503 謝らない理由
「なんでゴブリンがここにいるんだ?」
「仕方ないだろ。ポゥエン研究室は出入り禁止にされちまったんだから」
デリケッツ研究室にお邪魔して「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」の楽譜をいじくり回していたところ、ここの特待生であるバグジードが因縁をつけてきやがった。おっぱいをひとり占めした咎でポゥエン研究室から追い出されてしまったのだと、しょうもない事実を伝えておく。ここはロミーオさんがいるから都合がいい。そして、思いがけない協力者も得られた。
「まぁ、そう邪険にするな。ヴィヴィアナ様を讃える祝詞からは得られるものも多いだろう」
他でもない、この研究室の主であるデリケッツ先生だ。バクガイ先生の師匠だけあって楽器や演奏に造詣が深く、自前で巨大バイオリンのような楽器まで所持していた。とりあえず分割してみた楽譜を弾いて、この部分は無理があるだの、素人には演奏難易度が高いといった意見をくれるのである。
「君はオムツ01の整備プランを急ぎたまえ。できれば再稼働させての検証まで済ませておきたい。グズグズしていると品評会に間に合わなくなるぞ」
オムツ01に搭載されていた直噴型魔導推進器は、現在デリケッツ研究室でバラバラに分解されているところ。パーツの損耗度合などを事細かに調べて、どのタイミングでどの部品を交換するといった標準的な整備プランを作成するそうだ。飛行ユニットや兵装に関しては何回出撃したらどこを整備するってマニュアルがすでにあるので、その時一緒にどれを交換するって具合に追加することを考えているという。
「せっかく整備に関する権利を先生がもぎ取ってきてくれたんだから、あんたは文句言ってないで自分の課題をこなしてなさいよ」
直噴型魔導推進器に関してはポゥエン研究室が開発を、デリケッツ研究室が整備を担当するという話になっている。オムツ01の整備を請け負っていたデリケッツ先生が、協力する見返りとして技術開示と役割分担を求めたのだ。先生のおかげで自分の功績にできるんだから黙って働けと言い放つロミーオさん。バグジードはふて腐れたように顔をしかめていたものの、文句を言える立場ではないと自覚しているのか無言のまま作業に戻っていった。
「ポゥエン研究室の方はどうなの?」
「重装備の魔導甲冑向けに大型化を考えてるみたいだった。燃焼室の圧力を上げる方法でずいぶん悩んでたね」
開発担当はどうしてるのだとロミーオさんから尋ねられたので、推進器の大型化に取り組んでいると伝えておく。オムツ01は標準的なサイズの魔導甲冑で、田西宿実の世界に存在した航空機に例えるならマルチロール機にあたる。兵装を取り換えることで、どんな任務もそれなりにこなせますってヤツだ。そして、もちろんこの世界にも爆撃や地上攻撃に特化した機体があった。オムツ01は騎士と兵装まで含めた総重量が500キロ前後ってとこだけど、爆弾を満載した魔導甲冑には1トンを超えるものもあるらしい。
「出力を上げても魔力の消費量に変化がないから重量級にこそ向いているという理屈はわかるが、大型化するほど風を多く取り込むのが難しくなってくるからな。あの、カタパルツとかいう地上施設の方が実用化の見込みは高いのではないか?」
推進器よりカタパルトの方が手っ取り早いだろうとデリケッツ先生が疑問を口にした。カタパルトで消費される魔力は軌条に刻まれた術式を発動させている側の負担だから、騎士は初期加速に必要な魔力を他の誰かに肩代わりしてもらえる。推進器の効率を上げるのも、結局は騎士の魔力負担を軽くすることが目的。同じ結果に結びつくなら、地上施設だけ整備すれば使えるカタパルトの方が費用対効果に優れていると感じているそうだ。
「卒業課題が魔導推進器ですから仕方ありません」
直噴型の導入には魔導甲冑に搭載されている推進器を乗せ換えることに加えて、騎士の転換訓練も必要となってくる。一方、カタパルトは地上に設置する軌条を用意すれば、後は飛行ユニットのメインフレームにちょっと細工をするだけで済む。導入コストはカタパルトの方がはるかに小さいというデリケッツ先生の指摘はごもっともなのだけど、魔導器製作の卒業課題が魔導推進器なのだ。どうせ作らなきゃいけないとなれば、どちらを選ぶかなんて考えるまでもない。
「なるほど、ゴッツモーリ特待生の卒業課題というわけか。大型化を実現できれば最上級生の面目躍如といったところだな」
