499 楽団を編制しよう
「今、ヴィヴィアナ様の祝詞を普通の楽器で演奏できるようにしたいって考えてるんだ」
「どんな楽器を想定しているのか教えてちょうだい」
ある日の午後、飼育サークルの談話スペースにロミーオ演出総監督を見つけたので、「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」のアレンジバージョンを作ることを伝えておく。もちろん、ライブでの採用を期待してのことだ。予想していたとおり、詳しく教えろと喰いついてきた。
「首席が持ってるからバイオリンは決まってる。できれば、誰でも手に入れられて扱いやすい楽器がいいんだけど……」
「安価で覚えやすい楽器なら木琴と縦笛ね。調律も必要ないから手入れも楽だわ」
舞台演出に通じているロミーオさんは楽器にも詳しいようだ。木琴は音板のサイズ、縦笛は穴の位置と、構造的に音が固定されているから初心者でも扱いやすい。バイオリンなんかは演奏のたびに奏者が調整しなければならないので、素人では正しい音を出すことすらできないという。
「あえて魔導楽器を使わないというのも素朴な感じがしていいわね。うん、悪くない……」
人族に向けた歌詞、「澄みわたる湖に想いを込めて」は600年も昔の建国王とヴィヴィアナ様の別れをモチーフにした曲だから、演奏で古風な雰囲気を出せるのはおいしいとロミーオさんが思案顔になった。フィナーレのひとつ前でいったん気持ちを静めさせ、そこから一気に盛り上げて怒涛のクライマックスに……とかブツブツひとり言を呟いている。とりあえず、無事に採用されたようでなによりだ。
「首席のバイオリンを中心とした楽団を組みましょう。サークルに楽器を扱えるメンバーがいるか確認に行くわよっ」
考えがまとまったようで、イヨッシャーとガッツポーズをとりながらロミーオさんが立ち上がる。まずは使える楽器の確認からだ。演奏できる人がいないのでは、どんなグッドアイデアも企画倒れに終わってしまう。
「タンバリンならちょっとは自信あるわ」
「私もカスタネットを少々……」
「どっちも同じ音を鳴らすだけの楽器じゃないですか」
雪だるま先輩とクニーケさんがコケトリスに砂浴びをさせていたので確かめたところ、演奏はまるでダメということがわかった。バクガイ先生を生み出した東部派ならと期待した僕がいけなかったようだ。音を変化させられない楽器では最初の言語を奏でられない。
「クックック……楽器ならわたくしに任せるのです」
性懲りもなく砂浴びに巻き込まれていたようで、不敵な笑みを浮かべたタルトがオムツベルベットの下から這い出てくる。両手を互いの袖に突っ込むと、二刀流の使い手であるかのように勢いよく引き抜いた。手にしているのは、なんだか見覚えのある芸術作品だ。
「君、ちゃっかりガメてたの?」
「赤ちゃんがいらないと言うのでもらっておいたのです」
タルトが取り出したのは、プラティーナ姫様杯で惜しくもなく敗れた精巧な装飾が売りの高級ガラガラである。まだ言葉もしゃべれないのにどうやって伝えたのか想像つかないものの、こんな視ているだけで目が痛くなりそうなものを赤ちゃんが好むはずがない。両手に構えたガラガラを激しく鳴らしながら3歳児がタコ踊りを披露する。
「それで、どうやって最初の言語を奏でるつもりなの?」
「普通に口を使えばよいではありませんか」
音の変化をコントロールできなければ祝詞は奏でられないのだぞと指摘してやったところ、ガラガラを振りながら口で発音できるとタルトはふんぞり返りやがった。最初の言語を完全にマスターしたならば楽器も必要ないらしい。言われてみれば、シルヒメさんは口から発する衣擦れの音で会話していた。こいつも同じことができるのだろう。
「まぁ、タルトがいいならそれでいいよ。演奏中は何も食べられないと思うけど……」
「待つのですっ。それは約束が違うのですっ」
口で祝詞を唱えるなら物を食べるわけにはいかない。おやつを用意しておく必要はないなと確認したところ、3歳児は手にしたガラガラを放り出してガッチリとしがみついてきた。どうしてそんな話になるのだと、僕の身体をフルパワーで揺すぶってくる。
「ヴィヴィアナを祝うためにご馳走をおあずけされるなんてあり得ないのです。祝詞なんて、こいつらに奏でさせておけばよいのです」
ヴィヴィアナ様のためにおやつを減らされるなんてまっぴらだと言い放つタルト。楽器なら任せろと自分から言い出したにもかかわらず、祝詞を奏でるくらい人族で充分とご馳走を催促してくる。もっとも、興奮のあまりステージ上でフィーバーされたら僕が社会的に抹殺されることになるので、おやつは用意しておくからリアリィ先生のところでおとなしくしているよう約束させた。これでひと安心だ。
