500 思い出が欲しいから
「伯爵っ。私を仲間外れにするつもりなのっ?」
ヴィヴィアナ様の祝詞を普通の楽器で演奏することに決めた翌日、厚生棟のカフェでお茶をいただきながら楽譜を音階にあわせて分割していたところ、どうしてかクセーラさんが自分をのけ者にするなと僕のところへ怒鳴り込んできた。なんでも、もうお前は用済みだとロミーオさんから戦力外通告を受けたらしい。魔導院祭では講堂を使う予定なので、照明を切り換えたり幕を上下させたりするゴーレム装置は会場備え付けのものがある。大人数がステージいっぱいに広がってダンスを踊る都合上、場所を取る舞台ギミックは邪魔になるばかりか、むしろ危険ですらあるという判断だろう。田西宿実の世界でも、役者さんが大型の舞台装置に巻き込まれて上演中に亡くなるという事故はあった。
「後付けの舞台装置は固定が甘く不安定になりがちだからね。ダンサーがぶつかったりすると危ないんだ。つまり――」
魔導院祭に集まったお客さんの前で事故なんて起こしたら大変なことになるし、王都からはるばる訪れてくれたちびっ子たちにトラウマを植え付ける結果になりかねない。ここは心を鬼にして、クセーラさんに非情な事実を告げなければならないだろう。
「――ミコミコ大決戦はファミリーの出し物だから、ドブネズミ魂を持たないクセーラさんの居場所なんてないってことさ」
「その前後にまったくつながりのない理由はなんなのっ?」
軽いジョークでいったん落ち着かせようとしたものの、クセーラさんはますますエキサイトしてつかみかかってきた。これまで築き上げてきたふたりの関係はなんだったのかと、なんだかとっても誤解されそうな台詞を吐きながら僕の肩をガクガク揺すぶってくる。
「用済みになった途端お払い箱だなんて、ひとでなしのすることだよっ」
「過去に囚われることなく、将来を見据えて新たな関係を築くことが互いの成長に資するものと確信する次第で御座候……」
「小賢しい言い回しでごまかそうとするんじゃないよっ」
過去なんて振り返るなとの説得にもまったく耳を傾けようとせず、自分から活躍の機会を失わせる腹だなと被害妄想を爆発させるクソビッチ。会場の都合でこれまでのように大掛かりな仕掛けが使えないのだと理解できないらしい。なんとかしろと無理難題をふっかけてきた。
「演出に関してはロミーオさんに決定権がありやすので、あっしに言われましても……」
「騙されないよっ。演出はロミーオだけど、そもそもの演目を決めてるのは伯爵でしょっ」
僕は出演者のひとりでしかない。演出総監督の決定を覆す権限なんてないのだと説明したものの、そんな言い逃れは通用しないぞとクセーラさんはますます鼻息を荒くした。どうやるかを決めるのはロミーオさんだけど、何をやるかを決めているのは僕の方。お前こそ裏ですべてを操っている影のフィクサーだと僕の脳天を人差し指でツンツンしてくる。
「演出総監督なんて肩書きにごまかされるクセーラさんじゃないよっ」
「クソビッチのくせに鋭いのです」
決定権がないのは表向きの話で、ロミーオさんを唆して自分の思惑に沿った内容となるよう仕向けている黒幕が僕だと言い張るクセーラさん。証拠はないが直感がそう告げていると、まるで僕を完全論破したかのようにふんぞり返る。勘なんて不確かなものを信じて疑わない人間は、理屈もへったくれもないので厄介だ。特にそれが的を射ている場合には、どんな言い逃れも通用しない。ベコーンたんのお腹をくすぐって遊んでいたタルトが、呆れているのか感心しているのか区別できない口調で呟く。
彼女には己の直感を信じてキャッチャーのサインに首を振った挙句、ホームランをかっ飛ばされた経験がないのだろう。僕はこの世界に生まれる前から、自分の勘ほどあてにならないものはないと諦めている。己を疑うことなく出番を作れと迫ってくるクソビッチが少々羨ましい。とはいえ、なんと言って丸め込んだらよいものか……
「なんで、わざわざ飼育サークルの出し物に参加したがるの? せっかくの時間を課題に充てた方がいいと思うけど……」
「やだよっ。みんなが魔導院祭で盛り上がってる中、ひとりポツンと課題を進めてるなんてっ。そんな寂しい思い出はいらないよっ」
そもそもクセーラさんは飼育サークルとは無関係だ。参加しても余計なことに時間を取られるだけで、メリットなんてひとつもないはず。いったいどうして首を突っ込みたがるのかと問い質したところ、テーブルをバシバシ叩いて仲間外れは嫌だと言い張った。
