501 立てこもり事件は突然に
魔導院祭で催されるステージに向けた「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」の編曲作業と並行して、魔導器製作の課題も進めなければならない。購買で購入した術式カートリッジのケースを眺めながら、どうやってこの中に収めようかと構造を考える。ケースは真鍮製で、ほぼほぼ田西宿実の記憶にある拳銃弾の薬莢と同じ。複雑な術式をどれだけ小型化できるかが勝負のカギだ。
教本に掲載されているのは、ケースの中にピッタリ納まる金属製の円柱に魔法陣を刻んで封入する方法だった。このやり方だと円柱の表面しか利用できないので、複雑な術式を実現したいなら、その分魔法陣を微細に描かなければならない。もちろん、それには限界があるので、他の生徒に差をつけたいなら別のアプローチが必要となる。魔法陣を細かくできない以上、描くのに利用できる表面積を増やすしかないだろう。つまり、積層型魔法陣の出番である。教養課程のCクラスだった僕に積層型魔法陣を勧めたベリノーチ先生は、その経験が必ずここで役に立つと知っていたに違いない。
「げぼく~。庭を探検するのですよ~」
コテージの離れにあるウッドデッキでお茶をいただきながら構造や加工法を考えていたところ、クマドンナとオオカミを引きつれた3歳児に袖を引っ張られた。今日はイモクセイさんとアンドレーアがドクロ研究室を訪れているのだ。ご主人様が怪しげな実験をくり返している間、使い魔たちは退屈しのぎに庭で遊んでいるのである。
気分転換に庭を散歩するのも悪くないと席を立つ。煮詰まっている時にうんうん頭を悩ませたところで、よいアイデアは浮かんでこないものだ。ダメなアイデアが、実は素晴らしいものであるという言い訳を考え始めたらもう終わり。そのまま大失敗に向かって一直線に駆け抜けるハメになるだろう。
ウッドデッキから庭に出れば、一緒に散歩したいのかクマネストがノソノソ寄ってきた。やっぱり同じ種族に一番懐いているようで、クマドンナが楽しそうに周りをチョロチョロ駆け回る。そして、アンドレーアのオオカミが僕のお尻をガブガブ甘噛みしてきた。これは骨をおねだりする時の仕種だ。あとでくれてやると約束してやれば、どうやら伝わったようで今度は手をペロペロ舐めだした。もはや人喰い魔獣の威厳は微塵も感じられない。
「秋の花が咲いているのです。とってもご機嫌なのです」
「次席が悔しがるわけだよなぁ……」
庭の真ん中にで~んと居座る池をグルリと一周する散歩道を歩きながら、素晴らしい庭だとタルトはすっかり上機嫌だ。コテージの庭を管理しているのは【真紅の茨】なのだけど、植物に由来する精霊であるせいかファーマーが舌を巻くほどに仕上げられている。こうして眺めてみると人が手を入れたような規則性がなく、どの花も無造作に咲いているようにしか見えない。だけど、一歩引いて全体を見渡せば彩が足りなくて寂しいところも、同じ花が集まって激しく自己主張しているところも見つからないのだ。ひとつひとつの植物が、まるでそこが定位置であるかのようにきれいに収まって、なおかつ完璧に調和していた。
「トンボなのです」
薄いピンク色をした花にとまっている真っ赤なお腹が特徴的なトンボを3歳児が指さす。もっとよく見ようと思ったのか好奇心旺盛なクマドンナが近づくものの、どんくさい哺乳動物の接近を察知したトンボはサッと飛び立って上空へ逃げていった。クマドンナが立ち上がって爪を伸ばすけど、もちろん届くはずもない。
その後もカマキリを追っかけたり、コオロギを追っかけたりと暴虐の限りを尽くすクマドンナ。もっとも、無造作に植物を踏んづけたりして庭を荒らすことはない。すでにできるだけ跡を残さず移動する術を身につけているようで、草花の間を器用にすり抜けていく。こいつの足跡を見つけられるのはプロのハンターだけだろう。ヘルネストなら見落とすこと間違いなしだ。
「そろそろひと休みしようか。おやつにするから戻っておいで」
もう充分遊んだと判断しおやつにしようと声をかければ、茂みをかき分けてクマドンナが戻ってくる。ヨシヨシと撫でてやろうとしたところ、どうしたことか僕の手から逃れてクマネストの背後に隠れてしまった。
「まだ警戒されてるのかな?」
「あの小熊はかくれんぼをしているつもりだったのです。見失うどころか隠れていると思ってすらくれない下僕にビックリしているのです」
「ありゃ、もうすっかりロゥリング感覚に慣れちゃったからなぁ……」
