497 浮かび上がった問題点
「下僕。ロリヴァの素が手に入ったのに、どうして作らないのですか?」
抽出後の乾燥工程まで滞りなく終わったようで、純粋プルプル成分が納品された。バナナが手に入った時のために残しておきたいのだけれど、材料があるなら作れとタルトが執拗に催促してきやがる。貯金の必要性を頑なに受け入れない3歳児には、必要な時に備えてとっておくという発想がないのだろう。
「ケチ臭い下僕は悪い下僕なのです。よい下僕は出し惜しみしないのです」
ガッチリと腰にしがみついて、ユッサユッサと力一杯揺すってくる食いしん坊。作ってやったが最後、あればあるだけ食べてしまうので、なにか手を打たなければせっかくのプルプル成分を残さず喰いつくされてしまう。魔導院祭の時期までずっと我慢させておくのはさすがに無理なので、量を制限する上手い方法はないかと考える。
「今日は街へ買い物に出ようか。イボンモールでショーも観れるかもしれない」
「下僕も一緒にヒーバーするのです」
ある作戦を考えついたものの、入用なものがあるので本日はお買い物だ。三輪車をキコキコ漕ぐ3歳児を連れてモウヴィヴィアーナの街へ繰り出す。今はまだ観光シーズン真っ只中なので、湖畔のヴィヴィアナ様公園へつながるメインストリートは参拝に訪れた人々で賑わっている。そして、今が稼ぎ時な土産物屋さんもヴィヴィアナ様グッズを所狭しと店先に並べていた。
「そんなものを見繕ってどうするつもりなのですか? わたくしの部屋にヴィヴィアナを祀る祭壇なんていらないのですよ」
僕が物色している土産物を見て、どうしてそんなものが必要なのかとタルトがしかめっ面で威嚇してくる。今日、探しているのはお猪口みたいなちっちゃい器だ。田西宿実の世界では仏壇や神棚なんかに小ぶりな磁器の器を飾っていたけど、この世界にも同じような風習があった。モウヴィヴィアーナで売られているのは、もちろんヴィヴィアナ様の印が入ったヴィヴィアナ様用のもの。つまり、僕がヴィヴィアナ様の祭壇を置くと勘違いして3歳児様は不機嫌になっているわけだ。
「ひと口サイズのロリヴァを作るのに使おうかと考えているんだ」
「百個くらい買っていくのです」
お菓子用の器と聞いた途端、フシュー、フシューと鼻息を荒くしていた3歳児はあっさり掌を返しやがった。いっぱい買っていけとアホみたいな数を要求してきやがる。
「4つで充分だよ。おやすみ前に食べたい味を仕込んで、翌朝いただくことにしよう」
「しょっ、しょれは毎朝好きなロリヴァが食べられるということなのでしゅかっ?」
僕の考えたちょっとずつ食べさせる作戦が、その都度お好みで味を変えられるようにすることだ。いっぺんに作ったら食べきるまで同じ味が続くけど、ひと口サイズならその時の気分で好きな味を選べるぞと丸め込めば、目を大きく見開いた食いしん坊がグワシとつかみかかってきた。
「下僕っ、下僕っ、おんぶするのですっ」
「今、買ってくるからおとなしくしてなさい」
おんぶしろ、おんぶしろと僕の身体をよじ登ろうとする3歳児をなだめすかして、脚付きお猪口みたいな器を4つほど購入する。タルトと蜜の精霊だけなら2回に分ければいいし、ワルキューがいるときはドクロワルさんに食べさせてしまえばいいだろう。ロリヴァが続いて飽きてきたらひと口プリンにするのも悪くない。
「下僕はやっぱりデキる下僕なのですっ」
土産物屋さんを出たところで、すっかりハイになったタルトが飛びついてきた。どうしてか、僕の身体をよじ登らないと気が済まないようだ。仕方ないのでヨッコイショとおんぶしてやれば、ウキャーと興奮した声を上げ両足でバシバシ拍車をいれてきやがる。とうとう、人とコケトリスの区別がつかなくなってしまったのだろうか。振り落としてしまうぞとワッショイ、ワッショイしていたところ、唐突に背中からタルトの重さがなくなった。
「仲が好いのは結構だけど、あまり見せつけないでくれ」
「むぅ~、はなすのですぅ~」
本当に落っことしてしまったかと振り返ってみれば、オムツレッドことコナカケイル氏が3歳児を持ち上げていた。一緒にいるのは小麦色のおっぱいが魅力的なレッドのひとり目のお嫁さん。亡くなったコブータ司祭の姪っ子であるコネーコさんだ。
「見せつけているのはどっちですか? このおっぱいはもういただいちゃったんですか?」
「コネーコとの結婚は名目上のものだよ。今も昔も、私は幼女一筋だ」