――あぁ、そうか。すっかり忘れていたよ……
魔導院に入学したころのクセーラさんが、どっぷりと沈み込んでいたのを思い出す。まだまだ、人付き合いの経験も浅い新入生だった時期である。片腕を失ったかわいそうな少女だと憐れみを向けられたくないと思いながらも彼女はどう振舞ってよいのかわからず、周囲もやっぱり接し方に悩んで腫れ物のように扱うしかなかった。壁の向こうから窓越しにみんなを眺めているしかない。そんな寂しさにクセーラさんはずっと耐えていたのだ。
後に何も残らない。それが理由にならないことは、誰よりもこの僕がわかっている。甲子園大会はしょせん高校球児のお祭りだ。本気でプロ野球選手を目指しているひと握りの例外を除き、終わってしまえば記念にしかならない。ハワイに行ってきましたウェーイってのと大した違いはないだろう。それでも、もう一度機会が与えられたなら僕は迷うことなく再び栄冠を目指す自信がある。得られる利益なんてなくっても、チームメイトと共に夢を追いかけるのはそれだけで楽しかった。諦めろなんて口にできるわけがない。
「う~ん、ダンサー……は、無理だよね。やっぱり……」
楽しかった学園生活の思い出が欲しい。その気持ちを否定することは、田西宿実を支えてくれたチームメイトたちに対する裏切りのように思える。顔も声も名前すら思い出せなくなってしまった今でも、彼らとの思い出はやっぱり僕を支え続けているのだ。あげませんとクセーラさんに意地悪するのは不公平というものだろう。とりあえず、彼女に割り振れそうな役割を思い浮かべてみる。
「その気になってくれたことは嬉しいけど、そういうの苦手だって知ってるでしょ」
パッと思いつくのは女性ダンサーだけど、左腕に重いゴーレム腕を装着しているクセーラさんは運動が得意でない。身体の中心線と重心の位置がずれているのを、常に力尽くで補正している状態なのだ。左腕にだけ10キロの重りをつけた状態で踊るのは、プロのダンサーでも難しいと思う。
「動きの激しくないダンスならどうだろう?」
「そんなのあるの?」
立った状態で身体をクルクル回転させるだけがダンスではないのだ。田西宿実の記憶からクセーラさんでもできそうなのを引っ張り出す。
「紐水着で床に寝そべったままクネクネ踊るんだ。ゴーレム腕は外してしまって構わない」
「伯爵は死にたいんだねっ。魔導院祭の出し物をロゥリング族の吊るし斬りにするよっ」
「今のは場を和ませる挨拶代わりのジョークってやつさ。聞き流してくれていい」
この世界の神様に捧げる舞は新体操やウエイトリフティングだったりする。ならば、紐水着でやってくれてもいいのではないかと期待したものの、信仰心の欠片もないクソビッチは僕を公開処刑すると言い出した。人族はもっと真摯に神様を敬うべきだと思う。
「もっとこう、ゴーレムを使った役はないのっ」
「じゃあ、メイドゴーレムを紐水着で踊らせるのは?」
「いい加減、紐水着から離れなよっ」
ゴーレムを使わなければ自分の見せ場にならないではないかとテーブルをバシバシ叩くクセーラさん。彼女の操作技術があればメイドゴーレムにダンスをさせることも可能ではないかと思ったものの、何が気に入らないのかゴーレムの衣装にケチをつけてくる。クソビッチはいちいち注文が多い。
「誰にだって譲れない一線ってもんがあるんだ」
「紐水着がそんな大層なものなのっ?」
魂を宿していないゴーレムはメイドさんの姿をした人形でしかない。どんな格好をさせたところで問題ないはずなのに、破廉恥なのはけしからんとクセーラさんはプンスカ頬を膨らませる。そもそも、ゴレームたんなんて全裸だったはず。全裸ゴーレムを抱きしめて頬ずりしていたのはどこのどいつだとクソビッチと言い合っていたところ、すぐ後ろから僕をロックオンしてくる魔力を感じた。
「こんな人の集まるところで紐水着、紐水着と……」
「誰かと思ったらヒモミズギファミリーのアンドレーアじゃないか。なんの用かな?」
やってきたのはアンドレーアとイモクセイさんのふたり組だった。利用者の多いカフェで人目もはばからず紐水着を連呼している連中が目に余ると黙らせにきたそうだ。
「誰がヒモミズギファミリーよっ。忘れなさいって言ったでしょっ」
「うぎょえぇぇぇ…………」
まなじりを吊り上げた紐水着の元祖が、記憶を失えとギュウギュウ首を絞めてくる。プロセルピーネ先生から脳みそへの酸素供給を断つことで記憶を消す方法でも教わったのだろうか。以前よりも絞める位置が的確になっている気がする。とっても苦しい。
