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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘

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50 我が儘なあなたでいて

 試験直前に乳母車を作ることを約束させられたけど、僕にとってはむしろ好都合と言える結果となった。タルトが乳母車の構想を練るのに夢中になってくれたから、その間に僕は邪魔されず試験勉強をすることができたのだ。


 その日の試験が終わった午後は、おとり捜査で得た3日分の補習の権利を活用し翌日の試験対策に充てた。試験期間中に主任教員を独占して補習してもらったのだ。僕としてはこれまでにないほど結果に手ごたえを感じていた。


「下僕。わたくしはこんな乳母車が欲しいのですよ」


 タルトがもう何枚目になるかわからない「3歳児の考えた最強の乳母車」が描かれた紙を持ってきた。


「却下。これはもう乳母車じゃないよ……」


 こんなもの作れるわけがないだろう。空を飛べて水中にも潜れるドラゴンが踏んでも壊れない乳母車なんて……


「君は僕に宇宙戦艦を作れというのかい?」

「ウチウセンカンとは何なのです? このわたくしが聞いたこともないものを、下僕は知っているのですか?」

「星の世界を飛び回るおとぎ話に出てくる船のことだよ」

「ウチウセンカンが欲しいのです」


 宇宙戦艦をねだる3歳児をなだめすかして、人族が使っている乳母車にない機能を搭載しようとするのをやめさせる。ビジネスクラス乳母車でさえフルフラットリクライニングシートをどうしようか頭が痛いと言うのに……


「モロニダス。チミッ子と遊んでないでお前も真面目に考えろよ。最低1種目エントリーだぞ」


 ヘルネストが声をかけてきた。今日はオープンカフェで昼食を摂りながら、【皇帝エンペラー】、【禁書王フォビドゥン】を含めて運動会の対策会議である。


 運動会というのは春学期の終わりに開催される教養課程の生徒によるイベントだ。専門課程になると春の競技会となるのだけど、競技会は自作した魔導器やゴーレムを競う場でもあるので、入学して間もない新入生が参加するには敷居が高すぎる。

 そこで、教養課程の内は魔導院が用意した魔導器を使った運動会が開かれていた。


 ロゥリング族の僕にとっては気が重いイベントだけど、試験の成績に運動会の成績を加味したものが学期末の順位になるから、手を抜いていたら他の子たちに抜かされてしまう。【禁書王】みたいに体を動かすくらいなら順位を落とした方がマシなどと余裕をぶっかましていられる立場でもない。


「【禁書王】は何にエントリーするか決まったの?」

「愚問だな。一番楽な玉入れに決まっているだろう」


 玉入れはエアバースト砲で撃ち出した砲弾を狙ったところに落とすという、運動会には珍しくおよそ体力とは無縁の競技だ。


 エアバースト砲はクセーラさんの強化型『エアバースト』と同じく砲身の付いた魔導器で、砲弾を装填し火薬の代わりに『エアバースト』を炸裂させることで遠くへと飛ばす。クセーラさんの強化型『エアバースト』も同じ使い方ができるし、『ゴーレムバトル』で優勝したゴーレムにも同じ構造の大砲を使った。違いは砲弾を加速させる術式の有無だけだ。


「昨年の大玉転がしは大失敗だったからね」


 大玉転がしは魔力を当てると反発して転がる大玉をゴールまで転がすという競技。大玉は大きな魔力を当てるほど勢いよく転がり、手で触れたら失格となる。


 昨年は僕たち4人で参加したのだけど、一番魔力を持っている僕が大玉の転がるスピードについて行けず、ひとり遅れて走るだけという醜態をさらす結果となった。3人で転がすハメになった僕たちのチームがビリッケツであったことは言うまでもない。

 昨年の教訓を踏まえ、今年はそれぞれ得意な種目にエントリーしてポイントを稼ぐことにした。


 運動会は白組、黒組、紅組の3チームに分かれて競われる。寮と同じ色分け。派閥対抗戦だ。そして、一番多くポイントを稼いだ寮には、1年間夕飯のおかずに一品追加されるという豪華賞品が用意されている。皆、かなり本気なので失敗は許されない。

 昨年はもう寮内中からブーイングを喰らったので、今年はなんとか挽回したいのだ。


「魔力よりも体力のある【皇帝】は一般競技を含めた方がいいだろう」


 一般競技というのは短距離走や長距離走、障害物競争といった魔導器を使わない体力勝負な競技。僕が出場してもどうにもならない種目である。


「モロニダスは魔術競技一択だな。やっぱ玉入れか?」

「ダメだ。アーレイの魔力は大きすぎて調整が利かない」

「昨年、それで次席が失敗したって言ってたけど【禁書王】は大丈夫なの?」

「フッ……任せてくれたまえよ……」


 玉入れに使うエアバースト砲は魔力を込めるほど威力が増す。重要なのは魔力の量ではなくコントロールで、魔力が多いほどそれは難しくなる。僕では全部場外ホームランだろう。

