496 ダンサーを求めて
「モロニダス。どうして俺を見捨てたんだ……」
農奴1号が痴漢1号へとジョブチェンジを果たした翌日、飼育サークルでオムツダンサーにふさわしい男子生徒を物色している僕のところへ、妙にぎこちない歩き方をしているヘルネストがやってきた。お尻が真っ赤に腫れあがるまで次席にひっ叩かれたのは僕のせいだと言いがかりをつけてくる。罰が軽く済むよう、あえて姿をくらましたのだと理解できないらしい。
「タルトが放ったのはおもちゃの木球で、女子生徒を押し倒したのは明らかに過剰反応だったと、そう僕の口から証言させたいの?」
「そっ、それはそうなんだが……しかしだな……」
ノコノコ姿を現せば、次席は僕を検察側証人として利用しただろう。学年ナンバー2を相手に弁論で太刀打ちできるつもりかと問い質せば、僕の証言はすべて次席に都合よく受け取られるだけと、察しの悪いヘルネストもさすがに思い至ったようだ。この世に救いはないのかとガックリ肩を落とす。
「口論で次席に負けないくらい勉強すればいいだけだと思うけど……」
「モロニダス。逆立ちしたって太陽が西から登ることはないんだぞ」
「君の成績は物理法則かなんかなの?」
勉強して次席をやり込めろと言ったところ、そんなことはあり得ないと万年69位は開き直りやがった。こいつが他の順位を取ったら、きっと宇宙の法則が乱れて世界が崩壊してしまうのだろう。ヘルネストにはこのままずっと69位でいてもらうことにする。
「勉強が嫌ならそれでもいいさ。代わりに、その肉体で役に立ってもらおう」
「なにっ? 突然、何を言い出すんだ。マイフレンドッ?」
大好きな肉体労働をさせてやると告げれば、【真紅の茨】に捧げられることでも想像したのかヘルネストが警戒の構えを取る。なにを勘違いしてやがると言おうとして、僕にはセカンダル先輩を邪教の生贄にした前科があることを思い出した。すでに一度やっているのだから、警戒するなという方が無理な話だ。
「魔導院祭でステージをやるから、君にはオムツダンサーになってもらう」
「大丈夫なのか、それ?」
「野郎のオムツ一丁は芸術だから問題ない」
ヘルネストをオムツダンサー1号に任命したところ、公然わいせつでとっ捕まるのは御免だと迂闊なる男が珍しく慎重な様子を見せた。アートと言っておけば何をやっても許されるのだと説明しておく。いざという時はヴィヴィアナ様に芸術だと判定してもらえばいいだろう。汚い大人はわざわざ危険を冒してまで権威に楯突いたりしない。
「あと11人も集めなきゃいけないんだ。いくぞ、1号」
「1号とか言うな」
新たなるオムツダンサーを求めて、とりあえずカップリング好きなご婦人のためにゲイマル君とソウナンデス君を、ちびっ子受けを狙って【皇帝】をスカウトする。騎士課程の脳筋に比べると貧相な面子なので、残りはガタイのいい上級生を揃えたい。僕の知っている生徒のうちから、そこそこイケメンなソンターク元参謀長に声をかけてみることにした。
「ふざけるなっ。私が更迭されたのは誰のせいだと思ってるっ」
「普通にご自身の責任ではないかと考える所存でございます」
「消えろっ。私の目の前からいなくなれっ!」
魔導院祭のステージでオムツ一丁を披露してくれと丁寧にお願いしたものの、遠征途中で解任された元参謀長にものすごい剣幕でお断りされてしまった。お前の顔など見たくない。窓から放り捨てられたくなかったら今すぐいなくなれと、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。まともに話ができる状態ではないので、ここはいったん退くことにする。
「どうしてお前になんかに手を貸さなきゃいけないんだっ」
