495 減った以上に増えてくるものってなに?
「それではこれより魔導院祭における出し物、『ミコミコ大決戦 ロゥリングシスターズ vs オムツフリーナちゃん』の企画会議を始めます」
「待ってくださいっ! いつの間に決まったんですかっ?」
純粋プルプル成分の抽出作業が無事に終了した翌日。コケトリス部門が使用しているサークル舎の談話スペースにメンバーが集められ、ドクロワルさんによって企画会議の開始が宣言された。いったいどこからそんな話が出てきたと空気の読めない声を上げているのは、もちろんアキマヘン嬢だ。そんなの、本人のいないところで勝手に決められたに決まっている。
「なお、本企画につきましてはすでにプロセルピーネ先生、ベリノーチ先生の承認を得て、リアリィ先生に通達済みとなっております」
「どどっ、どうしてそこまで話が進んでるんですかっ?」
飼育サークルは生き物を扱うので獣医学にも通じているプロセルピーネ先生が主任顧問となっている。その下に副顧問としてベリノーチ先生とジューイ先生がつく形だ。最初から決めておいたわけではないのだけれど、なし崩し的に騎乗部門とコケトリス部門はベリノーチ先生、ペット部門と猟犬部門はジューイ先生の担当とわけられていた。つまり、僕のコテージには主任顧問と副顧問の両方が揃っているのだ。すべての決定は密室で行われ、その過程が外に漏れることはない。
「アキマヘン嬢、重大な決定は密室で行われるのが人族社会ってもんだよ」
「そうかもしれませんけどっ。だからといって開き直っていい話じゃありませんよっ」
王様の娘なんだから、そのくらい承知しているだろうと荒ぶる公爵令嬢をたしなめてみたものの、開き直ったそのドヤ顔が気に入らないとオムツフリーナちゃんはエンジェルウイングをバサバサ広げて僕を威嚇してきた。自分に選択権はないとまだ理解できないようだ。
「タイトルにミコミコ大決戦ってあるとおり、これはドルオータ様とヴィヴィアナ様の巫女同士による祭祀対決イベントなんだ。まさか、嫌とは言わないよね?」
「むぐぐぐ……また卑劣なマネを……」
「わかっていただけたようでなによりだ。それじゃ、会議を始めようか」
盟約の恩恵を誰よりも受けている家の娘がヴィヴィアナ様の祭祀を嫌がるのかと告げてやれば、アキマヘン嬢はおのれ、おのれと口から呪詛を漏らし始めたものの、ライブ企画に反対を唱えるのは控えることにした模様。自分の立場が思い出せたようでなによりである。最初の議題は演出の方向性についてだ。パートごとに演出がバラバラではまとまりがなくなってしまうので、根幹をなすイメージを最初に決めておきたい。
「オムツにするのです。みんなでヒーバーするのです」
「君は黙っていなさい」
相も変わらずオムツフィーバー隊にハマっているタルトが、全員服を脱いでオムツ一丁になろうとアホな提案をしてきた。この時のために用意しておいたクッキーを口にぶち込んでやる。食いしん坊を静かにさせたい時は、何か食べさせておくのが一番だ。頭の中に浮かんできたむくつけき野郎どもによるオムツ盆踊りのイメージを、記憶の底から引っ張り出したアンドレーアの紐水着イメージで塗り替えておく。
「祭祀なのですから、やはりこう厳かな雰囲気で……」
祭祀は厳格なルールに則ってしめやかに進められるものという思い込みからオムツフリーナちゃんは抜け出せていないらしい。静謐な印象を演出するのがよろしいのではないかと口にする。マイン様の祭祀は酔っぱらってのどんちゃん騒ぎだし、ドルオータ様の祭祀はアイドルの水着ライブだった。人族の祭祀が厳かなのは、特権的な地位を得たい連中が神様を近寄りがたい存在と思わせたがっているからだと思う。
「お祭りはみんなで騒ぐものなのです。むすっとした顔が並んでいては楽しくないのです」
厳かと耳にして、辛気臭い連中の相手をするなんてまっぴらだと3歳児がバタバタ足を暴れさせる。同感だ。お客さんを飽きさせないために途中で静かな雰囲気を演出するのはアリだと思うものの、始まりから終わりまでそれでは誰も楽しんでくれないだろう。そういうのは、どんちゃん騒ぎの最中に差し込んでこそ清涼剤のような効果を表すものだ。
