考えたものの、口に出す前にアキマヘン嬢から却下だと言い渡されてしまった。紐じゃなければよいかと確認してみたところ、調達担当者に問題があるのでダメだそうな。
「けっこうな運動量になるから水着ってのは悪くないのよね」
「ええっ?」
もっとも、演出総監督によれば激しく動いても大丈夫な衣装でないと困るらしい。水着ダンスショーだなんて聞いていないぞと雪だるま先輩が抗議の声を上げる。
「それなら水着は各々に用意させて、揃いの巻きスカートとベストを上から着けることにしたらどうでしょう。衣装の統一感も出せると思います」
「あら、珍しくダエコが冴えてるわね」
「ダイアナエリザベスコーネリアです。妙な略し方をしないでください」
ならばベースを水着にして、スカートとベストを追加してはどうかとダエコさんが瓶底メガネの縁を輝かせる。衣装を丸ごと新調するよりお手軽だし、水着の柄が違ってもそれほど目立たない。サイズの調整も容易だと告げられて幾人かの女の子が顔を伏せたものの、衣装制作の手間が少なくて済むという理由で採用となった。
メンバー発表の後はステージの構成だ。披露するのは全部で7曲。メイドゴーレムによって幕があげられたら、まずロゥリングシスターズの新曲「栄冠は君に輝く」、次いでオムツフリーナちゃんが2曲続けて披露する。その後ロゥリングシスターズが2曲歌ったら今回の目玉、楽団の演奏による「澄みわたる湖に想いを込めて」でいったん観客の心を落ち着かせ、そこから全員参加のグランドフィナーレへなだれ込むという流れらしい。
「アーレイ、楽譜の方はどう?」
「デリケッツ先生のおかげでもう完成の目途は立ってるよ」
「うっし、それじゃ明日からは各々の担当にわかれて練習開始っ。訪れた人たちの度肝をぬいてやるわっ。園芸サークルのフルーツパラーにだって負けるつもりはないからねっ」
魔導院祭で一番注目を集めるのは飼育サークルのステージ。ピンドンなんかに負けてたまるかとロミーオ演出総監督が参加メンバーの前で気合を入れた。派閥の特待生ふたりが企画の中心人物とあって南部派の連中はやる気マンマンだ。おおぅと雄叫びを上げて拳を天に突き上げる。
「下僕。わたくしは今、無性にピンドンが食べたいのです」
そして、フルーツパーラーと耳にしてご馳走の味を思い出してしまったのか、今すぐピンドンを持ってこいと3歳児が駄々をこね始めた。