 【禁書王】だって次席に次ぐ魔力の持ち主なのだけど、コントロールには自信があるようだ。


「ムカデ競争なんてどうだ?」

「あんな複雑なゴーレム動かせないよ」

「あれはもう、クセーラ嬢の独壇場だろうね」


 ムカデ競争は節が10もあるムカデ型ゴーレムを使った障害物レースで、出場者の半数はゴールできずに終わる。人型でないゴーレムの操作にかけてはクセーラさんに敵はいない。


「魔力の量しか取り柄がないってのも考えもんだな……」


 嫌らしいことに、運動会には魔力の量だけで勝てるような競技がないのだ。魔力量で有利不利が決まらないように考えたつもりかもしれないけど、それしか取り柄のない生徒のことも考慮して欲しい。


「借り物競争は……」

「もちろん出場禁止だよ……」


 借り物競争は地面にばら撒かれた札に書いてある物を借りてくるのだけど、選手は札のばら撒かれたエリアから出られない。代わりに使い魔を使って探すか借りてくる競技だ。そして、出場することが禁止されている生徒がふたりいた。僕と次席である。

 高い知性と会話能力を持った精霊は、使い魔を通じて意思疎通を図るという競技目的に反するらしい。首席の蜜の精霊は許されるというのに……


「サバイバルランナーは……」

「足が遅いからアタッカーにもデコイにもなれん。ポイントマンは論外だ」

「すると……かくれんぼしかないか……」

「体が小さい分、隠れやすいからいいかもね」


 サバイバルランナーはまあ長距離走なんだけど、他のチームの選手と接触したら、触れた方も触れられた方も両者失格というルールがある。いかに相手チームの有力選手を潰し、味方の主力選手を守るかといったチーム戦だ。

 かくれんぼは射程10メートルほどの魔術を当てることで見つけたと見做されるかくれんぼである。姿を見られても逃げきればいいというところは鬼ごっこに近いかもしれない。


「じゃあ、モロニダスはかくれんぼだな。ひとつでいいのか?」

「いいよ。それ以上エントリーしても点数が減るだけだから」


 エントリーはひとり最大3種目まで。そして成績に反映される点数は、「出場した種目で得たポイントの平均値」という決まりがある。

 ひとつの種目に出場して100ポイントを得たのであれば点数は100点だけど、3つの種目に出場して100、50、60とポイントを重ねた場合は平均値の70点に減ってしまう。ドジった時のリスクは高いけど、一番ポイントの取れそうな競技にだけ出場する方が高得点を得やすい仕組みになっていた。


 優秀な生徒に出場する競技を絞らせることで他の生徒がポイントを得る機会を増やすのと、派閥が特定の生徒ばかり出場させようとするのを防ぐための措置らしい。


「ヘルネストは決まってるの?」

「ああ……俺はサクラから二人三脚とサバイバルランナーにエントリーするように言われてる」


 よりによって二人三脚とサバランだと……


「人生も二人三脚ですってかい……見せつけるのも程々にして欲しいね……」

許嫁おまえは俺が護るというわけか……そのまま死にたまえよ……」

「なにそのイチャラブチョイス……爆発しろ……いや、爆発させてやんよ……」

「まてお前ら、なにを言ってるんだっ」


 なにを言ってだと……白々しいことを……

 競技中まで許嫁とイチャイチャしようだなんて、てめえは駅のホームで人目も憚らないチュウ学生かよ……


「ゴール前に地雷を仕掛けよう。火だるまになるようなのがいい……」

「それなら丁度いい術式がある。辺り一面火の海になるのが難点だが、アーレイなら使えるはずだ……」

「かまわないよ。正義のためには犠牲は付き物だって、ムジヒダネさんも言ってた……」


 どうせ他のカップルどもも参加してくるだろう。害虫を一網打尽にするいい機会だ。


「落ち着けっ。落ち着くんだお前らっ」

「「「これが落ち着いていられるかっ!」」」


 せっかくクリスマスもバレンタインデーもない世界に転生したというのに、この世界にも非モテ差別が根付きつつある。もう僕が世界を正しい方向へ導くしかない……


「運動会のエントリー……決まったかしら……」


 次席がクセーラさんとムジヒダネさんを連れてやってきた。紅百合寮メンバーなので僕たちと同じ紅組になる。ドクロワルさんは白組なのでライバルになってしまうのが残念だ。


「いや……こいつらが俺のエントリーが許せないらしくてな……」

「私の決定に何か不満があるのかしら?」


 文句があるのかとムジヒダネさんが殺気を放つ。だけど、ここには【皇帝】と【禁書王】もいる。僕たち3人の力を合わせれば、【ヴァイオレンス公爵】だって言いくるめられるはずだ。


「ヘルネストやムジヒダネさんには、個人競技で別々にポイントを稼いでもらった方が有利じゃない?」


 二人三脚に出場してふたりで一着を取るよりも、別々の競技でそれぞれ一着を取ってくれればポイントは倍なのだ。紅組の勝利のために脳筋ズには分かれてもらった方がいいと力説する。