「それではクゲナンデス先輩が連れてくるファンの子供たちが退屈してしまうと思う。厳かな祭祀ならヴィヴィアナ様祭りの最中にホンマニ宗家の人たちがやってくれるさ」
「下僕はよくわかっているのです。子供たちが楽しめないお祭りなんて、お祭りとは言えないのです」
王都から応援に来てくれるファンのことを忘れないよう言い含めておく。こんなど田舎までわざわざ足を運んでもらうのだから、もう一度訪れるのが楽しみになるような思い出にしてあげたい。子供でも楽しめる内容にしようと提案すれば、楽しくなければお祭りじゃないとタルトはやっぱり足をバタバタ暴れさせた。
「ですけど、祭祀はヴィヴィアナ様に向けたものなのでは……」
「わかった。オムツフリーナちゃんのバックにオムツダンサーズを起用しよう」
「なんでそうなるんですかっ?」
ヴィヴィアナ様に向けたサービスを……と言うので、オムツ一丁の野郎どもに囲まれて歌ってもらうと告げたところ、なんだそのいかがわしい連中はとアキマヘン嬢がまなじりを吊り上げた。もちろん、微美穴先生のための演出だ。鼻血を吹いて喜んでくださると思う。
「バックダンサー多めってのも華やかでいいわね。そういうのやってみたかったのよ」
「クレネーダー先輩までっ?」
そして、僕の提案にロミーオ演出総監督はナニカを感じ取った模様。インスピレーションが湧いてきたとそわそわし始めた。舞台があまり広くないこともあって、これまではこじんまりとした構成だったけど、講堂が使えるなら十数人のバックダンサーを配置する豪華なステージも悪くないと呟きながら談話スペースをウロウロ歩き回る。そのうち考えがまとまったのかピタリと立ち止まると、お手洗いでがんばっているかのように力を漲らせて全身を震わせ始めた。
「ゴォォォジャスッ! そう、ゴージャスよっ。ゴージャスにいきましょうっ」
次の公演は豪華絢爛きらびやかなステージにするぞと宣言するロミーオ演出総監督。オムツ野郎と女の子のダンサーを各々12名ずつ用意して入れ替えながら踊らせよう。最後はロゥリングシスターズとオムツフリーナちゃんにダンサー24名を総動員したグランドフィナーレだと、勢いよくバンザイしながら興奮気味に叫ぶ。どうやら、演出の基本方針は定まったようだ。
「ゴージャスに行くなら女子の衣装は大事だね」
「どこを触ろうとしてるんですかっ?」
野郎の方はオムツと決まっているので、豪華な雰囲気を出したいなら女の子の衣装を凝るしかない。どれどれと手を伸ばしたところ、ノリノリで賛成していたドクロワルさんが逃げるように僕から距離を取った。それ以上近寄るなとピンク髪を逆立てて威嚇してくる。
「どこって、ウエストのサイズを確認しようとしただけだけど?」
「公演はまだ先じゃないですかっ。今、測ったって仕方ありませんよっ」
魔導院祭までにはまだまだ時間がある。サイズが変化することもあるから、今の時点で確認する意味はないと訴えるドクロワルさん。言われてみれば、それもそうだ。みんな、夏の遠征実習で絞られたばかり。これからリバウンドを迎える子もいるだろうから、衣装を早く用意しすぎてはお尻が入らなくなってしまう。
「そうだね。遠征実習の揺り戻しがあると思うから、みんな気をつけて――」
「「ごふえっ?」」
リバウンドを警戒しておくようにと注意喚起した瞬間、談話スペースにいた女子生徒がひとり残らず胸を抑えてその場に崩れ落ちた。ドクロワルさんに首席はもちろん、ロミーオさんと雪だるま先輩にアキマヘン嬢まで床にうずくまってプルプル震えている。
これはもしや……
「まだ秋学期が始まって十数日だよ。君たち油断しすぎじゃない」
「油断したら痩せていくアーレイ君に言われたくございませんわっ!」
どうやら、とっくにリバウンドを迎えていた模様。いくらなんでも早すぎだろうと率直な感想を口にしたところ、意識して肉を摂取しなければ勝手に痩せていくインチキ種族がふざけんなといきり立った女子たちに囲まれた。ロゥリング族がいかに不便な種族か理解できないらしい。
「僕たちは穀物や果実で飢えをしのげないかわいそうな弱小種族だよ」
「しねぇぇぇ――――っ」