「威張って言うことじゃありませんよ。それはっ」
嫁自慢をしにきやがったのかと問い質せば、幼女の女神様に誓って聖職者に手を出したりはしないとレッドは胸を張りやがった。騎士団の詰め所に突き出してやりたい。
「なんでこんなところをウロついてるんです? 新婚旅行ですか?」
「コネーコには礼拝堂で祭祀を執り行ってもらうんだが、教国ではヴィヴィアナ様を信仰してないだろう。精霊の祭祀はしたことがないというので、学ばせに連れてきたんだよ」
ハネムーンにヴィヴィアナ様参りかと思ったら祭祀のお勉強だという。仔豚司祭のお手伝いをしていたので神々の祭祀に関しては知識があるものの、ヴィヴィアナ様のことはまったく知らない状態。この先ずっとヴィヴィアナ様のお祭りが行われないというのでは住民たちがガッカリするので、せっかくだから覚えたいと仔猫ちゃんにお願いされたそうな。
「なかなか関心な娘なのです。わたくしが手ほどきしてあげるのですよ」
「タルト。まさか、自分にバナナを捧げろなんて教えるつもりじゃあるまいね?」
そういうことなら自分に任せろと教師役を引き受けるタルト。悪い予感を感じてデタラメを教えたりしないよう釘を刺したところ、何事か告げようとしていた3歳児の動きがピタリと止まった。どうやら、図星だったようだ。もんのすごいしかめっ面を作って僕を威嚇してくる。
「通りの真ん中でする話ではありませんから、静かに食事できるところへ場所を移しましょう。もちろん、コナカケイル氏のおごりで……」
「それもそうだね。マック・ア・チーンの個室はどうかな?」
「下僕はいっつも上手いことを考えつくのです」
食いしん坊を納得させるため食事をしながらにしようと提案する。おっぱいにもお金にも困っていない裕福な紳士は、ザリガニ料理店なら個室があると支払いを引き受けてくれた。ご馳走にありつけると知ってあっさりと掌を返すタルト。すっかり上機嫌になってハリー、ハリーと僕の袖を引っ張り出す。
観光シーズン真っ只中とあって、ヴィヴィアナ湖に生息している巨大ザリガニというご当地グルメを提供するマックは混雑していたものの、ルームチャージが発生する個室には空きがあった。すぐに通してもらえたので60センチ級をオーブンで丸焼きにしたのと、丸ごとボイルしたやつをコナカケイル氏が注文する。裕福な紳士は太っ腹だ。
「ムグムグ……祭祀を始めるすぐ前に、この印が入っている器で直接清水をすくってくるのです。そこにヴィヴィアナが宿りますから、祭壇の真ん中に置いておくのです」
しばらくして熱々のザリガニがトレーに乗せられ運ばれてくる。でっかいハサミをペンチでこじ開けて中身を取り出してやれば、タルトの奴はホンマニ宗家も知らなそうな秘密をモグモグしながら語り始めた。僕が購入した脚付きお猪口を指で差し、これがヴィヴィアナ様を表すマークなのだと解説を加える。
「人族はお参りする者の順番にまで注文をつけますが、そんなの気にしてる神や精霊なんていないのです。後は供物を捧げ、祝詞を奏でるだけでよいのですよ」
誰がどこに立つなんてことまでいちいち指定しているのは人族だけ。お供えをして祝詞を奏でたあとは、みんなでどんちゃん騒ぎをすればいい。お供えされた酒や食べ物なんかも振舞ってしまって構わないのだとタルトは語る。大切なのは祀る相手が宿るものを祭壇に配置して供物と祝詞を捧げること。この3つだけ押さえておけば充分で、それ以上は神のしもべを自称する連中の自己満足でしかないそうな。
「ハグハグ……下僕、例の祝詞を教えてあげるのですよ」
「コネーコさんは魔導楽器を奏でられますか?」
「私は伯父さまと違って魔力に乏しいですし、訓練もしていませんから……」
「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」を教えるようタルトに言われたものの、魔導楽器で演奏できるほどの魔力もないためコネーコさんは練習すらしていないらしい。祭祀で演奏をする際には小さな木琴を使っていたという。
「あっちゃ~、魔力のない人も演奏するってことを考えてなかった……」
「うっかり屋な下僕なのです」