もしや、母親の仇と命を狙われているのではあるまいかと不安に思ったものの、クマドンナは僕から隠れているつもりだったのだとタルトが教えてくれた。僕が迷うことなく隠れ場所に向かって声をかけてきたことで、まったく姿を隠せていなかったのだと思い知らされショックを受けているのだという。
「ロゥリング族は怖くないよ~。熟した柿があるからおいで~」
「ロゥリング族を怖がらないのは魚くらいのものなのです」
ロゥリング族は危険で恐ろしい種族だと誤解されたままにはできない。コテージに戻り、園芸サークルから配布された柿を餌にクマドンナをおびき寄せる。お前たちはみんなから鼻つまみ者にされているのだという3歳児の妄言はもちろん無視だ。ご馳走があるぞとクマネストに促されて、オズオズと柿を口にするクマドンナ。お気に召したようで、すぐに僕のことを忘れて一心不乱に貪り始める。そして、手を貸してやったんだから俺様にも寄越せと要求するかのようにクマネストの奴が僕の頭に顎を乗っけてきやがった。
「一度、どっちが上かわからせないとダメみたいだな……」
「――――♪」
「わからせられるだけだと言っているのです」
こんなナメた態度を許しておく僕だと思ったら大間違いだ。立場ってもんをわからせてやろうかと両足を踏ん張ってパンダ野郎の顎を頭で押し返していたところ、ガサガサと衣擦れの音を立てながらシルヒメさんがでっかい柿を手渡してきた。すぐに3歳児が通訳してくれる。なんだか最近、おっぱいが冷たい。
「クマネストもシルヒメさんも、モロニダスさんが羨ましいんですよ」
プークスクス……と笑いながら、ふたりとも僕に嫉妬しているのだとブンザイモンさんが教えてくれる。自分がタルトの一の子分でないことがお気に召さないらしい。どうやら下僕戦隊シモベンジャーのリーダーはゲボクイエローで、ツカイマゴールドとジュウボクホワイトが反旗を翻しているという状況のようだ。リーダーの座なんてこの柿と一緒にくれてやるぞとツカイマゴールドに食べさせてやったものの、自分の相手をしろと肝心の3歳児がつかみかかってきた。
「下僕はわたくしの下僕なのです。クマネストよりわたくしに食べさせるのです」
最優先すべきはご主人様に決まっていると3歳児パンチをペチペチ打ち込んでくるタルト。アンドレーアのオオカミも約束の骨をくれとお尻をガブガブしてくる。どいつもこいつも、まったく仕方のない甘えん坊だ。ブンザイモンさんに余ってるダシ骨を取ってきてくれるようお願いし、3歳児を膝にのせて剥いた柿を食べさせてやる。満足げに柿をモシャモシャ咀嚼するタルトの様子を見てプクーと頬を膨らませるシルヒメさん。どうせならおっぱいを膨らましていただきたい。
しばらくすると、骨を取りに行っていたブンザイモンさんがクセーラさんを連れて戻ってきた。なにかあったのか、不機嫌な顔でプンスカ怒っている。
「伯爵っ。ゴレ研の連中が倉庫に立てこもって、ゴーレムの引き渡しを拒むんだよっ!」
メイドゴーレムならゴーレム研究会が所持している。新しく作るような手間をかけることもあるまいと魔導院祭で使うのに借りようとしたものの、交換条件として無理難題をふっかけてきたそうだ。乙女の敵として成敗しようとしたところ、倉庫に置いてあったメイドゴーレムを人質にとって立てこもったという。
「ゴーレム研究会の顧問はポゥエン先生なんだから、先生に説得してもらえば……」
「その先生も一緒だよっ。っていうか、首謀者なんだよっ!」
どうしてそんな問題を僕のところへ持ち込むのかまったく理解できない。顧問の先生に解決してもらえと言い渡したところ、立てこもっている連中の主犯格がポゥエン先生なのだとクセーラさんはドスドス足を踏み鳴らした。
「なら、ゴッツモーリ先輩に説得を……」
「事情を説明したら、そのまま先生たちに合流しちゃったよっ!」
こういう時こそ上級生の出番だとゴッツモーリ先輩を推してみたものの、すでに失敗した後だった模様。話を耳にした途端、連中の一味に加わりやがったとクセーラさんがテーブルにバシバシ掌を叩きつける。
「それで、先生たちはいったい何を要求してるの?」
メイドゴーレムを人質に立てこもりだなんて、正常な判断力が残っていればおよそ実行に移すことはないであろう暴挙である。テロリストの要求なんて聞く価値はないのだけど、もしかしたら鎮圧の糸口を見つけられるかもしれないとクセーラさんに尋ねてみる。なにが彼らをそこまでイカレさせてしまったのだろう。