 これは勝つための作戦であって、決して羨ましいから言ってるんじゃない。


「ヘルネストはムジヒダネ嬢の提案どおりでいいんじゃないかな」

「そうだな……ベストな選択だと思う……」

「そう……死にたいのはアーレイだけというわけね……」


 アレ……どうして……

 なんで僕だけムジヒダネさんにチョーククローで吊り上げられているの……

 何だろう。雲に乗ったチャーリーが空からおいでおいでをしているぞ……


「サクラノーメ……それくらいにしなさい……遊んでいる時間はないわ……」

「ぐえっ」


 次席に止められたムジヒダネさんがそのまま手を放したのでお尻から地面に落っこちた。

 痛い……死ぬかと思ったよ……


「種目が決まったのなら……さっさとエントリーしてきてちょうだい……私とアーレイの分もお願いするわ……」

「姉さんと伯爵は来ないのっ?」


 クセーラさんが一緒にエントリーしに行こうと誘ってくる。


「私たちは……精霊にお昼寝をさせないといけないの……そろそろ眠くなる頃合いでしょう……」

「はなまるビッチは気が利くのです。少しは下僕も見習うのです」


 お昼寝と聞いたタルトが、言われる前に気付けと僕のお尻をペシペシ叩いてくる。


「また姉さんだけ? ずるいよっ。たまには私も一緒にっ」

「お昼寝がしたければ……ゴレームたんとしていなさい…………ひとりでね……」

「もの凄くグサッと来たよっ。妹を上から見下ろして嗤うなんて鬼畜の所業だよっ」

「連れて行きなさい……」


 自分も一緒にお昼寝させろという妹からの猛抗議にも次席はまったく耳を貸さない。連れて行けと命じられた脳筋ズに両腕を掴まれて、クセーラさんはズルズルと引き摺られていった。


「姉さんのバカァァァ――――」

「手間を取らせたわね……行きましょう……話しておきたいことがあるの……」


 僕と次席はヴィヴィアナ湖畔の広場に場所を移してお昼寝だ。今日は暑いくらいの陽気なので、木陰になっているところに防水布を敷いて精霊たちを寝かせてあげる。精霊たちがお昼寝を始めたところで、次席が乳母車の話題を切りだしてきた。クセーラさんを遠ざけたのはこのためだったようだ。


「アーレイ……バネをシュセンドゥ先輩に依頼したいの……鋼の出所は秘密で……」


 次席が工師課程にいる西部派の先輩にあたってみたところ、バネというものは専門のバネ職人が作る物で簡単にはいかないそうだ。ひとつならともかく、まったく同じ性能のバネを複数用意するのは腕のいい職人でなければ難しい。前後左右でバネの硬さが異なると人が乗った時に傾いてしまうので、最高の乗り心地を求めるなら同じ性能のバネが8本は必要だという。


 次席はたかが乳母車にそこまですることもないと思ったのだけど、発芽の精霊が許してくれなかったらしい。


「バネを作るのがそんなに難しいとは思わなかったよ」


 前世でもドワーフ国でもありふれたものだったので、工師課程の先輩なら余裕で作れると思っていた。バネ以外の車体の作成はその西部派の先輩が引き受けてくれるらしく、鋼を使う台車部分の設計はすでにお願いしてあるそうだ。次席は仕事が早い。


「アーレイには感謝しているわ……この子と契約してくれて……」

「タルトと?」


 精霊たちが目を覚ましたら工作棟に行ってみようと決めたところで、次席がタルトをナデナデしながら、おかげで発芽の精霊が我が儘を言うようになってくれたと口にする。


「クスリナは我が儘を言わないの……良い子だからじゃない……我が儘を言って甘えるほど……私が信用されていないだけ……」


 ある時を境に、発芽の精霊は自分からなにかを欲しがることをしなくなってしまったという。


「あの日のお茶会で……クスリナは蜜を欲しいと言ったわ……私ではなくこの子に……」


 僕がタルトと契約した日のお茶会で、発芽の精霊は蜜が欲しいとお皿を差し出した。会って間もないというのに、タルトには我が儘を言っても許してもらえると判断したのだ。

 無欲なのではなく、自分には言わないだけ。それをタルトに見せつけられた。だけど今、発芽の精霊は使役者に反発してでも己の意思を押し通そうとしている。


「これはチャンスなの……クスリナに……甘えてもいいのだとわかってもらうための……」


 契約はしているものの、完全に心を開いてくれているわけではない。捨てられることを恐れる子供のように、遠慮して良い子を演じている。だから、次席は発芽の精霊の願いを叶えたいのだと言う。

 どんな我が儘も受け入れてあげると示すために……


「アーレイ、お願いよ。手を貸してちょうだい……」


 おすまし顔を取り繕うことを止めた次席は、目に涙を浮かべながら真っ直ぐに僕を見つめてきた。その瞳は決意に溢れていたけど、わずかに震える声と魔力が彼女の不安を僕に伝えてくる。

 そんな顔しなくても、僕でよければいくらでも手を貸すのだけど……


「タルトやクセーラさんみたいになっても知らないからね」


 クセーラさんならともかく、タルトに似ちゃったら手に負えないよもう……


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