「君の勝手な行動のおかげで、どれだけ前線が混乱したのか理解しているのかい?」
続いて最初の第3護衛部隊指揮官殿と、後任のコワルダー指揮官もあたってみたのだけれど、どの面下げてきやがったとやっぱり断られてしまう。どうも、互いの認識に大きなズレがあるようだ。
「さがさないでください。って、手紙に書いておきましたよね」
「だからと言って捜索しないわけにはいかない。わかっていたからこそ、きっちり逃走手段を確保しておいたんじゃないのか?」
お前なんか大っ嫌いだと威嚇してくる最初の指揮官殿は仕方ないとして、コワルダー指揮官の方は話くらい聞いてくれると期待していたものの、捜索の手が伸びるとわかっていて失踪するような奴に手が貸せるかと拒否された。王国軍やペドロリアン領軍まで動員した大捜索から逃げおおせるなんて、最初からそうとわかっていて準備していた証拠。「さがさないでください」なんて、ただのアリバイ作りでしかないのだろうと猜疑心に満ち溢れたまなざしを向けてくる。
「追手がかかることは予想してましたけど、あれほどの規模になるとは思っていませんでしたよ。でも、あてもなく捜し続けることは避けられたでしょう」
「もう近くにはいないと捜索を打ち切らせるために、あの手紙を用意したのか。そこまで気を回せる奴がどうして…………いや、それだけの理由があったわけだな」
コワルダー指揮官は騎士課程のわりに頭が回るようだ。見つかるまで捜索を続けるような無駄は避けられただろうと告げれば、それだけの騒ぎになると承知のうえで、それでも姿をくらまさなければならない事情があったのだなと目を細めた。
「すべてはバナナのためです。ビバ、バッナーナッ!」
「バナナなのですっ」
「なるほど……君の考えは計り知れないとわかった。これ以上、私を巻き込まないでくれ」
クッコロちゃんのことにまで踏み込まれたくない。ここはごまかすことに決め、ヘーイと景気よくバンザイしてバナナのためだと告げれば、そもそもの元凶である3歳児もバナナだと叫び声をあげた。上手いことごまかせたというか、触れてはいけない人のように思われてしまった模様。金輪際、関わりあいになるのは御免だとコワルダー指揮官に冷たく追い払われる。二度と顔を見せるなと、最初の指揮官殿まで石を投げてきやがった。南部派の連中は非協力的だと、腹いせにアキマヘン嬢へ言いつけてやることを心に誓う。
「ちっ……、ドブネズミファミリーを敵に回してタダですむと思うなよ……」
「マイフレンド。どうしてそう大人げないんだ」
なにひとつ収穫のないままトボトボと飼育サークルへ戻る途中、ファミリーの総力を挙げてわからせてやんぞと決意を口にしたところ、そもそもお願いを聞いてもらえるような関係ではなかっただろうとヘルネストにたしなめられた。そんなことはない。ステージの主役はアキマヘン嬢で、総監督がロミーオさん。加えて、クゲナンデス先輩が王都からはるばるファンを連れてきてくれるのだ。南部派のくせして、彼女たちの顔に泥を塗ってもよいと考えているのだろうか。
「実質的には南部派主催のステージと言ってもよいくらいなんだ。自分に選択権があるなんて思い違いは正してやるのが親切ってもんだと思わないか?」
「やめるんだ。それはマジで外道の所業だぞっ」
派閥の中から居場所をなくしてやろうと思ったものの、断られたから権力に訴えるなんて最低だとヘルネストは主張する。人族の中にはもっと最悪な連中がゴロゴロしているのに、なにを言っているのだろう。この程度のことで騒ぐ甘ちゃんはエウフォリア教国にでも留学させて、権力を求める連中が血まみれの椅子を奪い合う様を目の当たりにさせた方がいいかもしれない。
「人族に比べたら僕なんてかわいいもんさ。おっ、ちょうどベリノーチ先生が来てるね」