「次、いってみよぅ」
問題がひとつ片付いたものの、楽器の奏者はまだ見つかっていない。続いてイナホリプルのノミ取りをしているメルエラとドヤリンガーさんに声をかけてみる。
「楽器ならシャルマールを習っていました」
「木製のスリットドラムなら得意ですよっ」
今度は期待できそうだ。部屋に置いてあるとのことなので、ノミ取りを交代して取ってきてもらう。イボノミンでノミやシラミをやっつけながら待っていると、速攻でドヤリンガーさんが戻ってきた。木をくりぬいて作ったごっつい鈴のような楽器を抱えている。ナニカの顔を模しているのかギョロっとした目玉の模様が彫られており、くり抜いた跡の隙間はまるで口のようだ。どこか、あんぐりと口を開けて構える3歳児を思い起こさせる面構えで、ドヤリンガーさんに布を巻いたバチで叩かれポクポクと素朴な音を立てた。
――何かと思ったら、木魚じゃねぇか……
スリットドラムなんて聞きなれない楽器だからどんなものかと期待していたものの、田西宿実の世界でお坊さんがお経をあげる時に叩いているアレだった。4秒間に16回鳴らせるのは自分だけだと、ドヤリンガーさんが高速ポクポクを披露する。ダメだこれは……
「ねぇタルト。このデザインってもしかして……君?」
「下僕はわたくしがこんな顔をしていると言いたいのですか?」
言い伝えに登場する「道案内の少女」と同じく、過去のタルトに由来しているのかもしれない。ドヤリンガーさんから受け取って見せてやったところ、自分はこんなマヌケ面していないと3歳児はまなじりを吊り上げて木魚をボクボク叩き始めた。そっくりだと思う。
「大きさが違うのを並べて演奏するってわけでもないのよね?」
「これは短時間に何回鳴らせるかを競う楽器ですっ」
一抹の希望を胸にロミーオさんが確認したものの、現実は非情だった。これは連打速度を競うものだとドヤリンガーさんがエッヘンと胸を張る。
「メルエラにも期待しない方がいいかもね……」
「シャルマールは笛よ。知らないの?」
これは全滅パターンに違いないと口にしたところ、シャルマールというのは木製の笛だから安心していいとロミーオさんが教えてくれる。しばらくすると、楽器ケースを抱えてメルエラが戻ってきた。パカリと開けられたケースの中に収まっていたのは、木製リコーダーの先っちょに金属ラッパのスカートを足したような楽器だ。試しに吹いてもらえば、僕の胃袋を強烈に刺激する調べを鳴り響かせた。
――ヤベェ。ラーメンが食べたくなっちまう……
それは田西宿実の世界で屋台ラーメンの象徴とされていたメロディ。いわゆるひとつのチャルメラである。
「やめてくれ、メルエラ。その笛の音は僕の中に眠る悪魔を目覚めさせてしまう……」
「――っ!」
思い出してしまうからやめるよう伝えたものの、何を考えたのか従妹殿は目を血走らせながら懸命にチャルメラを吹き鳴らす。そうまでして僕に嫌がらせしたいのだろうか。
「さぁ心に宿る野獣を目覚めさせて、本能のまま姉を孕ませちゃってくださいっ!」
どうやら、おかしな勘違いをして変なスイッチが入ってしまったらしい。どうだヤリたくなってきただろうと、メルエラがくり返しチャルメラを響かせる。
「目覚めるのは性欲じゃなくて食欲の悪魔なんだ」
「愛なんて食欲と同じですっ。遠慮せずいただいちゃってくださいっ。後のことは、こっちでなんとでもしますからっ」
面倒なことは引き受けるから、とりあえず種だけくれとチャルメラを吹きながら迫ってくるメルエラ。もはや倫理はおろか理性すら残っていないようだ。タルトはもちろんバンバン孕ませろと無計画な繁殖行為を勧めてくる。倫理はしょせん人が決めたルールでしかなく、精霊に説いても無意味なことはわかっているものの、僕は人族の社会規範に縛られる身であることをご理解いただきたい。
「卒業しなきゃ襲爵できないんだから、仕込むのはもうしばらく我慢しなさい」
「うぐっ……」
在学中にお腹が大きくなってしまったら卒業することも危うくなる。そうなったら子爵位を継ぐこともできなくなってしまうのだから、種付けは卒業してアーレイ領へ戻ったころにお腹が膨れてくるタイミングを見計らってやれとメルエラを制止するロミーオさん。とりあえずは助かったものの、なんだか問題を先送りにしただけのような気がしてならない。今は魔導院祭でのステージが優先だと、まずメルエラが楽団に加えられた。
「低音部分をカバーするのに、大きな楽器を扱える男子がいると助かるんだけど……」