めぐまれない種族におっぱいを……と求めてみたものの、道理を解さない女子たちの怒りに燃料を放り込む結果に終わったようだ。隠れる場所もなく周囲を完全に包囲されていてはロゥリングレーダーなんて何の役にも立たない。女の子たちはひ弱な僕を捕らえるとロープでグルグル巻きにし、反省するまでそうしていろと天井から逆さ吊りにした。
最高に恵まれているにもかかわらず弱者アピールをした罰として、僕は12人のオムツダンサーをひとりで集めるよう命じられた。ステージで見栄えのいいガタイであることが条件なので、誰でもいいわけではないのが面倒なところだ。とりあえず古い伝承にならって不意打ちを仕掛け、反撃してくる猛者をスカウトすることにする。
最初の標的はヘルネストだ。本日は水の抜けた田んぼで稲の収穫作業をしている模様。身を隠す場所には困らないものの、園芸サークルには発芽の精霊がいる。テリトリー内に踏み込めばたちどころに察知されるため、近づきすぎないよう注意しながら様子をうかがえば、次席が刈り取った稲を束にしてサソリゴーレムの荷台に積み込んでいた。いっぱいになったら脱穀場へ運搬していくに違いないので、物陰に隠れてチャンスを待つ。
「下僕、急いてはことを仕損じるのですよ」
僕の隣で試作モロナス2号機の弾倉を確認しながら、頭に手拭いをかぶって鼻の下で結んだタルトが焦るなと警告してくる。どこでこんなコソ泥スタイルを覚えたのか不思議でならない。しばらくすると積み荷がいっぱいになったようでサソリゴーレムが離れていった。稲刈りは集団作業なので、稲を刈る係と束ねて紐で結わえる係の生徒たちは田んぼで作業を続けている。農奴1号は稲刈り係のようなので、刈り取られる前の稲に身を隠してゆっくりと接近していく。
「覚悟するのですっ」
「ぬおっ?」
ターゲットまで5メートルのところでタルトを抱っこして立ち上がれば、ピッチングマシンの仕組みを応用した連発砲を構えた3歳児が待ってましたとばかりに8連発を浴びせかける。発射された木球が標的を捉えるかと思われた瞬間――
「なめるなっ!」
――ヘルネストが手にしていた草刈り鎌で最初の1発目を弾き飛ばした。すぐさま横に転がって2発目以降を回避する。とんでもない反応速度だ。忍者のような動きには感心するけれど、どこまでいってもウカツは迂闊だった。
「きゃあぁぁぁ――――っ?」
稲刈りは集団作業だ。つまり、隣にはやっぱり稲刈りをしている生徒がいる。8連発を側転で回避したヘルネストは、隣で作業していた女子生徒にぶつかって押し倒す形となった。迂闊さんと被害者さんが麦畑ならぬ田んぼでイチャイチャだ。
「違うんだっ。あいつらが……って、いねぇぇぇ――――っ?」
悪いけど、捕まるまで犯行現場でグズグズしているほど僕はマヌケじゃない。農奴1号が痴漢行為を働いたのを確認したところで、すぐさまその場に伏せて稲穂の波に身を隠させてもらった。こういう時、ロゥリング族のちっこい身体は便利だ。ロゥリングレーダーを頼りに、誰もいない方向へゴソゴソ這いずって離脱を図る。
「ちくしょうっ。どこに隠れやがったっ。出てこい、モロニダスッ!」
逃げるな卑怯者とヘルネストが叫んでいるものの、姿を隠して忍び寄り、一発当てたらそそくさとトンズラするのがロゥリング流だ。これは種族の特性であって、決して僕が卑怯でも汚いわけでもない。そういう種族だとわかっているのだから、対応策を用意していなかった自分の怠慢を責めるべきだろう。
「下僕もなかなかに判断が速いではありませんか」
稲穂の波をかき分けながら、イヒヒヒ……とタルトが忍び笑いを漏らす。あの場面でヘルネストが我に返るより早く、隠れることを思いつく奴はそうそういないとお褒めいただいた。どうやら、いたずらは成功と判定された模様。【忍び寄るいたずら】様はすっかり上機嫌だ。
「この変質者っ。次席に突き出してやるんだからっ」
「待ってくれっ。違うんだっ。モロニダスッ。モロニダァァァスッ!」
性犯罪者として捕らえられた男が、罪を晴らしてくれと僕の名を呼ぶ。だけど、もし証言台に立たされたら発射したのは当たったところで怪我をする心配のない木球であったことを話さなければいけなくなる。そうなれば当然、緊急避難であったとするヘルネストの主張に大きな疑問を投げかけることになるだろう。今回、僕はいない方がいい。
他でもない親友のために、僕はこのままタルトと隠れていることに決めた。