意外なところから問題点が浮上してきた。魔導楽器は手で触れていなくても演奏できるため、手の置き方や指の運びを考慮に入れる必要がない。クセーラさんや魔性レディ並みに上達すれば、ピアノで再現するためには腕が4本必要なんて曲もひとりで演奏できてしまうのだ。当然、僕の作った祝詞も手で演奏することは想定外。木琴で演奏可能かどうかなんて確認すらしていない欠陥曲である。
さて、どうするかと考えを巡らす。魔導楽器を演奏できる楽士なんてどこの領にもいるのだから、そいつらに奏でさせればいいというのもひとつの解決法ではある。だけど、そうなればヴィヴィアナ様の祝詞は上流階級だけのものとなり、最初の言語をひとり占めしようと企んだどっかの大司祭みたいな連中に利用されるであろうことは想像に難くない。それは癪に障るし、なにより多くの人たちに奏でてもらうことが重要なのだ。魔力がなくては演奏できないなんて片手落ちもいいところ。それではカリスマ作曲家モーベルトの名が泣く。
「ヴィヴィアナ様を讃える祝詞があるんです。今後広まるでしょうから、魔術を使わない楽器で演奏するための楽譜を作って渡しますよ」
「それは、結構な手間になるんじゃないのかい?」
「構いません。今のままでは気になって仕方がありませんから」
最後のアウトを取るまでピッチャーの仕事は終わらない。途中で試合を投げ出すようなことはもうしないと、遠きあの日に約束したのだ。普通の楽器用に楽譜を起こすことに決めれば、課題で忙しいのではないかとコナカケに心配された。問題ない。いっそのこと、今年の舞台ライブは魔導楽器を使わない方向でいくのも悪くないと思う。
祝詞について決めた後はヴィヴィアナ様がどんなお供えを喜ばれるとか、最後に会った時の仔豚司祭は聖女様のおっぱいに挟まっていやがったとコネーコさんが興味ありそうなことを話してあげる。ヤツはもう精霊ライフを満喫しているので、何ひとつ気にかけてやる必要はない。故人のことなんてさっさと忘れてしまうよう告げておく。
「下僕、そっちの焼いた尻尾にバターを塗ってくれるのですよ」
食いしん坊は相変わらず平常運転だ。仔豚司祭のことを伝えていたら、焼いたザリガニを食べさせろとリクエストしてきた。ナイフとペンチで丸焼きの尻尾をバラして身を取り出し、つけ合わせのバターをたっぷりと塗って食べさせてやる。僕が醤油ベースのタレをつけていただこうとしたところ、そっちも寄越せと要求してきやがった。喰らえコノヤロウとあ~んして待ち構えている口にザリガニをぶち込む。
「ムヒュヒュヒュ……このタレもなかなかいけるのです。下僕、余ったのはお土産にしてあげるのですよ」
太っ腹なコナカケが注文したのは60センチクラスの大物なので、2尾ともなるとこの面子では食べきれない。残った分は箱詰めしてお土産にさせていただく。もしかしたらプロセルピーネ先生にという思惑が隠されているのかもしれないけど、残念ながらこれは食いしん坊どもの腹に収まることだろう。カワウソのカソリエッタはもちろんのこと、どうしてかドラゴンのティコアまでザリガニが大好物なのだ。
「モチカやプロセルピーネにも挨拶していきたいんだが、あいにく敷地内に足を踏み入れたら命はないとリアリィ準爵に脅されていてね……」
「僕から伝えておきましょう。滞在先はペドロリアン家の別荘ですか?」
「話のわかる友を持って私は幸せだ」
無差別求婚の前科があるコナカケイル氏は、未だ出入り禁止の措置が解けていない模様。魔導院には立ち入れないと言うので、モウヴィヴィアーナに滞在していることは報せておくと引き受ける。ガッツリご馳走になったのだから、それくらいはしてあげよう。
マックを出たところで仔猫ちゃんたちと別れ、魔導院への帰路につく。イボンモールでショーを観ることはできなかったけど、3歳児様はご機嫌な様子。早くザリガニを食べさせてあげるのだとキコキコ三輪車を漕いでコテージへの道を急ぐ。到着して離れに向かえば、庭に面したウッドデッキで首席がクマネストとカソリエッタをブラッシングしているところだった。お土産の匂いを嗅ぎつけた腹っぺらしどもがさっそく襲いかかってくる。
「下僕~、約束なのですよ~」
首席とモチカさんにコナカケイル氏のことを伝えていると、購入した脚付きお猪口を握り締めたタルトがガシリと腰にしがみついてくる。おやすみ前に仕込めば充分だというのに待ちきれないようだ。もっとも、味付けに関しては考えていなかった模様。何の味がいいか選ぶよう告げたら、決めきれないのか3歳児は頭を抱えてうんうん唸り始めた。