往々にして楽器というものは小ぶりなほど高い音を出す。逆に低い音を出す楽器は大型化する傾向にあるので、そういうのはガタイのよい野郎でなければ厳しいそうだ。
「ロリボーデさんならどうかな?」
「あのぶっとい指で演奏できるわけないでしょ」
力自慢といえば【ジャイアント侯爵】だと提案してみたものの、彼女に人族サイズの楽器は扱えないと却下された。弦楽器を弾くための弓なんて爪楊枝みたいなものだから、繊細な力加減が要求される演奏には期待できない。専用の楽器を用意して扱えるようになるまで練習するには時間が足りないという。
「あとはそうねぇ、演奏サークルが抽選でハズレを引くよう仕込むことができれば……」
ロミーオさんもドブネズミっぷりが板についてきたようだ。演奏サークルには楽器を扱える生徒が揃っているから、抽選に外れて講堂が使えなくなればスカウトできると呟いている。もっとも、くじに細工をするのは難しいから彼らが負けくじを引いてくれるよう祈るしかない。ブタさんの術式が解明できていればやりようもあるけど、今の僕には実行不能だ。
「そのドブネズミ的思考は称賛するけど、運任せのやり方には賛同できない」
「仕方ないわね。地道に探すとしましょう」
とりあえずバイオリンとシャルマールは決定として、中低音を担当する弦楽器と吹奏楽器。あとは音域の広い木琴を用意しようとなった。木琴は素人でも練習すればどうにか形にはなるので、まずは習得の難しい楽器から探すことにする。
「メンバーは私の方であたるから、アーレイは編曲作業を急いでちょうだい」
「ギョイッサー」
50枚もの振動版を内蔵する魔導楽器に比べると、バイオリンやチャルメラは表現の幅が狭いため使える語彙が限られてくる。その範囲内で奏でられる部分を抜き出して、どうしても無理な部分は木琴に振り分ければいいだろう。実際に奏でてみて、指の運びに無理が生じないことも確認しなければならない。やることが山積みとわかっているのか、楽団のメンバー探しはロミーオさんが引き受けてくれることになった。
これからは毎晩、おやすみ前にプチロリヴァの仕込み作業だ。タルトのリクエストにより、明朝は牛乳をたっぷり入れたミルク味に決まった。ちっちゃな鍋でコップ一杯分くらいのロリヴァを作り、それを脚付きお猪口に注いでいく。粗熱が取れたら虫が入らないようイボ汁染めの布をかけ、低温が保たれている保管庫に一晩おいておけば完成である。
「これほど毎日が楽しみだったことはないのです。下僕はよくデキた下僕なのです」
仕込みが終わった途端、抱っこしろと3歳児が飛びついてくる。朝が楽しみで仕方がないらしい。いい子でおやすみしていれば出来上がるのもすぐだと抱き上げたままタルトを寝室に運び込む。いつものようにおやすみの準備を整えていると、なぜだかシルヒメさんが不満そうに頬を膨らませていた。
「――――♪」
ガサガサとささくれ立ったような衣擦れの音を発するシルヒメさん。残念ながら、まだまだ最初の言語で会話できるレベルには至ってない。タルトに通訳をお願いする。
「下僕がロリヴァの素を渡さないと怒っているのです」
「だって、渡したらタルトが欲しがる分だけ使っちゃうし……」
どうやら、純粋プルプル成分を僕が管理して渡さないのがご不満らしい。シルヒメさんはタルトに絶対服従なので、管理を任せれば全部使われてしまうに決まっている。いくらおっぱいを膨らまされても、彼女の手にプルプル成分を委ねるわけにはいかないのだ。
「タルトが毎朝の分以上に欲しがらないって約束すれば済む話なんだけど」
「守れないとわかっている約束をするほどわたくしは無責任でないのです」
「威張って言うことなの、それ?」
自分はおやつを我慢できませんとふんぞり返る3歳児様。やはりこの手で我慢するということを教え込むしかないようだ。きっと、それが宿命から与えられた僕の役割なのだろう。
「さっ、おやすみするのですよ。シルヒメも竜の巫女もピッタリくっつくのです」
隙間を作るなとタルトがしがみついてくる。添い寝してプニプニのほっぺをコショコショしてやれば、どこにも行くなと僕の腕をガッシリ抱え込んだ。その向こうにシルクのネグリジェに包まれた霊峰シルヒメの稜線がうっすらと姿を現す。タルトはもちろん、僕もブンザイモンさんも着ぐるみパジャマなのだけど、そういう性質なのかシルキーはシルクしか身に着けない。三千世界に散らばるおっぱい星人すべての憧れが手の届くところにある。
「むぅ~、げぼぐはわたくしをだっこしているのですぅ~」
もう辛抱堪らん。ちょっとだけ、先っちょだけ触れてみようとしたものの、絶対に放さないと僕の腕をホールドし続ける3歳児によって我慢を余儀なくされた。