「お前とチミッ子以上に汚い手を使う奴なんているのか?」
飼育サークルに到着すれば、実に都合のよいタイミングでファミリーのボス、鉄仮面ドブネズミが顔を見せていた。公爵令嬢をドブネズミ色に染め上げてやりたいと望んでいる元公爵令嬢だけに、僕の提案を支持してくれるに違いない。この機会を逃さずアキマヘン嬢とロミーオさんの姿を探し、話があると3人を談話スペースへ集める。
「というわけで、南部派の3人に冷たく断られてしまったんだ。許しておけないよね」
「ものすごく恨み節のこもった説明、ありがと……」
更迭されたのは僕のせいだと自らを省みないロクデナシどもがファミリーに楯突いてきやがったと一部始終を話して聞かせる。あからさまに私怨モリモリではないかとロミーオさんは呆れ顔だ。あんな連中にナメられて腹が立たないのだろうか。
「それで、派閥の意向ということで出演を無理強いさせよとおっしゃるのですか?」
「そうは言ってない」
まさか、自分やロミーオさんから出演を承諾するよう働きかけさせるつもりかとまなじりを吊り上げているのはアキマヘン嬢だ。そんなことは考えてもいないと安心させる。
「あの3人を除いた他の男子生徒に希望を募ってくれれば、それで充分だから」
「のけ者ですかっ?」
「あんた……、それ一番ダメージが大きいやつじゃない……」
例の3人にはもう断られているので声をかける必要はない。他の男子生徒から出演者を募集してほしいと伝えたところ、特待生のふたりはあっさりと僕の思惑を見抜いてきた。まるっきり村八分ではないかとアキマヘン嬢がバサバサと翼を広げ、派閥の中心メンバーから明らかにハブられているとなれば周囲の見る目まで変わってくるぞとロミーオさんがこめかみを引きつらせる。それはもう、叱責とステージへの強制参加を言い渡される方が百倍マシってくらい心無い仕打ちだそうな。
「ふむ……思い知らせるには悪くないやり方だ。実にドブゴブリンらしいな」
「わたくしの下僕はいたずらが上手なのです」
「えええっ? いいんですかっ?」
たかが出演を断ったくらいであんまりだと特待生のふたりは反対する構えだ。一方、鉄仮面とタルトは楽しくなってまいりましたとクスクス笑いあっていた。それが教員の判断なのかとアキマヘン嬢が目を丸くする。
「排斥なんて本人のあずかり知らぬところで決められるのが普通だ。あらかじめ心当たりを用意してやるなんて、ドブゴブリンも思いのほか慈悲深いではないか」
魔導院でのことはしょせん派閥ごっこ、社交ごっこにすぎず、卒業すればなかったことになる。仕官してからやらかすよりはるかに影響は小さいのだから、生徒であるうちに思い知らせてやるのが親切だと語る鉄仮面。魔力が少ないという理由でホンマニ宗家からいなかったことにされたベリノーチ先生にしてみれば、本人の行動が原因なのだから文句言うなといったところなのだろう。生まれつきの素養で排斥されるほど理不尽なことはない。
「ロゥリングシスターズは他種族だから派閥はない。主演が貴様、広報を担当するのはクゲナンデス、さらに推薦者がポゥエン先生となれば、これはもう南部派主催と言ってもおかしくない。というより、王都から来る連中はそういう認識でいると考えて然るべきだ」
状況を冷静に分析すれば、僕の依頼を断ることの意味は理解できて当然。機会を与えられたにもかかわらず自らそれを蹴っ飛ばした奴なんて、ハブられるのが当たり前ではないかとベリノーチ先生が呆れたように肩をすくめてみせる。優秀な特待生ふたりも、王都から訪れる人たちの認識までは考慮していなかったようだ。みんな南部派の出し物と期待しているのだぞと告げられ、反論できずに頭を抱えてしまった。
「ドブゴブリン。現時点で決定しているのは何匹だ?」