クックック……こいつは見ものだと口の端を吊り上げるデリケッツ先生。直噴型魔導推進器自体はすでにモロリーヌとクセーラさんの共同開発ってことで発表済みなため、ゴッツモーリ先輩の研究テーマは大型化ということになる。実現できればさすが最上級生って称賛されるものの、できなければ下の世代に出し抜かれた無能というレッテルが貼られるだろう。卒業を目前に控えた時期に注目の新技術を手にするだなんて、運がいいのか悪いのかわからんなとクスクス笑う。ベリノーチ先生もそうだったけど、この学校の教員は生徒の前にめっちゃ高いハードルを置いてニヤニヤしながら眺めるのが大好きなようだ。
「クセーラは今回も共同開発者に名を連ねるの?」
「そりゃ、まあね。むしろ、ゴッツモーリ先輩の方が後から入ってきた形だし……」
「なるほど、ポゥエン先生が君を出入り禁止にしたのはそのためか……」
開発中の大型推進器はクセーラさんとゴッツモーリ先輩の共同研究ってことになる。クセーラさんの研究協力者に先輩が名乗りを上げた形だと説明したところ、ポゥエン先生が僕を締め出したのはおっぱいの恨みだけではないのだろうとデリケッツ先生がひとり納得していた。
「同じ第3集団としてはライバルが気になる?」
「誰が第3集団よっ。私までが第2集団だからねっ」
ロミーオさんはクセーラさん、イモクセイさんと共に学年5位から7位を争う仲だ。ライバルの動向チェックかと尋ねたら、まだ第3集団まで落ちたわけじゃないとまなじりを吊り上げた。僕の理解するところ、学年順位レースは首席、次席、【禁書王】の先頭集団にロミーオさんたちをごぼう抜きにしたドクロワルさんが単独で迫っている状況。それまでの第2集団はドクロワルさんについていけなかった時点で第3集団にまとめて転落したのだけど、往生際が悪いったらありゃしない。
「いつもいつもボッチ言ってくるクセーラに思い知らせてやるチャンスだったのに、モロリーヌが余計な入れ知恵するから……」
いったんはクセーラさんに戦力外通告をしたロミーオ演出総監督が、ベコーンたんと契約して調子に乗ってるクソビッチをのけ者にしてやる予定が狂ってしまったと唇を尖らせる。すでにメイドゴーレムを進行役にする件は了解済みだ。説明したらわりとあっさり受け入れてくれたものの、実はお気に召していなかったのだろうか。
「気に入らないなら、なんで反対しなかったのさ?」
「説明を聞いたら頭にオープニングシーンが浮かび上がってきちゃったのよ。やりたくなっちゃったんだからしょうがないじゃない」
どうやら、逆に気に入られ過ぎてしまった模様。提案を耳にした瞬間にイメージが溢れてきて、もうこれしかないと思えてしまったのだとロミーオさんがふて腐れたように頬杖を突く。
「まったく、ままならないものだわ。やりたいことが多すぎて、クセーラをのけ者にしてやる余裕もありゃしないなんて……」
今という機会を逃したら、二度と実現できそうにないことばっかりで困る。クセーラさんをハブったがために、この先ずっと心残りを引きずらされるなんてまっぴら御免。クソビッチの呪いを受けないために、ひとつとしてやり残したままにしておけないのだとロミーオ演出総監督がしかめっ面を作った。
――ロミーオさんは今まさに、田西宿実のような時間を過ごしているんだろうな……
悔いを残さないようやりたいことは全部やっておくという彼女の姿勢は、唯ひとつのことに夢中だったころを思い出させてくれる。祭りの熱狂に包まれた時間もいつかは終わりを迎え、後にはなにも残らない。そうとわかっていても、今しかできないことに打ち込むのは最高に楽しかった。かつての高揚した気持ちを思い出し、ついつい口元が緩んでしまう。
「なぁにニヤニヤ笑ってんのよ。気持ち悪いわね」
演出総監督だけあってロミーオさんは表情にも敏感なようだ。キモイからやめるよう言われてしまった。昔のことを思い出していたとは言えないので、別の言い訳を考える。
「いや、あれもこれもってやりたがるからクレクレが寄ってくるのかなって……」
「下僕はよくわかっているのです。クレビッチは欲張りなのです」
「いやぁぁぁ――――っ」
キモイと言われた腹いせに、あれこれ欲張るから欲しがる精霊に目をつけられるのではないかと仮説を口にしたところ、過去の特待生が残していった作品を退屈そうに眺めていたタルトがそのとおりだと太鼓判を押してくれた。クレクレはいつだってすぐそばに潜んでいるのだと告げられ、椅子から立ち上がったロミーオさんがどこに隠れてやがると辺りを見回す。ロゥリングアクティブサーチで走査してもそれらしい反応はないから、物理的な距離ではないのだろう。案外、心の中とかそういった意味なのかもしれない。