「おっぱいだよっ。メイドゴーレムに本物そっくりな柔らかさと弾力を備えたおっぱいをつけろって騒いでいるんだよっ」
ポゥエン先生たちの要求はおっぱいだそうな。貸すのは構わないけど、本物と寸分たがわぬ手触りのおっぱいにして返すよう交換条件を突き付けてきたらしい。ふざけるなと折檻を加えようとしたら、要求が聞き入れられない場合は自爆させるとメイドゴーレムを抱きかかえて倉庫に立てこもってしまったという。【自爆王】の二つ名で呼ばれるポゥエン先生は、盗難防止の措置として自作のゴーレムに自爆装置を搭載することで知られている。つまり、本物そっくりのおっぱいをつけてくれなきゃ爆発させると駄々をこねているわけだ。
「おっぱいか……」
気持ちはわからなくもない。おっぱいにはロマンが詰まっているのだ。しょせん作り物の偽乳でしかないとわかっていても、憧れる心を押しとどめるのは難しいのだろう。田西宿実の世界にはおっぱいプリンなるものが存在したけど、やはりプリンでは弾性が足りないとおっぱい学会で結論付けられていた記憶がある。だけど、プルプル成分の量で硬さを調整できるロリヴァなら……と、ひとつの可能性に思い当たったところで、僕の額に強化型エアバーストの砲口が突き付けられていることに気がついた。
「なに、その顔はっ。伯爵まで先生に味方しようっていうのっ?」
お前もテロリストの仲間かと、勘のよいクソビッチがゴリゴリ砲口を押し付けてくる。もちろんテロ行為に加担するつもりなんてこれっぽっちもない。別の解決法を模索していただけと弁解しておく。
「条件を呑んで、メイドゴーレムを貸してもらえばそれで済む話だと思うけど……」
「おっぱいの作り方なんて知らな……もしかして、男爵が人造おっぱいを発明したの?」
どうやって実現するつもりだとエキサイトしかけたところで、なにかに思い当たったのか急にクセーラさんが寄り目になった。もしや、ドクロ男爵がとうとう外付けおっぱいの培養に成功したのかと尋ねてくる。増殖女の子細胞はすでに臨床試験の段階にあるものの、生き物に移植して活性化剤で成長を促進するという性質上、メイドゴーレムには適用できない。だけど、そんなものは最初から必要ないのだ。
「返却条件が整うまで、永遠に借りておけばいいじゃないか」
「悪だよっ。伯爵こそがこの世の悪の元凶だって、私の魂が叫んでいるよっ」
本物そっくりのおっぱいをつけて返すという条件なのだから、完成するまで返却を待ってもらえばいいと告げたところ、そんな理屈が通って堪るかとクセーラさんは正義の炎を燃え上がらせた。お前みたいなのがいるから世に悪がはびこるのだと、激しく僕を非難してくる。正直なところ、彼女にだけは言われたくない。
「クセーラさんだって次席からした借金を踏み倒したよね」
「あっ、あれはいいんだよっ。姉妹なんだからっ!」
次席から借りたゴーレムの製作費を返済できなくなってしまい、必死に泣きついて債権放棄してもらったのは他でもないクセーラさん自身である。自らの前科を棚に上げて他人を非難するのかと問い質したところ、家族間でのやりとりはノーカウントだとクソビッチは身勝手な理屈で自らを正当化しやがった。実にけしからん。
「下僕はなかなか上手いことを思いつくのです」
「ダメだよっ。伯爵の言うことなんて信じちゃいけないよっ」
出来上がるまで返せないとは上手い言い訳だとニヤニヤ笑みを浮かべるタルト。純粋であるべき精霊が悪に染まってはいけない。悪魔のささやきに耳を貸すなとクセーラさんが3歳児を言い含める。僕は精霊を悪の道に引きずり込む最低なドブネズミ野郎だそうな。
「ちっちゃい子にはねっ。この世に正義があることを示さなきゃいけないのっ。罰として、伯爵は先生たちをどうにかするんだよっ」
悪を為した者は必ず報いを受ける。僕の手でテロリストどもを鎮圧して正義を示せと言い張るクセーラさん。エウフォリア教の聖女様が教団は篩装置で、司教たち幹部を自動的に入れ替わる消耗部品としか考えていないことを知っているタルトには釈迦に説法でしかないと思う。人族よりはるかに冷酷で無情な一面を神々や精霊は持ち合わせているのだ。
「仕方ないね。現場に行ってみようか」
もっとも、そのことを理解するのは思い知らされた奴だけで充分。わざわざ人々の間に流布するようなことではない。とりあえず魔導院祭でメイドゴーレムが使えないのは困るので、先生たちが立てこもっているゴーレム研究会の倉庫へ向かうことに決めた。