「4匹です。マム」
話しているうちに楽しくなってきたのか、ベリノーチ先生は何人と訊かずノリノリで何匹だと尋ねてきた。ヘルネスト、【皇帝】、ゲイマル君にソウナンデス君の4匹だと答えておく。
「よろしい。残りはアキマヘン自ら見繕ってこい。やり方は任せる」
「ぶえぇぇぇ……」
センターなんだから、バックダンサーは自分で集めてこいと命じる鉄仮面。すでに僕が3人と軋轢を生じさせている状況でお鉢が回ってくるなんて、どう話を切り出せばよいのだとオムツフリーナちゃんがエンジェルウイングをションボリさせる。
「それで、例の3名に関しては……」
「やり方もメンバーをどうするかも好きにして構わんが、どれほど学業成績が優秀でも決断できない奴は結局役に立たん。それだけは心しておけ」
諦めの悪いアキマヘン嬢が3人の処遇について先生の意向を聞き出そうとしたものの、もちろん素直に答えるような鉄仮面ではない。僕の言ったとおりハブるのも、参加を強制するのも、何も知らないフリをしてしれっと募集するのもアリだけど、決められない奴が一番の役立たずであることに間違いはないと言い残して談話スペースから去っていった。
「じゃあ、バックダンサーはアキマヘンの担当ってことで……」
「待ってくださいっ。見捨てないでくださいっ」
誰ひとり言葉を発さない無言の空気が流れる中、耐えきれなくなったのかロミーオ演出総監督がわざとらしく担当の割り振りを確認し始めた。どうして他人事のような言い方をするのだとアキマヘン嬢にすがりつかれ、ええぃ放せと振りほどきにかかる。
「他人事でしょ。ベリノーチ先生はアキマヘンにって言ったんだしっ」
「アーレイ先輩がこの場に呼んだってことは、クレネーダー先輩にも話を聞いてもらうつもりがあったってことじゃないですかっ」
任されたのはアキマヘン嬢なのだから自分の出る幕ではないと、第三者を決め込もうとするロミーオさん。話を耳にした以上は一蓮托生だとオムツフリーナちゃんが必死に食い下がる。自分ひとりで決断を下すのは、まだ不安が残るようだ。
「決めるのはアキマヘン嬢だとしても、相談に乗るくらいはしてあげたら。全権を握ってる総責任者なわけだし……」
「そうですよっ。責任者が逃げるなんて卑怯ですっ」
「あんだっ。責任者は忙しいのよっ」
ここでひとつ忘れてはいけないことを思い出させておく。演出総監督のロミーオさんはステージ関するすべての権限を包括する立場だ。オムツフリーナちゃんがなんと言おうとも、そのバックダンサーが気に入らなければ問答無用でクビにできる。僕の指摘を耳にして、最終的に承認するのは演出総監督なのだからとアキマヘン嬢がここぞとばかりにロミーオさんを仲間に引きずり込む。
「下僕。話が済んだのならバナナンテと遊ぶのですよ」
「それじゃ、後はよろしくね」
「アーレイッ。他人のフリして逃げんじゃないわよっ」
ふたりは一蓮托生と決まったところで、バナナンテに砂浴びさせてやろうとタルトに袖を引っ張られる。談話スペースを後にしようと席を立ったところ、逃げんなゴルァとアキマヘン嬢にしがみつかれているロミーオさんに引き留められた。だけど、今さら僕の考えを確認してどうしようというのだろう。
「僕はもう、あの3人を仲間外れにしてやればいいって言ったよね」
「あぁぁぁ――――っ。そうだったぁぁぁ――――っ」
そもそも、村八分は酷すぎるというのが話の発端だったと頭を抱えるロミーオさん。僕の意見は参考にならないのだから、ふたりで力を合わせて結論を導き出していただきたい。それじゃ行こうかと3歳児の手を引いて鶏舎へ向かう。談話スペースでは残されたふたりは、こんなのどうやっても角が立つではないかと身体を悶えさせていた。