「伯爵のせいでささくれ立った心を癒してくれるのは、もう小熊だけだよ……」
汚いロゥリング族の相手をされられた心には動物の赤ちゃんが効くと、イモクセイさんからクマドンナを受け取るクセーラさん。タルトの隣に腰かけて小熊とうり坊を遊ばせる。すっかり仲良しになった2頭は互いのわき腹を鼻先でくすぐって、キャウキャウと嬉しそうな鳴き声を上げた。とっても愛らしい。
「クソビッチもちょっとはわかってきたではありませんか。下僕、揚げたパンを取ってくるのですよ」
赤ちゃんは幸せの源だとタルトが僕に揚げパンを買ってくるよう指示してきた。精霊様の命令だからとアンドレーアに解放してもらい、カフェで販売されている具の入ってない揚げパンを買ってくる。大好物の匂いを嗅ぎつけて、さっそくクマドンナが飛びついてきた。二本足で立ち上がってクレクレと必死にアピールする姿がかわいらしい。最初は自分だと3歳児がひと口サイズに千切って与えれば、指ごと食べるような勢いでかじりつく。
「タルトはかじられても平気だけど、食べ物を与える時は掌に置いて食べさせるんだよ」
クセーラさんが千切った揚げパンを指でつまんで与えようとしたので、指をガブリとやられたくなければ掌から食べさせるよう教えておく。掌は平面なので、手首ごとバクリといけるような大顎を持っていない限り噛みつけないのだ。噛まれたところで痛くもかゆくもないサイボーグ3歳児のマネをするのはオススメできない。
「はあぁぁ~。小熊ってかわいいなぁ~。どうして伯爵はちっちゃいのにかわいげがないんだろうね」
「余計なお世話だよ……」
ロゥリング族はちっちゃいくせにかわいくないとふざけたことをぬかすクソビッチ。ちっちゃいだけでかわいいなら、目の前にいる3歳児はどうなんだと問い質してやりたい。ベコーンたんとはけた違いに手がかかるのだ。それはもう、同じ精霊なのにどうしてこうも違うのだと頭を掻きむしりたくなるレベルである。
「下僕、どうして2個だけなのですか? これではわたくしの分がないのです」
さっそくきやがった。クマドンナとベコーンたんの分しかないなんて、ケチ臭い下僕は悪い下僕であるとタルトがまなじりを吊り上げる。カフェの揚げパンでは心が満たされないとぬかしやがったのはどこのどいつだとパンチくれてやりたい。
「餡の入ってない揚げパンじゃ満足できないんじゃなかったの?」
「それはそれ、これはこれなのです」
充分ではないものの、ないものは仕方がない。あるもので我慢してやるから食べさせろと揚げパンを所望してくる3歳児。結局、口に入りさえすればなんでもよいのではないかと思えてくる。クマドンナの分をいただいたお返しだと、イモクセイさんが席を立って買いに行ってくれた。
「それで、いったいなにを騒いでたのよ?」
「クセーラさんが自分にも役割を寄越せと言うからいろいろ考えたんだけど、いちいち嫌だと文句つけてくるんだ」
「いちいち紐水着に絡めてくるのは伯爵の方でしょっ」
ヒモミズギファミリーのアンドレーアは紐水着のことを忘れていなかった模様。いったい何事だったのかと尋ねられたので、自分から参加を申し出てきたにもかかわらず、あれもヤダ、これもヤダとクソビッチがイヤイヤしやがったのだと告げたところ、勝手なことをぬかすなとクセーラさんが怒りの咆哮を上げた。紐水着を強要してくるのが悪いと僕を悪者に仕立て上げようとする。
「メイドゴーレムに進行役をさせればいいんじゃない? 今回、ムケズールはダンサーなんでしょ」
「そういや、そうだった。クセーラさんにはステージの陰から拡声の魔導器で進行役をしてもらおう。紐水着で……」
「なんで姿を見せない進行役が紐水着じゃなきゃいけないのよっ」
クセーラさんにやってもらう仕事を探していたのだと耳にして、進行役が決まっていないだろうとアンドレーアに指摘される。いつもは【皇帝】の役なのだけど、今回はオムツダンサーとしてステージに上がってもらうので、誰かに引き受けてもらわなければいけなかったのだ。
「じゃあ、メイドゴーレムに紐水着を……」
「メイドの格好をしてるからメイドゴーレムなんでしょ。他の衣装は認められないわ」
紐水着MCとして華々しくデビューさせようとしたものの、観客の目に触れるのはゴーレムだとお断りされる。仕方なくメイドゴーレムに着せることで我慢しようとしたものの、メイドゴーレムなんだからメイドのお仕着せ以外は禁止だと却下されてしまった。