「ヘカテリーナにも小熊を渡したのに、なんで私には変なの押し付けようとすんのよっ」
「いや、僕があげたわけでも、押し付けてるわけでもないんだけど……」
どうして自分ばかり不公平な扱いを受けるのだと無茶苦茶な言いがかりをつけてくるロミーオさん。契約は自然な流れで決まったのだと説明しても信じてくれない。ワルキュー、ベコーンたんにドキドキまで、全部僕が譲ったものだそうな。ふわふわであったかくて一緒におやすみできる使い魔を自分にも寄越せと作業台をバシバシ叩いて要求してくる。
「う~ん。あのアリクイを使い魔にした男子にお願いしたらどうかな?」
「あんた、それでも狩猟民族なの?」
「ロゥリング族は仕留める専門で生け捕りなんてしないんだ」
罠猟を得意とする男子がちょうど南部派にいる。イタチかタヌキあたりを捕まえてもらったらいかがかと提案したものの、狩猟民族としてのプライドはないのかと睨みつけられた。罠にかかった獲物は死に物狂いで抵抗してくるだろうから、フィジカルの弱さに定評のあるロゥリング族ではタヌキにだって返り討ちにされかねない。獲物に近づくのは息絶えたことが確認できている時だけだ。
「ザリガニでよければ釣ってくるけど……」
「ヌエすら簡単に仕留めるのにタヌキを捕獲できないって、どんだけ極端なのよ」
僕に捕まえられるのはザリガニかカブトムシがせいぜい。鋭い爪や牙を持ったヤツは御免こうむると告げたところ、ロゥリング族は強いんだか弱いんだかわからんとロミーオさんは作業台に突っ伏した。最弱の部類だからこそ不意打ちを狙うのだと思う。
「そのクレクレって奴ではどうしてダメなんだ?」
「憑りつかれると、どれほどの物を手に入れても決して満足することがなくなるんだ」
「間違いなく破滅ルートまっしぐらだな」
バラされた魔導推進器のパーツをひとつひとつゲージで測りながら、選り好みが激しいのではないかとバグジードが尋ねてきた。精霊の性質を教えてやれば、それは破滅するまで突っ走り続けるパターンだとすぐに察せられた模様。田西宿実と同じ転生者だけあって、ブレーキがぶっ壊れた人間の末路は容易に想像できるようだ。
「欲しけりゃ、あんたにくれてやるわよ」
「そいつはもう満たされてしまったので、クレクレの方が嫌がるのです」
「まったく、本当にままならないものね」
ロミーオさんが罠精霊を押し付けようとしたものの、バグジードの心はヨウクーシャさんのおっぱいでいっぱいらしい。いけ好かない奴だと欲しがる精霊の方が離れていくってタルトが教えてくれた。その気持ちはとってもよくわかる。こんな奴が鏡餅みたいなおっぱいの美少女に赤ちゃんをねだられるなんて、この世界の神様は不公平が過ぎるのではなかろうか。抱き着かせたメイドゴーレムを爆発させてやりたくなってきた。
「お前はまずブンザイモンさんに謝ってこいよ。酷いことしたんだからさ」
「謝るってのは結局のところ、過去の行いをなかったことにしてくれと要求する行為だ。僕は構わないけど、困るのはブンザイモンの方だと思うぞ」
こいつは火の回った館の中に気を失っているブンザイモンさんを置き去りにして逃げたクズ野郎だ。しれっと忘れたふりしてんじゃねぇと言ってやったところ、謝られて困るのは彼女の方ってこともわからんのかとヤレヤレ仕方ないのジェスチャーをしやがった。謝られることのなにが問題なのかさっぱり理解できない。
「僕が謝罪すれば、内心どう思っていようともブンザイモンは受け入れるだろう。ゴブリンの顔を潰さないためにな。僕を許してやれと、お前はあいつに強要するつもりか?」
「う゛っ……」
僕のしていることは「謝ってるんだから許してあげなさい」とブンザイモンさんに命令するも同然の行為。自分にとってはむしろ好都合だけど、そんなことを命じられた彼女こそ心中穏やかではいられないだろうとバグジードの奴が鼻を鳴らす。そう言われて、僕はブンザイモンさんの気持ちや立場を考慮していなかったことに気がついた。相手に土下座させて気持ちよくなろうなんて、底辺ズ並みに浅はかな考えだったと反省する。
「下僕、あったことをなかったことにするのは神々にだって許されていないのですよ」
起きてしまったことはなかったことにも、やり直すこともできない。それは神々すら例外ではない絶対のルールなのだから、どうにもならないことに頭を悩ませるくらいなら自分の相手をしろと3歳児が膝の上に這い上がってきた。
「いいさ、でも許されたとか思うんじゃねぇぞ」
「全部、僕のしたことだ。今さら許してもらおうなんて思うものかよ……」




